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しかしこの時の王は身代わりの影だった。王は相手の謀略を見抜き、御身と調印式に同行した騎士たちを救った。
ヨワはこのできごとを中学校の授業で知った。教師は影について多くを語らず、この時の功績が称えられ王から家名を授かったとだけつけ加えた。黒板には敵国だった王やその近衛騎士の名前を書いたにも関わらず、味方の影の名前は最後まで明かされなかった。四つ目の名家は意図的に隠されている。
「この“影”はヴィオレフロッグ家の人だと思うの」
「ちょっと待って。なんで先輩がそんなこと知ってるんですか」
「『魔法大事典』ってあるでしょ。あれを読んでたらヴィオレフロッグ家に代々伝わる魔法は“変化”って書いてあったの。なにかをなにかに変化させる魔法なんだって思ってたんだけど」
「あの分厚いの全部読んだんですか。歴史好きは知ってたけど、いつから魔法博士になったんです?」
ヨワは言葉に詰まった。カカペト山で聞こえた不思議な声の正体や、リンの本来の魔法を知りたくてつい最近事典をひっくり返したとは言いづらい。ヨワは「暇だったから」とてきとうな理由で誤魔化した。
「でもこれは“へんか”ではなく“へんげ”って読むの。つまり変身の魔法! 影は王様に変身することで身代わりになれたんだと思う」
「なんでそう思ったんです?」
「ユンデだよ」
ヨワはここにきて自分の声が大きくなっていたことに気づいて息を潜めた。
「ユンデは私とソゾロ、あっ、ソゾロはネコの名前ね。私とソゾロしか知らない話を知っていた。彼はきっと時々ネコになって私のところに来てたんだよ。今思えばリンに対する態度がまったく違う日があったけど、あれはユンデかソゾロの違いだったんだ」




