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「あっ、ソゾロ! 散歩の帰りかい?」
困り果てたヨワの耳にユンデの声とネコの鳴き声が聞こえてきた。ヨワの腕にふわふわのしっぽをかすめて夜明け色の長毛のネコがユンデにすり寄った。ひと目でわかった。度々鉱物学研究室の資料室を訪ねてくるあのネコだ。
「それあなたのネコなのっ?」
「うん。ソゾロっていうんだ。お前はかしこいな。ちゃんと僕がわかるんだ」
頭をなでてもらってソゾロはユンデの手のひらに向かって体を伸ばした。どんな埃もひと振りで絡め取るしっぽがくねりと立ち上がる。のどを鳴らすのは親愛の証だ。
「そのネコ私の研究室によく来て、いて……」
ふとヨワはなにか重大なことに気づいた時の感覚に見舞われた。しかしひらめきは瞬きの内に通り過ぎてしまって理解が追いつかない。ソゾロにまつわるなにかを思い出したのだ。ヨワはその記憶を手繰り寄せようとネコをじっと見つめた。
「ヨ、ヨワ。僕そろそろ帰らないと!」
だから動揺するユンデの声に気づけなかった。ユンデはさっとソゾロを抱えて立ち上がってしまった。ヨワが残念に思う間もなくすでにあとずさりしている。
「ごめんね。また今度ゆっくり遊ぼうね」
そのまま立ち去るかと思ってヨワは慌てて立ち上がった。けれど「忘れてた!」と叫んだユンデは引き返してきてヨワをぎゅっと抱き締めた。
「ヨワ大好き」
耳元に甘いささやきを残してユンデは走り去る。ネコの記憶も、ユンデが突然帰った理由を考えることもしばし忘れて、ヨワは呆然と突っ立っていた。
ヨワを我に返らせたのはユカシイの容赦ない揺さぶりだった。彼女は「中途半端なもじゃ男!」「あたしの先輩を奪った泥棒ネコ!」などと喚いていて、ヨワはどこからどこまで覗き見していたのかわからない後輩をとりあえずなだめなければならなかった。




