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かけるべき言葉が見つからなかった。覚束ない足取りで資料室に帰るヨワを引き止めることもできずただ見送った。今もなお乾いていないヨワの傷口を前に怯んだのだ。リンは自分をもどかしく思った。
「だから、俺じゃなかったんだと思って」
「違うよリン兄。リン兄は本当に痛みを知ってるから、だから軽率に言葉をかけられなかっただけだ。それにやさしいから、一歩踏み込むことでヨワさんをまた傷つけたくなかったんでしょ」
スサビの言葉にリンは力ない微笑みを返した。あの時そこまで考えていたかは自分でもわからない。だがリンの中でこの一件は任務から身を引いて終わりではなかった。家族にヨワの護衛を頼んだあともリンの頭にはヨワがいた。気がつくと彼女のことを考えていた。
あの時どんな言葉をかければよかったのか。ヨワがなにもかも諦めなくても生きる方法はあるのだろうか。自分になにができるのだろう。
どうしてこんなことばかり考えてしまうのかということも考えた。そうしたら上から今にも消えそうなヨワが舞い降りてきたのだ。
「でもさ、やっぱり気になるんだ。ちょっと見ない内にあいつ、ひどい顔してて。目が離せないよ」
騎士としての名誉のため、自分を拾い育ててくれた両親と兄弟たちの恩と親愛に応えるため、そして自身の存在意義を満たすためにリンはヨワの護衛をしていた。それから彼女の竜鱗病に触れた時から距離が縮まったように感じて、また一歩下がって、ゆっくりゆっくり歩んだ。
ちょっと強引にヨワを家に招いた時は玄関に集まってきた家族を前にして緊張した。病を隠したがるヨワのためにあれこれ気を回すのは嫌じゃなかった。シジマから同じ傷を抱えていると聞いて興味が湧いた。いつか話してみたいと思った。




