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それに大声を出して周囲から注目を集めるのは恥ずかしい。ああ、まったく自分こそ世界で一番消極的な女だと思っていたのに、こんな時でも恥が上回るなんてどれほど自意識の強い性格だったのだろう。
ヨワはとにかく身をよじって抵抗した。魔法を使って大男の腕から逃れられないか試してみた。
「ん? この魔法……。そうか、そういうことか」
しかしどうしたことか、大男は妙なつぶやきをこぼしてますます腕に力を込めた。こうなったらひっくり返るのを覚悟して大男ごと浮かび上げるしかない。そう思った時、ヨワの目にジェラートの店先でストロベリージェラートを舐めるユカシイの姿が飛び込んできた。彼女もヨワに気づき目をこれでもかと見開いたまま固まった。
「ユカシイ! 助けて!」
やっと声が出せた。そう安堵したのも束の間、ユカシイの姿は扉に遮られてしまった。
「おいおい。まるで俺が人さらいみたいな声を出さないでくれ」
薄暗い室内に大男の低い声が響く。ここは倉庫か空き部屋か、とにかく中はがらんとしていて床には土埃が積もっていた。大男の大きな足跡だけが木漏れ日差し込む扉からつづいていた。ヨワは魔法で扉を引っ張ってみたが鍵がかかっていた。
「ああ、さすが王より鳥の名を授けられし一族の娘。何人の手にも捕らえることを許さず、この腕に止まるのはただの気紛れに過ぎない」
詩を詠むかのように口ずさんだ大男は唐突にヨワを下ろした。ホワイトピジョンの名を口にされたヨワは恐怖で動けなかった。この大男こそルルを殺した犯人に違いない。大男の言葉にはホワイトピジョンに対する含みを感じられた。おそらく個人の、もしくは一族としての恨みを抱いているのだろう。




