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突然目の前に男が立ちはだかった。シジマと同じくらい立派な体格をした大男だ。手入れもろくにしていない長い髪を胸元まで垂らして、ひげも伸びるままにほったらかしだ。その風貌は賊か浮浪者を思わせヨワは顔を背けた。
「急いでますので」
「だあ! 待て待てっ」
避けようとした先に男の大きな体をねじ込まれてふさがれる。ヨワは男をにらみ上げた。
「なんなんですか」
「なにって俺もよくわかんねえんだけど、引き止めろって言われたから。とりあえず移動しねえか。ここじゃ目立つ」
そう言って男は周囲に目配せた。道の真ん中で押し問答するふたりに怪訝な視線を送る者があとを絶えない。その視線の行き先がヨワよりも大男に集中していることに気がつき、ヨワはハッとした。フードも口布もしていない。
慌ててフードに手を伸ばした自分がハタとおかしく思えてくる。これから死のうとしている人間が見た目を気にしたところでどれだけの意味があるのだろう。ヨワはとにかく疲れ果てた。人目を気にし、人の言葉を気にすることに疲れた。
竜鱗病でなにが悪いの。
その思いが浮かんできた時、ヨワは浮遊の魔法にかけられたように心が軽く持ち上がるのを感じた。不思議と首をかしげる。生まれてはじめて感じた心地よさだった。魔法って心にもかけられるものだったのかしら。
思わず自分の胸を見下ろした時、ヨワの体は本当に地面から浮かび上がった。いや、大男に肩に担がれていた。周囲の見物人には「ちょっとした内輪もめです」と勝手なことを言って、大男はヨワの断りもなくどこかへ連れていく。
大声を出して助けを呼ばなくては。ところが、いざとなると声が出てこない。ヨワはずっと痴漢さえ自分は眼中にないと思い込んできたのだ。まったく想像もしていなかったことにとっさの行動に移せない。




