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どんなに最悪な気分でも月曜日はやってくる。なんにもやる気が起きずぼんやりと本を眺めては居眠りをくり返していた廃人も、社会の一員に戻らなくてはならない日だ。ヨワは整容もそこそこにブルドッグみたいな顔をローブのフードと口布で隠した。土曜の夕方から一度も手をつけなかった扉前の標本に向けて浮遊の魔法をかけた。黒い光沢を放つオスミウムの結晶は音もなく道をあけた。
大学教授助手の仕事内容は師事する相手によって様々だった。使用人と勘違いしてこき使う教授もいる中、ロハ先生はよくも悪くも放任主義だ。そもそもベンガラとハジキから頼まれなければ助手を取る予定もなかっただろう。加えてうなずきはしたもののヨワがあまり鉱物学に興味を持っていないことをロハ先生ははじめから見抜いていた。助手として最低限の線である講義の出席だけを守らせて、他はなにも指示しなかった。五年が経過した今でもだ。
ロハ先生はヨワから尋ねなければ資料集めも配布物の制作も取材先への連絡もすべて自分でやってしまう。これにはヨワも戸惑い苦労させられた。ロハ先生は居場所を作ってくれただけでなく仕事も与えてくれて、ヨワの生活に安定をもたらしたのだ。その恩人になにも返さないというのは心が許さなかった。ヨワの口癖は「なにか手伝えることはありませんか」となり、ロハ先生につきまとって注意深く観察した。そうして先生の一日の動きを知り、一年の行事を頭に入れて、口癖を出さなくとも前もって行動できるようになるまで三年もかかった。
変則的なことはいつだって起こるが、培ったものは情報だけではない。互いに芽生えた信頼で補えないものはない。時に寄りかかり寄りかかられるロハ先生の隣は心地いい。




