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ヨワの目に涙があふれる。堪えて歯を食い縛るほどに涙は熱量を増した。
「無理だよ。あきらめなきゃ、生きてけない」
卒業証書を手に、この日のためにきれいにした制服姿のヨワに突きつけられたのは完全なる家族との別離。突然の孤独だった。別居をはじめてからヨワはひとつ、ひとつずつ、望みを口にしなくなった。そしてあの日ついに望むことすら捨てたのだ。それは自分の心を守る唯一の術だった。
「目の前で家族に切り捨てられた私なんか生まれてこなきゃよかったのに! 家族に、誕生日を祝ってもらえない私は、生まれてきちゃいけなかったのにっ。自分がなんのために生まれてきたのかもわかんないのに、希望なんか持てないよ……!」
箱の底の沈めておいた最後の思いをわし掴みリンに向かって振りかぶったヨワは、寸でのところで踏み留まった。それを言葉にして解き放ったら本当にすべてが閉ざされてしまうと恐ろしかった。
リンの顔を見る勇気もなくヨワはひとりになれる場所を求めて歩き出した。足元が覚束なかった。涙のせいでよく見えず、机やイスに足をぶつけながら資料室の扉に行き着いた。中に入ると手近な標本を引っ張り、扉をふさいだ。自分でぐちゃぐちゃに散らかした心では魔法なんて使えそうになかった。
マットに体を投げ出して目を閉じる。時間だけが腐って錆びついた心の残骸を箱の中にしまってくれる。
「本当にバカだね。かわいそうだ。そういう星の下に生まれたんだから仕方ない」
水滴が単調に落ちるようにつぶやく。
「だいじょうぶ。だいじょうぶだよヨワ。まだだいじょうぶ。だいじょうぶだから」
自分を慰める役目はいつだって自分だ。涙を流すのもいいが、泣いたところでなにも変わらないということをヨワは嫌というほど知っていた。涙なんて鼻が詰まって疲れるだけでなんの役にも立ちやしない。そのくせ泣きたくなくても勝手に出てくるのだから厄介だ。




