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「リン、もういいの。あなたを解放してあげる」
見開いた厳しい目がヨワを貫いた。
「お前またそんなこと言って!」
スオウ王の命に逆らえないリンにとってヨワの度々突き放す言動は迷惑でしかないだろう。リンの怒りをヨワは甘んじて受けとめた。たとえ望んだことではなかったとはいえ、リンはずいぶんとヨワに振り回されてくれた。やはりこれでいいのだ。リンの激情が決断を強固なものにしていく。
王は世継ぎさえ生まれれば文句は言わない。ユカシイの時とは違い今回は許しを出すだろう。リンは騎士の鍛練に集中できる。そして彼は魔剣なんか使えなくとも、その熱情とやさしい人格で誰からも認められ愛される騎士になる。カカペト山に降ったあの雨をも温める喜びと幸せに満たされて、彼に相応しくかけがえのない人と出会うのだ。
同じ痛みを知るからこそ、輝きに手を伸ばしているリンの足を引っ張ることなどできない。まばゆさを遠ざけるように目を閉じようとしたその時だった。ヨワは強く熱い手に腕を掴まれた。
「死んだって悲しむ家族がいないとか、もういいとか、諦めてんなよ! お前のそういうところがムカつくんだ」
リンの怒声と痛いほどの力がヨワを恐怖に縛りつけた。真っ白になった思考の中に「ムカつく」という言葉が突き刺さる。悲しみと焦燥に心が震えた。
「俺の気持ちも考えてくれよ」
呼吸が浅く早くなる。奥深くにしまい込んだ箱が開く。にじむ視界に卒業式の日の父と母が映った。
朝から卒業式が終わったら本邸へ来るようにと言われていた。よく晴れた春空だった。両親と顔を合わせるのは十三年振りで式典の最中もそれどころではなく緊張していた。不安は大きかったが期待もあった。ミギリとシトネが卒業式に合わせて呼び出したことは明白だったからだ。学生としての本分を果たし、大人へと成長したことを労ってくれるかもしれないと刹那でも浮かれた。




