動き始める運命
意識の世界から……というより、夢の世界から彼岸によって戻された俺が始めに見たのは、ハスキー先輩が紅葉と雷オーナーによってお仕置きされている様子だった。
いやいや、R-18指定になるからやめろ、そのお仕置き。
「ねぇ、迅雷くん」
と、彼岸は俺の袖を引っ張っている。
ピョコンと耳が動きながら、やや上目遣いと言うのが、かわいいポイント……って、おっと。
つい本音が。
「なんだい?」
「どうして迅雷くんが他の人間に比べてこんなにも落ち着く気持ちになるのかなってずっと考えてたんだ。 迅雷くんは、紅葉が前から話してくれていたお兄さんの生まれ変わりだったから……元獣人だったから……」
「彼岸?」
「うんうん……いや、迅雷くんは迅雷くんなんだし。 やっぱり、僕は君という存在に軽く惹かれたからこそ、こうして君と話ができてるのかもね」
「俺も……未だに実感は湧かない。 俺が紅葉のお兄さん……楓の生まれ変わりだったってこと……でも、きっとそうじゃなくてもやっぱり俺は俺なんだと思うよ。 だって、自覚する前の性格はこんなんだし……だからこそ、彼岸とこうして仲良く出来てるわけだし」
「大丈夫。 君は……いや、君たちは僕たちが守るから。 僕とハスキー先輩と雷オーナーで、君と紅葉は絶対守るから」
「うん。 よろしくね、彼岸」
そう言って俺は彼岸の頭を撫でた。
彼岸は嬉しそうに尻尾を揺らし、少し照れ臭そうに顔が赤くなっていた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
おっと、ハスキー先輩のお仕置きもどうやら佳境のようだ。
とは言っても、俺や彼岸にはどうすることもできない。
仕方がないので俺と彼岸は先にレストランへと戻ることにした。
森の道を通るときに、ハスキー先輩の恥ずかしい声とか、紅葉と雷オーナーのゲスな声が木霊していたけど……そこは、そっと二人で耳を塞ぐのだった。
レストラン【迅凱仙】は、本日は臨時休業日になった。
では、スタッフは何をしているのか……といえば、廃墟に向かっていた。
かつて、遺伝子工学のの最先端とまで言われた、過去の栄光のある遺伝子研究所へと。
「ははっ。 いやぁ、まさかまたあの場所へと向かうことになるとは、予想だにしなかったぜ」
雷オーナーは、悠々と車を運転しながらそんな事を言っていた。
ちなみに、この車は雷オーナーの知人から借りた四駆のジープである。
廃墟に向かうためには、いささか道が不安定すぎるということで、急遽借りてきたとのことだ。
しかしながら、こんな高そうなジープをほいほい貸してもらえるものなのだろうか。
まあ、そこは雷オーナーの人脈というものなのかもね。
「さてさて、大丈夫かい?」
「「「うげぇぇぇぇぇ……」」」
「師匠……運転荒すぎです」
俺、紅葉、彼岸はもの見事に車に酔ってしまった。
雷オーナーの運転は、なんというか常時ジェットコースターみたいで、あっちへガタガタこっちへガタガタ、よくも事故らないなと思う。
ハスキー先輩は、この運転に馴れているようで平常な顔をしている。
そこはやはり、師弟の間柄なのだろうと思うけど……ハスキー先輩、あれやられた後で、痛くないのかな?
お尻とかさ。
「いやぁ、それにしてもまさかお前が楓の死体をあの忌まわしい研究所に隠していたとは、恐れ入ったけどね……毎年、線香を上げにあそこには行くんだけどね」
「まあ、カモフラージュしてますから……分からないと思いますよ」
「ふーん……まあ、そうでなきゃ危ないからね。 特に水無月や奴の思想を引き継ぐ者にでも発見されるわけにはいかないだろうし……」
「うぅ……」
「おい、紅葉。 大丈夫か?」
そう言ってハスキー先輩は、助手席側から紅葉の顔に触れ優しく撫でた。
ハスキー先輩の毛並みの気持ちよさは、羽毛布団以上の……シルク以上の滑らかさだ。
それで撫でられた紅葉の表情は少し穏やかになっていった。
というか、眠った。
気持ちよすぎて眠ってしまったのだ。
「ほら、お前たちもとりあえず眠っとけ」
そんな物騒にも聞こえる言葉を聞いたが、ハスキー先輩が頬に触れるとなんだか気持ちよくなって眠ってしまわずにはいられず、俺や彼岸も眠ってしまったのだった。
俺たちが目を覚ます頃、既に車移動は終わっていた。
目の前に広がるわ、かつて栄えていたと思われる廃墟だった。
「おや、皆様お目覚めですね」
雷オーナー、悠々と缶コーヒーを飲んでいた。
いや、まあ……あなたの運転の荒さのせいで瀕死になってたんですからね。
「それにしてもこのもふもふっとした感触ぅぅぅ!!」
よくよく見ると、紅葉が僕に抱きついて眠っており、頭には彼岸の尻尾が枕代わりに置かれていた。
「その二人がそこまでなついているのって、迅雷だけだからな~ははっ」
ハスキー先輩は助手席からまじまじと笑いながら観察していた。
そうなのか。
「紅葉、彼岸くん!!着いたって」
俺の声にピクッと耳を反応させ、二人は起き上がった。
「ふぁぁ……迅雷を抱き枕にする夢を見た~」
「ふぁぁ……迅雷に枕にされる夢を見た」
二人とも枕の夢かよ!!
ん?いや、彼岸のは枕にされるって……あ、あってるのか。
「むにゃ……着いたんだね。 お兄ちゃんの身体が保管されてる昔住んでた研究所……」
「あぁ……ここで、俺たちは出会ったんだ。 そして、ここで楓は死んだ……思い出の場所だ」
ハスキー先輩はそう言って研究所の方へ顔を向ける。
一瞬だったが、彼の目元にはうっすら涙が見えた。
きっと思い出したんだろう。
あの、悪夢を……。
俺も魂に宿っている楓から見せて貰ったが、あれは悲惨だった。
正直、トラウマレベルでは済まされない。
「さあ、バカ弟子。 楓くんの身体を保管した場所に連れてきなさいな」
雷オーナーは優しい口調で言葉をかけた。
まあ、彼なりに気遣ったのかもしれないな。
「はい……」
車を降りたハスキー先輩に続き、俺たちも降車する。
彼が歩き、施設内へと向かうのにあわせて歩みを始めるのだった。
「ここが、研究所……」
一部が瓦礫のようになっている。
そして、渇ききった地がベットリと塗られた通路や壁……白骨死体だなんてのは当たり前にあるような状態だ。
「な、なんか……呪われそう。 悪霊とかでないよね?」
「大丈夫だよ迅雷。 悪霊が出てきても僕が祓うから!!」
普段の彼岸との立場が逆になってしまった。
俺、本当にこういう場所苦手なんだよな。
「(クスクス~。 ちょっと意外だったよ)」
魂の中にいる楓まで笑ってるよ。
でも怖いものは仕方がない。
恐怖心というのは誰でも持っているものなのだからな。
「こっちです……」
ハスキー先輩はスタスタと歩いていく。
足取りは重いが、それでも足を進めていた。
「しかし、ここで何が……」
「水無月によってここは爆破されてしまってね。 その時多くの職員が死に、爆発直後に生き残ったのは私、紅葉、そして楓くんとバカ弟子だけだったんだ」
「よく助かりましたね」
「まあ、恐らく爆発も水無月にとっては作戦だったから……我々を一時的に分断したかったのかもしれないね」
「なるほど……」
雷オーナーは悔しそうに拳を握っていた。
そして、ハスキー先輩の後ろを歩いている紅葉に目をやっていた。
いつものセクハラな感じな雰囲気ではない。
単なる懺悔のような……そういった悲しい目だった。
「おやおや、歳はとりたくないものです。 ついつい目尻が……」
「ん?雷オーナーって何歳なんですか?」
「あー、話していませんでしたね。 私自身も忘れてしまったので具体的な年齢と言われると難しいですが……少なくとも1000年は生きておりますよ」
「1000年!?」
10世紀分じゃねぇかよ。
いったい何者なんだ……この人。
「着いたぞ……」
ハスキー先輩がそう言って足取りを止めた。
そこにあったのは、小さな花畑と傷だらけの古い大きな木が立っていた。
俺は知っている……この場所を。
ここが何をしていた場所なのかを。
「迅雷?」
ハスキー先輩はふらっと歩んでいく俺を止めはしなかった。
そして一緒に木の下まで歩んでいくと、木を背に一緒に座った。
俺は膝をポンポンと叩いた。
すると、まるでいつものようにと言わんばかりにハスキー先輩はそこに頭を乗せて転がるのだ。
「知ってる……ここは……ここは……」
涙が止まらなかった。
他人の記憶のはずなのに、他人の出来事だったはずなのに……感情が止まらなかった。
「な、ナイト……?!」
自然と俺の口からその言葉は出た。
これは楓がハスキー先輩を呼んでいたときに言っていた呼び名だ。
「楓……また会えたな……」
「ナイト……大好きなナイト……」
涙もこの辛い感情も止まらない。
留まらない程に、流れる感情は幻影さえ見せるようだった。
俺が楓の姿に、ハスキー先輩は殺し屋時代の姿に……。
そう錯覚するほどに、この時間がいとおしいと思った。
「ナイト……」
「楓……」
自然と俺はハスキー先輩と口を合わせていた。
この感触……前にお酒を飲まされたときとは違う。
この味を……俺は……俺は……。
「こーら、バカ弟子と迅雷くん。 そう言うのは目的を達成してからやってくれ 」
そんな風に雷オーナーに言われて俺たちはハッとなり、我に帰った。
何をしているんだ俺は。
「は、ハスキー先輩ごめんね。 なんか、記憶が……」
「いや、いいんだ。 俺こそ、す、すまない……」
お互いに顔が真っ赤になっていた。
恥ずかしくてお互いの顔が見れない。
「ほら、バカ弟子。 それで?楓くんの身体は?」
「あ、あぁ……」
そう言ってハスキー先輩は花畑の中央……唯一花が咲いていない場所を辺りの花にかからないように土を掘り返していく。
すると……。
中から、特殊な液体に浸けられた状態で容器に入れられた狼獣人がでてきた。
ゆらゆらとアホ毛が液体内で揺れ、足が切断されている身体……。
そして腹部にも傷跡があった。
紅葉はその姿を見て顔を押さえて倒れ込んでしまう。
「これが……楓の死体だ」




