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狼シェフと愉快なレストラン  作者: ただっち
第1部:水無月編
7/48

転生した天才

前回の続き。

 俺は天野迅雷。

 人間だ。

 とある事情で命を狙われている俺は、ここ【迅凱仙】というレストランで匿われていた。

 ここは、世界最強の諜報員や伝説の殺し屋など、裏社会の重鎮たちが勤めるレストランだった。

 そこに唯一いる狼獣人。

 狼シェフこと、紅葉はすごく明るいやつだ。

 しかしながら、現状では全くもってそれらを証明することができない。

 何故ならば、こんなにも苦しそうに悲しそうに泣いた紅葉を始めてみたからだ。

 彼は1度寝たが再び目覚めると、こんなにも鼻水や涙を垂らして大声で泣いてしまっていた。

 正直に言って、こんな紅葉は始めてみた。

 

 「紅葉、どうしたのさ……なんで、そんなに泣いてるのさ」

 「グスン……うぇぇぇぇぇん……」

 

 だめだ。

 全くもって俺の声が届いていない。

 

 「ほらほら、泣かない泣かない」

 

 と、必死になって頭を撫でるが、余計に紅葉は泣いてしまう。

 痛かったのかな?

 

 「ちょっとちょっと、何事だい?」

 

 そう言って雷オーナーが現れた。

 オーナーもまだ寝起きのようで、パジャマ姿……というか、浴衣姿だった。

 よほど急いで来たようで、なんだかはだけてセクシーになってる。

 

 「おや、紅葉が泣いてるだなんて珍しい……迅雷くん。 なにかあったのかい?」

 「えっ……いや……今日見た夢の話を紅葉にしたら、こうなっちゃって……」

 「夢?」

 

 俺は雷オーナーにも同様の説明をした。

 夢でとある狼獣人と出会ったこと。

 その人物の過去へと飛ばされたこと……そして、その人物の名前を。

 

 「楓……本当に、君の夢に出てきた彼はそう言っていたのかい?」

 「性格には、彼が名乗ったのではなく、夢に出てきたハスキー先輩がその獣人になった俺の事をそう呼んでいたという感じです」

 

 そう俺がいうと、雷オーナーは血相を変え、走って行ってしまった。

 何しに行ったのか……と言うのはすぐにわかった。

 程なくして戻ってきた雷オーナーは、彼岸とハスキー先輩を抱えていたのだった。

 つまりは、彼らを呼びに行っていたのだ。

 オーナーは、べちゃっと乱暴に二人を投げ捨てる。

 寝ぼけていた二人にとっては、最悪の目覚めの一撃というやつだろう。

 

 「ふわぁぁぁ……雷オーナー、なんのようですか……昨日の酒がまだ……」

 「あ、おはよう迅雷……って、なんで紅葉泣いてるの?」

 

 各々が自由に話始める二人だったが、雷オーナーが次に放った一言で彼らの話は止まった。

 

 「……迅雷には楓の記憶が宿っている」

 

 

 そんなこんなで、本日のレストランは定休日。

 とは言っても、本来ならば翌日の仕込みだったりをやるのが普通らしいのだが、あいにくのところではあるが、現状そんな雰囲気ではないのだ。

 

 「えっと……これは、なにをしてるんですか?」

 

 迅凱仙のある森より、更に奥に行ったところには小さな花畑が存在する。

 そして、その花畑は一つの墓石を中心として広がっている。

 俺は現在、そんな墓石の前に座らされている。

 よくよく墓石を見てみると、なんというか年季の入った様子であった。

 少なくとも、ここ数年ではない。

 

 「いいから、そのまま……そのままでいてくれるかな」

 

 そう言うのは、普段のコック服ではなく、なにやら寺やら神社やらでよく見る神託を行うものの服装であった。

 でも違和感はない。

 むしろ、似合っていて驚きだ。

 

 「じゃあ、彼岸……始めてくれ」

 

 そう雷オーナーが彼岸に言うと、彼岸は懐から数枚の札を取り出して、空中に投げる。

 ピタッと、札たちは 星の形を描いて止まった。

 どんな原理で浮いているんだよ、あれ……。

 

 「生まれ何処より現れし者たちよ……汝、我の呼び掛けに応じ、その姿を現出させん……目覚めし夢の儚き記憶の世界へ、我らが魂を導け……陰陽術【具中暦(ぐちゅうれき)】」

 

 その瞬間、札から光が放たれ、俺たちを白き光で包み込むのだった。

 

 ……。

 ……。

 

 ここは……。

 どこだ……。

 

 ……。

 ……。

 

 俺は……誰だ。

 ……いや、俺は俺だ。

 天野……迅雷だ。

 

 ……。

 ……。

 

 みんな……どこだ?

 みんなとは誰だ?

 

 ……。

 ……。

 

 「やあ、迅雷くん……」

 

 その声……モミジ……いや、楓と呼ぶべきなのだろうか。

 お前が、楓……ハスキー先輩の最愛の親友。

 

 「うんうん……えっと、そろそろかな?」

 

 そろそろって、なにがだ……。

 

 「3!2!1!0! 明転」

 

 パッと急に周りは明るくなった。

 ここは、いつも夢でみていた研究所でもなければ、迅凱仙でもない。

 虚無とでも表現するような黒い空間。

 その中に、俺と楓のところだけにスポットライトのような光が当てられていた。

 歩くとそれに合わせて移動する、便利な光だこと。

 

 「さあてさて、やあやあ……と言いたいところだけど……今日はお客さんを何人か連れてきたようだね」

 「お客さん?」

 

 パチン、と楓が指をならすと、また新たにスポットライトが点灯する。

 そこには、コック服姿のハスキー先輩、同じく紅葉、同じく雷オーナー……そして、神託服姿の彼岸がいたのだった。

 

 「え?あれ?みんな?」

 「ふぅ……どうやら、成功のようだね彼岸」

 「そうですねオーナー……」

 

 成功のよう……というのは、先程の札から光を放ったやつのことか?

 

 「あ……あ……」

 「お兄ちゃん!!」

 

 いつにもなく、柄にもなく、大声と涙を溢しながら紅葉とハスキー先輩は楓の元に走っていく。

 っと、そのまま楓を押し倒した。

 

 「痛ててて……紅葉はともかく、ナイトが本気で突っ込んできたら死んじゃうって!! あ、僕はもう死んでるんだった。 あははは♪」

 

 いや、さすがにそのジョークは笑えない。

 怖いよ。

 

 「楓お兄ちゃん……楓お兄ちゃん……」

 「おお、我が最愛の弟紅葉よ。 お兄ちゃんが死んだあとも、ちゃんと無事に成長していてくれて、お兄ちゃんは嬉しいぞ」

 「うん……お兄ちゃんにはいっぱい話したいことがあるんだ。 例えば、雷オーナーから教わったことなんだけど、こう長い棒を悪い人のお尻に……」

 「うん。 その話は、後で……正確には個別で雷オーナーの夢に、化けて出てもいいから雷オーナーから直接聞くから、話さなくていいよ」

 「あ、お兄ちゃん。 じゃあ、彼岸の事は知ってる? 彼岸はねぇ……」

 「獣人陰陽師の総本山最強の守護者【天海の彼岸】でしょ? 知ってる知ってる。 死者の世界じゃあ、有名人だからね」

 「死者の世界って……」

 

 とんでもねぇ表現だな。

 

 「ふむ……いやぁ、それにしても……久しぶりだね、銀牙(ギンガ)

 「楓……楓……俺の名前を呼んでくれる楓……あぁ……いとおしい……」

 

 ん?楓はハスキー先輩の事を銀牙って呼んでるのか。

 

 「あぁ、迅雷くん。 銀牙という名前は、僕がナイトに上げた名前さ。 いい名前だろ?」

 

 へへっと楓は笑いながら、ハスキー先輩の頭を撫でている。

 あんなにもハスキー先輩の尻尾って嬉しそうにブンブン動き回るんだな。

 

 「さて……雷オーナー。 先程の紅葉の件は、別の場所でじーっくり話すとして……貴方たちがここに来たと言うことは、僕が生前に言っていた事が確信に変わったと言うことなんでしょうね」

 「そうだよ、楓くん。 君が生前に研究していた事は、こうして……証明されたわけだ」

 「ふふっ……ね、銀牙。 また会えたでしょ?」

 

 頭を撫でる楓にぎゅっと抱きついているハスキー先輩の尻尾は、その言葉に反応するように縦に揺れる。

 いや、それにしても……なにを証明されたんだ、ここで。

 

 「迅雷くん。 君は、獣人が死んだらどうなるかって知ってるかい?」

 

 疑問に思っていると、唐突に楓は俺にそのような質問を投げ掛けてきた。

 獣人が死んだらどうなるか……そんなこと、微塵も考えたことがなかったな。

 

 「死んだら死んだで、その人の人生が終わるだけ……なんじゃないかな」

 「うんうん……そういう考えも正しいと思う。 確かに、その人の人生はその人の人生として死と言うピリオドで完結してしまうだろうね……でもね」

 

 と楓は話を続ける。

 

 「僕が研究していたことによると、生物の魂と呼ぶべき存在は、別の生命に継承されるんだ。 まあ、そうは言っても……別の生命の場所にまた別の個体の魂が入ると言っても、本来ならばその魂は眠りについている……けど、ある時その魂が目覚めると、俗にいう前世の記憶なるものが呼び起こされ……」

 「ごめん。 簡潔的に言うと?」

 「生命は生まれ変わる……と言うことさ。 だからこうして、死んだ僕は君という個体に生まれ変わったわけだ」

 「え?」

 「そうだよ迅雷くん。 僕は君の前世……そして君は僕が生まれ変わった存在なんだよ……って言うのが、通説なんだけどね……でも残念ながら違う。 君は僕の生まれ変わりではない」

 

 その言葉を受けて、俺以上に驚いていたのは雷オーナーだった。

 なんというか、予想が外れたというか、読みが外れたという……そんな顔をしていたのだった。


 「どういう事だ?」

 

 ありきたりではあるが、雷オーナーはそう楓に尋ねた。

 そりゃそうだ。

 ここまでの流れでは、楓の生まれ変わりは俺……。

 頭の悪い俺ですら、そういう空気で、そういう流れなのだということは分かった。

 だが、本人は否定した。

 俺が彼の生まれ変わりではないということを。

 

 「まあまあ、雷さん。 まだ、僕の説明は終わってません。 最後まで聞いてからでも、その質問は遅くはありませんから」

 

 そう言って、楓はハスキー先輩と紅葉を引き剥がしてスッと立ち上がる。

 

 「コホン……さて、ではでは。 楓博士の講義の時間です。 本議題は、生まれ変わりとはなんなのか……」

 

 パチン、と楓が指を弾くとなにもなかった空間に黒板が現れる。

 そして、楓の手にはチョークが握られている。

 すごいな……この空間では、なんでもできるのか?

 

 「ほらほら、皆さん。 よそ見は禁物です。 では、続けますね」

 

 楓が黒板にすらすらとなにやら図形やら公式やら数式やら定説やら色々な事を書き始めている。

 なにも見ないで、この量を……すさまじいな。

 こう言うのが天才って言うのだろうな。

 

 「さあて、理論原理推論持論などなどはここに書かれた通りだ。 もしも気になるなら頭にでもメモってくれ。 ではでは、これらを簡単に説明するとこうだ……完全に生まれ変わるにはいくつかの段階を踏む必要があるということだね」

 「段階?」

 「そうだよ。 段階。 というより、順序かな。 なにせ、ここにいるのは完全体な僕じゃないからね……」

 「その言い方だと、まるで何かが欠けているような物言いだな」

 「うん。そうだよ。 だから、完全に生まれ変わったとは言えないんだ。 だから、先程は君が僕の生まれ変わりであることを否定したけど……実のところ間違ってはいない。 君は、僕の生まれ変わりであるというところは、否定できない証明された事実さ」

 

 結局のところ、俺が楓の生まれ変わりである事は決定事項なんだな。

 なーんだ……やっぱりそうなのか。

 いや、ほっとした。

 なんだかよく分からない展開になってたからな……。

 とりあえず、俺は楓の生まれ変わり……でだ。

 

 「それで、じゃあ何故完全体じゃないんだ? というか、完全体になるメリットってなんだよ」

 「いや、今この状況では完全体になっていた方がありがたいんだよね……まあ、完全体になったら僕ではなく君にメリットがあるんだよ、迅雷くん」

 「え?俺?」

 「そうだよ。 魂が完全体になったら……僕の記憶を完全に引き継げるんだよ。 つまりは、強くてニューゲームって事さ。 ありとあらゆる学問を覚えた僕の知識は、自慢じゃないけどかなり高いのさ」

 

 本当に、自分で言うなよそれを。

 自分で。

 

 「それに、水無月に狙われてる以上は僕の記憶や知識経験は君にとっては重要だと思うよ。 あんな惨劇は2度と起こさせたくないしね……」

 

 そう言って楓はハスキー先輩の方をちらりと見る。

 いったい何があったのだろうか……。

 

 「それで……その完全体とやらにはどうやったらなるんだ?」

 「あー、それは簡単さ。 僕の前の身体……つまりは、僕の死体に迅雷くんが触れるだけでいい。 実を言うところ、魂ってのはかなり定着力が強くてね。 身体から離れる際に、多くの魂は残留思念とかそういう類いで残ってしまうのさ」

 「あ、じゃあ……この夢が覚めた後に、君の死体に触れれば……」

 「うん。 残りの魂を回収できて一件落着……と、言いたいところなんだけど……」

 

 そう言って、ハスキー先輩をギロリと楓は睨み付けた。

 うわ、あんな怖い顔もできるのか。

 

 「ねぇ、銀牙……僕の死体……どこにやったのかな?」

 「し、しらなぁーい……」

 

 あれは、明らかに嘘をついてる顔……。

 口笛吹けないのに、口笛吹く真似事してるし。

 バレバレじゃん。

 

 「銀牙……こっちを見ろ」

 「ひぇっ……!!」

 「銀牙……僕の身体は、お墓の中には無いよね」

 「うぇ……あ……うん」

 「「うん!!!!??」」

 

 紅葉と雷オーナーは声を揃えて驚いている。

 まあ、そりゃそうだろ。

 この反応はな。

 

 「え?ハスキー先輩!!お兄ちゃん、あのお墓に埋めたって言ってたよね!?」

 「えっと……」

 「おい、バカ弟子。 まさか……我々に長い間、嘘をついていたのか?」

 「だから……」

 「ハスキー先輩!!」

 「紅葉……」

 「バカ弟子!!」

 「し、師匠……」

 「「問答無用!!」」

 「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 そう言って紅葉とハスキー先輩によるお仕置きが開始された。

 あーあ……ハスキー先輩……。

 え、ちょ……そんなことまで。

 

 「ふぅ……彼岸くん。 これ以上は18禁になるから、彼らだけ先に送り返してくれ」

 「そ、そうですね……解!!」

 

 彼岸の解と言う掛け声と共にハスキー先輩たちにかけられていたスポットライトは消灯した。

 

 「全く……銀牙には困ったものだ。 とは言っても、まあ僕の事を好意的に思ってくれたからこそ……と思うと、中々キツいことは言えないのだけど……」

 「それで、楓。 君の身体はどこにあるんだ?」

 「……僕の身体は、僕が開発した培養液……云わば、ホルマリン漬けに近い状態で……死んだ直後に近いほどの新鮮な状態で保管されているようだ。 それも、僕の死んだ場所……僕と銀牙の思い出の場所にね」 

 

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