夢で出会う謎
迅凱仙に匿われたその夜……俺は夢を見た。
見たことのない施設……見たことのない部屋……。
そこに俺は立っていた。
「なんだここは……」
辺りはガラス張りで、通路を白衣を着た人達が歩いているのが見えた。
獣人に人間……色んな者たちが、通路を通りすぎていく。
「なんだろう……ここ……」
思いきって外へと出ようとしたのだが、窓も扉も鍵がかかっていて開かない。
閉じ込められてる?
「なんなんだ……これは……夢なら……覚めろ……」
「おっと……夢だけど、まだ覚めちゃ困るよ……迅雷くん……」
不意に後ろから俺を呼ぶ声がしたため、振り向くとそこには白衣を着た1人の青年が立っていた。
青年……とは言っても、人間ではない。
獣人だった。
「いやぁ、始めまして。 ようこそ、僕の研究室へ……なーんてね♪」
青年は笑いながら着ている白衣をヒラヒラさせながら優々と楽しそうにはしゃぎ回っていた。
「えっと……あなたは?」
「おっと……自己紹介がまだだったねぇ……僕の名前は……【……】だよ」
ん?よく聞き取れなかった。
何て言ったんだ?
「ふふっ……名前なんてこの際、どうでもいいのさ……それより、君も大変な事に巻き込まれてしまったようだねぇ……あの水無月に狙われてるんだって?」
「え……? なんで、水無月のことを……」
「ここは君の夢……君が体験した出来事が保管される空間……故に僕は、君が見聞きした出来事はすべて知っているのさ……まあ、それ以外も知ってるとこは知ってるけどね……僕の存在は一種の妖精かなにかの類いだと思ってくれたまえ」
ハッハッハッ……と、本当に楽しそうに青年は笑った。
俺にはなにが面白いのか、全く分からないけどな。
「まあ、とりあえずかけたまえよ……迅雷くん」
トンっと、俺は不意に押されてしまい後ろに倒れるが、何故か先程までなかった椅子があり、そこに座った。
いや、座らされた。
「いやぁ……それにしても、まさか本当に研究成果通りになるとは……流石の僕でも驚きを隠せなかったよ」
「?? いったい何の話ですか?」
「いやいや、今の君に話しても無意味さ。 君は知らないのではなく、知ることが出来ない……何故なら、君は知らないのだからね」
何を当たり前のことを。
そりゃあ、知らないことは知らないに決まっているじゃないか。
「ふふっ……迅雷くん。 いやぁ、君に会えて良かったと思っているんだよ」
「何を突然……」
「んー……秘密♪」
この獣人、ノリノリなテンションだな……若干うざったいくらいだ。
「まあ……水無月のことなら君は心配しなくていいよ……きっと雷さんや、君の言うところのハスキー先輩辺りがきっとなんとかしてくれるからね」
「まあ、あの二人……昔は凄腕だったらしいからねぇ……」
今日迅凱仙に来たとき、雷オーナーから聞いた事実。
その昔、ハスキー先輩は超有名な殺し屋だったと言う。
「冷血の狩狗……長いから、ナイトって略すね」
「略すのかよ!!」
まるでハスキー先輩と親しいような感じな獣人だった。
いや、それにしても……この人、誰かに似ているな。
そうだな……あのピョンと跳ねてるアホ毛と、眼鏡さえなければ……紅葉に似てるのかな?
「ふふっ♪ おっと、お話はこの辺で終わりかな……そろそろ、朝のようだ」
獣人がそう言うと、ガラス張りから太陽光が注ぎ込み、世界は白く塗りつぶされていったのだった。
ガバッと起き上がると、布団の上だった。
ここは迅凱仙の従業員が寝泊まりする部屋……。
スタッフルームの地下にある、迅凱仙の従業員用の寮である。
「はぁ……はぁ……なんだ、あの夢は……」
何の変哲もない夢だったはずなのに、嫌に汗が止まらなかった。
そして、何故か足に激痛が走っていた。
なんだろう、この痛みは。
それに、あの獣人はいったい……。
「おっはよぉぉぉ、迅雷♪」
勢いよく部屋を開け、中に入ってきたのは、先程夢に出てきた獣人そっくりな紅葉だった。
「あ、おはよう……紅葉……」
「あれ?迅雷、すごい汗だね……エアコン効いてなかったのかな……」
紅葉は部屋の入り口近くにあるエアコンのリモコンを手に取り、温度を下げていく。
あー、なんだ……これは、暑かったからかいてた汗なのか。
「さあ、迅雷!! 朝食できたから、着替えて早く食べに来てね♪ 寮の食堂で待ってるからねぇ~」
そう言うと、紅葉は俺の部屋を後にした。
そうだった。
俺は今日からここで働くんだ。
このレストラン【迅凱仙】で……。
迅凱仙での業務でヘトヘトだった俺は深い深い眠りに入っていた。
そして、また夢を見た。
あの夢を……。
あの誰だか分からないやつが出てくる夢を……。
「やっほぉ~迅雷くん。 昨日ぶり♪」
夢の癖に、実に馴れ馴れしく、そして時系列が続いていた。
昨日ぶりって……本当に、昨日見た夢もお前が出てきてたんだから……話が繋がってやがる。
「やれやれ、そんなに警戒するもんじゃないよ……ほら、丸腰だぜ」
そう言って、着込んでいる白衣やら衣服やらパンツやらを狼獣人は脱ぎ捨てる。
やめろやめろ。
「脱ぐな脱ぐな!!」
「えへへ、以外と凶悪なぶつもぶらついてますぜ」
ぶらぶらと下半身を揺らす。
「やめろぉぉぉ!! R-18指定になるだろ!!」
「でも、僕の出てたシリーズにはエロシーン満載だったぜ」
僕の出てたシリーズってなんだよ。
まるで、この世界が物語みたいじゃないか。
「いいから、服着ろ服!! 話はそれからだ」
「えー、いいの? 僕のオールヌード見なくていいの? 目に焼き付けろよ、ほらほら」
「服着ろ!!」
俺は狼獣人に服を着せる。
全く、何歳なんだよこいつは。
少なくとも、俺よりは歳上そうな顔つきだぞ。
「さてさて、迅雷くん。 お話ししよう、僕と楽しく♪」
「いや、お話って……そもそも、お前は誰なんだって」
「えぇぇぇぇ!!酷いな、昨日名乗ったじゃないか。 僕の名前は……っと、ここでもう一度名乗ってしまうと、きっと読者にバレてしまうのだろうな……それじゃあ、面白くないな……いや……でも……」
ぶつぶつとそう言いながら俺をガン無視して狼獣人は考え込んでしまった。
いやいや、考えるなよ。
「だから、名前……」
「……うんそうだね……んじゃあ、とりあえず僕のことは、モミジと呼んでくれ。 モミジくん。 モミジさん。 モミジちゃん……いや、モミジ様と……」
「いや、モミジと呼び捨てるよ……」
「きゃあ、迅雷くんに呼び捨てされるだなんて……トキメク☆」
テンション高いな……。
俺、低血圧だからついていけないよ。
「うふふっ……さあて、さあて。 モミジくんの、深夜タイムはまだまだ続くぜぇぇぇ」
「お願いだから、静かに寝かせてくれ……」
「いやいや、君寝てるんだから。 これ、夢だから」
そう言うと、モミジは俺の額に指を当てる。
そして、ぶつぶつと何かを唱え始める。
「今度はなんなんだよ……」
「うふふっ……君には少しだけ、僕という存在を体験させてあげようと思ってね。 その準備さ」
「体験?」
「さあ、いってらっしゃい♪」
そしてモミジは俺の額にデコピンを喰らわせる。
そうすると俺の視界は、いきなりグニャリとネジ曲がり、意識が消えていくのだった。
「おい……しっかりしろ、おい……」
そんな声がして、揺さぶられていた。
あれ?
俺は一体……。
「おい、大丈夫か?【……】」
「うん、大丈夫……って……えっ?」
あれ、なんで……。
「ハスキー先輩?」
「ん?寝ぼけてるのか?【……】。 俺は冷血の狩狗。 ほら、いつもみたいにナイトって呼べよ」
「え?」
何をいってるんだ、ハスキー先輩。
あ、でも待てよ……。
ハスキー先輩って、昔殺し屋だったんだっけ。
そして、その名前が冷血の狩狗だったはず。
「や、やあナイト……あれ、お……ぼ、僕何してたんだっけ?」
まずい。
俺って言いかけた。
確か、あの狼獣人は僕って言ってたからな。
統一しとかないと。
「あはは。 相変わらず【……】は可愛いな。 流石は俺の友達」
「ね、ねぇ……ナイト……ここは……どこ?」
辺りを見回すが、なにやら研究施設の一室だったようだ。
試験管にフラスコ、様々な実験器具や見たこともない装置も何個かあった。
分析とかそういう類いのものかな?
というか待て。
フラスコの表面に映った自分の顔を見て驚いた。
俺はあいつになっていたのだ。
アホ毛眼鏡の狼獣人に。
「なんだ? 夢でも見てたのか? ここは、お前のラボだろ。 ほら、遺伝子工学の第一人者であるお前の……」
「あははっ、そうだったそうだった。 やだ、てへっ♪」
こういう感じか?
あいつのキャラは。
「相変わらず天然というか……明るいな。 まあ、そんなお前も好きだが……」
デレデレだなハスキー先輩。
というか、こんなハスキー先輩見た事無い。
本当に殺し屋かと思うほどに、なんか幸せそうな顔だった。
「そうだ、なあ【……】。 いつもの場所にいこうぜ」
「いつもの場所?」
「あははっ。 まだ寝ぼけてるのか? 仕方ねぇな」
よいしょっと、ハスキー先輩は俺を抱き抱えた。
え、え、えぇぇぇぇ!!
「なんだ?【……】。顔が赤いぞ」
「あー、いや……ちょっと、驚いただけ……」
「そうか? んじゃ、行くぞ~♪」
ハスキー先輩は俺を抱えたまま研究室を後にした。
俺たちは長い長いガラス張りの廊下を渡り、その奥にあった中庭のようなところに来た。
大きな木が一本立てられており、辺りには少しだけ花が生えていた。
「ほら、着いたぞ。 俺たちのお気に入りの場所に」
「あ……うん……」
「どうした?【……】。 さっきからボーッとして……」
「いや、ちょっと考え事を……」
「研究のし過ぎじゃねぇか? ほら、休憩休憩♪」
そう言ってハスキー先輩は、木の下に俺をつれて座り込んだ。
外に通じているようで、風が少しだが吹いていて、心地よかった。
それに、草木の匂い……そして、ハスキー先輩の優しい匂い。
「【……】。 大好きな【……】。 このまま一生……俺の友達で居てくれよ……大好きな、【楓】」
その瞬間、俺の夢は終わりを告げた。
目が覚めた。
肝心なところで目が覚めたよ、チクショウ。
「楓……って言ってたよな……」
楓って、確か……雷オーナーの話に出てたやつだよな。
ハスキー先輩が楓って叫んでたんだっけ。
でも、そんなやつがなんで俺の夢の中に出てきたのだろうか。
なんで……。
「おっはよぉ♪ 迅雷♪ 朝だよ♪ って、また起きてる!! おっはよぉ♪」
昨日のように扉を開けて、紅葉は部屋に入ってきた。
朝からテンション高いな……というか、まるで夢に出てたあいつのようだった。
あの楓と呼ばれていた狼獣人に。
「どうしたの? 迅雷? そんなにジーっとこっちを見つめちゃってさ」
「え、あぁ……えっと……変な夢を見ててさ……」
「変な夢? エッチな夢?」
「変=エッチっていう訳じゃないだろ……うーんと、なんというか不思議な獣人に案内されるままに、その獣人の過去に飛ばされた……って感じかな?」
「ふぅーん……ホントに不思議な感じだね。 んでんで、その獣人の過去ってどんなだったの?」
「そうだなぁ……研究者でちょっと天然で、テンションが高い眼鏡をかけた狼獣人だったな……ちょうど、紅葉みたいな毛並みを……!!」
と言いかけたところで、俺は見てしまった。
言葉を止めなければならない事態を……。
紅葉が泣いていたのだ。
ポロポロと声を出さずに、静かに……。
そして紅葉は泣きながら俺に抱きついてきた。
こんな時、どうすればいいのか分からなかった。
とにかく俺は紅葉の頭を撫で続けた。
優しく、優しく……。
すると、紅葉はすやすやと眠っていった。
だが、溢れ落ちる涙……そして、抱きつく手の力は緩むことはなかった。
もう二度と離さない……そんなような強さだった。