柴犬侍からの及第点
あれから数日。
彼岸はシバに言われた言葉を気にしながらも、シバの料理の技術を覚えていく。
俺も、だし汁を使った料理を必死に覚え、今では普通にお店に出させて貰っているレベルまで上達できた。
楓くんは、今は料亭のお姉さんたちと釣りに出掛けている。
彼はとても運が良く、ポイントを正確に探知し魚を釣ることができるという。
まるで魚群探知機レベルの探知能力だ。
「ふぅ……よし、休憩にしよう」
シバは刀を鞘に納める。
その瞬間、空中に舞っていた魚たちはもの見事に切り裂かれ、お造りとなって皿に並べられる。
いつ見ても凄まじい技だ。
「二人とも、明日……最終試験を執り行うぞ」
鞘に納めた刀をぎゅっと紐で縛り、そういい残してシバは外へ赴いた。
シバは毎回、料理をおこなったあとに外で素振りを100回する……と言うのが日課らしいのだ。
それにしても最終試験か……。
「初日の答え出た?彼岸」
「いや……まだ」
修行初日に出した彼岸の料理。
美味しいとは思う。
けど、不評であった。
何がいけなかったのか……何が最低だったのか。
俺たちは未だに分からなかった。
「うーん……なあ、彼岸。 少し、外歩かない?」
「そうだね。 この時間だと、静かだろうしいいね」
夕暮れ時の海辺。
俺と彼岸はそそくさと着替えて、出掛けた。
「うーん、やっぱり潮風は気持ちいいな」
「ずっと山暮しだったから、未だになれないな……この海の匂い」
そう言えば彼岸は陰陽師として、山籠りの修行に明け暮れていたとか。
小さいときからそんなことしているだなんてすごいと思うな。
俺は小さい頃は、お父さんとお母さん……そして、お父さんの助手さんによく甘やかされていたなとつくづく思う。
勉強も普通にできたし、運動もそこそこできた。
今思えば、獣人の生まれ変わりだからなのかな?
それとも、あのチート級の父親の……。
「迅雷?」
「あっ……」
ぼーっと沈む太陽を眺めていた顔を覗き込むように彼岸は顔を向けていた。
いけないいけない。
せっかく彼岸といるのに、なにをやっているんだ。
「なあ、彼岸……ここ数日、楓くんと3人で一緒にここにこれてよかったと思うよ」
「うん……僕もそう思う。 いつも、厨房でミスばかりしていたし……それに、なんだかこうして人間である迅雷と話せてる自分が不思議と嬉しかったりするんだ」
「そういえば、人間嫌いだったもんね」
「あっ、でも迅雷はもう平気! 昔、水無月のところの影に強姦されて……そこから人間に対して恐怖心が出るようになったんだ」
「そうだったんだね……」
「うん、今はとりあえず迅雷は平気!」
「ならよかった……嫌われてるかと」
「そんなことないよ、むしろ好きだし……」
「えっ///」
「あっ///」
思わぬ言葉に、俺も彼岸も赤面していた。
あの夕暮れの空のように。
「そ、そろそろ戻ろうか」
「う、うん……そうだね……」
お互いに照れながら、何故か手を繋いで帰った。
こんなの紅葉やレオには見せられないな。
嫉妬しそうだし。
なにより、恥ずかしがりな彼岸が責められそうで嫌だし。
「彼岸、明日も頑張ろうな♪」
「うん♪」
翌朝……ついに最終試験がスタートするのだった。
「試験は最初と変わらぬ……用意した水槽から魚を選んで、一品を作る。 それだけだ」
とシバは言う。
「ただし、迅雷には出し汁を使う料理しか伝授していない。 だから、迅雷には3時間の猶予を与える……彼岸、お前は変わらず30分だ」
「は、はい!!」
そうだ、俺も……この試験をクリアしなきゃ。
「では……用意……始め!」
シバの号令と共に、最終試験がスタートしたのだった。
彼岸は水槽から魚を取り出す前に、よく手を冷やす。
初日に失敗したのは、魚の取り扱いもさながら、よく知らなかった知識だ。
魚は普通の体温では火傷してしまう。
故に、海にいる漁師や釣り慣れをしている人は魚をつかむ前に手を十分に冷やすという。
少しでも鮮度を高める……この心遣いこそも料理の手間と言える。
「初日と選ぶ魚は変わらない!」
さっとかんぱちを取り出して、以前のように見事に捌いていく。
よし、俺も負けていられないな。
「俺はこれにしよう……」
そう言って水槽の奥底に潜んでいたカレイを掬い上げた。
そう、俺が作るのはカレイの煮付けだ。
もちろんこれも出汁によっては味わい方が変えられる魚。
煮込み方、仕込み方で全てが変わる繊細な料理だ。
「えっと、まず軽く鱗を落として……それから……」
と、慎重になっている俺とは裏腹に、彼岸は着々と品を進めた。
しかし、初日と違い今回は醤油などのタレはつけずに進めている。
別の品を作るのか?
いやでも、米も炊いてるし……。
「よいしょっと……」
と、炊き上がったお米を確認する彼岸。
そして、彼岸はそれを容器に移して、パタパタとうちわであおいでいる。
それをしながら、酢を少し加えて米を潰さないようにかき混ぜながら。
「よし、負けていられないな!!」
俺は、カレイの滑りを取り、鍋に醤油やみりんなどの調味料を加えて煮込み始める。
初めは強火……そして中火。
もちろん、出汁は使っているよ。
昆布などの海草から取り出した特製の出汁をね。
「……できました!! かんぱち丼(改)です!!」
そう言って彼岸は、シバに品を出す。
20分で仕上げてしまうとは……彼岸、腕は上がったな。
「ふむ……では、いただこう……」
箸を掴み、シバは丼を一口……。
そして、目を見開いて掻き込むようにかんぱち丼を食べ始めた。
「うむ!! これぞよ彼岸!! 初日のミスを見事に挽回したな」
「はい……シバさんが初日に最低の品……そう言った理由は自分で食べてみてもよく分かりました。 魚の鮮度……それは簡単なことで変わってしまうもの。 例えば、炊きたての美味しいご飯……これの上に乗せるだけで、魚は火傷して半焼けになってしまいます」
「うむ!! その通り!! 初日に食べたかんぱちは半焼けしていて、そこに醤油の深みが変に乗っかってしまって、味のバランスが崩れてしまっていたんだ」
「今回は酢飯、そして甘さを出すために米を潰さないようにかき混ぜながら少し冷やしました。 これで魚の鮮度を痛めることなく、丼としてだせたといえます」
「うむ……多くのものは勘違いしているが、酢飯を作る際にうちわであおぐのは米を冷やす目的もあるが、それと同時に酢を米に馴染ませる効果もあるからのう……うむ、見事……彼岸、合格だ!!」
そう、シバに満面の笑みで言われた彼岸はボロボロと涙を溢して喜んでいた。
やっぱり、初日に言われた最低の品を挽回できたのが嬉しかったんだな。
何気に負けず嫌いだからな……彼岸。
「さあ、負けていられないな」
俺も俺の料理を出そう。
彼岸に負けないような、美味しい料理をな!!
―――そして、「狗狼」での修行は終わりを告げた。
俺と彼岸は魚介の取り扱いを専門家であるシバからみっちりと叩き込まれ、その後その知識を【迅凱仙】で振る舞うことになる。
いつの間にか、雑用や掃除だけだった俺がまさか厨房に立てるだなんて思わなかった。
そして、楓くんは……。
「いらっしゃいませ、迅凱仙へようこそ♪」
すっかりと、接客を覚えた彼は良くお手伝いとしてホールでお客さんをおもてなしている。
大人顔負けのプロの仕事を女将さんたちから教えられたらしい。
そんな様子をハスキー先輩は嬉しそうに眺めている。
雷オーナーは、カメラを構えてひたすら写真ばっかり撮っているから、紅葉にぶっ壊されてたな。
本人ごと。
「やあ、また来たよ」
「いらっしゃい、シロンさん」
今回の修行のきっかけをくれた黒猫の白魔導師シロン。
この人が頼むのは決まっている。
「彼岸くん、迅雷くん……君たちが覚えた海の幸を引き出した美味しい魚料理を食べさせてくれ♪」
「「はい!!少々お待ち下さい」」
こうしてレストラン迅凱仙の味は更に進化していく。
この先も……いつまでも。
――――――
「ねぇ……その噂、本当なんでしょうね」
「ええ……間違いなく」
「なら、会いに行かなきゃ……私の愛しい婚約者……うふふ、紅葉様……」
この時、とある一族が動き始めていることに俺たちは気づかなかった。
だからこそ、この後……あんな事件になるなんて。
誰も予想できなかったんだ。




