柴犬侍のいる料亭
山の中のレストラン【迅凱仙】。
今日も今日とて、営業中のこのレストランは大変賑わしくなる程に人気だ。
それはそうだ。
料理のレベルはどれもこれも一流、お客様の要望に応えるのが本当のシェフと言うもの。
しかし、とある一人の猫獣人の言葉で一変した。
「ここの魚料理……川魚は旨いけど、海魚は普通だよね」
そう言うのは、黒猫にして白魔導師【シロン】だった。
「えっ……どういうこと?」
と、紅葉はぎょっとして聞き返した。
「いやさ、ほら。 ここって、山の幸は採れたばかりのものを使うから新鮮で美味しいじゃん。 でもさ、海のものとなると話が変わってくるのさ」
「いや、でも……」
「確かに、普通のお店レベルの味ではある……が、他の山菜や川魚の味と比べてしまうと、どうしても目移りしてしまうのだよ」
「まあ確かに……それは一理あるな」
と、ハスキー先輩は頷いた。
そしてそんな彼の腕には、小さな狼獣人【楓】が抱き寄せられ寝息をたてて眠っていた。
かわいい。
「俺たちは味付けなんかで多少誤魔化してはいるが、完全に海の幸を扱えているかと言えば、皆無だろう。 だって、山のものしか取り扱ったことがねーんだからな」
「確かに……僕もここで働いてて長いけど、海の幸は中々触れる機会がないな……」
味への探求は生涯シェフ業を勤める者にとっては永遠の課題と言える。
そこでお店が終わったあと、緊急で会議を開くことになったのだ。
「はい、という訳で……どうする?」
と、紅葉は言う。
一同は悩むが、意見は中々でない。
そりゃそうだ。
これまで料理について意見されたことなどなかったのだから。
全員が全員の品に誇りをもって取り組んでいるのだし、そこを曲げてしまうと彼らの品は確実に落ちるだろう。
だからこそ、この選択が選ばれた。
「……一時的に修行ですね」
そう言ったのは、変態過ぎる迅凱仙オーナーの雷オーナーだった。
「海の近くにある迅凱仙と提携している料亭【狗狼】……ここで、一週間ほど研修に行って貰いますかね」
いつもふざけてる雷オーナーは今日はやけに真面目だった。
珍しいな。
普段からきちんとこうして仕事すればかっこいいのに。
「では、行くメンバーですけど……」
と、真っ先に手をあげたのは紅葉だった。
「僕行きたい!!」
「ふふっ……ダメです」
雷オーナーは、笑顔で断った。
えっ?
「お前はここに残ってシェフ業を勤めなさい。 最近色んなことがあって、暫く休業には出来ないんだからさ」
「じゃあ、俺か?」
「バカ弟子、お前もだめだ。 お前が抜けると、厨房が回らなくなる」
「じゃあ誰が……」
と、ここで俺は雷オーナーがずっと俺の方を見ているのに気づいた。
えっ?
「迅雷くん……君が行くんだ」
「俺ですか?」
「そうだ。 流石にウエイターと毛繕いサービスだけでは、君のスキルは上がらない。 だからここで、君には海の幸を山の中でも美味しく食べられる調理方法を学んで欲しいんだ」
俺がついに厨房に立つのか……。
「ちょっとまって、迅雷が行くなら僕も行く!!」
「俺様も迅雷と行くぞ!!」
「なら……」
「黙れ」
ビリッとするような雷オーナーの怒号は、この空間を静止させた。
紅葉、レオ、そしてハスキー先輩は黙らざる他なかった。
「今回は彼岸にも行ってもらうよ。 お前も料理スキルを紅葉たちレベルに上げてもらう必要があるからね」
「じ、迅雷と二人で?」
彼岸は少し嬉しそうだった。
それを妬ましく思う他の3びきの威圧に物怖じせずに目を輝かせていた。
「うん、今回はその二人で……」
「僕も行く!!」
そう言ってハスキー先輩の膝の上に座っていた狼獣人【楓】は満面の笑みで手をあげた。
「海行きたい!!」
「楓、お前は危ないからだめ。 こないだだって、川に遊びに行ってびちゃびちゃになって帰ってきたじゃないか」
「大丈夫だよ。 だって、迅雷しゃんと彼岸しゃんがいるんだから。 ねっ♪」
お願いをしている時の楓の目はくりくりっとしている。
そんな目で見つめられてしまっては、ハスキー先輩も許可せざるおえないのだ。
「ついでに水着着て迅雷しゃんと彼岸しゃんと海で遊ぶの」
「楓くんが水着……」
雷オーナーは何を思ったのか知らないが、鼻を抑えている。
が、抑え方が足りないようで鼻血が手から流れていた。
あー、スイッチ入ったか?
「か、楓くんが水着でいくなら、私も私もイクゥゥゥゥゥ!!」
「オ、オーナー?」
「楓くんを水着で……水着で……ギャフン!!」
強烈な拳を頭上から受け、雷オーナーは目を回して気絶してしまった。
「楓を犯そうとするのやめろって言ってるだろ!! 全く……」
と、ハスキー先輩は振り下ろした拳を避けて気絶した雷オーナーをズルズルと引きずってスタッフルームに消えていった。
「じゃあ、とりあえず……研修だね」
「よろしくね、迅雷♪」
「うん、よろしく彼岸。 それと、楓くん」
「あい♪」
こうして俺たちは海辺の料亭【狗狼】へと修行に出掛けることになったんだ。
【ほぼ同時刻の「狗狼」では】
和装をした柴犬獣人が、まな板の上に魚を置いている。
そして次の瞬間、帯刀していた日本刀を居合い斬りの要領で素早く抜刀する。
その刀は長さは思ったより短く、包丁ほどの長さしかなかった。
が、彼はその長さの日本刀を素早く動かしあっという間に【魚のお造り】を作り上げてしまう。
しかも、まだその魚は自身が捌かれたことに気づいていないようで、ピクピクと動いているのだ。
「ふむ……このような感じでござるな」
ツーっとタオルで刀の刃を拭き、彼は刀を鞘へと納める。
彼こそ、この狗狼の料理長「シバ」である。
そして、そんな彼が見つめる先には写真立てが置いてある。
そこに写っているのは、かつての彼の大学時代の仲間たち。
獣人陰陽師「吹雪」。
白魔導師「シロン」。
彼の恩師にして迅雷の父「天野教授」。
そして、天才博士「楓」の姿だった。
海辺の料亭「狗狼」は魚を主としたコースでおもてなしする由緒ある店である。
そんな伝統ある料亭がどこにあるかと言えば……。
「うわぁ、すごいね……」
「海~♪」
コバルトブルーに染まる海面がよく見える砂浜。
そして、その近くにまるで城のように佇むのが今回の目的地である狗狼の本店である。
「迅雷しゃん、海ですよ♪」
「迅雷、海だよ♪」
見ればわかる……と言ってしまうと、楓と彼岸が不快な思いをするかもと思ったので、俺はあえてにこりと微笑むことにした。
「さてと……二人が海に夢中になってる間に、挨拶だけでもしに……ん??」
海辺の桟橋付近からの視線を感じた。
目をやると、そこには和服姿の柴犬獣人が立っていた。
侍?
「あいや待たれよ……」
そう言って、獣は高々とジャンプした。
そして、くるりと一回転し俺の前に着地したのだ。
「ふんふん……なにやら懐かしい匂いがしたせいで、お主を呼び止めてしまった。 これは失礼した」
突然匂いを嗅いでくる方が失礼だと思うけどな。
「えっと……お、俺は迅雷といいます」
「やや、これはまたまた失礼したでござる。 拙者、シバと言うもの。 あそこの料亭で料理をしている者でござる」
「えっ……じゃあ、あなたが……」
「むむ? おや、その懐から出ている手紙からは雷殿の匂い……ふむ、ではそなた達が此度の修行志願者か」
「あ、はい……」
「ふむ……話によると、あともう一人おると聞いておるが……」
「おーい、迅雷!! 見て見て、こんなに貝殻拾っ……」
色とりどりな貝殻を微笑ましいほどに可愛らしく手で包みながら彼岸は持ってきたが、その行動はシバを見てピタリと止まる。
「迅雷、その人誰?」
「あ、この人はシバさん。 狗狼で料理をして……」
「……久しいな【天海】の」
「お前か……侍」
え?え?え?
「なんだよ、彼岸久しぶり♪」
「シバ♪ 久々♪ 元気でしたか?」
と、二人は仲良く包容するのだった。
って、ええ!!
「二人とも知り合いなの?」
「うむ、旧知の仲でござる」
「シバ兄ぃ~♪」
「シバ兄!!?」
あの人見知りな彼岸がここまでべったりになってる姿は始めてみる。
正直驚いているぞ。
「彼岸しゃん、待って~」
てちてちと、こちらも貝殻を持って楓が走ってきた。
可愛い。
「楓、貝殻いっぱいとれたの?」
「うん♪ おとうしゃんにあげるの♪」
ハスキー先輩……これ聞いたらまたデレデレするんだろうな。
「あれ?その人……」
「あー、この人は……」
「わ、我が主様!!」
そう言って、先程まで彼岸を抱き締めていたのに、今度はそれを退かしてシバは楓を高々と抱き上げた。
「わぁぁ!!」
「我が主様!! またこうして出会えるとは……やはり、我らには盃を越えた運命が……」
「???」
「我が主様……はぁ……いい匂いするぅ……」
「あっ!! ちょっと、変なところに鼻を……ひゃん」
「すーはーすーはー」
なんだろう……とてもヤバイ光景な気がする。
特にハスキー先輩に見つかったら……。
「!!」
その時上空から飛来するものがいた。
それは、すかさず地に降り立つとシバに向かって手刀を放った。
しかし、シバは腰に指していた刀の鞘でそれを最小限の動きで防いだのだ。
「なにやつ……」
「あれは……」
緑のマフラーに、黒装束……そして、銀色の毛並みをしたあの男は。
「おとうしゃん!!」
そう、ハスキー先輩だったのだ。
「楓に手を出した不届きもの……殺す」




