あなたを頂戴いたします
森の奥深くより、美味しい食べ物の匂いがする。
それは麓の人間にも分からない怪現象であるらしいのだ。
しかしながら、俺は……天野迅雷はこの現象を知っている。
それは何故か。
何故なら、その現象の発生源で働いているからだ。
レストラン【迅凱仙】。
人と獣人が訪れる秘密のレストラン。
今日も今日とて、お客様をおもてなす。
「ふぅ……結構大変だったな」
俺は食材を貯蔵庫に運び終え、顔から滲み出た汗を拭う。
迅凱旋では、ほぼ毎日新鮮な食材を買い集めているため、こうして食材を貯蔵庫にしまっておくのだ。
大きな冷凍庫になっているこの貯蔵庫は、食材を腐らせず新鮮な状態を保ってくれるらしい。
こんな森の奥深くに、こんな便利なものを作ってしまうとは……雷オーナー流石だな。
「おーい、迅雷。 終わった?」
「終わったよ、紅葉」
狼獣人にして迅凱仙を取り仕切るコック長である紅葉が、水筒を片手にやって来た。
いつも以上に笑顔で、なにより嬉しそうに尻尾を振っている。
相変わらずかわいいやつだ。
「えへへ、飲み物持ってきちゃった」
「あー、ありがとう。 重いもの持ち運びしてたから喉乾いちゃって……」
「ちょっとまってて!!」
そういって水筒からお茶をコップに注ぎ、紅葉はそれを自らの口に含み始めたのだ。
「え?紅葉がそれ飲むの?」
「んーん」
「じゃあ、なに……っ!!」
俺が問おうとしたことは、彼の口によって塞がれた。
みるみると紅葉の口から、俺の口内へお茶は流し込まれていく。
その際、紅葉は俺の舌を自らの舌でなで回していた。
その感触は、なんだかとってもくすぐったいものではあったが、嫌ではない。
「ふぅ……どう?美味しかった?」
「いきなりビックリしたわ!! どこでそんなテクニック覚えてきたんだお前は!!」
俺と紅葉は付き合っている。
かれこれもう、2週間。
日に日に紅葉の愛情表現は過激になっていく。
だがそれも悪くない。
だって、そんな紅葉も好きだからだ。
「えへへ♪ お茶と僕の唾液が迅雷を潤しちゃった」
「うん……お、美味しかった……」
顔を真っ赤にしながら俺はそう答えると、紅葉も自分のやったことを思い返してか顔を真っ赤にしていた。
こいつは、ビックリするようなことをやるくせにこうして恥ずかしがるんだよな。
全く……かわいいやつだ。
「ねえ、迅雷……ぎゅーってして」
「ほいよ♪」
「わぁぁ///」
紅葉はこうしてハグされるのが好きみたいで、よくおねだりしてくる。
俺が力強く抱き締めると、真っ赤になった顔を俺の胸元に押し付け顔を隠してはいる。
が、尻尾は正直で毎度毎度ブンブン振り動いている。
「うう、迅雷好き……」
「俺も好きだよ、紅葉……」
「あふぅ……///」
耳元でいつもこういうと、紅葉は腰が砕けたように力が抜けてペタンと地面に座り込んでしまうのだ。
そして、その度に俺がこいつを抱き上げて移動する羽目になるわけだ。
手間のかかる恋人だぜ、全く……。
そんなイチャイチャしてるバカップルぶりが続いたある日のこと。
1通の手紙が、迅凱仙に送られてくる。
差出人は不明……だが、俺宛のものだった。
「イタズラ?」
と、彼岸は手紙の封筒を念入りに見ている。
が、特に異常は無さそうだと判断したようで、俺に手紙を渡すのだった。
「さあて……とりあえず、中を開けてみるか」
封筒を手を使って丁寧に破り、中を覗き込むと1枚のプレートのようなものが入っている。
スッとそれを手に取ると、プレートには文字が浮かび上がったのだ。
『今宵、あなた……天野迅雷を頂戴にあがります 獅子座の使者より』
それは明確な誘拐宣告だった。
「えっ……?」
「なにこれ……」
俺と彼岸は驚いていたが、その文章を横から見ていたはずの紅葉がいつの間にか居なくなっていた。
あれ?
あいつどこに……。
そう思っていたところ、スタッフルームの方から紅葉は現れた。
おびただしい程の重火器を身に纏って。
「そいつ、殺ろう」
目が座っていた。
あれは本気の目だ。
「まてまてまて!! 落ち着け紅葉!!」
「僕の迅雷を拐うとか……万死に値する」
「落ち着け!!冷静に冷静に!!」
「獅子座の使者ってことは、あの空に浮かぶ星座を破壊すれば2度と現れねぇよな?」
「紅葉、落ち着いて!!」
俺と彼岸で必死に説得を試みているが、一向に紅葉の怒りは止まらない。
仕方がない……この手を使うか。
「落ち着けって」
「っ……!!///」
紅葉の怒りに満ちていた目は次第に落ち着きを取り戻していく。
逆に今度はとろんとした目に変わり、みるみると力が抜けていったようで持っていた重火器を床に落としていく。
そして最後には紅葉自身も床にぐでんと幸せそうに目を回して倒れるのだった。
俺が何をしたかって?
単に、キスしただけだ。
ちょっと舌を使った深めのディープキスをな。
これで紅葉は落ち着かせたとして、問題は手紙の方だ。
いったいなんの目的で……よりにもよって俺なんかを狙うんだろうか。
正直、まったくと言っていいほどに心当たりがないのだが……。
とりあえず、俺とキスして倒れた紅葉と、それを目撃して恥ずかしくなって同じく倒れた彼岸をどうにかしなきゃな。
あれから1時間後。
お店の開店まで残り2時間と迫ったタイミングで、ようやく手が空いた俺は裏社会に精通しているハスキー先輩に相談していた。
元伝説とまで言われた殺し屋「冷血の狩狗 」。
そんな彼ならばなにか知っていると思っていたが、反応は悪かった。
「獅子座の使者ねぇ……聞いたことねぇな……」
「そうですか……うーん……困ったな……」
ちなみに紅葉と彼岸はスタッフルームで寝ている。
よほど刺激が強かったみたいで、二人とも未だに顔を赤めて気絶しているんだよね。
「あぅ?」
「あー、楓どうしたんでちゅか??」
ハスキー先輩の背中には、先日雷オーナーから受け取った大切な子供が背負われている。
ハスキー先輩が彼に名付けたのは、当然ながら楓だった。
すっかり子煩悩なイクメンパパ化したハスキー先輩のことを、誰も殺し屋だったなんて思えないだろう。
「楓くん、お腹すいたんじゃないですか?」
「あう♪」
「おお、そうか~♪ じゃあ、ミルク作ってあげまちゅからね♪」
と、ハスキー先輩が言うと……。
上半身裸になった雷オーナーが現れるのだ。
「楓きゅん……わ、私のぉぉぉぉ私のぉ雄っぱいをぉぉ、飲んでくれぇぇ!!」
「やめろ!!」
ごつん、と毎度毎度殴られるまでがお約束になっている。
「キャッキャッキャッ♪」
「だめでちゅよ、楓。 あんな虎を見たらバカが移るからねぇ~」
「あう?」
「そう、見ちゃだめ」
「あい!」
「はぁぁぁぁ……尊い……可愛いよぉ」
本当にすっかりと親バカになり始めてるハスキー先輩に思わず俺も笑みを浮かべてしまう。
そのままハスキー先輩は厨房の奥に向かい、ミルクを作り始めに行く。
あーなると、もう楓くんとミルク作りにしか目が行かなくなるからな……。
おっと、それよりも。
「雷オーナー!! オーナーなら、知ってます? 獅子座の使者」
「きゅぅ~」
「あ、だめだ……のびてる」
「きゅぅ~」
仕方がない……ここは1つ、魔法の言葉で起こすとしよう。
「あれ?お父さん、来てたの?」
「!! ぁぁぁぁあ、天野教授!!ほ、本日はど、どのような……ってあれ?」
お父さんのことを話すと、決まって雷オーナーは慌て始める。
昔なにかあったみたいだけど、雷オーナーもお父さんも話してくれないから分かんないけど、普段はあんな感じな雷オーナーがこうも慌てるのには……っと、今はそれより。
「オーナー。 獅子座の使者って知ってます?」
「獅子座の使者。 うむ、知っている……というか、どこでその名前を?」
「いや、予告状が届いて……」
「どれどれ……ふむふむ……」
と、雷オーナーは俺からプレートを受け取ると、念入りに調べ始める。
キョロキョロと一通り見たあとで俺にそれを返すのだった。
「獅子座の使者……とは、表社会での通称でね。マスコミが付けた愛称さ。 それをやつも気に入って使ってるみたいだけど……またの名を【義賊のレオ】。 悪党から盗んだ金品財宝を貧困層や身寄りのない子供のために使っている存在だ」
「そんな人物が、なぜ俺を……」
「まあ君はいろんな要因があるからね……例えば、楓くんの生まれ変わりである君の持つ知識が必要だとか。 天野教授の息子である君を誘拐して天野教授を味方にしようとか……」
でも、正直言ってどれも的はずれだと思う。
楓の知識については俺はまだ完全に引き出せていないし、お父さんは俺が誘拐されたところでなにもしない……いざとなれば本気を出して救えばいいだけの話だろうからね。
「とにかく……義賊のレオが天野迅雷を狙っていることは確かだろうし……ここは1つ、助っ人を呼ぶとしよう」
「助っ人?」
「【冷血の狩狗】……つまりは、私のバカ弟子と対等に渡り合えた刑事がいたよね?」
「あ……【青い番犬】の時雨さん?」
「うむ……その相棒であるICPOの刑事である雨宮ユリウスくん。 彼は長年、窃盗関係の事件専門で動いているらしくてね」
「なんだか、どこかのとっつぁんみたいな話だ……」
「彼ならば力になってくれるはずだ。 今から連絡すればたぶんすぐこれるはずだ」
「じゃあ、お願いします」
と、頭を下げると雷オーナーは懐から携帯を取り出し、電話をかけた。
直後、店の外から着信音が聞こえる。
あれ?
「もしもし、雨宮くんかね? 私だ。 雷だ。 実は事件の依頼をしたくて……」
「はい、到着しました」
カランコロン、とベルが鳴るドアを開けながら、携帯を片手に持った土色の柴犬の獣人はそう言う。
緑色のモッズコートに、腕には腕章を付けている。
何よりも目立つのは背負っている弓と矢だろう。
そんな堂々と武器を携帯していていいのかな?
「始めまして。 ICPOの雨宮ユリウスです。 先日は、うちのバカが大変失礼を致したようで……こちら、お詫びの菓子折りとなっておりますので、どうぞお納めください」
と、雷オーナーにスッと手渡しで高そうな包みに入った品物を雨宮さんは渡している。
「では、早速ですが……義賊のレオの予告状で盗まれるのはどれですか?」
と、聞くと雷オーナーは俺の方を指さした。
俺も同様に自分の方に指を向ける。
「俺です。 俺が盗まれるらしいです……」
「おや、あの義賊が金品ではなく人間を……初めてのケースになりますね。 メモせねば」
雨宮さんは、懐から随分と使いならしたボロボロの手帳を取り出して、鮮明にメモを取っていく。
几帳面だな……。
「ふむ……しかし、あなたを拐うことによるメリットとは……」
「それが俺にも分からないんです。 心当たりも何もなくて……。 突然この手紙が来て驚いているんです」
「うむむ……初めてのケース過ぎてあいつの思考が読めないな……」
メモを眺めながら、頬に手をやり雨宮さんは考え込んでいる。
これまでの記録も全てあの手帳に記録しているのだろうか。
「まあ考えても仕方がない。 とりあえず、えっと……申し訳ない。 君の名前は……」
「あ、失礼しました。 天野迅雷です」
「ふむ、迅雷くん。 こちらへ……」
そういって雨宮さんの方に近づくと、ガチャリ……と手錠をつけられてしまった。
って。
「えぇ??!!」
「君をこれから警護するから……」
ガチャリ、ともう片方の手錠の輪っかを雨宮さんは自身の腕に付けた。
「すまないが、予告時刻を過ぎるまで一緒に居て貰うからね」
「は、はい……」
「ん?なにか不安でも?」
「いや……あのですね……」
ガチャリ……と、スタッフルームの扉が開かれる。
そして、そこから現れた人物は眠そうにしているが、俺の状況を見て手に持っていたタオルをはらりと落とす。
そして、紅葉は微笑みながら言うのだ。
「なに僕の恋人を手錠で拘束してんだコラァ」




