新たな理と新たな命と……
圧倒的な光景だった。
あんなにも全員が苦しめられていて、あんなにも苦戦した水無月相手に、父さんはほんの数分で勝利をもたらした。
昔から超人とか呼ばれていたのは知っていたけど、ここまでとは。
「迅雷、本当に久しぶりだな。 元気にしてたか」
「うん、元気だったよ」
「いやぁ……まさか、お前が雷くんの下で働いてるとは、知ってたけど驚いたもんさ」
「ん?父さんって、雷オーナーの事知ってるの?」
ちらっと雷オーナーの方を見ると、オーナーは尋常じゃないほどに怯えている。
「まあね~。 知り合い、というよりお互いの事を知り尽くしてる仲さ」
「えっ……」
「安心して。 肉体関係とかは持ってないから。 お前の母さんが初めてだから」
「そう言うことを人前で言うのやめて!!」
どこか昔から、父さんは世間に疎い節があって……こう言うことを平気で人前で言うんだよな。
「ふむ、さてさて……新たな研究材料も手に入った事だし、迅雷の顔も久々に見れたことだし、帰ろうかな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
スッと歩みを止めて、お父さんは声の主……ハスキー先輩の方に顔を向ける。
「なにかな? 冷血の狩狗くん」
「その水無月たちは、どうなるんだ?」
「どうなるって……実験材料なんだから、きちんと使い終わったら処分するよ」
「処分ってことは、もう2度とこの世には復活しないってことだよな?」
「そうだね。 あ、そうだそうだ!! 折角だから、ちょっと世界のルールを変えようか」
そう言うと、父さんは懐からどこにでもある万年筆を取り出し、徐に空中に文字を書き始める。
というか、あれはどういう原理で書いてるんだ?
「……これでよしっと♪ 冷血の狩狗くん。 君は水無月くんたちによって相当ひどい目に合わされたようだし、なにより私的にも息子が傷つけられた上に殺されかけたのだから、水無月くんたちには罰を負って貰うことにした。 というより、そういうルールに書き換えた」
「書き換えたって……何を」
「ほらほら、ここにいるみんなも読者も分からないんだから、雷くん。 説明しなさい」
「は、はい!!」
震えた声で大きな声を出したせいか、雷オーナーの声は裏返っていた。
まるで子猫みたいな鳴き声で、この場にいたものたちは思わず「かわいい」と思ってしまったことだろう。
コホン、と軽く咳払いして恥ずかしさのあまり頬を赤めている雷オーナーは話を続ける。
「天野教授は……」
「ちょっとちょっと、よそよそしいな。 昔みたいに『翔琉』って呼び捨てにしてもいいよ」
「ぐ……か、翔琉は世の万物を全て思うがままにできる人間。 だからこそ、世界のあらゆるルールや決まりを変える事ができるのさ」
「そうなのだよね。 まあ、なんでそんな事が出来るのか……と言われると、ネタバレになるからまだ秘密ってことで、許して♪」
結局のところ、なにも分からないじゃん。
何がしたかったんだよ。
「今変えたルールは【水無月グループの関係者は今後一切、迅雷たちや冷血の狩狗たちに干渉することを禁ずる】だよ」
「それってでもどういう……」
と、俺が言いかけたとき……瓦礫となった基地から一人の男が現れる。
その姿を見て、彼岸は怒りを剥き出しにする。
「影!!」
「おやおや、狐くん。 うふふ♪ また、私に強姦されたいのかな?」
そう言って彼岸の元に近づこうとした影だったが、直後まるで石のように固まって動かなくなる。
「世界のルールを逸脱すると、こうなるのさ」
パチン、とお父さんが指を鳴らすと影の肉体はみるみると灰となっていき、最期には跡形もなく消え去ったのだ。
「これで分かったかな? 私が新しく書き換えたルールについては」
微笑するお父さんだったが、俺たちは息を飲んでその光景をただただ眺めていた。
この人に逆らってはいけない……。
それをここにいるメンバーは一時間も経っていない短い時間で痛感したのだった。
あの戦いから1週間。
レストラン迅凱仙は無事再開された。
今日は団体さんの予約でいっぱいだからね。
「迅雷、彼岸!! ホールの掃除よろしくね」
「「はーい」」
すっかりと元気になった紅葉が、厨房から俺たちに指示を出す。
その側ではハスキー先輩が、見事な包丁裁きで次々と下ごしらえを進めていく。
「なんか、またみんなと一緒にこうしてレストランできてよかったよ」
「そうだね。 僕もどうなることかと思って……」
「ほらほら、無駄口しない!! 開店まであと少しだよ!!」
「「は、はーい!!」」
俺たちは俺たちで暫く空けてしまっていたレストランのホールを綺麗に磨きあげていく。
とうぜん、衛生上の事もあるから消毒とかもしっかりとしなきゃね。
「それにしても、こんな時に雷オーナーはどこにいったのやら」
「あー、なんでも天野教授に呼び出されたらしいよ」
「父さんが呼び出した……って、なんだか嫌な予感……」
1週間前のあの異常とも呼べるべき数々の所業を見てしまったせいで、父さんが普通に見えなくなってしまっていた。
なにより、雷オーナーのあの怯え具合から余計に心配だ。
ひどい事されてなきゃいいけど……。
「そういえば、楓さんの死体ってあのあと……」
「燃やしたよ。 遺骨は、きちんとお墓の下に埋めた。 僕が埋葬の儀式を行ったんだから、今度はハスキー先輩が勝手に保管しているとかそう言うことはさせてないよ」
「そっか……」
俺の生まれ変わる前の存在……そして、紅葉のお兄さんでもある楓。
彼は今でも俺の中で生きている。
新たに【天野迅雷】として、人間の生を与えられて。
今でも時々夢に出てきてはちょっかいをかけてくる。
でも、未だに実感がないのが楓くんの能力を引き継いだってところかな。
これと言ってなにか知識が得たわけでもないし、これと言って変わったこともないし。
至っていつもの俺だった。
「(なあ、楓……お前の能力って結局なんなんだ?)」
そう、心に問いを投げ掛けても帰っては来ない。
あいつは、こういう時は悩むからこそ面白いと考えるやつみたいだからな。
「ふぅ……こんなところじゃないか? 彼岸」
「そうだね。 綺麗になったね♪」
テーブルも床もピカピカ。
アルコールによる消毒もばっちりだ。
「紅葉、こっち終わったよ」
「はーい。 こっちももう少しで終わるから、またみんなでお茶でも……」
カランコロン、とレストランの扉が開かれ鐘の音が店内に響き渡る。
「いやぁ、お待たせ~遅くなっちゃった」
「あ、雷オーナー!!」
少しやつれ気味のオーナーは店内に入るなり、近くのベンチに座り込むのだった。
「あー、しんどい……」
「雷オーナー大丈夫でしたか? お父さんがなにか余計なことしませんでした?」
「ははっ……大丈夫大丈夫。 迅雷くんの事については引き続きこのレストランで働かせてやってくれだってさ」
「もちろん、是非とも♪」
「それと……おい、バカ弟子。 天野教授からお前にプレゼントだってさ」
ハスキー先輩は、厨房からてくてくと歩いてきて雷オーナーの方へと向かう。
「俺に? 一体なにをくれるのやら……」
そう言って雷オーナーが懐から、タオルにくるまれたものを取り出す。
俺や彼岸は思わずそれにかわいいと胸をときめかせるが、ハスキー先輩や紅葉は違った。
二人とも涙を流していた。
「天野教授がな、実は楓くんから死ぬ前に託せれていたらしくてな。 ずっと今の今まで時間を凍結させて保管していたらしい。 『もしも自分の身に何かあったら、あいつが悲しむから』と生前言っていたそうだ……」
「こ、これって……」
「あぁ……。 これは、楓くんがずっと隠していた彼の研究成果の結晶、そして新しい命……本人であって本人ではない存在……楓くんのクローンだよ」
タオルに包まれている小さな狼獣人はキャッキャとハスキー先輩を見て喜んでいる。
そして、ハスキー先輩はその子を優しく抱き上げ泣きながら笑っていた。
「ありがとうございます教授……こうして、こいつと出会えたことが……もう……もう……」
「ちなみに言っておくと、その子にはお前の記憶も紅葉の記憶もないぞ。 なにせ、生まれ変わった姿……迅雷くんが全て引き継いでいるからな」
「いいんです……俺にとっては……もう……こうして楓を抱き締められれば……」
「教授からの伝言『その子を大切に育ててやってくれ』」
「はい、喜んで!!」
高い高いしながらあんなにも尻尾を振っているハスキー先輩はとてもじゃないが、殺し屋には見えない。
むしろ、親友に会えて喜ぶ無邪気な獣人だった。
「うう……いいな……天使かわいい……」
雷オーナーがその光景……主に赤ちゃんの狼獣人を見てよだれを垂らしていた。
流石に怖いです……。
「それじゃあ、私は少し休むよ……めっちゃ身体疲れたからね……」
「あ、じゃあオーナー。 奥のスタッフルームで休みましょうね」
と、彼岸が雷オーナーを連れてスタッフルームへと消えていったのだった。
「なあ、紅葉……そういえば南極での返事……まだ返してなかったよな」
「ん??」
「俺も紅葉のこと好きだぞ」
「えっ//」
そう笑顔で俺が言うと、紅葉の顔はリンゴかと思うくらいに真っ赤になっていた。
あはは、かわいいな。
「じ、じゃぁ……迅雷が嫌じゃなかったらでいいんだけど……」
「ん?」
「ぼ、僕と……つ、付き合う?」
「それで本当に紅葉は後悔しないんだね? 俺が紅葉のお兄さんの生まれ変わりとか、人間であるとか色々要因が……」
「うん!! いいの!! 僕は天野迅雷が好きになったの!! 僕のご飯をはじめて食べてくれたときの笑顔、一緒にお話ししてくれた時の優しい顔、そしてなにより一緒に居てくれるだけで安心できるの!! だから、迅雷……僕と正式に付き合ってくれ!!」
真っ赤になりながら、紅葉は自分の気持ちをはっきりと俺に伝えてくれた。
これはもう、俺的にはきちんと返さなきゃ。
「紅葉」
「ん//!!」
とても柔らかい感触だった。
そしてなにより、優しくて心地よい味がした。
紅葉の目がとろんとしているのがこんなにも間近で見られていて、正直こっちも頭がおかしくなってしまいそうだった。
「これから、よろしくね。 紅葉♪」
こうして水無月の事件が終わった後、俺と紅葉は正式に付き合うことになったのだった。
そしてそんな二人の最初の思い出は……えへへ//。
ひみつ♪




