回想禄~【天海の陰陽師その5】
紅葉くんたちが来てから、もう1週間が経とうとしている。
時の流れとは本当に不可逆であり、早いものだと実感している。
すっかり、この神社に彼らも馴染んでいた。
そして、僕は紅葉くんと仲良くなった。
友達になれた。
いや、本当に幸せだったと思うよ。
いつもの場所、いつもの人たち、いつもの笑顔。
そんな当たり前の事がずっと続けば良かった。
本当に……本当に。
今日は神社に新たな来訪者が来るらしいのだ。
でも、依頼人が直接ここに足を踏み入れるなんてことは、珍しいんだけどね。
流石に本殿までは入れれないから、神社の入り口……つまりは、山の麓にある別の社で対談するわけなんだけどね。
「今日来るのって、どんな人なの?」
僕はそんな社で一緒に座っている他の三将に問う。
が、獄炎も珊瑚も教えてくれなかった。
吹雪様まで、なにかピリピリとした感じでいた。
一体なんなのだろうかね。
「お見栄になられました」
そう兄弟子の声が聞こえると、ずかずかと騒がしい足音が聞こえる。
複数人いるようだな。
「失礼するよ」
そう言って、紫色の長い髪をした人間の女性がつかつかと入ってきた。
だっさい悪趣味なドレスだな、
その後ろには、タキシードを着た執事たちが数名いる。
なんだ、この女。
金持ちか?
「お初に見えます吹雪殿。 まあ、とはいってもあなたはどうせ、私の事を知っているのでしょ?」
「ええ。 ですが、依頼をされる以上……ここでは、礼儀をわきまえてください。 水無月殿」
水無月?
水無月っていったのか?
「うふふ。 やはり知っているのですね」
「依頼人ですからね。そりゃあ、調べますとも」
「ふーん……まあいいわ。 では、早速だけど……」
「水無月殿。 二度は言いませぬぞ」
吹雪様は強い口調でそう言った。
その女……水無月は、しぶしぶ床に腰を下ろすことになる。
とはいっても、執事が椅子代わりとなっており彼女は丸まっている執事の背に腰を下ろしている。
なんて女だ。
「ではでは……率直に言いますよ。 私が依頼したいのは、人探し……とはいっても、人ではないのだけどね」
「ほう……では、我々のような獣人だと?」
「ご明察。 いやぁ、少しだけ身の上話をするとね、数年前に夫を亡くしていてね……それも殺されたの。 それはそれは酷い光景だったわ。 肉体をバラバラにされて、内臓なんかも……」
うっ……聞いているだけで吐きそうになる。
「その方を死なせた人を探してほしいと?」
「あー、いや。 違う違う。 全然違う。 私が探しているのは、彼よ」
そう言って彼女は、1枚の写真を取り出す。
僕や獄炎、そして珊瑚に至るまで驚いていた。
そして、それを見た吹雪様も……。
だってそこに写っていたのは、紅葉だったのだから。
「こいつを探してほしい。 遺伝子工学の第一人者にして今は亡き楓博士の弟【紅葉】。 私は、こいつの持っている知識が欲しいの。 楓博士の近くで一番楓博士の研究を見ていたこの子を……ね……」
こんなにも人は不気味に笑うことが出来るのだろうか。
僕が目の前にしているのは、悪魔なのではないだろうか。
それほどまでに、不気味な顔をしていた女だった。
「なぜ、この子供が必要なのですか?」
吹雪様はそう聞く。
無論、この山にいることは言わない。
言えば依頼は達成だが、言わない。
大切な友達の弟に危険が迫っている……吹雪様はそれを直感したのかもしれない。
いや、僕や他の三将ですら分かる。
この女は危険だと。
「ううん……何故って? そりゃあ、この子の知ってる知識は、正直言えば宝よ。 人類の獣人類の宝。 なにせ、彼の頭にはあの天才【楓博士】の、全てのデータが破棄されて残されていないとされている彼の研究に関する知識があるのだから」
そう言って、水無月はほほを赤めてだらしなくよだれを垂らしていた。
正直に言う。
気持ち悪い。
「でも、こんな幼い子供がとてもじゃないけど、そんな知識を持ってるとは……」
「ええ。 普通ではそうでしょうね。 でも、今の世の中って便利でね……脳の記憶を読み解く装置なんてのがあるから、それで読み取るだけよ。 まあ、ちょーっと、痛いから苦しむかもしれないけど、でもあなたには関係ないわよね。 ほら、さっさと依頼を受理して探して……」
「断ります」
「はぁ?」
水無月は吹雪様の言葉に不快を覚えて、ギロリと睨み付ける。
しかしながら、吹雪様は臆してなどはいない。
むしろ、逆に睨み返していた。
「私たちの仕事は、あくまでも平和を願うための仕事……子供を非人道的な行為に晒すための職ではありません。 お引き取りください」
「あはっ♪ いいのかしら? 金ならいくらでもあるわよ」
「金ではありません。 私たちが必要だといっているのは倫理です」
「あはっ♪ それに、見ず知らずの子供など……ましてや、兄のいない天涯孤独の少年を保護してあげようとしている私をあなた方は止めようとしてるのかしら?それこそ、非倫理的で非人道的なんじゃないかしら?」
「いいえ、あなたがやることはその子供の保護ではなく、私利私欲のために道具として使おうとしているエゴだけです。 お引き取りください」
「ふーん……いやなら、実力行使でも!!」
そう言うと、後ろに控えていた執事たちは銃やら刀を取り出した。
言ってだめなら、武力ってか。
「いけませんね……こんな場所で、そんなものを取り出すだなんて」
「なら、交渉に……いや、命令に応じろ。 この子……天才楓博士の忘れ形見【紅葉】を探せ」
水無月は慢心だった。
人間、優位に立っていると思うとここまで態度に出るのかと思う。
が、残念ながら僕たちにとっては、それは論外である。
少なくとも、吹雪様の前でそんな事をしたらどうなるのか……僕たちはよく知っている。
「ふぅ……三将にそれからこの社にいる我が弟子たちよ……防御の結界をきちんと張っておくのですよ」
そう少し大きな声で言い、吹雪様は懐から1枚のお札を取り出した。
やばい、あれが出る。
「水無月殿。 私、実に不愉快ですわ」
「へぇ……だったら?」
「凍てつきなさい……」
吹雪様が1枚のお札を床に落とすと、そこから広がるようにこの社は凍結し始めた。
木も水も、社のあらゆるもの、あらゆる命、あらゆる武器がみるみると……。
「がぁ!!」
辛うじて、彼らの首から上は凍結せずに……否、凍結させずに吹雪様はいるようだ。
もちろん、僕たちは吹雪様の忠告通り結界を張っているから、どうにか平気だけど……。
吹雪様……流石だな。
【絶対零度の吹雪】……それが、吹雪様の異名だ。
その名の通り、彼女はなんでも凍結させることができる。
木も草も水も火も、そして命も。
「武装放棄しなかった、あなた方には我々獣人陰陽師の依頼をする資格がないと判断しました。 よって、今から10数えますのでご決断ください」
「はぁ?」
「大人しく帰るか、ここで氷の彫刻になるか……10」
「そんな脅しに屈するとでも?」
「……9」
「馬鹿馬鹿しい……そんなんで、私が諦めるだなんて思ってるの?」
「……8」
「ねぇ、冗談はやめてよ」
「……7」
「ふざけるな!!さっさと、私たちを解放しろ」
「……6」
「ねぇ、お願いよ……私たちを出して」
「……5」
「分かった!! 誓う誓う!! 依頼は頼まない、大人しく帰る!! 帰る!!」
5秒……うん、もったもんだと思うよ個人的にはね。
「2度と面見せるな、アバズレ」
パチン、と吹雪様が指を鳴らすと水無月たちを覆っていた氷は結晶となって輝いて消える。
氷が溶けた瞬間、まさに尻尾を撒くという表現のように水無月や執事たちは社から逃げ出した。
ざまあみろ……と思っていた。
このときは。
この時までは……。
この日……ある事件が起こった。
それはなんの前触れもなく、突然やって来た。
その日、神社内の多くの獣人陰陽師は眠りから覚めなかった。
目覚めたいが目覚められなかった。
「吹雪様……これは……」
「呪い……だね」
珊瑚と吹雪様は真剣な面持ちでそう捉えていた。
そして、僕や獄炎も当然ながらこの状況にうち震えていた。
この御山にはかなり強い結界を張ってある。
それは、邪悪から身を守るための他に、こういった呪いなどを防ぐ目的もあっのだが……。
あぁ、そもそも呪いって言うことを説明しなければならなかったね。
呪いっていうのは、特定の術を覚えた術者が使う術のことだ。
もっと分かりやすく言うならば、陰陽師が別の陰陽師に対して術を仕掛けていることを呪いというのだ。
つまりは、獣人陰陽師たちに対して、人間の陰陽師が術を仕掛けていると言うことなのだ。
「霊力が一定以下の獣人陰陽師だけが狙われたようね」
「なんでこんなことを……」
そう言っていると、雷さんと冷血の狩狗、そして紅葉くんがやって来た。
まあ僕たちに向けて使われている術だから、あの人たちには無縁の術なのか。
こんなピンポイントで狙えてるのならば、相当の使い手だ。
「どうしたんですか? 皆さん、うなされているようで」
「これはこれは、雷閻様……いいえ、雷殿。 実はですね……」
と、獄炎は今起こっている事態を簡単に説明した。
朝起きてから、普段ならば起きてなきゃいけない時間に誰も起きていなく、朝御飯やら掃除やら準備運動やらがなにもされていない状態だった。
流石に僕や吹雪様たちも変だなと思ったので、弟子たちの眠る宿舎に行ってみると、全員眠っていた。
しかしながら、吹雪様が怒鳴っても、獄炎が大声を出しても、珊瑚が優しくさすって起こそうとも……彼らの目が覚めることはなかった。
というわけで、現在に至るわけだ。
「なるほど……それで、彼らは目を覚まさないと」
「そうなのです……おそらく、先日に追い返した方が人間の陰陽師に頼んでいるのではないかと……おっと、憶測でものを言うのは失敬」
流石にそれは獄炎の考えすぎ……とは、思いたいけど。
でも……。
あの水無月とかいう女の事だ。
もしかしたら……とは、ないことはないだろう。
「ふむ……ちょっと待っててくれ」
そう言って雷さんは、懐から一本の携帯電話を取り出した。
あれ?ここって、電波が……。
「彼岸くん、ご安心なされ。 これは衛生電話だから、地球のどこにいてもかけられる代物さ」
にこりと微笑み、雷さんはどこかに電話をし始めた。
いや、さりげなく考えを読まないでくださいよ。
「あーもしもし? 私。 そうそう。 あのさ今、人間の陰陽師のところで何か大々的な術や儀式をしてないかな? うん……うん……ほほう。 して、その依頼人は? ……ふーん。 分かった。 じゃあ、至急向かうとしよう。 なにせ、私もその女に用があるのでな」
と話終わるや否や、雷さんは電話を切った。
ふう、と一呼吸置いたのちにこちらを向くのだった。
「分かったよ。 やはり君たちの読み通り……今、人間の陰陽師がここに向けて大々的な術を展開しているらしい」
「やはり……」
「そして……なんだが……えっと、獄炎殿……そしてバカ弟子。 ちょっと……」
と、呼ばれるがままに冷血の狩狗は雷の方へと寄ると、雷さんはいきなり冷血の狩狗の腹を殴って気絶させた。
え?
「「えぇぇ!!」」
それはそれは一同は驚いた。
突然すぎるだろ……。
「ふぅ……これで、暴走せずにすむだろう……。 さて、吹雪殿たち。 何故、水無月女史が訪ねてきたことを言ってくれなかったのかな?」
と僕たちに話を切り出したのだった。
「水無月女史……世界的に有名な大富豪水無月グループの現会長。 あらゆる分野、あらゆる社会に通じる女……それが、あの女……そして、紅葉くんのお兄さんである楓くんを殺した男の妻だ」
雷さんは淡々と述べた。
そうだ。
水無月って名前……なにか引っ掛かってたんだ。
「ええ。 知っておりましたよ。 あの女が、楓くんを殺した水無月の妻だということも……ですが、あなた方にはそれを言わなかった。 それはなぜだか分かりますか?」
「まあ、おおよそ検討はつくさ。 このバカ弟子の暴走……だろ?」
足元でグリグリと踏み潰されている冷血の狩狗は気絶している。
この男の暴走……とは、なんのことなのだろう。
「実際言うと、私は当初……あの女を殺そうとしました」
「「ええ??」」
「私情に任せて……ね。 でも、それは獣人陰陽師という立場上、一番やってはいけない事。 だからこそ、私は我慢しました。 だって、楓くんを殺したのはあの女の夫であって、彼女ではない。 故に、私は無実の女を殺そうとしていたことになります……しかし……」
「そうだね……もう、無実とは言えないんだよな……」
そう言うと、雷さんは懐から1枚の写真を取り出した。
そこに写っていたのは、あの女……そして、複数人の男が液体の中に入れられた獣人を観察している様子だった。
その獣人にはおびただしいほどの管が繋がれ、なにかを投薬されている。
そんな感じだった。
「……これは……」
吹雪様は、言葉がでなかった。
だって、これはもはや非人道的なではすまされない。
これは、命の冒涜だ。
「それは、水無月グループの地下研究施設で行われていた、獣人たちを使った不老不死の研究風景だ」
「不老不死?」
と、珊瑚は雷に問う。
まあ、不老不死といえば、あの不老不死しか思い当たらないが……。
「うん。 人間ってのは強欲でね……昔から不老不死の研究なんかを極秘裏に国のトップ連中が進めているんだよ」
「でも……だからってこんな……」
「そう落胆することはないさ。こんなのは、まだ序の口……。 あの女にしたら遊びの範囲内に過ぎないんだから」
く、腐ってやがる。
少なくとも、この女は、あの女たちと共に研究しているやつらは……。
「だからこそ……紅葉くんは狙われてるのさ。 やつらの研究対象である獣人であり、若い肉体であり、そして失われた研究データを記憶として持っているかもしれない紅葉くんをね」
そう言うと雷さんは、紅葉くんを抱き寄せた。
紅葉くんは、きょとんとした顔だったが、雷さんに頭を撫でられていくうちに眠そうにしていた。
まあ、こんな朝早くだったから眠たかったのだろう。
すぐに彼は眠ってしまった。
その寝顔は、とても可愛いと思った。
そんな可愛い少年は狙われている。
狂気の女に……その記憶と肉体を欲するがままに。
「さてと……まあ事情は説明した。 だが、この事はバカ弟子には言わないでくれ。 このバカは、水無月という存在を憎んでいる。 例え死んだ水無月博士の妻と言われようが、子供だろうがきっと頭に血が上って殺してしまうだろう。 だが、それは紅葉くんの警護を……楓くんから託されたこの子の保護を一時的に破棄してしまう行為だ。 だからこそ、この話は絶対に言わないでくれ……その代わりに……」
と、雷さんは指を鳴らす。
すると、今まで眠りから覚めなかった兄弟子たちが目を覚ました。
え、えぇ!!
「人間の陰陽師の呪いを無効化した……。 これでもう安心だ」
そう言って、雷さんは冷血の狩狗をサッカーボールのように蹴り転がしながら、宿舎から出ていった。
僕たちは、ただただそれを見ることしかできなかった。
何はともあれ……借りが出来てしまったのだ。
だからこそ、尚更。
僕たちは、あの魂を探す術を完遂しようではないか。
それこそが、彼らが望むことなのだから。




