回想禄~【天海の陰陽師その1】
時は昔。
獣人たちと人間たちは、それなりの確執があれど、互いに互いを思い暮らしていた。
人々と獣人たちの中には、稀に【霊力】を宿す者ありけり。
その者、自然の力を操り邪なる力を打ち払う者なり。
人ならば【陰陽師】……獣人ならば【獣人陰陽師】と表記されているなど、よもや説明するまでもなく。
さてさて……物語は現代へと移りけり。
というわけで、現代風に文脈も直すね。
ひゃっほぅ、イェーイ。
どうも、皆さん初めましてこんにちは。
僕の名前は彼岸。
とある森の奥でひっそりと経営しているレストラン【迅凱仙】のスタッフですよ。
いやまあ、ここで雇われた……と言うより、ここで働かなければならない事情がありましてね。
まあ、それは絶賛公開中の【狼シェフと愉快なレストラン】、通称【狼シェフシリーズ】でそのうち公開されるので、別段ここではそんなお喋りをするつもりはありませんよ。
ここで今、お喋りをするものといえば……この僕の過去について。
そう、この彼岸が活躍していた獣人陰陽師時代の物語ですよ。
そして、大好きな友達である紅葉とセクハラ大魔王ハスキー先輩、そしてその師匠である雷オーナーとの出会いの物語でもあります。
ん?それを公開すると、前述の伏線の意味がなさないって?
まあ、いいじゃないですか。
狐に化かされたと思って、そのまま見いっちゃってくださいよ。
あ、くれぐれも人間の皆様は画面から離れてみてくださいね。
僕、人間苦手なので。
画面越しですが、正直心臓が飛び出そうなまでにびびっておりますよ。
ええ。
ええ。
それでは、僕の物語を始めたいと思います。
タイトルは【天海の陰陽師】。
いやぁ……お恥ずかしながら、その昔は異名的な物を与えられていた程に有名でしてね。
まあ、その辺も語られもとい、語りますよ。
はいはい、前置きが長くてごめんなさいね。
反省もなにもしませんけど……。
「悠久を歩む時の精霊たちよ……我が縁の記憶、今こそ現出させよ!!」
……。
……。
その日、僕の育った神社は無くなった。
その日、僕と一緒に過ごしていた獣人たちは亡くなった。
その日、僕は泣いた。
業火に包まれる神社、邪悪な者に取り込まれた獣人。
それを泣きながら僕は打ち払った。
思い出の場所も、思い出の人たちも……みんなみんな。
「さようなら……」
その言葉は重く辛く残酷な現実を醸し出していた。
みんなみんな、塵となって消えているのだから。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
僕は退魔の札を持って立ち向かう。
この惨状を引き起こした者に。
事件を生んだ、あの女に……。
「きゃははは♪ 彼岸ちゃん、いいわねその表情……素晴らしいほどの顔よ」
あの女……あの白衣を着た女……。
水無月と名乗ったあの女は、絶対に許さない。
「まて、彼岸!! 先走るな!!」
僕を止めようとするハスキー先輩の声は僕には届かなかった。
「彼岸くん!! やめなさい!!」
僕に命令をする雷さんの声も届かなかった。
「彼岸!!」
ピタッと、僕は怒りに任せた動作を止め、声の方へと歩み寄る。
「紅葉……」
「あ、良かった……彼岸」
声の主は僕と同じ年なのに冷静すぎる知性を持っている尊敬すべき友である狼獣人の紅葉だ。
紅葉は僕が近寄ると、ギュッと抱きしめ涙を流していた。
「こ、紅葉!?」
「彼岸……ダメだよぉ……もう、好きな人が……大好きな人が、居なくなるのはやだよぉ……」
「紅葉……」
「ふん、ガキ……よくも、よくも邪魔を……貴様も兄と同様に殺してやるよ……!!」
ピタッと、水無月はその喋りを止める。
それはそうだ。
大気が震えるほどに、あいつの怒りは漏れているからな。
「おい……水無月……今、何て言った?」
あんなにもドスの効いた声で、あんなにも強烈な殺気を放てるだなんて。
流石は伝説の殺し屋【冷血の狩狗】。
末恐ろしい。
「ふふっ……へへっ……あははははっ♪ 流石は、検体01号。 素晴らしいね……流石は、あたしのダーリンが求めた獣人ね」
「黙れ……お前の……お前らのくだらない研究のせいで、楓は……」
「あははははっ。 ゴミ虫が、いくらほざいても、なんにも……」
グチャ……っと、まるでトマトのように水無月の顔面は潰れた。
というか、潰された。
すごい勢いで飛んでいった岩が、彼女よ顔を押し潰し、貫通して彼方へと飛んでいった。
「ふぅ……ふぅ……」
怒りに満ちた顔をした雷さんは、投石ならぬ投岩をしたのだ。
その辺に埋めていた庭石を引っこ抜いて投げたらしく、近くにはぽっかりと穴が開いていた。
いや、それにしたって……あのサイズの岩を抜いて投げるって、どんな力だよ。
「楓くんをバカにすることは許さない……そして、あの子が命を懸けて守り抜いた我が天使……いや、紅葉を悪く言うこともな……万死に値する」
今、紅葉の事を天使って言ったか?
き、気のせいだよね?
「さあ、彼岸くん!! 今のうちに、封印を!!」
「いいえ……滅します!!」
僕は天に向かって札を5枚投げつける。
札たちは、まるで吸い寄せられるかのように5ヵ所に展開し、光を帯び始める。
「我が名、彼岸の名の元に命ずる。 命の火よ、命の水よ、命の木よ、命の土よ、命の光よ……邪なる者に永遠の裁きよ……輪廻より外れし者に永久なる終わりを……」
「あははははっ!!」
「!!」
グニャッと気持ちの悪い体勢で、顔のない……いや、顔が潰されたはずの死体は起き上がった。
そして、みるみると顔が生えていく。
そんな、ありえない。
「うふふっ……あははは♪ 残念ね……」
そう言って、水無月はペッと口から血を札に向かって吐き付けた。
すると、みるみると白かった札が黒く染められ、灰となってしまった。
「うふふっ……残念ながら、もはやあたしは不死身で最悪で最強な生き物になっているのよ」
邪悪な笑みを浮かべ、水無月は笑う。
笑う……笑う。
どうしてこうなってしまったのか、どうしてここに至ったのか。
それは今から数週間前の話になる……。
穏烙神社。
それが、この霊峰の御山にある神社の名だった。
獣人陰陽師の総本山であり、各世界からの霊的事件の依頼、討伐などを生業とする組織だ。
人間の中にも陰陽師と呼ばれる者たちはいるが、そこは我々と話し合って折り合いをつけて平等に対処をしてくれる。
互いが互いの依頼でぶつかっても、基本的には協力関係であることを崩してはならない。
それこそが、我々陰陽師……獣人陰陽師の秘めたる定め事なのだ。
さてと……前置きはこんなもので、それでは、主観的に語り始めるとしよう。
あの日、僕は滝に打たれていた。
もちろん修業の一環でもあるが、打たれている滝にも意味がある。
この滝は【忘れじの滝】と言われている、霊力を高める霊水が常に循環する滝なのだ。
おっと、忘れていた。
霊力の説明がまだ成されていなかったね。
簡単に説明するならば、気とか不思議な力だと思ってくれ。
自然ならざぬ者を打ち払い、自然と会話し調和する。
単純に、自然を操る力だと思ってくれ。
火も水も空も大地も海も……あらゆる生命のエネルギーを使役できる。
それが霊力だ。
この滝は、そんな霊力の力を高める効果があってね。
僕なんかはよく当たりに来るんだけど、オススメはできないね。
「ぐぁぁっ……!!」
一緒に滝で打たれていたやつが突然苦しそうな声をあげ、バタリと倒れてしまう。
滝の勢いでそのまま流されていき、岸にいた兄弟子たちに引き上げられている。
「ほら、やっぱり無理なんだって。 俺たち程度じゃ……」
「しかし、彼岸……よくもそんな拷問みたいな滝に打たれて平気だな……」
と兄弟子たちは僕にいう。
そりゃそうだ。
霊力を高めるという行為は、自身の身体を無理矢理改造するという行為に他ならない。
だからこそ、かなりの苦痛を生じる。
常人では耐えられないほどの苦痛を。
例えるのならば……そうだな。
この痛みは、感電したような痛みだと述べておこうかな。
ビリビリっと……全身を貫く激痛が襲うような痛み。
それが延々と続くのだ。
「彼岸、俺たちは先にお社に戻ってるからな~」
そう言って兄弟子たちは気絶したやつを連れて、森の方へと消えていった。
ふむ……。
僕もそろそろ戻るかな……。
そう思って滝を出ようとしたときだ。
がさがさっと森を掻き分けて、見知らぬ男が現れたのだ。
緑色のマフラーをなんだろう。
もみじのようなピン止めで止めており、真っ黒いコートを着こなすあのシベリアンハスキーの犬獣人は。
「おっ? ここが、穏烙神社か?」
キョロキョロと見回す男と、裸姿の僕の目はあった。
「おーい、そこの人。 道を尋ねたいのだが……」
「貴様……何者だ」
僕はすかさず滝より出て、たたんであった衣服より札を取り出す。
なんというか、この男……危険だ。
まるで殺人でも犯したような程に、禍々しい殺気がある。
「いやいや、そんな身構えるなよ。 単に俺は紹介を受けてここに来ただけだって」
「黙れ、悪き者よ……貴様、人殺しだな?」
「……へぇ、流石は獣人陰陽師。 俺の記憶でも読んだってか?」
「人殺しは不要だ……消え去れ!!」
僕はあの男に札を投げつけようとした。
だが、どうにも気になった。
あの男の胸もとの膨らみ方……なにか、いるのか?
「おいおい、やめろ。 こっちは、子供連れてきてるんだからよぉ」
と男は胸元を開くと、奴の服の中で奴にだっこして寝ている小さな狼獣人の子供がいた。
なにやら、高そうな服を着ているその子供はすやすやと寝息をたてて寝ていた。
その姿は、可愛いとしか表現できないほどの愛くるしいものだった。
「な? だから、落ち着いて話を聞いてくれ」
「貴様……そんな無垢な子供を拐ったのか!?」
「拐ったとは人聞きの悪い。 こいつは、大切な友人から託された友人の宝物さ。 約束したんだ。 こいつを守るって」
「ほう……まあ、その話の真偽はさておき……貴様、なんの用で神社を尋ねる?」
「決まってるのさ。 こいつの死んだ兄さんの【生まれ変わり】を占ってもらうために来たのさ」
「!! 貴様、生まれ変わりの事をどこで……!!」
パンパン、と手を叩く音が鳴り響く。
その瞬間、僕の師匠である白い狐獣人の吹雪様と、なにやら見たことのない虎獣人が現れたのだった。
「はいはい、二人ともそこまで……」
「ふ、吹雪様?」
「こら彼岸。 疑心暗鬼で襲うことはいけないことだって言ったわよね……なーに、破ってるのよ」
「ご、ごめんなさい……」
「いいから、とりあえず服着なさい服」
「あひゃ! し、失礼しました!!」
僕は急ぎ装束を着る。
一方、あの男は虎獣人になにやら怒られているようだった。
痛そうなげんこつだな……。
そして、虎獣人はあの男の胸元にしまわれていた狼獣人を出して抱っこしている。
いや、あの顔はR-18指定でしょ。
「いやぁ、雷さん。 すみませんね。 私の弟子が失礼を……」
そう言って吹雪様は、虎獣人……いや、雷と呼ばれたその男にペコリと頭を下げている。
雷と呼ばれたその男は、先程まででれでれしていた顔を引き締める。
「いえいえ。 吹雪殿。 私の方こそ、バカ弟子が失礼を働きかけたようですので……申し訳ありません」
そして、眠っているあの子を、あの男に渡している。
いや、それにしても可愛いな……あの子。
「ご紹介が遅れました。 まあ、吹雪殿は私の事をご存じであるので、バカ弟子と我が天使……失礼、この子についての説明を……」
今、我が天使って言ったか?
あの虎。
気のせいだよな?
「こちらは冷血の狩狗。 裏社会を震撼させた殺し屋です」
「まあ、あなたが冷血の狩狗? お噂は聞いておりますよ」
冷血の狩狗と言えば、裏社会における史上最高にして最悪の殺し屋の名前だよな?
だから、あんな殺気がにじみ出てたのか。
なるほどなるほど……って。
「吹雪様!? そいつ、殺し屋なんですよ!? 神聖な神社に入れては御山が穢れて……」
「お黙りなさい、彼岸……まだ、話が途中でしょ」
ギロリと僕は吹雪様に睨み付けられた。
あまりの怖さに口を閉じるしか他なかった。
「それで、そちらの子は?」
「はい……こちらが、あなたの大学時代の旧友【楓】の弟の紅葉です」
「え? 楓くんの? まあ、こんなに大きくなって……」
そう言って吹雪様は、紅葉と呼ばれるすやすやと眠っているあの可愛らしい子供を冷血の狩狗から貰い抱っこした。
「むにゃむにゃ……お兄ちゃん……むにゃむにゃ」
「やばい、この子……母性本能を擽られるわね……って、あれ?楓くんは?」
「……楓は死にました」
「えぇ!! そ、そんな……」
あの何事にも動じない吹雪様ががっくりと肩を落とすだなんて。
楓と呼ばれている者は何者なんだ。
「楓くん……私たちの神社の方にも支援として、いくつか持ってる特許のお金を寄付してくれたり……知恵を貸してくれていたのに……大学時代から変わらずに明るくて……でもちょっと抜けてて、でもそこが可愛かったな……」
吹雪様が、泣いている!?
嘘……初めて見た。
「そう……でも楓は死の間際に言った。 【生まれ変わり】について」
「えぇ……。確かに……。 私どもの方でも生まれ変わりについてはまだまだ謎が多い現象……故に、この神社でも限られた者にしか教えておりません。 例えば、そこにいる彼岸とかね」
「はい。 僕は師匠からこの事は秘する事だと言われたので隠しておりました……」
「その生まれ変わりを完全な事象と説明できたのが楓博士……私の旧友であり、私が獣人陰陽師として頑張る最中、密かに支えてくれていたかけがえのない大切な人です」
「吹雪師匠がそこまでいうだなんて……」
「ええ。 彼は凄かった。 本当に凄かった……としか表現できないほどの凄い人だった。 苦労はしていたけど、それを大学のみんなでサポートしてあげたりもしてたわね……その恩返しとして、色々私や大学の友達に色々してあげてたわ……あんなに、心優しい人が何故……」
「むにゃむにゃ……お兄ちゃん……」
眠りながら兄を呼ぶ紅葉の目からは涙が出ていた。
吹雪様はそっと抱きよせ、頭を優しく撫でていた。
「水無月……という、男に殺されたのです。 楓くんの研究を狙っていた男でね」
「水無月……楓くんから、何度かお伺いはしました。 命が危ういかもしれない……という。 だから、私は警護をすると言ったのですが……その時彼は【凄腕のナイト様に守られてるから大丈夫】と言っておりましたね……今から思えば、彼と最後に話したのはその時ですね……」
吹雪様の話を聞いている最中、冷血の狩狗と呼ばれるシベリアンハスキーの犬獣人はぎゅっと拳を握りしめていた。
なにやら、悔しそうにしているな。
あの男。
このときの僕には分からなかった。
冷血の狩狗が、どうしてあんなにも自分を殺してしまいそうな程に悔しそうにしていたのかを。




