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狼シェフと愉快なレストラン  作者: ただっち
第1部:水無月編
10/48

回想禄~【冷血の狩狗その1】~

決して他人に語りたくない物語がある。

 それは、俺がまだ迅凱仙でシェフをする前の過去の出来事だ。

 見るに耐えないほどに愚かで、残虐で残酷な時代の俺。

 殺し屋【冷血の狩狗(ザ・ナイトメア)】と呼ばれていた殺すことだけしか考えていなかった存在の物語だ。

 だが、これは毎夜毎夜、悪夢となって甦る厄介な記憶でな。

 忘れたくても忘れることが出来ないんだ。

 だから、これから見て貰うのは俺が自ら進んで語った物語ではなく、俺の悪夢を覗くことによって見ている物語だと認識してくれ。

 それでは待たせたな。

 悪夢の時間が開幕だ……。

 

 

 雨降る夜の街……一人の黒いコートを着た男が暗がりを歩んでいる。

 ゴミと泥水の匂いがするなか、男は小さなバーへと足を運ぶ。

 

 「いらっしゃい」

 

 と、バーのマスターの声が男に投げ掛けられる。

 男はいつもの定位置であるカウンターの奥へと歩み席に付く。

 

 「いつものでよろしいでしょうか?」

 「あぁ……」

 

 男は無愛想に返事を返す。

 マスターはグラスを取り出し、カクテルを作り始める。

 そんな中、男は懐から端末を取り出しメールをチェックする。

 どれもこれも差出人不明の宛先だが、男は全ての内容を理解している。

 どうせ、いつものことだと。

 

 「はい、お待たせしました、ギムレットでございます」

 「おう……」

 

 ジンにライムジュースを混ぜたカクテル……意味は永遠の別れ。

 これから色んな人とお別れする仕事をする彼には相応しい酒だろう。

 

 「こちらと一緒に合わせてどうぞ」

 

 マスターは気を利かせて、カマンベールチーズとオリーブに生ハムを巻いた粋なつまみを提供してくれた。

 まあ、いつもながらだが、男はそれを口にすることはない。

 彼がこのバーに立ち寄るのは、ギムレットを一杯飲むためだけに来てるのだから。

 

 「……会計」

 「ふふっ……やっぱり、いつもながらに食べないね……これからお仕事かい?」

 「あぁ……」

 「気をつけてな……」

 「……また来る」

 

 男は再び夜の街へと歩み出す。

 雨の中、彼の立派な毛や尻尾がびしゃびしゃになってしまう。

 早く仕事を済ませて、シャワーでも浴びたいものだ……そう彼は考えていた。

 男の名前は【冷血の狩狗(ザ・ナイトメア)】。

 シベリアンハスキーの犬獣人にして、最強の殺し屋。

 今日もまた、仕事の依頼でターゲットを消しに行く冷酷な獣。

 そして、無慈悲な男である。

 彼の前に立ちはだかる者は死ぬ。

 彼に命乞いをした者も死ぬ。

 彼を詮索した者も死ぬ。

 誰でも死ぬ。

 彼の前では、人間も獣人もなにもかもその辺の害虫と同じようにしか見えない。

 人間が気付かずに蟻を踏んだところで罪悪感を抱かないように……彼にとっては、命が消えることに罪悪感は一切感じない。

 虫の命、人の命、獣人の命……みんな平等に命である以上、感情移入するだなんて無駄なことをしたくないだけなのだ。

 冷血の狩狗は今日も殺す。

 例え子供がいる親でも、例え病気で苦しむ少女でも、例え弱りきった老人でも……任務とあれば殺す。

 それが、冷血の狩狗の物語……。

 残虐で残酷で愚かな男の過去である。

 

 

 街を一望できるほどの高いビル。

 その屋上から、獲物を待ち構えるように冷血の狩狗は、ライフルを構えながら待っていた。

 先程まで酷かった雨は止み、ネオンの灯りが水溜まりに反射し、地面が光輝いているように見える。

 だが、彼はそんな事を一切気にしていない。

 彼は獲物を狩るだけ……。

 単にそれだけだ。

 闇を切り裂き疾走する車が1台、とある料亭の前で止まった。

 それを確認した彼は、じっとライフルのスコープからその車に焦点を当て見ていた。

 じーっと、ただその時がやって来るまで……。

 そして、その時は来た。

 彼は車から出てきた男に対して、弾丸を飛ばした。

 車から出てきた男は、周りを黒いスーツ姿の男で固めていた。

 もちろん、ビルからの狙撃も警戒していたようで鉄傘のようなもので上方向もガードするほどに几帳面だった。

 だがやつは誤算していたのだ。

 冷血の狩狗のスナイパースキルを……。

 彼が放った弾丸は、料亭の正面に置いてあった信楽人形に付けられていた金属製の鈴に当たると、そのまま跳ね返り、今や上からは視認できない男の胸を貫いた。

 瞬時、傘は外れ、血を流して倒れている男にスーツ姿の者たちは群がっていた。

 だがもう2度とその男が蘇生することはなかった。

 心臓を1発で貫かれてしまっている……。

 スコープからそれを確認した冷血の狩狗は早々にビルをあとにした。

 一仕事終え、急ぎ次なる仕事に向かう。

 殺しの依頼が尽きることはない。

 それが欲深い人間の性であるように……。

 今宵も自分に無関係な者たちが消える……。

 罪悪感は一切ない。

 何故ならば、他人だからだ。 


夜の街を後にした獣は、彼が隠れ家にしている小さな廃墟へと向かう。

 かつてそこは、信仰を集め、様々な教徒が集う場所であった。

 だが今はそんな集えるような場所ではなかった。

 とある暴徒化した教徒によって、火を放たれ、多くの死者が出たおぞましい場所。

 奇跡的に母屋は形を留め、天井や壁もしっかりとしている。

 地元民や他の地方の人間でさえここには絶対に立ち寄らない場所である。

 冷血の狩狗は、濡れたコートと服を火をつけたばかりの暖炉のそばに干し、身体に巻き付けていた武器のホルダーをはずしていく。

 拳銃、ナイフ、弾薬、手榴弾、メリケンサックなどなど……普通の人間ならば重さに耐えきれずまともに動くことは出来ないだろう。

 だが、彼は違う。

 その強靭な肉体と力は、余裕でそれを可能にする。

 別段鍛えているわけではないのだが、こうして様々な死線を潜り抜けてきた結果、今の彼の身体と心は形成されているのだ。

 

 「うっし……シャワー浴びっかな」

 

 お湯の機能を失った水だけしか出ないシャワー室。

 だが、彼にとってはそれで良かった。

 まだ水が出るだけ増しだと。

 

 「はぁ……気持ちいい……」

 

 水浴びをする犬……はたから見ればそう見えるだろう。

 だが、この犬はそんな可愛らしい響きの通用する者ではない。

 残虐で残酷で愚かな殺し屋……幾重にも何人も殺してきた男なのだから。

 

 「……さて、そこにいるやつ……そろそろ出てこい」

 

 そう言ってシャワー室に隠していたナイフを、彼は天井に向かって投げつける。

 ナイフが刺さった勢いで、天井が少し崩れそこから男が落ちてくる。

 

 「痛ててて……」

 「なんだ、お前か……」

 「酷いですよ兄貴。 おれっちは単に兄貴がシャワーを浴びている姿を盗撮してただけでやんす」

 「ストーカーじゃねーかよ」

 そう言って冷血の狩狗は黒い忍者服姿の白猫獣人に言葉を返していく。

 この白猫獣人の名はファング。

 闇社会での異名は【純白の追跡者(ホワイトアウト)】。 

 この男は、超一流の情報収集のプロだ。

 

 「冷たいね~。 同じ施設で生きてた同胞なのにさ~」

 「ふん……」

 「そうだったね。君はあの時の自分が好きじゃなかったんだよね……あの実験動物時代の……」

 「それ以上喋るとお前でも消すぞ」

 

 ファングは思わず後ろに跳躍した。

 恐ろしいまでの殺気が自分に向けられたこと……そして、その殺気が首筋を狩りそうなイメージが彼に襲いかかり、本能的に後ろに下がったのだ。

 

 「おぉ。怖い怖い……流石は、冷血の狩狗。 自分自身の悪夢と向き合う自信がないからって、他人に当たるなよな」

 

 ファングはそう言って夜の闇へと消えていった。

 白猫の癖に黒猫レベルの隠密さ……彼もまた規格外の強さを兼ね備えた者である。

 

 「ふぅ……なんだかな……」

 

 シャワーを浴びてスッキリしたはず……。

 水分も、ドライヤーで乾かして毛並みもいつも通り艶やかだ。

 なのに、彼の心はもやもやしていた。

 先程のファングの発言した「実験動物」という言葉。

 その言葉は冷血の狩狗の前では絶対の禁句だ。

 彼自身が一番触れられたくない悪夢の時間の出来事。

 それを思い出してしまう単語だからだ。

 気分が晴れぬまま彼はふて寝することにした。

 彼は心の中で祈る。

 どうか、あの時のことは夢に出てきませんように……と。

 

 ~~~

 

 「助けて……誰か……」

 

 1匹の少年は正面のガラスの向こうにいる者に向かい叫んでいる。

 正面のガラス以外は、なにもない壁に仕切られており、唯一外の様子を見ることができるのは正面のガラスだけだった。

 少年は何度も何度もガラスを叩くが、一向に割れる気配はない。

 むしろ、彼の拳が痛くなるだけだ。

 ガラスの向こう側からは白衣服を着た人間たちが少年を見つめていた。

 にやにやと笑みをこぼしながら……そして、タブレットにメモを取りながら……こちらを観察している。

 ガラス越しから奴等の会話は少年に聞こえていた。


 「……次の投薬は……」

 「臨床試験を……」

 「対人兵器として……」

 「化け物を……」

 「化け物……」

 「化け物……」

 「化け物……」

 「化け物……」

 

 ~~~

 

 ガバッと、勢い良く冷血の狩狗は起き上がる。

 その全身は汗でびっしょりと濡れており、酷く動機と息切れも激しかった。

 目元にふと手を当てると、涙の滴が零れていた。

 彼はそれを急いで拭き取ると、近くに置いてあった飲みかけのペットボトルを手に取り、残っていた水を全て飲み干した。

 息切れや汗はだいぶ落ち着いたが、動機と恐怖が治まらなかった。

 それどころか、全身の毛が逆立つ程に彼は震えていた。

 

 「はぁ……嫌な記憶だ……」

 

 そう言うと彼は寝床にある枕を壁に向かって投げつけた。

 枕は壁への衝撃に耐え兼ね、布の中より羽が部屋に舞い散る。

 はらはらと白い羽毛が舞う中、冷血の狩狗は必死にあの記憶を忘れようと何度も何度も額を拳で殴る。

 手や額は、血でやがて染まっていったところでようやく彼は普段の冷静さを取り戻した。

 そして、周りの羽や自分の手を見て現状を悟り深く息を吐いた。

 

 「くそっ……やはり、あいつを消さない限りは、この記憶は無くならないのか……」

 

 獣の向けた目線の先の壁には、ホワイトボードが置いてあり、そのボードには写真や地図がいくつも貼られていた。

 写真には×印がつけられているものが多くあった。

 恐らく、殺した者に付けられる印であろう。

 しかしながら、唯一1枚だけ×印が付いていないものが存在した。

 それも一番目立つ中央部分に貼られた写真だ。

 その写真には、何度も何度も殴った跡や、刺した跡が散見される。

 当然だろう。

 何故ならば冷血の狩狗にとってこの世でもっとも憎い存在なのだから。

 そいつの名前は【水無月(ミナヅキ)】。

 かつて幼い冷血の狩狗を施設に閉じ込め、数々の非人道的実験を獣人に行うプロジェクト【月光(げっこう)】の総責任者。

 そして、冷血の狩狗が施設から脱走する際に起こした爆発から唯一生き残り、現在も冷血の狩狗からの追跡をかわし続けている存在なのだ。

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