森の奥のレストラン
皆様お久しぶりです。
最近はなろうの方ではあまり活動をしておりませんでした。
しかし、仕事やプライベートの方がある程度落ち着き始めましたので、このたび新規で小説を書きました。
とはいっても、実はPIXIVの方でも創作活動は続けており、イラストを描いてみたりと色々してはおりました。
今回の物語はまだ完結していない天野翔琉君の物語の続編です。
時系列的にはⅡの後になります。
Ⅱは去年更新しようと思って密かに書いていたのですが、投降直前にデータが吹っ飛びまして、18万字近くの文章が電脳の海に消え去りました。
悔しい……。
ですが、一応まだ続きは書こうと思っております。
ちょっとショックから立ち直れてないだけですので、更新したあかつきにはまたご愛読いただければと思います。
それでは長くなりましたが、狼シェフの物語へどうぞ―――。
とある深い森の奥に、一軒のレストランがある。
煙突からは、もくもくと煙が出ており、森の中に美味しそうな匂いを漂わせている。
動物たちや、森の中をさ迷う旅人は、導かれるように足を運んでしまう。
そこは、獣人たちが経営する秘密のレストラン【迅凱仙】。
今宵もまた、旨そうな匂いに釣られ旅人は訪れる。
「はぁ……はぁ……」
もうかなりの距離を歩いたと思う。
この森に入ってもう3日……食料も尽きてしまった。
麓の村人たちにあんなに得意気なことを言ってしまった自分が正直恥ずかしくなった。
この森から匂ってくる旨そうな匂いがなんなのか……それを突き止めてやると。
だがしかしどうだろうか。
こうして森の中をさ迷い、飢餓に苦しみそうになる状況になるまで粘る必要があったのだろうか。
なんというか、軽はずみで行動するものではないと言うことが今回の件でよく身に染みた。
しかしながら、今はその事を悔やむことより。
「食い物……なにか、なにか食い物……」
辺りには、草や木はあれど木の実やキノコは一切見当たらない。
それどころか、こんなにも歩いているのに、まだ野生の動物さえも見ていない。
どうなってるんだ、この森は。
「ふぇぇぇ……」
バタッ、とついにその場に倒れてしまう。
水も食料もない。
辺りは草木の音と、自分のお腹の音が響き渡るだけだ。
ぐるぐると、だんだんお腹の音の方が大きくなっていく。
ああ……なにか食べたい。
「……あの、大丈夫ですか?」
不意にその言葉は投げ掛けられた。
だが、もうお腹が空きすぎて目が開けられない。
「う……うぅ……」
グゥゥゥッとお腹が鳴る。
うう、恥ずかしい。
「あー、お腹が空いてるんですね。じゃあ、よいしょっと」
なにか持ち上げられた感覚と共に、もふもふな感覚が……って、もふもふ?
「んむ……え、えぇぇぇぇ!!」
思わず声をあげてしまった。
その声に驚いたのか、ビクッと彼の身体は驚いて震えた。
「いきなり大声出さないでくださいよ……こう見えて、耳が良すぎて困ってるんですから」
「あ、あなたは……狼の獣人?」
「ええそうですよ。 あ、もしかして獣人見るの始めてですか? あははっ。 よく始めての人はそうやって驚くんですよ♪」
赤茶色の毛並みをし、コック服を身にまとった彼は馴れたように言った。
噂には聞いていたけど、実際に獣人をこの目で見るのは始めてだ。
「あ、そういえばまだお名前を伺っていませんでしたね……えっと、あなたのお名前は?」
訪ねながらも狼獣人の歩みは止まらない。
どこかに向かっているようだ。
「えっと……俺の名前は、迅雷です。 天野迅雷」
「迅雷くんね。 僕の名前は、紅葉って言うんだ。 よろしくね、迅雷くん」
「紅葉さん……ところで、これは何処に向かってるんですか?」
「あー、もう着くからお楽しみに♪」
紅葉が言った直後、森の開けた場所に俺たちはたどり着いた。
というか、俺は連れてこられたが正しいのだろう。
その場所は小さな池の近くに、一軒の建物が建っている感じの場所だった。
だが、一番森の中とは違うのは……。
「ぐぅぅぅぅぅ」
と再び、お腹の音が鳴り響く。
「美味しそうな匂いがしてつい……」
「あはは♪ そりゃね。 一応レストランだからさ、あれ」
「レストラン? こんな森の奥に……あ、もしかしてこれが噂の匂いの元か? 森の奥から匂う旨そうな匂いの正体って……」
「へー。 そんな噂が立ってるんだ……ふむ……」
俺の話を聞いて、紅葉は少し考えたような顔をしていた。
だが、再び俺の腹の音が鳴り、ふふっと笑う。
「まあ、その話は君のお腹を満たしてからだね」
紅葉は俺を抱えたまま、レストランへと足取りを再び進めたのだった。
森の奥深くにある、本当に隠れ家的といえるレストラン。
狼獣人の紅葉は、俺を抱えながらその扉をくぐる。
「ただいま~」
と、自宅に帰った時のようないつも通りの雰囲気で店の中に言う。
しかし、流石は隠れ家的な店……。
お客がいない。
「おう、お帰り~紅葉」
奥の厨房から、紅葉よりも身長もがたいも立派なシベリアンハスキーの犬獣人が笑顔で現れた。
「ハスキー先輩、ただいま」
「ん?あれ?お前……その抱えてるのって……」
「お腹すいてて生き倒れてたから、連れてきた」
「おお、そうか。 そりゃ、大変だったな。 んじゃ、待ってろ。 今すぐなんか作ってくるわ」
そしてそのハスキー先輩とやらは、厨房へと向かった。
またしても、獣人……。
「さあてと……んじゃあ、座ってて。 お冷や持ってくる。 喉も渇いてるでしょ?」
「ああ……ありがとうございます」
紅葉は俺を近くの椅子に座らせると、いそいそと厨房の方へと歩いていった。
すぐさまコップと水の入った容器を持ってきて、俺の目の前に出した。
「ほい、どうぞ♪」
「あ、ありがとう」
俺はゴクゴクと、久しぶりに水が喉を通り抜ける心地よさを味わっていた。
だが、その感覚も去ることながら。
「この水……美味しい……」
俗に言う、天然水と呼ばれる水は、流通が盛んな今の世の中では簡単に手に入れることができる。
だが、そんな流通が盛んな時代でさえ、ここまで旨い水を飲んだのは始めてだ。
「え、この水……めっちゃ美味しいんだけど」
「そうなのかな? いつも飲んでるから分かんないや。 その水は、この森の奥にある源泉を汲んできてるだけなんだけどね」
なるほど。
なんでも取れ立てが旨いとは言うが、水もそうなのだろうか。
「さてと、迅雷くん。 さっき言ってた話だが……ここの事が麓で噂になってるのかい?」
「え?あ、ああ……森の奥から美味しそうな香りがたまに麓の村まで匂ってくるらしくて、村人たちが総出で森の中を探したけど、何もなかった……だからこそ、謎の現象として話題になっていたんだよ」
「まあ、本来ならばここに辿り着くことがそもそも出来ないからね……」
「え?」
紅葉の顔は少しだけ寂しそうにしていた。
辿り着くことが出来ない……その意味合いを考える前に、俺の前に料理が出された。
「ほいよ、お待たせ!! このレストラン【迅凱仙】特製、【秋の恵みコース】だよ、召し上がれ」
ハスキー先輩は、どや顔でそう言った。
俺が食べようと出された食器を手に取ると、紅葉はスッと指を出して料理の一品のソースに軽く指をつけ、ペロッと味見する。
「うむ……ハスキー先輩。 この味付けだと、3日ぶりに胃に食物をいれる人には少し濃すぎじゃないですかい?」
紅葉は、難しそうな顔をしていた。
先輩の味付けに対しても、こうやって指摘できるとは……案外このレストラン、どの企業よりもホワイトなのでは?
「大丈夫大丈夫。 ちゃんと、計算して作ってるから。 それじゃあ、えっと……」
「あ、天野迅雷です」
「よし、迅雷。 まずはスープから飲んでくれ」
ハスキー先輩は、持ってきた色とりどりの中からスープを俺の前にスッと移動させる。
「えっと……それじゃ、いただきます」
テーブルマナー的には、スープをすすってはいけない。
本当はお腹が空きすぎてて、今にもがぶ飲みしたいが、ここは我慢我慢。
相手を不快にさせて、料理を下げられてしまったらもとも子もないからな。
「……!! 美味しい!!」
このスープ……カレーベースなのかな?
それにしても、程よい辛さと深みが程よく、なにより胃を温める優しい味わいがする。
「そのスープには、生姜、はちみつ、そしてナツメグとターメリックを使ってるからな。 最初に胃の機能を復活させると共に、強化するはずだぜ」
「確か、生姜とはちみつには保温効果、それからナツメグとターメリックには胃の機能を良くする成分が入っているんでしたっけ」
「お!お前、意外と詳しいな♪」
「……ふぅ……って、あ、もうスープ飲みきっちゃった」
あまりにも美味しすぎたせいか、いつの間にかスープは無くなってしまっていた。
「すごく美味しいスープでした」
「当たり前だろ、俺が作ってるんだぜ♪」
ハスキー先輩は、誇らしげな顔をしながらスープの皿を下げ、次の皿を出した。
「今度のは、森の中で取れた鹿肉の竜田揚げ~タルタルソースを添えて~だ。 こっちも旨いぞ♪」
揚げたての衣に、白と黄色の食欲を掻き立てるソースがかけられている。
そして何とも言えない、この肉食へと駆り立てるような官能的な匂い。
気がつくと、俺はテーブルマナーをよそにがっついていた。
「おお、いい食いっぷりだな……いいぞ、今回は別にテーブルマナーとかは気にしなくて。 本能のままに食い尽くせ♪ お前のために作ったんだからな」
「う……うう……旨い!! 鹿肉ってこんなに旨いのか……」
歯で噛み千切れるほどの柔らかさと、噛む度に口のなかに広がる甘い肉汁。
さらに、それらをより引き立てるタルタルソースの深み。
普通の揚げ物がこれから物足りなくなるほどに旨い……旨すぎる!!
「ほら、米も食えよ……めっちゃ合うぜ」
「あ、はい……!!」
ご飯をかき出すように口のなかに運ぶ。
すごい……米の甘味が、鹿肉とタルタルソースに合いすぎてて、食べることを止めることができない。
「本来、鹿肉って筋肉質で固い肉なんだけど……下ごしらえに工夫してね。 下味で生姜、はちみつ、ニンニク、玉ねぎのすりおろしに肉を浸して3日程寝かせたんだよね。 だから、獣臭ささも抜けて、本来の肉の旨味……それから、肉の柔らかさを醸し出してるんだよ」
紅葉の解説が終わる頃には、俺もこの鹿肉の竜田揚げとご飯をちょうど食べ終えていた。
「あー……美味しい……最高……」
「ははっ。 ハスキー先輩良かったですね。 こんなにも喜んでいますよ」
「だな♪」
嬉しいハスキー先輩の尻尾はブンブン動いていた。
そして満面の笑みを見せながら、彼は次の品を俺の前に差し出すのだった。
あれからハスキー先輩が出してくれた料理はどれもこれも美味しかった。
ヤマメと山菜の天ぷら、自然薯とキクラゲのサラダ、木苺のタルト。
何度でもリピートしたくなるようなものばかりだ。
「ふぅ……お腹いっぱいです」
俺はすっかり膨れたお腹をポンポンと軽いた。
つい先程まで空腹で死にかけていたとは思えないほどに身体は満たされていた。
それもこれも、紅葉がここまで運んできてくれたこと、ハスキー先輩が作ってくれた料理に感謝しなきゃな。
「食後にハーブティーはいかがかな?」
「あ、是非」
俺が食べ終えた皿を、いそいそと台車の上に乗せ、ハスキー先輩は再び厨房へと姿を消した。
「どうだった?ハスキー先輩の料理は」
「はい、なんというか優しさが溢れる料理でした」
と言うのも、ハスキー先輩が最初に出してくれたスープや鹿肉の竜田揚げもそうだが、後半に出てきた品々も食べる人の体調、そしてカロリーまで計算された品々だった。
ヤマメと山菜の天ぷら……これは、オリーブオイルを使って揚げられており、油分を通常より落としてヘルシーにしてあった。
その天ぷらの付け合わせに出てきた、大根おろしには免疫力と食欲促進効果があるとされている。
自然薯とキクラゲのサラダは、ヘルシーなことは勿論、栄養素が多く含まれている。
そして木苺のタルトに使用している木苺には疲労回復効果があるのだ。
「まあ、ハスキー先輩はすごく気遣いが上手だと思うんだけど……」
「だけど?」
ちらりと紅葉は、時計を見る。
今の時間は、20時ジャスト。
いったいなにがあるのだろうか。
「おう、おまらへ~」
「ん?」
なんだ、この気の抜けた声は。
ふと、厨房の方を見てみると、酒瓶を持ちながら、ハーブティーが乗ってる台車をふらふらしながら運んでいるハスキー先輩が目に入った。
「あー、やっぱり……」
「ん?やっぱりって、どういう……?」
ハスキー先輩は、ふらふらになりながらこちらにハーブティーを運び、酒瓶を加えながらお茶をカップに注ぎ、俺の前に出した。
「ほりゃ、飲んれくれ~ハーブりーらよ」
「もう、ダメじゃないですかハスキー先輩。 いくら自分の晩酌時間だからって言って、飲んじゃ……」
あー、なるほど。
これは、酔っているのか。
しかし、どんだけ飲んだらこうなるんだ?
すごく酒臭い。
「なあ、迅雷……」
ふうっ、と酒の匂いがする息を俺の耳元に吹き掛け、ハスキー先輩はその立派なもふもふを顔にすり付けてきた。
「は、はいなんでしょうか!!」
「お前、いい匂いするよな……あとで、全身を甘噛みさせろよ……」
「へ?ふ、ふぁ?!」
「なあ、いいだろ……」
ハスキー先輩は、もふもふを俺の顔にすり付けてくる。
尻尾もまるでメトロノームのように、ブンブンとリズミカルに振っている。
「そして、そのあとおじさんと……ギャフン!!」
凄まじい音が鳴った直後、ハスキー先輩はバタッと倒れてしまう。
その横には、紅葉が拳を振り下ろした状態で立っていた。
「ハスキー先輩、ダメです。 それ以上は色々アウトなので大人しく眠ってください」
やれやれと言った感じで、紅葉は気絶したハスキー先輩をずるずると店のソファーに寝かせた。
「ごめんね、迅雷くん。 ハスキー先輩は、仕事してるときは格好いいんだけど、お酒入っちゃうと変態じじいになっちゃうんだよ……」
「は、はぁ……」
「全く……さてと。 迅雷くん。 僕は君の話を聞きたかったんだ。 というより、君もここについて聞きたかっただろうし……ハーブティーを飲みながらその辺、談笑しようか」
「あ、はい。 そうですね。 というか、俺のことは呼び捨てでいいですよ、紅葉さん」
「ふむ……なら、僕のことも紅葉と呼んでくれ」
まあ、ナレーションベースではずっと呼び捨ててたけどな。
「じゃあ、紅葉。 単刀直入に聞く。 ここはいったいなんなんだ? なぜ君たち獣人がこの森の奥でレストランを経営しているんだ?」
紅葉は少しだけ考えた。
そして彼は口を開く。
このレストランのこと……そして、なぜ自分達がここで働いているのかを。
「先程然り気無くハスキー先輩が述べていたが、【迅凱仙】……それが、このレストランの名前だ。この森の奥深く……普段は姿を現すことのないレストラン」
「え、姿を現さないレストラン?」
「うん、そうなんだ。 このレストランは、とある獣人の力によって貼られた結界に守られている。 故に、獣人以外には見えないようにされているんだ。 しかしながら、姿は隠せても、匂いは消せない……だからこそ、迅雷が話したように麓の村には料理の匂いがしてしまうんだよね」
「でも、なんで隠れてるの? せっかくこんなに美味しい料理を出せるなら、普通に都会とかで出店すれば大儲けできるじゃん」
「いいや。 それは出来ない……何故なら、このレストランにいる者たちは人間社会に拒絶された者たちで構成されているからね」
「人間社会に拒絶された者?」
「例えば迅雷。 仮にだけど、君は殺人を犯した犯罪者が、もしも刑務所に入れられず、自由に放された社会があったとしたらどうだい?」
「え?」
「君の身近にいる人物は過去に猟奇的殺人を犯したけど、刑務所に入れられずに君の近くで君の隣で普通に生活してたとすると、君は果たして普通でいられるかい?」
「……うーん……無理だね。 だって、怖いもん……また殺人を犯すかもしれない、自分が標的になるかもしれない……」
「だよね。 だからこそ、今の世の中は刑務所という隔離する場所が用意されているんだ。 そこに入れられ、監視されているからこそ、殺人鬼は表に出ることが出来ない……君たちの目に触れられる事はない。 だからこそ、君たちは平和に暮らせてるんだよね」
「……だとしても、獣人は今や人間社会では容認されている……けど……」
「……隔離されてるでしょ? 獣人たちは獣人たちの住む場所を決められ、監視されている……要するに、刑務所に入れられているのとおんなじじゃないか。 そんな不自由な場所には居たくない……だからこそ、僕たちはひっそりと隠れているのさ」
「……」
「勘違いしないでくれよ。 別に君たち人間に対して敵意を持っている訳じゃないんだ。 僕たちは自由に暮らしたい……ただそれだけなんだよ」
「まあ、誰だって監視されて生きたくはないもんな……」
「そう……だからこそ、この場所がバレて、僕たちが居ることが分かると、警察とかがきっと捕まえにくるはずさ……獣人は獣人の区間に住めって……そんなの嫌だからね。 僕たちは自由に気ままに料理をしながら生きていたいんだ」
「でも、なんで料理? 確かにここの料理はその辺の店より全然美味しいけど……」
「あぁ、それはね。 僕たちと同じような考えを持ってて、僕たちを匿ってくれた獣人が今のこのレストランのオーナーでね。その獣人の影響を受けて……かな」
「なるほどね……」
「さてと、僕たちのことはあらかた話したよ、迅雷。次は君が話す番だね」
「……そうだね。じゃあ、何が聞きたいのかな?」
「いや、聞くのではなく問おう。 天野迅雷……君は、僕たちを通報するかい? 僕たちの自由を奪うかい?君が村の人に匂いの真相を話すということは、僕たちの自由が消えることを意味する……だからこそ、真剣に答えてくれ。 君は、僕たちを通報するのかな?」
「……最初はさ、正直言って匂いの真相を確かめて、村の人たちに真相を伝える……ってのが、森に入った直後の俺の目的だった……」
「……」
「けどさ。 救って貰った上に、旨い飯を食わせてくれた命の恩人たちをみすみす差し出すような事をしたら、正直言ってカッコ悪いよな……だから、俺は言わない。 君たちのことを言うつもりはない。 その代わりといってはなんだけど……」
「なんだい?」
「常連客になってもいいかな? 何度でも何度でも……ここにご飯食べに来たいし♪」
「……あぁ。いいとも」
「?? どうして泣いてるんだい、紅葉?」
「いや……嬉しいんだ……今までこの気持ちを分かってくれない人間たちばかりだったから……ここに訪れても、みんな通報することしか口にしない者たちばかりだったから……」
「え? ち、ちなみになんだけど……その人たちは、どうなったの?」
「……みんな食い殺したよ」
「えっ?」
「……あははっ、冗談冗談。さっき言ってた結界を張れる子が記憶を消す術も持っててね、その子にお願いしてここの記憶を綺麗さっぱり消して麓の村の近くに置いているのさ」
「もう、紅葉……冗談やめてくれよ。 めっちゃびびったわ」
「あははっ♪」
「あははっ♪」
そんなこんなで夜は更けていく。
ここは獣人たちが営むレストラン【迅凱仙】。
今宵の出会いは、これにて終い。
しかしながら、人間である天野迅雷と紅葉たち獣人たちの物語は続く……。