18 そとづらとなかみ
たまには一人称。
「ようこそ。あたしのラボへ」
――――――決まった! そして噛まずに言えた! えらい!
白衣の女はポーカーフェイスを崩さぬままに、心の中で小躍りする。
いやー、久しぶりの会話でもこう溢れ出るオーラっての? 強者の風格、王者の風格、こういうのがでちゃうっていうねー。
前にアイツが言ってた『久しぶりに言葉を交わした相手がコンビニ店員で喉から声が出なかった』なんて馬鹿げたことにもならなかったし。やっぱ日頃から『マザー』相手に喋ってた甲斐があったわー。
あ、この子達もあたしのあまりの威厳たっぷりさにちょっとビックリしちゃったかな。なんかちょっと警戒心が二段階くらい上昇してる気がする。
ここはちょっと気さくな人柄も見せないとね。
「ふふふ。気になることがあったらなんでも答えてあげるわよ。……あたしに答えられることなら、ね?」
あ。いまのちょっとかっこよくない? ニヒルな笑いも鏡で練習したかいあったわ。
けどちょっと女王様っぽくしすぎたかな。さすがにやりすぎたかも。
けどまあどのみち答えられることなんて記憶喪失進行形なあたしにゃーほとんどねーんだがな!!
「……じゃあ。とりあえずひとつ」
褐色の方、確か名前はカノンだったかしら。うーんこの状況下でひとつだけなんてなんてお淑やか、いやでもそんな性格だったっけ?
「ふふふ。どうぞ」
「味方か敵かだけ」
なーんだそんなことね。まあ気になるよねそこは。この子たちからしたら勝手に飛ばされたと思うだろうし。むしろ『勝手にここに来られた』が正しいのに。
「あたしは何があっても貴女たちの味方よ」
座りながら手を組み合わせて言ってあげた。
うーん。なかなか威厳ありげじゃない? ちょっと王者の風格だしすぎかしら。
ってかあたしちょっと調子乗りすぎ? 思った以上に久しぶりの対人会話で暴走しちゃってるかも。
「それで。他に聞きたいことはないのかしら?」
「ああ。もういいや」
「あら。随分と殊勝ね」
「うん。もう――――限界」
言うやいなや。カノンが倒れた。それと同時に肩で担がれていたアリシアも。
ええええええええええ! なんでこの子等たおれてんの!? あっそうか思った以上に体力精神ズタボロなんだわ! あっぶねこんなところで死なせたらどんな罰則がでるかわからんわ!
「―――マザー!! 至急このふたりを医務室に!! 完璧な治療と回復に努めなさい!!」
『命令を承諾。スキャンを実行。完了。治療を開始します』
ウィイイイインと機械音が辺りに響き、様々な医療器具や自動制御の機械が行き交う。
「やばいやばいわまじでこの子らこんなダウンしてるなんて知らなかったんだもん! ちょっと調子のって椅子に座って待ち構えてただけじゃん! あたしもっと早く入口にでも待ってりゃよかったの!? けどあたしだって久々の会話でなに言おうかなとか考えて忙しかったんだからあたし悪くないわよねえ!!???」
『警告。患者二名の容態悪化に繋がるため、館内ではお静かにお願いいたします』
「―――――ハイ。スミマセン」
途切れかけた意識の中で、威厳ある風格の擬態が剥がれたその女の姿を最後に、カノンの意識は闇に沈んだ。