1 さいしょ
勇者も魔王もいない唯の別世界。そんな世界のある場所に、ひとりの少女とおっさんがいた。
「爺さん。また老けた?」
「爺さんじゃない。お兄さんと呼べ」
「そりゃ無理があるよ爺さん」
初老に入りかけたように痩けた肌の男はそんなやりとりをしながらも手元の物体を見つめて悩んでいた。
「で、新しい木符はどう?」
黒髪短髪、褐色肌の少女が身を乗り出して手元を覗き込む。
そこにあるのは手のひら大のサイズに型どられた木製の札で、表面には幾何学模様が描かれている。
それを男がなぞり上げると、かすかに表面が光を発した。
光の加減を見つめた男は「うーん」と長い沈黙のあと、
「合格」
「よっしゃ」
その言葉に少女は嬉しそうにガッツポーズをした。
「そんじゃ例のブツをくださいよ、師匠。待ちきれないんですよ」
「妙な言い方をするんじゃないよまったく……」
よっこらせと重い腰を上げて、男は武家屋敷のような縁側から立つと、部屋の隅に風呂敷で隠されたものを解放する。
そこには大量の書物(大半がマンガである)が置かれていた。
「ししょう! どうしたんですか師匠! いつもの倍以上もありますよこれ!」
予想外の光景だったらしく慌てる少女に、自らの肩を叩きながら疲れをアピールした男は「翻訳だって疲れんだからなあ?」と愚痴るようにこぼした。
「え?なんか言いました?」
「聞いちゃいねえのかよ」
既に少女は眼も向けずに漫画に夢中となっていた。
誰かに労って欲しいとばかりに男は空を見上げる。
真っ青な空には白一色の雲海が地平線に消えていく。
「ところで師匠。ホンヤクってなんですか?」
「んー。日本語を訳したんだよ」
「ニホンゴって?」
「あー。どっかの国の言葉」
「へー」
興味を失った様子で少女は読書にふける。
老けた男は隣に座り、ただなにもせずに遥か遠くにそびえ立つ巨木を見つめていた。






