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妖 のゐる国で  作者: 七星
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第八話【親を思うほど】

八桜)前回までの依頼報告! こっからは人間の時間よ!

紅斗)えーとあれだね。藤忠さんからの依頼を解決して八桜が妖怪変化した……って、八桜までふざけ始めるとまともにやる人がいなくなるんだけど。

八桜)今回だけよ。それに日頃からあんたが真面目にやればいい話だし。そういえば、私が妖怪変化する前に不思議な女の人とあったのよ。いきなり現れて、私に助言してくれて……そういえば私の仲間が二人いるってことも知ってるみたいだった。あの場所から紅斗は見えなかかったはずなんだけど……。あんたは何か知らない? 二十代後半くらいの女性だったわ。

紅斗)誰だろう、過去の依頼人とかかな? そろそろ本編始まるし、あとで特徴教えてよ。

八桜)了解。

紅斗)じゃあ本編。今日は八桜が祟組を休んでるので、俺の話からどうぞー。

第八話【親を思うほど】




「祟流奥義『幻想剣ー二刀流』!」

 左手から出した妖気を、俺の妖魔具と同じ形に固める。この技の発動にもすっかり慣れたもんだ。

「よし、そのままかかってこい」

「今度こそ一本取ってやるよ、鞍之助さん!」

 二本の刀を使って鞍之助さんに斬りかかる。鞍之助さんの流派、東八流は相手の攻撃をいなして反撃することを得意とする流派だ。当然俺が右を攻撃すれば左に、左を攻撃すれば右に、あっさり避けられてしまうだろう。俺も祟流を使えばなんとでもなるが、今は二刀流の練習だ。

「くらえ、絶妙に避けづらい角度!」

「遅い」

 あ、あれ? 鞍之助さんはいつの間にか俺の左手側に移動していた。刀は当たったと思ったけど、もしかして回避の起点にされただけ?

 すぐに向きを変えて刀を振り直すがそれより早く、竹刀が俺の頭に当たる。

「はい、俺の勝ち」

「そんな……」

 二刀流の練習はまだまだ必要なようだ。この俺がこんなにあっさり負けるなんて……まあ、鞍之助さんには刀一本でも勝てないんだけど。

「二刀流はなかなか上達しないな。休憩にして茶でも飲むか」

「うん。あーあとちょっとだったのになぁ」

「お前のちょっとは大きいな」

 妖怪変化を解除して傘をさしながら、雑木林を出て鞍之助さんの家に戻る。彼の家の周辺にはちょうど日光が遮られるくらいの雑木林が広くあり、よく技の練習相手になってもらっているのだ。

「鞍之助さん、鞍之助さんって二刀流使えるの?」

「使えないよ。二刀流とか動きづらくなるだけだからな。今のお前よりは強いけど」

「うっ、一言余計だって」

 お茶を入れて二人で縁側に座る。面と向かっては言いづらいからここで言っとくね、このお茶薄っす!

「二刀流ってのはな、基本的に片一本は攻撃を防いだり、相手のすきを突くために使ったりするんだ。お前みたいに二本で攻撃に来るほうが稀なんだよ」

「でも、桜花吹雪が二本で攻撃する技だよ?」

「……そうだったな。本当に不思議な流派だ」

「俺に言われても」

 江戸の外れにあるこの家はとても静かだ。風になびく雑草の音と、遠くに聞こえる町の雑踏が趣深い。これでお茶が美味しければ最高なのに。

「じゃあ東八流みたいな反撃用の技を使ってみるのはどうだ? そうすれば二本で攻撃しやすくなるかも」

「祟流にも反撃用の技はあるよ。ただ、幻想剣だけどね」

 数多くある祟流の技の中には、名前に幻想剣とついている技がいくつかある。この種類の特徴は一部の再現がほぼ不可能だということだ。黄昏の連撃や二刀流には精密な妖気操作が必要だし、桜花は自分も傷つく諸刃の技。その反撃用の技も現実的ではない動きをする必要がある。

「幻想剣ー斬撃っていう名前でね、相手の攻撃を刀で受けてその後、一瞬で後ろに回って斬らないといけないんだ」

 瞬間移動とかの速度で動かないといけない。そんなの妖怪変化しても無理だ。ただソーサラー妖魔の対策を考えたとき、使ったことの無い祟流を使うというのは有りだったりする。

 俺の話を聞くと、鞍之助さんは苦い顔をした。

「祟流の謎は深まるばかりだな。あ、そうだ、この前俺たち武士の会合があったんだ。そこで何人かに祟流について聞いてみたんだが、誰も知らないってさ。この辺じゃ祟流を使ってるのはお前だけみたいだな。坊主の方は進展あったか?」

「いや。ソーサラー妖魔を倒せばあの方について少しわかると思うんだけど、あいつ最近出てこないし。いろいろ調べてくれてありがとね、鞍之助さん。じゃあ俺依頼があるからそろそろ行くよ」

「おう、がんばれよ」

 鞍之助邸を離れて俺が向かったのは、江戸でも特に人の多い通りだ。しかも今日はいつもより騒々しい。

「いらっしゃい、いい野菜が入ってるよ!」

「団子、団子はいかがですかー?」


────────────


「今なら三つで三十文、安いよ!」

「そこの奥さん、ちょっと見ていかないかい?」

 こんな騒がしい通りをせっかくの休日に歩く理由が、私にはちゃんとある。本当なら休みの日くらい家でゆっくりしたいが、それを我慢するほどの理由があるのだ。

「最後尾はこちらになります、焦らずにお並びください!」

 「石尾座本日巳の刻から」と書かれた立て札の横に長ーい列ができている。その先にあるのは能楽堂と呼ばれる大きな建物だ。これこそ私が今日来た理由。なんと本物の能をこの目で見れるのだ。普通なら能はお偉いさんたちが見るものなのだが、勧進能という特別な場合のみ見ることができる。いつか勧進能があったときのために給料を貯めていたが、こんなに早く行われるとは。

 列整理の使用人さんの指示に従い並んで待つこと数十分後、ついに能楽堂に入れる。

「ここで鑑賞券の確認を行っています。並んでいる方は準備してお待ち下さい」

 ちゃんと持ってきてるわ。日本の着物は袖に物を入れることができて便利ね。

「アール、券取って」

 能楽堂は動物禁制なのでアールには袖の中で隠れてもらっている。紅斗に預けても良かったんだけど、アールも能楽見たいって言ってたしね。アールは袖の中から券を大事そうに取ってくれた。アールとの意思疎通にも慣れたものだ。

 それにしても入口に立ってる使用人の声、どっかで聞いたことあるような……。

「お次の方どうぞー……って、げ」

「お願いします……って、げ」

 入口で鑑賞券の確認をしていたのはなんと紅斗だった。日が当たらないよう、ギリギリ軒下に立っている。

「なんであんたがここにいるのよ」

「そう言いたいのはこっちだって。珍しく休みとったなと思ったら、こんなところで会うなんて」

 紅斗は鑑賞券を念入りに確かめた後、私の袖に目をつけた。

「ねえ、ここの中動物禁制なんだけど」

 う、妖気を感じとられたか……。

「いやほら、この子は半分妖怪だし」

「ばれたら祟組の信頼に関わるんだけど」

「そ、それは……」

「おい早く進んでくれ。始まっちまう」

 私の後ろから野次が飛んでくる。入場待ちの列はまだまだ続いているのだ。

「絶対にアールのことばれないでね。まさかと思うけど、無闇矢鱈と妖怪変化なんて……」

「絶対しないから。アールも絶対ばれないようにする。じゃあ私行くね」

 不安そうな紅斗をおいて、私は能楽堂の中へと入った。

 そういえば紅斗がいたってことは、ここからの依頼があったということか。能は見れないかもしれないけど、裏の手伝いも貴重な体験だったろうな。よろず屋を休んだのは失敗だったかもしれない。





 いやいやいや、全然そんなことなかったわ。さすがこの国の伝統芸能。これは休んで正解だった。役者さんも、その横で歌ってる人たちも、太鼓を叩いてる人たちも、みんな優雅で美しい。私の座ってる斜め前の席は柱が邪魔で見えにくいって聞いてたけど、そんなの気にならなかった。

 しかしそろそろ終幕だ。楽しい時間をありがとう、能楽。アールも、袖から顔しか出してないからばれてないはずだ。

「とうとうたらりどう」

 突然、幕の後ろから役者さんの太い声がした。あれ、ここで新しい人が出るの? でも今は最後の見せ場の前だし、変な時に出るんだな。

 幕がゆっくりと上がって出てきたのは顔におじいさんの(おもて)をつけ、さらに着物にもたくさんの面をつけた不気味な人物だった。歩くのもまるで地面を滑っているみたいだ。その異様な雰囲気に客席もざわつき始める。そして舞台に座っていた男の人が不気味な人に近づき何やら話し始めた。舞台から降りるように言っているみたいだが、不気味な人は聞くそぶりも見せない。代わりに体につけていた面を一つ、男の人の顔につけた。男の人は面をつけられた途端、眠るように倒れた。能楽堂に響くバタンという音を聞きながら誰もが確信しただろう、これが演目の一部ではないと。

「逃げろ!」

 誰かが叫んだのを始めとして、客のみんなが出口に向かって走り出した。私も急いで逃げないと。あんなのは紅斗に任せて……って違う。今の私にはアールがいる。紅斗にはむやみやたらと妖怪変化するなって言われたけど、ここでやらなきゃいつやるって言うのよ。

「アール、私たちで戦うわよ。妖怪変化!」

 袖から飛び出たアールの電気を身にまとい、役者に襲い掛かろうとする不気味な人の前に立つ。不気味な人から感じるこれは……妖気? だったら手を抜く理由はない!

「さあて妖魔、こっからは人間(私たち)の時間よ!」

「キュウ!」

 まずは、アールに電気をらせん状にまとわせる。妖魔は私の行動に対して体の面を飛ばしてきたが、妖魔態の速度に慣れた私ならその程度どうということもない。

「くらえ、サンダードライブ!」

 妖魔に狙いを定めてアールの電撃を発射する、私の妖気弾技だ。攻撃はしっかり命中して妖魔を能楽堂の壁まで吹き飛ばした。

 よし、今のうちに演者さんたちを逃がそう。

「皆さん、ここは危険ですのではやく逃げ……って噓⁉」

 舞台にいた楽器を演奏していた人、歌を歌っていた人、能を舞っていた人の皆が面をかぶって倒れている。かぶっている面はさっき妖魔が飛ばしていたやつだ。舞台に現れてすぐも人に面をかぶせていたし、そういう能力だろうか? 脈を確認したが演者さんたちは本当に寝ているだけのようだ。

 妖魔のほうに視線を戻すと、まさに起き上がろうとしているところだった。紅斗が来る気配もないし、このまま決めさせてもらうわ。

「雷神ストライク!」

 私はアールと一緒に妖魔の腹を蹴った。当然、能楽堂を破壊しないように。攻撃が当たったときの煙でよく見えないが、その場所から妖気が消えているし、きっと倒しているだろう。

「さ、妖魔の正体を拝ませてもらおうかしら」

 ゆっくりと歩いて近づく私の目の前がいきなり真っ暗になった。いや、正確には少しだけ外も見える。これってもしかして面⁉

「しまっ……」

 外そうと手を伸ばすも時すでに遅く、すーっと意識が薄れていく。そしてだんだんとどこか懐かしい感じがしてきて……。


────────────


 離れた場所にいた俺が能楽堂の騒ぎに気づいて駆けつけたころにはもう全て終わったあとだった。妖魔の姿はなく、舞台にはお面をつけた演者さんたちが倒れており、壁際で八桜も倒れている。とりあえず倒れている人たちを別の部屋へ運び、目が覚めるのを待つことになった。

 半刻もしないうちに多くの人の顔からお面が消え、目を覚まし始めたが八桜はいっこうに目を覚まさない。どんな妖魔だったのか聞きたいってのに。

「アールの言葉が完全にわかればな……ねぇ?」

「キュウ」

 アールが必死に説明してくれるものの、よくわからない。だいだいあいつはなんでアールの言葉が理解できてるの?

「意外となあなあだったり……」

「なんだよそれ、どういうことだよ!」

「お前、親の決定に逆らうってのか!」

 うわっ、びっくりした。隣の部屋から二人の言い争う声が聞こえる。恐る恐る覗いてみると、そこにいたのはさっきの演目で主役(シテ型)をつとめていた大ベテラン、河教さんとその息子の柊六君だ。柊六君はたしか俺と同じくらいの年だったはず。彼も父親のあとを継ぐ形で能の世界に入り、その実力もかなりのものらしい。そんな二人が向かい合って言い争いをしていた。

「なんで俺の時ばかり中止にするんだよ!」

「あんな化け物が出たらどうしようもないっていつも言ってるだろ! それに、お前の能じゃあ観客を満足させられない!」

「まだ未熟かもしれない、でも俺は自分の力を試したいんだ。発表の場くらいくれてもいいじゃないか!」

「何だその態度は!」

 河教さんがバンと机を強く叩いた。俺も含め近くにいた他の人たちも思わずビクッと震え上がる。

「とにかく明日の演目は中止だ」

「くっ……!」

 柊六君は拳を震わせ、どんと構える河教さんの足を睨んでからどこかへ走り去ってしまった。

「ああ、柊六!」

「放っておけ。それより誰か、茶を注いでくれないか」

 柊六君を呼び戻そうとした河教さんの奥さんさえも止められてしまう。しかしこれは運がいい。俺は素早くお弟子さんから急須を借り、河教さんのお茶を注ぎに行く。

「すまんな……ん? お前はたしか」

「どうも。本日雑務の手伝いを依頼され参上しました、よろず屋祟組です。失礼ながら先程の会話、お聞きしました」

 河教さんは気まずそうに頭を掻いた。

「どうか、情けないところを見せてしまったな」

「いえいえ、シテ型の能楽師として有名なだけあります。さすがの迫力でした。ところで、その会話の中で化け物がどうこうとおっしゃられていましたが、あの化け物はよく現れるのですか?」

「ああ、今日みたいに役者を眠らせてすぐにどこかへ行ってしまうがな。化け物が出た次の日の演目は、念の為中止にしてるんだよ」

 そしてその次の日がたまたま柊六君の出番がある日と。化け物ってのは妖魔のことだろうし、柊六君に恨みがある人が妖魔具を持ってるのかな。

「なるほどわかりました。ところで河教さん、祟組では普段化け物退治……そいつらのことを妖魔というのですが、その妖魔退治を得意としてまして。俺に明日の警備を依頼しませんか? きっとお役に立ちましょう」

「そうは言ってもしかし……」

「あなた、いいじゃありませんか」

 そう言って説得してくれたのは河教さんの奥さんだ。

「よろず屋さんの噂は私も聞いてますし、柊六だってずっと舞台に立てていません。一度くらいあの子に機会をあげましょうよ」

「……わかった。だが少しでも危険になればすぐに止めさせるからな」

 河教さんは深く悩んだ末にそう答えてくれた。よしこれで妖魔をおびき寄せられる……!

「ありがとうございます! では早速明日の計画についてなんですけど」

「適当に女房と決めといてくれ。俺は自分の部屋に戻ってる」

 舞台に向けての準備とかがあるのか、河教さんは一人で部屋に行ってしまった。

 その後俺が奥さんと明日のことを決め、報酬なんかの話になったところでやっと八桜が起きてきた。他の演者さんたちと比べて相当遅い起床だ。

「やっと起きたか。おはよう、いい夢見れた?」

「あーかなり酷い方の悪夢だったわ。私どれくらい寝てた?」

 一刻くらいかな、と答えたあと俺は八桜にこれまでのことを話した。

「なるほどわかったわ。奥さん、私たちよろず屋にお任せください」

「頼りにしてます。それとこの事を柊六にも伝えてくれませんか? あの子はきっとこの先の森にある川にいると思います。この前江戸に来たときもそこで練習をしていたので」

「わかりました、柊六君には俺から伝えておきます。それでは俺たちはこれで失礼します」

 かなり時間が経ったような気がしていたが、脳の始まりが早かったこともあって太陽はまだ高いところにある。傘さすのって意外とめんどくさいのに。

「八桜、妖魔の攻撃はどんなのだったの? 一人だけながーく寝てたけど」

「……大丈夫よ、気にしないで」

 そう言った八桜の目はどこか遠くを見ていた。口を強く結んで、まるで何かを忘れようとしているみたいだ。前から時折悲しそうな顔をしている八桜だが、今回の感じは初めてだった。まあわざわざ外国から日本に来るくらいだし、何もない普通の人生送ってましたってわけではないだろうけどね。

 八桜の肩に乗るアールも心配そうに見つめる中、その緊張を破ったのはぐうという腹の音だった。

「ご、ごめんね。時間が無かったから朝食べてなくて……」

「まったく、俺も昼は食べてないし大江屋でも行こうか。ちょうど客も減ってる頃だろうしー」


────────────


 大江屋でそばを食べた私たちは、そのまま柊六君がいるらしい川のほとりへと向かった。周りは木々に覆われており、道もないなかを水の音頼りに進んでいく。しばらく歩くと水の音に男の人の声が混ざってきて、柊六君の姿も見えてきた。奥さんが言っていたとおり一人で練習をしているようだ。

「おーい、柊六君」

「あ、よろず屋さん。お疲れさまです」

 紅斗が傘をさしたままかけていった。川の近くはあまり安定しない所こそあるものの、町から離れていて、能の稽古にはちょうど良さそうだ。

「明日の演目、中止じゃなくなったよ」

「え、でも父さんが……」

「とりあえず座って。休憩しながらちょっと話そう」

 紅斗は自分が受けた依頼について柊六君に説明した。それを聞いた柊六君が飛び跳ねて喜ぶ。

「本当ですか⁉ ありがとうございます!」

「ま、これがよろず屋祟組の力ってやつよ。はっはっはっ!」

 いやあんた利用したいだけでしょうが! と言いたいのを必死にこらえる。そんなこと言ったら信頼に関わるし。でも紅斗が調子に乗ってるのも気にくわないから、なんか話題変えよう。

「と、ところで二人は知り合いなの? 仲良さそうだけど」

「知り合いというか、朝初めてあったときにいきなり話しかけられてね」

 そう答えたのは紅斗だ。それに柊六君も続く。

「よろず屋さんは若くして自分の店を持ち、立派に働いていると噂で聞いていたんです。俺も早く一人前になって父さんのあとを継ぐために、何か助言をもらおうと思って。そうしたら意外と馬があったんです」

 へぇ。そういえば紅斗って私と同い年くらいよね。お国柄もあるだろうけど、この年で独立ってのは確かに珍しいわ。

「紅斗ってさ、どうやってよろず屋始めたの?」

「それ、俺も気になります!」

 私と柊六君から期待に満ちた視線を受け、紅斗は言いづらそうに、目をそらしながら答えた。

「……始めたのは俺じゃないよ。勝手に代表を名乗っちゃいるけど、本当は父さんと母さんの祟組だし」

 紅斗の親がここで出てくるなんて。前に聞いた話によれば、お父さんが人間で、お母さんが吸血鬼だったはず。

「勝手にっていうのはどういうことなんですか? ご両親のあとを継いだわけではなく」

「うんまあ、ちょっと……ね」

 紅斗が言葉を濁すことはこれまでもたまにあった。もしかして紅斗も何か親に関して思い出したくないことがあるのかな。

「ん、そこにいるのは誰だ!」

 突然、紅斗が川の向こう側の森を見て叫んだ。私と柊六君もつられてそちら側を見ると、薄暗い森の影に人間の形が僅かに見える。その人は慌てて森の奥へと走っていった。

「八桜、柊六君をお願い。俺はあいつを追う!」

 そう言って紅斗も森の中へ入っていく。

「さっきの人が妖魔って奴なんでしょうか」

 残された柊六君が聞いてきた。

「たぶんね。まあいざとなったら、私も戦えるから安心していいわ」

 昼は逃げられたけど、あれは私があいつの能力を知らなかったからだ。次こそ倒してみせる。

「あいつ、俺の時ばかり邪魔しやがって……一体誰なんでしょうね?」

「心当たりとかないの? 恨みを買うような人物とか」

「……わかりません。でもきっと能に詳しい人です。いつも景清の面を投げてきて、その話をよく知っているようですから」

 景清の面? たしか能では演目ごとに使う面がだいたい決まっていて、中には専用の面もあると聞いたことがある。

「その景清ってのはどういう物なの?」

「没落した武士とその娘の、出会いと別れを書いた人情物です。あの面をかけられると寝ているときに家族の見るので、妖魔もそれを知っているんだと思います」

 そうか、だからあのとき私は親の夢を……。

「わかったわ、教えてくれてありがとう」

 そう言えば紅斗も親について思うところがありそうだったけど、大丈夫だろうか。


────────────


 森を逃げる男は俺の追跡に気づくと、懐からお面を取り出し始める。それを被りながら木の影に入り、次に出てきたときには着物に沢山のお面が付いた妖魔態になっていた。

「正面から来てくれたほうがやりやすくて助かるよ。妖怪変化!」

 木の枝葉が日光を遮っているおかげで、傘を失っても戦える。

「覚悟しろ、妖魔!」

 俺は飛んでくるお面を避け、木を使いながら妖魔の上を陣取った。

「祟流奥義『一刀両断』!」

 振り下ろした刀はギリギリで避けられたが妖魔の着物の袖とお面の一部を切り落とせた。体勢を崩した妖魔は少しふらついているようだ。

 今度は正面から切りかかってみる。妖魔は必死に避けようとしているが、こういうのは苦手そうだ。妖力は高いが、実戦慣れしてないのだろう。

 次なる祟流を使おうと刀を持ち直した瞬間、狙っていたかのようにお面を直接俺の顔につけてきた。油断しきっていた俺は妖気バリアも間に合わず、視界が狭くなる。そして俺の意識が段々と薄くなって……行かなかった。お面はポトンと地面に落ち、消滅してしまう。俺の体や妖力に異常は見られない。

「あれ、これ寝るんじゃないの?」

 改めて妖魔に視線を戻すと、妖魔もこの状況に驚いているようだ。

「よくわかんないけど、これでお前の勝機は断った! このまま決めさせてもらう!」

 刀の先に妖気を集中させ、そのまま紐のように垂らす。

「祟流奥義『菓子喰い家守』!」

 垂らした刀がその意思で妖魔を狙い、切る。射程距離こそ短いが、こんな複雑な地形なら役に立つ技だ。刀は妖魔に食らいつき、近くの崖の方へ払った。慌てて近づくと崖の下には川が流れており、妖魔はそれに乗って逃げたようだ。しかたない、続きは明日の舞台でだ。

「紅斗ー大丈夫だった?」

 後ろから八桜がかけてきた。アールは肩に乗っていて、柊六君の姿はない。

「あれ、柊六君は?」

「奥さんが様子を見に来てくれたから、一緒に帰っていったわ。妖魔退治こそどうだったの?」

 俺はさっきまでの事を話した。妖魔のお面の話までいったところで八桜が俺の話を遮ってきた。

「ちょっとまって、面の攻撃が効かなかったの

?」

「うん、それで妖魔も驚いてね。まあ理由はわかんないんだけど」

 些細な事のはずなのに、何故か八桜も驚いた顔をしている。少しして八桜がゆっくりと口を開いた。

「……あの面はね、親の夢を見せるって効果があるらしいのよ。親の記憶が自分にとってどれだけ大きいか、で眠る長さが変わるらしいんだけど……」

「…………そっか、だから俺には効かないんだ。あー気分悪っ」

 八桜がなにか言いたそうにしてたが、そんなことは無視して家に帰ることにした。せっかく気持ちよく終わってたのに、これだから妖魔は嫌いなんだ。

 俺には両親の記憶が無い。


【今回の妖怪紹介?】

?)九代目、私の出番は無いの? 前回初登場したのに。

九代目)前回のは先行登場みたいなものだからな。八桜には、早めに妖魔具を使ってもらう必要があったし。そういうわけで彼方、次にお前の手を借りるのはまだ先になりそうだから、龍山町に帰ってていいよ。

彼方)えー、こっそりこの辺にいちゃだめ?

九代目)だめ。ただでさえ慎重にこの可能性を見てないといけないのに、俺の仕事を増やさないでくれ。

彼方)ちぇー。じゃあ人形焼きだけ買って帰るよ。

九代目)あ、後で俺にもちょうだい。というわけで次回妖のゐる国で! 【子は思うほど】お楽しみに!

彼方)急に締めたね……。

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