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妖 のゐる国で  作者: 七星
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第七話【野望とThunderと】

紅斗)前回までの依頼報告、飯食ってる場合じゃない!

八桜)本編で食べてたのとうもろこしくらいだったけどね。

紅斗)俺の妖魔具は取り返せるのか、そして新しい妖魔の正体は? それでは第七話をどうぞ!………………って、今回こっちで話すことあんまり無かったね。

八桜)(実はそうでもないんだけどね)そういえば、あんたが戦う前に言ってる「こっからは妖怪の時間だ!」って

あれどういう意味なの?

紅斗)どういう意味って……そのまんまだよ。夜って妖怪の時間じゃん? 人間の時間はもう終わった、てきな感じで。なんでそんなこと聞くの?

八桜)まあ、ちょっとね。そういうわけで改めて、私が大活躍する第七話をどうぞ!

紅斗)え、大活躍?

第七話【野望とThunderと】




 紅斗が向こうでなんかやってるその頃、私は紅斗の代わりに雷獣妖魔と戦っていた。と言っても、ソーサラー妖魔につけられた傷がまだ残っているのか、雷獣妖魔の攻撃はそれほど驚異ではないけど。このくらいなら普通の人のほうがよっぽど厄介だ。

 電撃を避け、爪攻撃も軽やかにかわす。そうやって時間稼ぎをしていた時、ふと近くの畑におばあさんがいるのが目に入った。耳が遠いのか、こちらの騒動にも気付いていない。

 雷獣の電撃は私へ向けられたもの以外にも周囲に飛んでいる。紅斗の『なんとか流奥義』があれば雷獣を牽制しつつおばあさんを助けに行けるのに……今私が持っているのはとうもろこしだけ。こうなったらこれでやるしかない。

「雷獣妖魔、これ、あんたの好物なんでしょ!」

 とうもろこしを雷獣妖魔の口もとめがけて投げ、雷獣妖魔がそれに気を取られているうちに私はおばあさんの所へ向かった。

「おばあさん、この辺は危ないから逃げてくださーい」

「あんだって?」

 やっぱり聞こえてない。もうちょい近づかないと。

「おばあさん、いま近くで……」

「ん、ば、化け物じゃー!」

 人を見て化け物とは失礼な。ただまあ逃げてくれたし良かった良かった。おばあさんは脇目も振らず畑から離れていく。

「よし、あとは妖魔を」

 私が安心して後ろを振り返ると、雷獣妖魔がこちらに向かって突進してくるのが見えた。

「グァルル!」

「まずっ!」

 ここじゃ避けようにも足場が安定しない。

 どうしようもなくて、思わず目をつぶった……が、妖魔に攻撃されることも無く、目を開けると妖魔が倒れているのが見えた。

「?」

 一体何があったのだろう。紅斗が助けてくれたとは思えない、あいつなら確実に自慢してくるだろうし。

 すると、近くにお札が落ちているのが見えた。これが守ってくれたのかな……?

「キュゥゥ」

 キュウ? 雷獣妖魔の方を見ると、そこには小さい四本の足を持つ、両手くらいの大きさの動物がいた。長い尻尾があり、全身の白い毛の中に一部青い毛が見える。なんの動物だろう?

 触ってみようと手を伸ばすと、その動物はパッと目を覚ました。

「あ、えーと、あんたが雷獣妖魔の正体? って、言葉通じないか」

 しかしそれを聞いた動物は首を縦に振る。

「言葉わかるの⁉」

 動物はまた頷いて、スーッと空に浮き上がった。

「日本の動物は空飛べるのね……あ、違うの?」

 動物は首を振っている。そして身ぶり手ぶり

で何かの説明を始めた。

「えーと、妖怪? で、幹部妖魔……かな?」

 この子が伝えたいことはなんとなくわかる。

「あんたも大変だったのね。ん、妖魔態を解いてくれたお礼? いいって、私も仕事だし。……まあ、そこまで言うなら紅斗を助けてもらっていい? なんか苦戦してるみたいだし」

 その頃紅斗は二体の妖魔と戦っていた。二体一なんて、幹部は卑怯ね。

 動物は(たぶん)任せろと言って紅斗の方へ飛んでいった。


────────────


「と言うことがありまして、紅斗の妖魔具は無事というわけです」

 次の日のよろず屋で、八桜が昨日の話をしながら、俺の妖魔具を取り出した。八桜の肩には話に出てきた白い動物が乗っている。

「ああ、本当にありがとう八桜。お礼に教えてあげるけど、その動物から妖気を感じる。さしずめ、妖魔具に改造された動物ってところじゃないかな?」

 妖魔具の動物もうんうんと頷いた。

「へぇ、よくわかったわね。知ってるの?」

「いや。ただ、そういう事もあるんじゃないかなーと思って」

 城を襲っていたのは暴走状態だったみたいだし、妖気の質から見ても、幹部たちに改造されたと考えるのが妥当だろう。

「でも動物の妖魔具か……仲間になってくれれば大きな戦力になるけど、お前は興味ない?」

 動物は首をかしげた。

「まあ後からでもいいよ。とりあえず、雷獣被害の依頼はこれで解決だし、藤忠さんに報告に行こうか。動物くんは一応この箱に入っててね」





 藤忠さんへの報告は意外とあっさり終わった。お金だいやっほい!……それと、解決をお祝いして今夜も宴会をやるらしい。

「あそこの宴会ね、料理は美味しかったけどお偉いさんが多くて肩身が狭かったわ」

「この前のは俺行けてないんだけど」

「それは自業自得じゃん。で、これからどうするの?」

「自由行動かな」

 歩いているうちに藤垣庵の目の前まで来た。

「じゃ俺ここに用があるから。動物くんをお願いしていい? 八桜のほうが扱いうまそうだし」

「ええ。日が暮れたくらいによろず屋集合ね」

「りょうかーい」

 八桜と別れて藤垣庵に入ると、ちょうどお藤ちゃんが近所の子どもたちに読み聞かせをしていた。俺は邪魔しないようにそっと奥の本棚へ向かう。

 ここに来たのは昨日のもう一体の妖魔について調べるためだ。相手を転ばせる妖怪かな、地面を滑りやすくするって感じでもなかったし。

 ただまあ、この店にあるすべての本から目的の妖怪一体を探し出すのは不可能なわけで。結局お藤ちゃんの読み聞かせを待つことになった。

「すみませんよろず屋さん、待たせちゃって。何か調べものですか?」

「うん、人を滑らせる妖怪って知らない?」

「滑らせる……すべり石とかありますね。地方の民話だったはずです」

 滑ったあとは病気になるという話らしい。

「足場がどうこうって感じじゃ無かったんだよね。それよりも、膝……の下あたり? に何かが当たったような感じ」

「なるほど……転ばせるかどうかはちょっと覚えてないんですが、膝の下、すね辺りということで、すねこすりなんてどうですかね?」

 すねこすり……なんだそのそのまんまな名前は。お藤ちゃんは載ってる本を探して本棚の間へ入っていった。

「これなんか詳しいと思いますよ」

 持ってきたのは「民話跋扈集 西ノ巻」という分厚い本だ。あまり読まれていないのか、少し埃かぶっている。

「なんかまた面倒くさそうなの持ってきたね」

「西の方の民話を集めた本ですからね。あんまり借りる人がいなくて最近、奥に直そうかって話にもなってるんですよ」

 前にも言ったかもしれないがここの貸本屋は妖怪の本だらけだ。そんな店に、はやり廃りがあるのか?

「すねこすり、見た目が猫っぽい妖怪で人間の足の間をするすると抜けていき、転ばせるそうです。他にも様々な異名があるみたいですけど、特徴は同じですね」

「なるほど、それなら対策は簡単そうだ。ありがとね」

「いえいえ、それより昨日の雷獣妖魔はどうなったんですか?」

 お、やっぱり聞いてきた。

「うん、無事に解決できたよ。八桜がいい仕事してくれてね」

 お藤ちゃんに動物妖魔具がばれると面倒くさそうだったので、八桜に預けたのだ。

「へぇ……八桜さんってちょっと変わってるけどいい人ですよね」

「うーん、そうかな?」

 いい人は俺から仕事盗ったりしないと思うんだけど。

「この前妖魔について調べに来てたんですよ。自分から勉強して仕事に役立てようとするなんて、いい人じゃないですか」

「どーせそれも俺の仕事を盗るためだって。妖魔退治まで狙われてるのか……でも最近のこと考えるとそれも……」

 考えるほど、八桜が妖魔退治も手伝ってくれるのは利点だらけだ。ちょこっとだけこの話も八桜にしとこうかな。

「祟組の事情は知りませんけど、よろず屋さん、八桜さんと仕事をしているとき楽しそうですよ」

「そう? まあ、あいつは変わってるし、いい人じゃないけど、面白いよね。たまに」

「たまに、ですよね!」


────────────


「へっくしょん!」

「八桜風邪? うつさないでよ」

「最近冷えてきたからねー、早くこっちの気温に慣れないと」

 特にここ、木松城付近は田んぼが多いこともあって夜風が冷たい。私も紅斗みたいなコートがほしいなあ。……紅斗のコート?

「……なんで俺の方見て笑ってるの?」

「い、いやなんでもないわ。この前見た狂言おもしろかったなーって」

「ふーん、そういや動物妖魔具のほうはどうだった? 町の人に迷惑をかけたりしてない?」

 紅斗は動物妖魔具の入った箱をちらっと開けながら聞いてきた。動物ちゃんは端の方で丸くなっている。

「一回外に出たがったから私の家で遊ばせたけど、それ以外はずっと大人しかったわ。昨日の妖魔態がまるで嘘みたい。紅斗は昼間、藤垣庵で何を調べてたの?」

「民話についていろいろと。あと、八桜が今後の日本文明に与える影響とか」

「ふーん?」

 そのあとしばらく歩いて木松城に着いた私たちは、門番の指示に従い七階の宴会場へと向かった。宴会場のふすまを開けると、そこにはきれいな服を着たいかにも重役っぽい人たちが、互いに話しながら料理を待っていた。

「おお来てくれたかよろず屋! 皆の者、この二人がわが領地を雷被害から救ってくれたよろず屋祟組の二人である。誰か、二人の席を」

 藤忠さんに盛大に紹介され、わっと拍手が上がる。私と紅斗はへこへこと頭を下げながら案内された席に座った。

「改めて、二人とも大義であった。ところで、捕らえた妖魔とやらはどうするつもりかね?」

「はい、妖魔は祟組で管理させてもらいたいと考えています。よろしいでしょうか?」

 紅斗が正座して頭を下げる。私も慌てて横にならう。

「うむ、よかろう。妖魔の処遇については祟組に一切を任せる。もうすぐ料理が来るからぜひ楽しんでいってくれ」

「ありがとうございます」

 挨拶の後、すぐに料理が運ばれてきた。この前見たものもあるが、やっぱりどれも美味しそうだ。

「ねえ八桜、おとといも食べたんでしょ? どれが美味しかった?」

 紅斗が小声で聞いてきた。

「そうねぇ……見たことないのもあるけど、これとこれなんか美味しかったわ。鯢松屋でもそうだったけど、野菜ははずれないと思う」

「なるほどね。あ、生魚嫌いだから八桜にあげるよ」

 紅斗が魚たちをそっと私の皿へ移す。

「あれ、あんた白身が好きって言ってなかったっけ?」

「焼いてあるのは好きなんだけど、生はどうもね」

 え、吸血鬼のくせに……?

「……何言いたいかはなんとなくわかるけど、半分は人間だからね?」

「焼いて食うと」

「違います」

 まあ私も芋料理が苦手なので、紅斗の生魚と交換して食べた。とうもろこしは二人ともこっそり動物ちゃんにあげた。





 夜が深くなってきても、宴会はまだまだにぎやかだ。酔いつぶれている人もいれば、酔いが回った人たちの隠し芸大会なんかも始まっている。おとといもそうだったけど、知らない人たちの知らない話を聞いたところで全然面白くない。紅斗がいれば少しはましかなと思ってたんだけど、紅斗はどっか行っちゃったし。

「あんたはいい子ね、おとなしく食べて」

 私はちょっとだけ箱を開けて動物ちゃんを撫でた。とうもろこし以外にも小さくした肉類を食べている。どっかの半分こうもりとは大違いだ。

 そのこうもり曰く、動物妖魔具は動物本体が変化する他に普通の妖魔具としても使用できるかも? と。つまりこの子を使えば私も妖怪変化できる……まあ、私ができるかもわからないし、したら紅斗に怒られそうだし。

「そもそもこの子が祟組(うち)に来るかも決まってないしねー」

 動物ちゃんは撫でると嬉しそうに尻尾を振ってくれた。やっぱりこの子かわいいな、長屋って動物飼ってもよかったっけ? 祟組管理になると紅斗が飼うのかな? あそうだ、名前も考えとかないと……

「八桜、ちょっといい?」

「えっ!」

 びっくりして思わず動物ちゃんを強く握ってしまう。

「ごめん動物ちゃん、大丈夫だった?」

「その子も連れて俺についてきて。話がある」

 紅斗は宴会場を出て、廊下の階段の前で止まった。どこに行ってたの? と問い詰めたいが、茶化されそうだしやめとこう。

「八桜、お酒飲んだ?」

「私はお酒飲めないから飲んでないわ。それがどうかしたの?」

「よかったよかった。実はね、動物くんを暴走させたのが誰かわかったんだ。今からそれについて話す」


────────────


 時は戻ってまだ宵の頃、俺は宴会場を抜け出して木松城の庭に置いてある灯籠の所へと向かった。妖怪なんかを退ける灯籠らしいが、俺や雷獣妖魔はその影響を全くと言っていいほど受けていない。これはきっと何かある。

「さて……妖気バリア!」

 自分の周りに妖気で薄い膜を張る、実は戦っているときによく使う技術の一つだ。攻撃や防御の補助に使っているが、もしこの灯籠が妖気を弾くなら、このバリアも弾くはず。

 ゆっくり灯籠に近づくにつれてその正体が明らかになっていった。なんとバリアが弾かれるどころか逆に引き寄せられていたのだ。そしてほんの少しだが妖気が活性化されるのも感じる。もし妖力の低い妖怪や、適合度の低い妖魔が近づけば暴走することもあるだろう。

 八桜によるとこの灯籠は近くの寺で作られたものらしい。住職さんとかに話も聞きたいけど、お寺の人が妖魔具とか使うだろうか? いったん保留にしとこう。

 他の灯籠も見に行こうと城の裏あたりを通ると、ある部屋からガチャガチャとした物音が聞こえてきた。少し高いところにある窓から漏れる光でしか判別できないが、かなり大きい部屋のようだ。「酒がきれた! あれと酒を準備しろ!」

「はい!」

 そういえば八桜が城の厨房の話もしてたっけ。灯籠について追加の情報を手に入れたいところだけど、厨房の人からは無理そうだ。

 妖魔態になって飛び、窓から中を見ると多くの使用人がせかせかと動いていた。厨房の中心には大きい酒樽が置いてあり、それに何かをそそぎこんでいる。隠し味かな? 俺は酒飲めないけど、河田兵衛さんに売る情報になるかもしれない。妖気バリアを厚く張って隠し味の液体を少しもらおう。

「そうしてみたところ、なんとその液体が妖力の込められた液体でね。これを人間が飲むと眠くなる作用があったんだ」

「妖力って何でもありね……。だとするとあれは酔いつぶれていたんじゃなくて、妖力を受けて眠っていたってこと?」

「そうだろうね。とにかく厨房に行こう。八桜もついてきて」

 階段を降りて厨房へ向かうと、厨房は俺が見たときよりも少し落ち着いている様子だった。それでも食器を運んだり、食材を盛り付けたり、忙しそうだ。

「あそこで指示を出している人が、私が昨日話を聞いた人よ」

「了解。すみません、ちょっといいですか?」

 俺が話しかけると男は一瞬警戒したようだったが、八桜を見て「またか」と小さくつぶやいた。

「何だ、もう話せることはないぞ」

「昨日とは別の話です。単刀直入に聞きますけど、いまだしてるお酒に何か入れてますよね?」

「……なんのことだか、知らないな」

 料理人の男には明らかな動揺が見て取れる。

「別にそれをどうこう責めるつもりはありません。俺が知りたいのはその水を誰から手に入れたか、です」

「だから知らないって言ってるだろ」

「そこ、何をしている」

 厨房で言いあっていた俺たちのところへ、井原さんとその子分らしき人が二人やってきた。

「井原さん、この二人が急に入ってきて困ってるんだ。どっか連れてってくれ」

「うむ、よろず屋方、話がしたいので私についてきてくれ」

「……はい、わかりました」

 やっぱり来たか。俺は左手に持った傘をぎゅっと握りしめる。

「ちょっといいの紅斗? そんなホイホイついていって……」

 八桜がこっそり聞いてきた。

「うん、八桜は宴会場に戻ってて。それとこれも」

 俺は八桜に紙を一枚渡し、井原について厨房を出る。

 井原さんに連れてこられた部屋は真っ暗で、唯一の出入り口には子分が二人立った。

「おや、もう一人のよろず屋は?」

「俺一人で十分でしょ。さらに言うとこの傘だけでも十分かな?」

 俺は井原さんに妖魔具を見せた。ちなみに俺の目は暗くてもよく見える。

「なるほど、よくわかったな」

「まあ、灯籠があれな時点で検討つくよね。それと、料理人たちに妖気を含んだ水を渡したのって、俺をおびき出すためでしょ。いや、そもそも雷獣妖魔を放ったのだってそのためか」

 井原さんは暗闇でふっと笑った。

「いかにも。さて、雷獣を使ったとはいえ私もこの城が壊されるのは本望ではない。妖魔具を渡してくれれば何事も済むのだが……」

「悪いね、幹部に近いお前を見逃すわけにはいかない。さあ、お前たちの総大将の正体を教えてもらおうか!」

 俺は傘を構え、井原さんは袖から小さい猫の置物を取り出す。

「頭の悪い小僧め、妖怪変化」

「傲慢な腰巾着め、妖怪変化!」

 変化した瞬間、俺はすねこすり妖魔に切りかかった。しかしその刀が当たる寸前で、謎の妖気が俺の手にあたって刀の軌道がぶれ、かわされてしまう。

「私はすねこすりの力を使いこなしている。脛しか攻撃できないとでも思ったか」

 妖気を操るのが上手いのか。それなら俺だって負けない。

「祟流奥義『火縄砲剣』!」

 すぐに体勢を立て直し、火が込められた妖気を放つ。

「無駄だ、その攻撃は私に届かない」

 妖魔の出した妖気が俺の攻撃を受け流した。だがそれは狙い通り、俺の妖気はすねこすり妖魔の周りを回り続けている。

「かかったな、祟流奥義『氷鉄の繭』!」

 妖魔同士が結びつき、そのまま鉄製の繭を作り上げた。

「その繭は内側からの攻撃だけを跳ね返す。さあ避けてみろ『火縄砲剣』!」

 これで終わり……

「って、うわっ!」

 いきなり足に強烈な妖気を感じた。この感じは昨日と同じだ。でもすねこすり妖魔は閉じ込めてるし、それにあいつのより少し弱い。

「私は幹部になるためにどんな手も惜しまない。そなたの奇妙な技相手に一人で戦うわけがないであろう」

 氷鉄の繭が溶けてしまうと、妖魔の横にもう二人すねこすり妖魔が見えた。

「そうか、子分が二人とも妖魔具を……」

「素直に妖魔具を渡しておけばよかったな。さて、お前たちはよろず屋が立つのを防ぎ続けろ。私がとどめを刺す」

 子分のすねこすり妖魔が妖気で俺を押さえつけ、井原さんがゆっくりと近づいてくる。

「……ねえ、こんな状況昨日も見なかった?」

「ん? 私の油断を誘おうとしても無駄だぞ。私はかつて江戸の大名に仕えていたこともある。その程度の挑発じゃびくともせんわ」

「まあ要するにさ、俺だって一人で戦う気は無いっての」

 俺が言い終わると同時に上から太い雷が一本落ちてきた。それはちょうど俺と井原さんの間に落ちて、光の中から一体の獣が姿を見せる。

「正確に言うと、一人と一体かな」


────────────


 厨房で紅斗と別れる直前、私は紅斗から一枚の紙を貰った。何かの端を千切ったと思われるその紙には紅斗の字で何かが書いてある。人目のつかないところで読むと、どうやらそれは私への指示のようだ。

「八桜へ、これを読んでいるということは俺はもうこの世にいないでしょう……いるけど。いやね、本とか歌舞伎とかでこういうのがあるんだよ、俺も一回言ってみたくって。で、本題だけど今回の妖魔はおそらく井原さんだ。理由は俺から聞いて。それで、俺が井原さんと戦っているうちに城の人たちを可能な限り逃してほしいそれと、動物くんに俺の手助けもお願いしてほしい。大丈夫、暴走の原因である灯籠はすべて俺が破壊しておいたから。最後に、動物くんと八桜って仲いいよね」

 最初と最後は何言ってるかよくわかんなかったけど、指示は伝わった。さっそく私は宴会場に戻り、妖魔の危険を伝えたり、寝ている人を起こす仕事に取りかかる。使用人たちにもこのことを伝え、城にいた人たちがみんな避難を始めた。

「ねえ動物ちゃん、また手伝ってもらっていい?」

 動物ちゃんは話を聞き終えると力強く頷いた。

「ありがとう。あとでとうもろこしをいっぱい食べさせてあげるね」

 そして雷獣妖魔と私が一階の紅斗のもとへたどり着いたところで話は再び進みだす。

「紅斗、こっちは終わったわ!」

「ありがとう。さあ反撃といこうか。雷獣妖魔、妖力の低い二人をお願い」

「ガルル!」

 三人の妖魔のうち後ろの二人に動物ちゃんが飛びつき、紅斗は一対一になった。きっと紅斗が戦ってるのが井原さんで、残りはさっき一緒にいた人たちだろう。

 紅斗は妖魔が放つ攻撃をかわし、隙を見つけては技を打ち込んでいく。しかし攻撃は当たらず、寸前で軌道がずらされているようだ。

 動物ちゃんのほうはというと、二体一という不利な状況でありながら互角の戦いを見せている。紅斗も動物ちゃんも、室内だというのにお構いなしだ。

 私にもなにかできれば……

「そこの人、ちょっといいですかー?」

 後ろを振り向くといつの間にか女の人が立っていた。顔立ちの整っている奇麗な女性だ。私よりも背が高く、とても若々しい。歳は二十代後半くらいだろうか。

「実は道に迷っちゃって。この近くの神社に行きたんですけど、あの山の方角が東であってますよね?」

「ちょっと待ってください、今この辺りは危険なので早く離れてください。激しい戦いでいつ城が崩れてもおかしくないんです」

「あらごめんんなさい、門が開けっ放しだったから見学できるのかなと思っちゃって」

「とにかく危ないですから一旦外へ……」

 突然何かが崩れるような音とともに衝撃が私たちを襲った。紅斗が戦ってた方を見ると外が見えるくらいの大きな穴が空いている。

「本当に崩れた……」

「だから早く避難をしてください」

「じゃああなたも避難しないとね。今のあなたじゃ、あの二人を助けられないから。あなたはここで何ができるの?」

 聞いてきたのは女の人だ。

「え、私は……」

 私は誰かのためになればいいなと思って、そして妖怪とか妖魔とかと戦えるようになりたくて、よろず屋で仕事を頑張ってきた。でも、避難誘導したあとは紅斗を信じて待つことしかできない。今だってそうだ、私は何もできない。これじゃああのとき(・・・・)といっしょだ……。

「あ、深く考えすぎないようにね。別に難しいことを聞きたいわけじゃないわ。大切なのは自分の可能性を信じること、あなたの望む可能性を掴み取ること」

 私の可能性……。

「ガルゥ!」

 動物ちゃんの方を見ると、どうやら二人の妖魔を倒したようだ。ただ疲れたのか、妖怪変化を解除している。

「さて、私はもう行くね。あの山の方角は北だったわ。どうりで辿り着けないと思った」

「あ、あの、あなたは一体誰なんですか? まるで私が考えていることが読めてるみたいで……」

「きっとたまたまよ。それに私は妖怪でもなんでもないただの人間。じゃあ、またねー」

 そう言って女の人は城から出ていってしまった。不思議な人だったな……それより、今は動物ちゃんを助けることを優先しよう。

 私は走って動物ちゃんのもとへと向かった。

「大丈夫? ごめんね無理させちゃって」

 動物ちゃんの体はかなり弱っていた。しかしそれでも動物ちゃんはどこかへ行こうとしている。

「まさか、紅斗を助けに行こうとしているの?」

 その方向は紅斗がいるはずの方向だ。動物ちゃんは首を縦に振った。

「でも、行ったって何もできないかもしれないのよ?」

 動物ちゃんはまた首を縦に振った。そしてそれでも歩みを止めない。

 なんて強いんだろう。きっとこの子にあるのは私たちへの感謝だけじゃない。自分の可能性を信じているからこそなんだ。

「……ねえ、動物ちゃん。私も、私の可能性を信じてみたいの。だから……私に力を貸して」


────────────


「祟流奥義『超時空切り』!」

「当たらないと言っているだろう」

 俺と井原さんの戦いは城の上空にまで及んでいた。もう一度氷鉄の繭を打とうとすればあいつは俺の手を狙って、技を邪魔してくる。そして、それ以外の技だと受け流されてしまう。このままじゃらちが明かない。

「だったら……祟流奥義『妖怪覇王斬』!」

 巨大化した刀を思いっきり振り下ろすが、その結果は軸をずらされ、木松城天守閣の屋根を切り飛ばしただけだった。

「木松城をよくも無残な姿にしてくれたな」

「それが嫌ならさっさと攻撃を受けろ!『氷鉄のま……』」

「させんぞ!」

 井原さんは的確に妖気弾を撃ってくる。

「この木松城はな、私の野望だ。藤忠様は宴会の準備や領地の問題などを、すべて私に任せてくれておる。つまり私は実質的な権力を持ちながら、不当な要求をすることで使用人どもの藤忠様への不満をつのらせ、下克上をも狙える……これに幹部の力が加わるのだ。こんな素晴らしいことはあるまい」

「権力だとか地位だとか、そんなくだらないもののために、どれだけの妖怪と人間を危険にさらしたと思ってるんだ!」

「お前がさっさと妖魔具を渡さないからだ!」

 井原さんは大量の妖気を飛ばしてきた。この量は避けきれない。だったら、正面からぶつかってやる!

「祟流奥義『幻想剣ー二刀流、桜花吹雪』!」

「そんな技で、私の攻撃が打ち消せるか!」

 いや、打ち消すことが目的じゃない。桜花吹雪の花びらはすねこすり妖魔本体を狙うように調整してある。そして妖魔本体が張ってる受け流しのバリア、もしそのバリアを攻撃が受け流せないほどの妖気で覆えば……

「むっ、この花びら、受け流せないだと! はやく離れろ!」

「今のお前になら攻撃が当たる! 祟流奥義『妖怪覇王……」

 突然、全身から妖気が抜けていくのを感じた。それにともなって祟流は愚か、妖怪変化を保つことすらできなくなっていく。ふらふらと天守閣の一番上に降り立ち、刀が傘に戻ったところでやっと気づいた。

「そ、そんな……」

「はっはっは、どうやらソーサラーから聞いたことは本当だったようだな。よろず屋は日の光に弱いと!」

 そう、朝日が昇り始めていたのだ。そう言えば宴会の開始からかなりの時間がたった気がする。

「あと少しだったのにな、天は私の味方をした。なに命までは取らんさ。これで私は幹部になれる……!」

 天守閣は全面から日の光が入る構造になっている。傘一本じゃ防ぎきれないし、そもそも傘をさしながら勝てる相手じゃない。こんなところで……!

「キュウウ!」

 空を飛ぶ白いものがいきなり天守閣に入ってきた。それはすねこすり妖魔を邪魔するように飛び回る。

「ちっ……何者だ!」

「よろず屋祟組代表補佐、八桜よ」

 階段から上がってきたのは八桜だ。そして飛んできた白いものは動物くんだったらしい。動物くんが八桜の肩に乗る。

「またそなた達か。しかし今頃来たところでどうにもならない。日が昇れば逃走も困難なはずだ」

「いいえ、私たちはあなたを倒しに来たのよ」

「倒しにだと?」

 それを聞くと井原さんは声をあげて笑った。

「妖魔具も持たず、雷獣も疲れている様子で、私を倒すと?」

「ええ確かに、私が一人で勝てる可能性も、この子が一匹で勝てる可能性も、無いのかもしれない」

 八桜は俺と井原さんの間に立った。その八桜の顔を横から朝日が照らす。

「だったら私たちで、あんたを倒して紅斗を助ける、そんな可能性を掴み取ってやる!」

────────────

「八桜、まさか……」

 ええ、成功するかどうかわからないけど、可能性はゼロじゃない。見てなさい紅斗、息を合わせるわよ動物ちゃん、そして……

「Risa,prease give me your courage!妖怪変化!」

 動物ちゃんの体から青白い雷が激しく放たれる。その雷が私を包み込み、全身に力が溢れてきた。

「なっ……」

「まさか……!」

 見た目は人間のままだ。でも体から放出されている電気の影響で全身が青白く光っている。感覚も全く別物だ。

「一つ言いたい言葉があったのよね……さあ、こっからは人間(私たち)の時間よ!」

 朝日に照らされ、私は驚く井原さんに向けて宣言した。

「……ただの妖怪変化だ、すべて受け流してやる!」

 私は両手から電撃を出して攻撃してみる。しかし、われに返った井原さんのバリアのせいですべて受け流されてしまった。

「これでもくらえ!」

 井原さんも何かを撃ってきた。これが妖気か、なんとなく感じられる。

「危ない……って、ええ⁉」

 避けようと軽くジャンプしただけなのに数十メートルはとんだ。それに、落ちることなく空を飛べている。紅斗がさっきまでこの高さで戦っていたなんて……。

「逃がすか!」

 井原さんも飛んで、私を追いかけながら攻撃してきた。

 まだこの速さに慣れてないのに、操作が上手くできない。

「キュウ!」

 バチッと何かに弾かれ、井原さんの攻撃を避けることができた。上手く曲がれなかった私を動物ちゃんが電気で弾いてくれたみたいだ。

「なるほど、紅斗のと違って動物ちゃんの姿が変わったりはしないのね」

 動物ちゃんが私の周りを飛びながら調整してくれるのでかなり移動しやすくなった。慣れるまでこうやって移動しよう。

「八桜! すねこすり妖魔を覆うように攻撃しろ! あいつの周りを妖気で覆えば攻撃が通る!」

 下から紅斗が助言してきた。

 覆うって、まだどんな事ができるかもわからないのに……まてよ、さっきのバチッってやつ、もしかしたら。

「私の野望は終わらない! 妖気弾をくらえ!」

 両手の爪をたてるように構えて、指先から電気を出しつつバツの字に振り下ろす。すると電気同士が貼っ付き合って大きな網のようになり、妖気弾を防いだ。

「紅斗風に名付けるなら『マグネティックネット』ってところかしら」

 そしてこれは防御の技じゃない。ネットを井原さんめがけて投げる。

「そんな大振りな攻撃が、私に当たるはずない!」

「残念、それははったりよ。動物ちゃん!」

 動物ちゃんが電気を出しながら井原さんの周りを何度も回った。その電気にネットが引き寄せられ、井原さんをすっぽり覆ってしまう。

「こ、これは!」

「動物ちゃん、決めるわよ!」

「キュウ!」

 足に動物ちゃんがくっついて、全身の妖力を最大に。その妖力が動物ちゃんと反応して大きな電気の塊になる。

「くらえ、『雷神ストライク』!」

 磁場を作り出して加速し、そのまま妖魔を蹴り飛ばす。それはしっかり命中して、その妖怪変化を解除させたのだった。





「じゃあ改めて、祟組にようこそ動物くん」

 紅斗の人差し指と動物ちゃんの両手が熱い握手を交わす。

 あのあと井原さんの悪事が明るみになり、彼は牢に入って罰を受けることになった。一方シェフさんたちは井原さんに利用されていただけで、目的も「宴会で酔いつぶれて恥をかけば宴会の数が減るはず」という可愛らしいものだったので減給くらいですんだらしい。藤忠さんは本当に優しい人だった。

 そして私も、動物ちゃんの世話をすることを条件に、妖怪変化したことはお咎めなしだった。

「ていうか紅斗、私と動物ちゃんが妖怪変化することをこっそり認めてたでしょ? あの手紙の最後の一文で」

「うんまあ、動物妖魔具について調べる中で、この見た目に合致する動物がいなかったんだ。そもそも青い動物なんて初めて見たし、もしかしたら「妖魔具に改造された動物」じゃなくて「妖魔具の機構を体内に作られた妖怪と動物の子ども」が正しいんじゃないかと思ってね。どう?」

 動物ちゃんはうんうんと頷く。

「俺の説明不足でごめんね。さて、祟組に来たということで、動物くんじゃあ変だから、名前を決めようか。雷ということで天神さまから取って(あま)なんてのはどう?」

「動物ちゃんは私がこれから世話するのよ、外国の雷の神、トールがいいわ」

「なんで日本の妖怪に外国の名前を付けるのさ、変でしょ」

「あんたのだって呼びづらいのよ。それにあまって尼さんと被るじゃん」

「あま!」

「トール!」

 言い争う私たちのもとへ、動物ちゃんがなだめるように入ってきた。

「こうなったら動物くんに決めてもらおう。あまがいいよね?」

 紅斗が紙を取り出して、でっかくあまと書く。

「トールがいいに決まってるわ。ね?」

 私も負けじと紙にとーるとかいた。トールを日本語っぽく書くとこうなるはずだ。

 その二枚の紙を並べてよろず屋の机の上に置く。あとは動物ちゃんがどっちを選ぶか……といったところで思いもよらない事が起きた。なんと動物ちゃんが二枚の紙を半分にちぎり、紅斗の「あ」の部分と、私の「ーる」の部分とをくっつけたのだ。

「キュウ」

「あーる……ってこと?」

「キュウ」

 私の質問に動物ちゃんは自信満々で答えた。

「あーる、アール……いいんじゃない? 俺たちの意見は両方採用されてるし」

「確かに日本語には「あーる」って珍しいし、外国には「アール」って文字があるし。まあ、この子が決めたことなら文句はないわ。これからよろしくね、アール」

 私もアールと人差し指で握手する。アールは私の肩に飛び乗って、嬉しそうに尻尾を振った。




【今回の妖怪紹介】すねこすり

 岡山県などに現れる犬のような、猫のような妖怪。足もとをくぐり抜けるだけというほとんど無害な妖怪だが、多くは夜に出没するのでびっくりして転ばないように注意しよう。

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