第六話【お城と油断と】
八桜)前回までの依頼報告、なんとお桐さんは勤さんのことが好きで……って紅斗! それ私のたくわんよ!
紅斗)あーもう、依頼報告に集中してなよ。って八桜も俺の魚を取るな!
八桜)たくわんのお返しよ。魚はまだ来るでしょ?
紅斗)俺は白身魚が好きなの! だいたい魚とたくわんじゃ釣り合わないし、この油揚げももらうね。
八桜)最後の楽しみにとってたのに……
紅斗)ああ……ごめんごめん。かわりにこれあげるからさ、両成敗ってことで。
八桜)しょうがないわね、私も白身取ってごめん。これあげるわ。
紅斗&八桜)はい、とうもろこし。
紅斗&八桜)…………
第六話【お城と油断と】
「お藤ちゃん、いるー?」
その日の朝、私はとある用事のため藤垣庵へやってきていた。
「いらっしゃ……って八桜さん。頼んでいたやつできましたか?」
「ええ。でも間違ってたらごめんね」
先日、お藤ちゃんから外来本(ようするにアメリカの本ね)の翻訳を頼まれていたのだ。いつもはお藤ちゃんのお母さんが翻訳するらしいが、今は遠くまで本を探しに行っているらしく代わりに私が請け負った。
かなり昔の本だったので翻訳も一苦労だ。
「ありがとうございます! それにしても凄いですね、外国の言葉が読めるなんて。江戸に来る前は翻訳方でもしていたんですか?」
「ええ、まあ……。それよりもお藤ちゃん、依頼料のことなんだけどお金の代わりに本を借りてもいいかしら?」
「どうぞどうぞ。何の妖怪についてですか?」
もう妖怪限定なのね。
「雷を使う妖怪についてよ。なんて言ったっけ、らいなんとか……」
「雷獣ですか? ちょっと待っててくださいね」
そう言ってお藤ちゃんは奥に入っていった。いや、あれだけの情報でわかるなんて翻訳よりもすごいでしょ。
しばらくすると四、五冊の本を抱えてお藤ちゃんが戻ってきた。
「「甲子夜話」、たぶんこれが一番詳しいと思いますよ。それ以外にも「絵本百物語」とか「東国怪奇集」とか……」
「ありがとう、最初の一番詳しいやつだけでいいわ」
やっぱりか。この子、妖怪のことになると止まりそうもない。
「そうですか、ではどうぞ。その本は店に並べてないやつなので、返却は多少遅めでもいいですよ。それより……」
お藤ちゃんは本を持ったまま私に顔を近づけてきた。
「今回はどういう依頼ですか? 私ひそかに、妖魔事件を聞くの楽しみにしてるんですよ」
何かと思ったがそんなことか。藤垣庵はお世話になってるし、ちょっとくらいならいいわよね。
「わかったわ。でも今回は依頼を受けたんじゃなくて、これから受けに行くのよ」
「?」
今回の事件はこの前紅斗と行った食事処から始まる。
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「いやーお腹いっぱい!」
「そうね、本当美味しかったわ」
私と紅斗は今、「鯢松屋」という食事処に来ている。今朝、紅斗がここの優待券をもらったのでせっかくだしと夕飯を食べに来たのだ。
最初こそ味が薄いことに不満があったが、サラダもフィッシュもスープも、どれも食べれば食べるほど食材の味が際立ち、米もほっかほかで大満足。さらに食後のデザート、汁粉。これがまた美味しくて……
「ちょっと俺、厠に行ってくるね」
「いってらっしゃい」
こんなに美味しい料理屋があったなんて、できれば毎日でも通いたい。まあ、高すぎてできないんだけど。
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「あー高い高い。見た? 他の客。みんな上のほうのおえらいさんばっかり。料理はそれに見合う美味しさだけど、一食であの値段はねぇ……」
あ、今のひとり言ね。鯢松屋の暗い廊下を厠に進む俺の、小さなひとり言。
それにしても本当に美味しかった。野菜も魚も汁物も……
「知ってる? 木松屋のうわさ」
ふと、とある一室の前を通ったときその部屋から話し声が漏れてきた。木松屋とはこの料亭の元締めでもある大名の名前だ。気になったので足を止めて耳をすましてみる。
「ええ、あの雷でしょ? 恐ろしいわねぇ」
「あそこはお金にうるさいからきっと罰があたったのよ」
「変な怪物みたいなのも現れたって」
怪物⁉ ってことはもしかして……
「でもやっぱりここに食べに来るのよね」
「食事は美味しいからね。特に」
あとの話は関係なさそうだったので無視して、俺はいそいで八桜のもとへ戻った。
「八桜、面白いこと聞きたい?」
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「そういうわけで木松屋の妖魔を倒しに行くため、木松屋のお偉いさんに話を通してほしくって……。お願いしていい? 鞍之助さん」
鯢松屋での出来事を鞍之助宅で話した俺だったが、鞍之助さんの反応は意外なものだった。
「なるほど、そういう事だったのか……」
「どういうこと?」
「昨日、上から御達しが来てな、お前らを木松家に行かせろと言うもので理由がわからなかったんだ」
そう言って俺に木松家からの礼状を見せてくれた。「よろず屋祟組宛」としっかり書かれている。
「本当だ……大名からの依頼なんて、祟組も有名になったなぁ。早速今から行ってくるよ」
「ああちょっと待て。この間強い妖魔に負けたって聞いたが、大丈夫なのか?」
「全然大丈夫。それにあのあと祟二刀流奥義でそいつに勝ったから」
俺は光源氏流道場でソーサラー妖魔と戦い、勝ったときのことを話した。
「ああ、この間見せてもらった技か。けどそれ、勝ったんじゃなくて逃げられただけじゃ……」
「いや、絶対勝ってたから、あのまま戦っても。だから東八流は覚えない」
「はいはい、まあせいぜい頑張れよ」
幻想剣ー二刀流の方はまだ完璧とは言えないけど、何回か実戦を積めば精度も上がるだろう。それに「桜花吹雪」にはまだ秘密があるし。
そんなことより今は木松家からの依頼を……ってあぶない、八桜を忘れるところだった。というか忘れてた。
俺は江戸から離れかけた足をもとに戻し、逆方向の祟組へと向かった。
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紅斗から依頼のことを聞き、私たちは江戸から少しはなれた木松家の領地を目指していた。
「大名から依頼なんて、そんなこともあるのね」
「俺も初めてだよ。売名も兼ねてるから粗相の無いようにね」
「こっちの台詞よ」
あーだこーだと言い争っているうちに木松家の城へとたどり着く。初めて間近で見る城は想像より遥かに大きく、そして威厳に満ち溢れている。
思わず言葉を失った私を無視して、紅斗は門番の男に来意を告げた。しばらくすると中からこれまた綺麗な服を着た老人が出てきた。
「よくぞ参った。私はこの城の当主様に仕える井原という者である。お二方、どうぞ中へ」
「わざわざありがとうございます。では、失礼します」
井原さんに連れられ私たちは木松城へと入って行く。城の中も外に負けず劣らず整備されており、小さな丸池や灯籠なんかも見える。
少し歩くと天守閣への入り口へたどり着き、そのまま天守閣の中を登ってやっと当主の部屋の前についた。
扉の前で緊張している私に紅斗がそっと話しかけてくる。
「八桜、謁見するときの礼儀とかわかる?」
「わからないわ。偉い人と会うなんて想定してなかったし……あんたの真似していい?」
そう言うと紅斗の顔が、なんともいえない気まずそうな顔になった。もしかして……
「俺もわからないから雰囲気でなんとかしよう」
「いやあんたは想定しててよ……」
「よろず屋方、何をしておる」
前に居た井原さんが振り向いて話しかけてきた。
「いや、こっちの都合で……」
紅斗が咄嗟に下手な言い訳をする。とりあえず私もそれに合わせておこう。
「さようか。謁見の準備は整ったが、何かあるならば少し待とう」
「いえいえもう終わりましたから。さ、入りましょう」
「では、木松藤忠様、よろず屋二名をお連れしました」
そう言った井原さんに続いて部屋に入ると、さすが天守閣のてっぺんと言わんばかりの眺望が広がっていた。その広い部屋の中央にどっしりとかまえている人こそ、この城の城主、木松藤忠殿だろう。
「よろず屋方、よくぞ参られた。」
「お初お目にかかります。よろず屋祟組代表、紅斗です」
「同じく、八桜です」
私たちは藤忠殿の前で正座し、深々と頭を下げた。
「面をあげよ、そう気をはらずとも良い。急な依頼なのに来てくれてとても感謝している。そなた達は怪物の出る事件が得意だと聞いたが、それは本当か?」
「はい。怪物、妖魔というのですが、その退治については他の誰にも負けません」
顔を上げた紅斗は自信満々だ。
「それは心強い。では数日前から我が城に起こっている奇妙な雷の話をしよう。井原、話をしてくれ」
「はっ」
後ろにいた井原さんが私たちの前に座り、最近起こっている雷について話を始めた。
「近頃、木松城の周囲で落雷による被害が多数報告されているのです。畑や家屋などに、一日で数十件ほどの被害がここ毎日。そして同時に大きくて青白く光る獣の目撃例も多数ありました」
青白い獣……それがきっと雷獣妖魔だろう。
「さらに問題なのが、その雷のせいで城内の灯籠が二つも破壊されたのです」
「そういえば庭に灯籠がありましたね。何か重要な物なのですか?」
紅斗が井原さんに質問を投げかけた。
「あの灯籠は城の東西南北にそれぞれ一つずつ置いています。近くの寺に作ってもらった物で、邪気を退ける力があるのです」
「なるほど……つまり四つすべてが破壊されれば妖魔がこの城に入ってくるかもしれない、と言うわけですね」
いや、紅斗入れてるじゃん! と私は心の中でつっこんだ。
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いや、俺入れてるじゃん! と俺は心の中でつっこんだ。
「そこでよろず屋さん方には雷を操る妖魔を倒し、この城を守っていただきたい」
「わかりました。その依頼お受けいたしましょう」
俺がそう答えると、おおと木松藤忠さんから歓声があがる。
「期待しているぞ。ところで今夜は怪物退治の英気を養うため、宴を催そうと考えている。二人ともぜひ出席してくれ」
「ありがとうございます」
その後木松藤忠さんの部屋を離れ、俺たちは井原さんと共に別館の一室へとやってきた。
「この部屋は依頼解決まで自由に使って良い。宴は酉の刻より行われる。それまでくつろいでくれ」
それだけ言って井原さんはどこかへ行ってしまう。
「さてと、やっぱり敵は雷獣妖魔っぽいね。藤垣庵の本持ってきた?」
俺が聞くと八桜は一冊の本を取り出した。
「ええ、少しだけ読んだけど有益な情報は無かったわ。強いて言うなら好物がとうもろこしってことくらい?」
「とうもろこしか……俺あんまり好きじゃないんだよね」
「私もあんまり……ってそうじゃなくて」
ぺしっと八桜が俺の肩を叩く。
「案外八桜ってノリいいよね」
俺がずっと本を読んでいると、気づけばすっかり外が暗くなっていた。八桜は少し前にどこかへ行ったっきり戻ってきていない。今何時くらいだろうか、そろそろ宴会が……。
俺が軽く背伸びをしていると、急に空が光り続いて「ドン!」と大きな音がした。それもかなり近い場所のようだ。
「今のって……!」
俺はすぐに別館を飛び出し、音のした城の南側へと走った。そこで見たのは砕け散っている灯籠と、バチバチと音を立てて青白く光る大きな獣……雷獣妖魔だ。
「紅斗、さっきの音って……!」
ほぼ同時に八桜も駆けつけた。
俺たち二人を見る妖魔がグルル……とうめいている。
「ちょうどいい、依頼開始と終了を同時に祝おうか。妖怪へ……」
んげを言い終わる前に妖魔は体から電気を飛ばしてきた。
「危なっ! てかこっちが変化するまで待ってよ!」
「紅斗、あの妖魔なんかおかしくない?」
後ろにいた八桜がおもむろに口を開く。
「確かに変化中に攻撃するなんておかしい……」
「そうじゃなくて、なんとなく雰囲気とか動きとかが本物の動物っぽいのよ」
「大ぐも妖魔のときみたく適合率が異常ってこと?」
そう言われれば四つんばいの動きとか、人間っぽくないような。
「まあ倒せばわかるって。というわけで妖怪変化!」
今度はしっかり電撃をかわし、変化に成功。そのまま斬りかかるが、雷獣妖魔は城の壁を使って高く飛び、上空から雷を降らせてきた。
それらを避けながら俺も空へ飛ぶ。
「祟流奥義『妖怪覇王斬』!」
巨大化した刀を思いっきり振ったが、すんでのところで避けられてしまった。妖魔は城を囲う塀の上に乗り、またもや体から電撃を飛ばしてくる。当たりそうなやつだけを刀で払って、こちらも負けじと技を出す。
「祟流奥義『龍激弾』!」
刀の先から妖気で作った玉を飛ばす、遠距離用の技だ。空中から打った龍激弾はひらりひらりと避けられるが、これは予想通り。
わざと作った隙に誘導していっきに畳み掛ける!
「祟流奥義『幻想剣ー二刀流』!」
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「祟流奥義『幻想剣ー二刀流』!」
紅斗が何処からか取り出した刀で雷獣妖魔に連続攻撃をしかけた。しかし、あの妖魔はかなり速い。二本の刀をほとんど回避している。それに紅斗もまだ二刀流に慣れていないようだ。
「よろず屋さん、さっきの音は一体……」
声の方を見ると城の方から井原さんと数人の使用人がやってくる。
「雷獣妖魔が現れたんです。危ないから近づかないでください」
「なんと……それでは今、もう一人の方が戦っておられるというわけですな。あなたは戦わないんですか?」
「そう……ですね。私は戦えないので」
それよりも、と私が現状を説明しているとまた「ドン!」と大きな音がした。紅斗の方を振り向くと、そこに雷獣妖魔の姿が無い。いるのは塀の近くで倒れている紅斗だけだ。ソーサラー妖魔のときと違って意識が有るようなのは何より。
「開始と終了じゃなくて、開始と失敗を祝いそうだけど、大丈夫?」
近くで話しかけると、紅斗は倒れたままぼそっと答えた。
「なんか……だるい」
……え?
次の日、私たちは江戸の城下町へ帰ってきたが、紅斗のだるさはまだ続いていた。
「だるいってどういうこと? 逃げられて落ち込んでるの?」
「そういうのじゃなくてなんかこう……体が重い、というか……」
宴会には結局参加できず、あの後紅斗を引きずって祟組に戻ってきたけど、紅斗のだるさは一向に解決しない。
「もしかして風邪? ならうつさないでよ」
「それも違うような……」
もういったいどうしろって言うのか。もっとはっきり喋ってよ。
「何か思い当たる節はないの? 妖魔と戦うまでは元気だったじゃん」
「そうか、てことはこれも全て妖魔の仕業……ってあーだめだ、頭が回らん」
ここで長々話しても埒が明かない、しょうがないので私は一人で木松城へ向かった。紅斗がいないから妖魔退治はできないが、聞き込みなら私だけでもできる。
しばらく歩いて見えてきた城門には井原さんともう一人、お寺の和尚さんのような人がいた。
「よろず屋さん、おはようございます」
井原さんが私に話しかけてきた。
「おはようございます、井原さん。横にいるのは、和尚さんですか?」
「うむ、こちらは灯籠の修理をしてくださる住職様だ。住職様、申し訳ない。また新しい灯籠を頼んでしまって」
「いえいえ、かまいませんよ。藤忠殿にはよく野菜を分けてもらっていますから。井原さんこそ、人手が減って大変でしょう」
謝る井原さんに和尚さんは優しく答える。
「ええまあ……。ところで、よろず屋さんは何用ですかな?」
「少し聞き込みをしようと思いまして。城内の方々に話を聞いてもいいですか?」
「それはもちろん、ご自由にどうぞ」
私はさっそく聞き込みを始めた。まず調理室へ向かうと、そこには大声で指示を出すシェフのような人と、その指示で走り回るコック達がいた。近くのテーブルには美味しそうな料理がずらりと並べられている。
「刺し身の盛り付けが汚い! すぐ直せ!」
「はい!」
「おい汁物、もっと火をつけろ!」
「はい!」
それにしても熱気が凄い。また宴会があるのだろうか?
少し落ち着いた頃を見計らって、私はシェフに話しかけた。
「すみません、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」
「だれだ、あんた。ここは立ち入り禁止だぞ」
「木松藤忠さんからの依頼を受けて来たよろず屋祟組の者です。最近出現している雷獣妖魔について話を聞きたいのですが、よろしいですか?」
シェフはそれを聞いて少し顔をしかめる。木松藤忠さんからの命令が面倒だと言わんばかりの表情だ。
「雷獣妖魔ってあのでかい獣のことだろ? あいつには迷惑してるよ。実家の畑がやられたとか言って5人も休みやがって。ただでさえ人手が足りないってのに」
そういえば和尚さんもそんなこと言ってたっけ。この慌て様にはそんな理由があったのか。
「そのくせ城主様は、緊急事態のため実家に戻った者も時が来れば再び奉公人として受け入れよう、なんて余裕をかましてさ。料理は相変わらず良いものばかりを要求してくるし、本当に困ったものだよ」
「そ、それは大変ですね……」
「ああ。おっとこの話、城主様には言うなよ。あとは……俺はここに住み込みで働いてるんだが、夜になると雷がそこら中に落ちるんだ。数だけならこの城が一番多いんじゃないか? 俺が知ってるのは以上だ」
「ご協力ありがとうございます」
なんとなく畑とか田んぼとかがやられていると思ってたけど、この城が一番危険なのかしら? 城内でもうちょっと聞いたら、わかるかもしれないわね。
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「もうちょっと効いたら、普通に歩けるようになると思う。本当助かったよ、昨日からのだるさが嘘みたい」
「いやーびっくりしましたよ。祟組に来たらよろず屋さんがいすに倒れているなんて」
「あっしも聞いたときはまさかと思いましたが……珍しいこともあるもんですね」
よろず屋祟組にはすっかり元気を取り戻した俺と、お藤ちゃんと河田兵衛さんがいた。そして机には俺が半分ほど食べたとうもろこしが置いてある。
「てか、このとうもろこし何? 元気になったのはいいけど、怪しいやつとかじゃないよね」
「ついさっきあっしが収穫した普通のとうもろこしですよ。お藤ちゃんが急に来たもんだからいいやつではないですけどね」
「そういう、お藤ちゃんが俺のところに来て何かひらめいたようにすぐ飛び出していって……」
で、戻ってくるとこのとおり、河田兵衛さんととうもろこしを持ってきたというわけだ。
「ふっふっふっ、簡単ですよ。よろず屋さん雷獣妖魔と戦ったでしょう? そのときに妖魔の雷に当たりませんでしたか?」
「そう言われれば……」
二刀流で戦ったとき、妖魔の攻撃が足に触れたような気がせんでもない。
「雷獣の雷には人のやる気を無くさせる毒があるんですよ。その毒にはとうもろこしが効くんです。昨日貸した本に書いてあったと思うんですけど……」
おそらく八桜が借りてきたやつのことだろう。その本は祟組の机の上に置いてある。
「それでしょ? 雷獣がとうもろこし好きってのは書いてあったけど、毒とか書いてあったかなぁ」
「あー、それ写本なんですけど、もしかしたら欠けてたかもですね、すみません」
「いいよいいよ。それより、今って何時くらい?」
ずっと倒れていたんで、八桜が出てからどれくらい経っているかが俺にはわからない。
「午の刻は過ぎて……お藤ちゃん、鐘の音聞いてました?」
「確か……八つくらいだったと思います」
どうやらお八つには間にあったようだ。
「二人ともありがとう。俺行くとこあるから」
傘と外套を持って祟組を出ようとしたところで、俺は河田兵衛さんに話しかけられた。
「よろず屋さん、とうもろこしを持っていかなくていいんですかい?」
「え、うーんそっか、じゃあニ本ほど貰ってくよ。ありがとう」
とうもろこし二本も持って、俺は木松城へと向かった。
祟組にはお藤ちゃんと河田兵衛さんの二人が残されている。
「……河田兵衛さん、とうもろこし二本もあげちゃってよかったんですか? さっき収穫したんですよね」
「それは嘘。あれは今年の売れ残りですよ。食べれないことはないですし、そちらも何かいりますかい?」
「じゃあきゅうりがほしいです。漬物が不足してて」
「まいどあり」
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「あの時は村の者みんなで山神様の怒りを静めてなあ」
「へえ、そうなんですか……」
城内での調査を終えた私は、そのまま近くの農家さん達の話を聞いてまわった。
「その次の年は、それはもう豊作で、収穫祭も大盛り上がり。神様はわしらを見捨てちゃおらんかった」
「それはよかったですね……」
農家さん達に聞いたところ、畑や田んぼの雷の被害はそこまで酷くないようだ。領主の藤忠さんも事情を理解して年貢を減らしてくれるらしく、持ち直すのに苦労はしないだろう、とのこと。
「しかしその収穫祭で羽目を外しすぎてな、その時の妻の怒りっぷりはまるで羅刹のようじゃった……」
「ははは……」
で、私は今、聞き込みで立ち寄った家のおじいさんの話を縁側で聞いている。ちょっと話を聞くだけのつもりが、お茶も出されて帰りづらくなり、かれこれ数時間は過ぎてしまった。
「その次の年は腰が痛くて……」
さっさと離れたいけど、このおじいさん一人暮らしみたいだしなぁ。今日の聞き込みはこれまでかな。
半ば諦めかけてお茶を飲んでいると、城の方から歩いてくる人影が見えた。
「あ、八桜いたいた。おーい」
ごめんさっきの訂正、人影じゃなくて人妖影ね。あいつ復帰したんだ。紅斗は右手になにか緑色の物を持ちながら手を振っている。
「紅斗、あんた大丈夫なの?」
「うん、お藤ちゃんと河田兵衛さんに助けてもらってね。で、これが妖魔退治用」
紅斗が持っているものって、確か雷獣の好物だっていうとうもろこしだ。
「好物でおびき寄せるってこと?」
「話すと長くなるけどそんなとこ。それより八桜は何やってるの?」
「このお嬢さんはな、わしの話を聞いてくれたんじゃよ」
私の代わりにおじいさんが答えてくれた。
「へえ、おじいさんの昔の話? だったら俺にも聞かせてよ」
「おおもちろんじゃ。お茶を入れてくるからここに座って待ってなさい」
私の分のおかわりも注いでくれるようで、おじいさんは湯呑を持って家の中へ入っていく。紅斗は言われた通り私の横に座った。
「意外ね、なんとなく「人間の話になんて興味ない」とか言うと思ってたんだけど」
「そうでもないよ。……さて、待ってる間に八桜の調査報告でも聞こうか」
何か隠しているような言い方だったが、聞くのも野暮かな。
「じゃあ私から話すわ。と言ってもあまり期待しないでね」
私が今日の出来事について話していると、段々と雲行きが怪しくなってきた。昨日の夜のように黒い雲が立ち込め、太陽もその影にすっかり隠れてしまっている。
「こりゃあ一雨来るな。お二方もさあ、中まで入りなさい」
お茶を持ってきたおじいさんに誘われ私たちが居間に入ろうとした瞬間、空が明るく光ってドン! と大きな音がした。
「八桜、城の近くから妖気がする。俺は行くけどどうする?」
「愚問よ。あんたこそ、またあんなふうにならないでね」
「どっちが愚問なんだか」
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おじいさんにさよならの挨拶をして、俺たちは雷獣妖魔のもとへ向かった。
「本当にそのとうもろこしで何とかなるの?」
走りながら八桜が聞いてきた。
「問題無し。まあもしかしたら手伝ってもらうかもだから、そんときは臨機応変によろしく」
やる気を失ってもとうもろこしがあるから大丈夫だろう。……ってこの妖気まさか!
「八桜止まって!」
「えっ急に何?」
俺たちが止まった途端、目の前に強い光と衝撃が走った。思わずつぶってしまった目を恐る恐る開けると、そこには横たわった雷獣妖魔と、それを空から見下ろすソーサラー妖魔の姿があった。
「まったく、手間かけさせやがって……起きろ雷獣。お前の敵はあいつ等だ」
そう言ったのはソーサラー妖魔だ。
「ソーサラー妖魔、一体どういうことだ⁉」
「どういうことって、雷獣をわざわざ運んできてやったんだ。感謝こそされど、恨まれる筋合いは無い」
妖怪を雑に扱いやがって……!
「今度こそお前を確実に仕留めて、妖魔具の事を洗いざらい吐かせてやる!」
「俺の役目はお前と戦うことじゃないからなぁ。魔術、紫電」
ソーサラー妖魔の手から放たれた紫色の雷が雷獣妖魔に当り、その刺激で雷獣妖魔が目を覚ました。
「グルルゥゥ!」
「じゃあな、よろず屋ども」
目覚めた雷獣妖魔は、怒っているのか、所構わず雷を放っている。このままじゃまたあいつに逃げられ……
「紅斗、先に行って!」
「……え?」
俺の手からとうもろこしを取った八桜が言い放った。
「妖魔は私が惹きつけるから、今のうちに幹部を追って」
「でも八桜一人じゃ……」
「あんた、私をどういう理由で採用したか忘れたの? 妖魔具の回収は無理だけど、時間を稼ぐくらいならできるわ」
そう言った八桜の目は真剣だった。これは、仕事を奪われるとか言ってる場合じゃないな。
「……わかった。じゃあ任せたよ」
とうもろこしを託して、妖怪変化しながらソーサラー妖魔を追う。この距離ならまだ間に合いそうだ。
「逃がすものかっ、ソーサラー妖魔!」
油断していたソーサラー妖魔まであと一歩まで迫った。
「おいおいマジかよ。新入りに妖魔を任せるかね、普通」
「妖怪の普通を侮るなかれ、こっからは妖怪の時間だ! 祟流奥義『風神レッドシュート』!」
刀の先から繰り出される紅い風の衝撃波が命中し、ソーサラー妖魔が体勢を崩す。
「くっ……!」
「祟流奥義『幻想剣ー二刀流』!」
魔術とか言うのを使われないうちにもう一度あの技で……
「祟二刀流奥義『桜花吹雪』!」
「させるかっ、魔術、花吹雪」
もうこの技まで見抜かれてるの⁉ まだ二、三回しか使ったことないのに。
ソーサラーが繰り出す妖気と俺の花びらが空中で激しくぶつかり合う。
「どうした、お前の奥義もその程度か」
この状況を打開する技は……一つだけある。「桜花吹雪」から繋がる技だからまだ使ったことないけど……でも今はこれしかない!
「祟流奥義!」
二刀流を解除して、桜が舞う中をソーサラー妖魔めがけてつっこむ。
「幻想剣ー桜花」
さすがのソーサラー妖魔でも、攻撃を受けながら向かってくる俺に驚いたらしい。防御の姿勢を取るより先に俺の刀が届いた。
やった、新技成功! それにしても、傷は負う割に不意打ちぐらいにしかならないし不思議な技だ。まあ成功したから良しとするけど。
ソーサラーは妖気の扱いが乱れて地面に落ちていく。このチャンス、見逃してたまるか。
「祟流奥義『妖怪覇王斬』!」
巨大化した刀を振り下ろし、ソーサラー妖魔を斬りつける。俺もさっきの「桜花」でかなり体力が減ったし、さっさと決着をつけないと。
ソーサラー妖魔の方へ向かおうとしたその時、足のすね辺りに強い妖気を感じた。
妖気がほとんど残ってなくて、少し油断もしていた俺は思わず転けてしまう。「いたた……」と言いながら起き上がると目の前に知らない妖魔が立っているのに気づいた。
とっさに刀を握って距離を取ろうとしたが俺の手に刀が無い。さらには妖怪変化も解除されてしまった。
「なっ……!」
「妖魔具はいただいたぞ、よろず屋」
目の前の妖魔の手には俺の妖魔具が握られている。
「返せ!」
それを取り戻すために飛びかかろうとしたが、またこけてしまった。
「お、まんまと引っかかってるな」
ソーサラー妖魔がゆっくりとこちらに歩いてきた。
「ソーサラー妖魔……! 一体どういうことだ!」
「あの方の命令でな、今回の目的はお前の妖魔具を奪うことだったわけだ」
あの方……妖魔具を売りさばき、妖怪を苦しめている張本人か。
「本当は雷獣と戦わせて、そのすきを突くつもりだったんだが、結果良ければ全て良しだな」
「おいソーサラー、計画通りこいつをおびき寄せて妖魔具を奪ったんだ。これで私にも、幹部の紋章を分けてくれるんだろ?」
まずい、このまま逃げられるわけには……。
俺は立ち上がろうとしたが、たった瞬間にこけてしまう。
「おっと危ない。せっかく手に入れた妖魔具を取られるわけにはいかないのでな」
さっきからよくこけるのは、あの妖魔の仕業か……周囲が暗くて、顔がよく見えない。
「さて、我々は行くとするか。さらばだよろ……」
「グァルル!」
突然の雷、そして雷獣妖魔が俺たちの前に降ってきた。そのまま俺の妖魔具を口で奪い取り、雲の上へと飛び去っていく。
「なっ……」
一瞬の出来事に俺はおろか、妖魔たちまで唖然としていた。雷獣妖魔の姿はあっという間に見えなくなり、周りには宵の静けさだけが残った。
【今回の妖怪紹介】雷獣
雷と共に現れると言われる妖怪。とうもろこしが好物で、雷獣の毒気にやられてもとうもろこしを食べれば治るとか。
どうやら雷獣妖魔にはまだ秘密があるらしい。