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妖 のゐる国で  作者: 七星
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第五話【疑ってみたが】

紅斗)前回までの依頼報告、ソーサラー妖魔強すぎ!

八桜)あんた、こてんぱんにやられてたわね。やっぱり太陽とか苦手なの?

紅斗)多少ならともかく強すぎるのはね。疑問形で前に書かれてたけど、吸血鬼の弱点はだいたい駄目だから。にんにくは臭いし、流水は泳げないし、十字架で打たれると痛いし、心臓を刺されると死んじゃうし……

八桜)(なんか違くない?)

紅斗)ただあのときは昼だったってのもあるよ。日影に隠れながらだとやっぱり不利だし。

八桜)じゃあ夜なら?

紅斗)楽勝だってあの程度。俺の祟流奥義でけちょんけちょんにしてやる!

八桜)どうかしらね、今回でわかるんじゃない?

紅斗)おう、ハッキリさせてやるよ。祟流奥義の中でも特に強い技で俺が妖魔をぶった切る! そんな第五話をどうぞ!

第五話【疑ってみたが】




「ほう、妖魔具を売ってほしいのか」

 誰もいない夜の道場で、私は敵であるソーサラー妖魔に妖魔具を売ってほしいと頼んでいるのだ。相手が驚くのも無理はない。

「ええ、金ならあるわ」

「その前に一つ聞かせてくれ、なぜ妖魔具を欲しがる? 受けられる依頼を増やすためか?」

「それもあるけど……一番は紅斗を倒せる力を手に入れるためね」

 ソーサラー妖魔は私の言葉にさらに驚いた。それが普通の反応だ。紅斗のほうがおかしい。

「なるほど……邪魔なよろず屋を消してくれるのは嬉しいが、どうせお前も妖魔を倒すんだろう?」

「そりゃあね」

「じゃあ渡せるわけがない、出直せ」

「あら、昼間の会話では売ってくれそうだったのに」

「妖魔具には適正があることを知っているか? 適正は使用者の境遇や、感情の高低によって決まる。その程度の感情じゃあ、たいした妖魔具も使えそうもないし、そんな奴に妖魔具を売るのはもったいない」

 ソーサラー妖魔が煽るように言ってきた。

「言ってくれるわね……」

「では、今回はこのへんで。今度は俺の邪魔をしないでくれよ。太陽の火」

 うわっ、眩しっ!

 思わず下を向いて目を隠したが、光が止んだあとも少しチカチカしていた。こんなのくらったら倒れるに決まってる。

 ソーサラー妖魔はとっくにどこかへ消えてしまっていた。


────────────


 早朝、「光源氏流薙刀道場」から一番近い井戸で勤さんは水をくんでいた。ここで水をくんで道場内を清掃するのは彼の日課らしい。

「おはようございます、勤さん。朝から精が出ますね」

 俺が話しかけると少し驚いたようだが、またすぐに桶を引っ張り始めた。

「おはようございます。昨日は道場を守ってくれたみたいで。ですが、あなたを道場内に入れることはできませんよ」

「分かってますって、融さんが決めたことでしょう? 融さんすごいですよね、あの若さでたくさん門下生がいて」

 それを聞いた勤さんが静かに語りだした。

「はい、兄は昔から才能がありました。寺子屋でもいつも一番で、薙刀の腕も確かです。だから多くの女性が集まってくるし、女性を守るのが俺の使命だっていつも言ってます。私は兄と違って得意な事もないし、兄のような自信もない。水くみくらいが精一杯です……すみません、話しすぎましたね」

 妖怪の力なんて普通の人は欲しがらない。欲しがるのは歪な感情を持つ人ばかり……。井戸の水をくみ終えた勤さんは道場の方へと進んでいった。

「勤さん、妖魔具って知ってますか?」

 その背中に俺は声をかけた。

「妖魔具……ですか?」

「はい、妖怪の力が封じられている道具です。もしあなたがそれを持っているのなら俺に渡してください。そして、それを誰から買ったのか教えてほしいんです」

 勘だけど、多分この人が妖魔具の購入者だ。なんとか使用する前に回収して、ソーサラー妖魔についての情報を聞き出せれば……。

「……知りませんね、そんな物は。こんなことを聞くために朝早くに来たんですか?」

 まあ、そう上手くはいかないか。

「はい、よろず屋も地味な仕事でしょ?」

「本当、地味な仕事ですね」

 それだけ言って勤さんは道場へ帰ってしまった。

 妖魔具回収はできなかったが、思いがけず勤さんの情報は手に入った。何かに使えればいいが……あ、そうだ、芋買って帰ろう。


────────────


 早朝、「よろず屋祟組」近くの通りで私は暇を持て余していた。朝祟組が開いてなければこうやって近くを散歩するのが日課になっている。日中の騒がしさもいいが、朝の静けさもまたいいものだ。

 まあ、不満を挙げるとするなら、モーニングをやってる店がどこにも無いってことね。私は料理もできないし、長屋に生ものを置いときたくないし。

「何やってんの、八桜」

 後ろから声をかけられて振り向くと、そこにいたのは傘……じゃなくて紅斗だった。

「あ、紅斗。早くよろず屋開けてよ」

「ごめんごめん、朝ご飯買いに行ってて……」

 よく見ると左手に焼き芋を持っている。

「朝ご飯⁉ この辺りどこも売ってなかったのに……」

「うん、この辺じゃなくてちょっと遠くに行かないと売ってないからね。これあげるからさ、俺に協力してくれない?」

「協力? どういうこと?」

 どうやら紅斗は今朝、勤さんに会ってきたらしい。そのことを私に話してくれた。

「そういうことだからさ、もしかしたらお桐さんのおかげで気持ちが変わるかもしれないじゃん? だから今夜お桐さんを道場に連れてきてほしくて。俺が勤さんを連れてくるから話し合いで解決できれば万々歳でしょ?」

「へぇ、あんたもしかして意外と優しかったりする?」

 まさか間接的とはいえ人間の恋路を応援しようとするなんて。

「俺は優しいよ。ほら、焼き芋あげるから早くお桐さんを探してね」

 そう言って紅斗は焼き芋を持った腕を上にあげた。

「はい、あーげた」

 やっぱり優しくないや。





 結局焼き芋をもらった私はお桐さん探しを始めた。道場は休みらしいし、居るとしたら陽一郎さんのところかな。

「お、よろず屋さんじゃないか」

 声の聞こえた方を向くと、そこにはやつれた武士がいた。

「あなたは確か……」

「鞍之助だ。今日も何かの依頼か?」

 そうだ、鞍之助さんだ。紅斗と違って刀を持ってても大丈夫な人。

「人を探しているんです。お桐さんって言うんですけど、知ってますか?」

「お桐……すまんが聞いたことはないな」

「そうですか……」

せめて仕事くらい教えてくれたら良かったのに。

「お桐さんってのは町人かなんかなんだろう? だったら河田兵衛に聞いたらどうだ?」

「ああ、確か河田兵衛さんってそういうの詳しいんですよね」

「この時間だと畑にいると思うが、案内しようか?」

「ありがとうございます。紅斗がなんにも教えてくれないから……」

 芋を上げる暇があったらもっと言うことあったでしょ、と心の中で毒を吐いておく。

「ははっ、あいつは人間に厳しいからなぁ」


────────────


「はっくしょん!」

「風邪ですか? お大事に」

 本を持ってきたお藤ちゃんが心配して聞いてきた。

「どうも、最近夜寒くなったからね。妖魔退治も夜だから」

「じゃあ急いで人魂の正体を見つけないとですね。はい、追加の分です」

「いよっ、江戸一の妖怪本収集家!」

 机の上にはニ、三十冊近い本が積まれている。まあ、量が多いということは時間がたくさんかかるってことだけど。

「人魂が出てくる話は多いですからね、まだまだありますよ!……でもこれだけあると多すぎですかね」

「だね」

 良かった、わかってくれた。

「よろず屋さん、何かもっと正体を絞れるような情報は無いんですか?」

「情報……他には、橋の近くでの目撃例が多いとか、出始めたのが五日くらい前からだとか……」

 橋の近くに人魂ってのも珍しい話じゃないし、情報不足かな。

「五日前といえば、それくらいの頃から色恋物の貸し出しが増えたんですよ元々あまり持ってないので品切れ状態で……」

「色恋って最近流行ってるの? 昨日もそういう話を聞いてね、ある道場のことなんだけど……ってあっ!」

 もしかして二つの依頼はつながってる……?

「ねえ、そういう色恋物を誰が借りたのか、教えてくれない?」

「流石にお客様の情報はちょっと……」

 お藤ちゃんは申し訳なさそうに首を横に振った。

「そっか……うーん、人魂と恋愛、それに橋……あ、橋姫なんてどう?」

 橋姫とは、宇治の辺りに出る嫉妬の鬼である。

「橋から攻めたんですね、たしかこの本に載ってたと思います」

 お藤ちゃんは積まれた本の中から一冊を取り出した。

「あれ、それって平家物語?」

「ちょっと珍しい平家物語です。中に剣巻ってのが入っていて、そこに橋姫が出てくるんですよ」

「へぇ」

 少し読んでみると確かに、よく知る話とそっくりだった。

「じゃあこれ借りてくね、いくら?」

「稀覯本なんでそれなりにしますよ」

 お藤ちゃんが見せた金額はいつもの五倍くらいした。

「大切に扱ってくださいね」

「は、はい……」


────────────


「いらっしゃい、ってあなたは確かよろず屋の……」

「女の方よ。それよりやっと見つけたわ、陽一郎さん」

 鞍之助さんに連れられ畑に行き、河田兵衛さんの情報を聞いてやっと、陽一郎さんの家を見つけられた。空はとっくに赤くなってしまっている。

「やっとって……あ、私の書いた住所が分かりづらかったですか? 昨日よろず屋で書いたんですけど」

「いや、陽一郎さんじゃなくて、分かりずらいのはあいつで……」

「?」

 説明しようとも思ったがやめておいた。わざわざする必要もないし、何より時間が惜しい。

「それよりも、お桐さんと話をさせてくれませんか?」

「わ、わかりました。お桐、ちょっとこっちに来てくれ」

 陽一郎さんが呼ぶと、奥からお桐さんが出てきた。料理中だったのか、割烹着姿だ。

「何? って、あなたは……」

「よろず屋祟組の者です。昨日道場で会ったのだけれど、覚えてないかしら?」

 少し考えてからお桐さんは「ああ」と思い出してくれた。

「会いましたね。それで、なぜ家に?」

「ちょっと話がしたいのだけど、いいですか?」

「わかりました。お兄ちゃん、火だけ見ててくれる?」

「おう、任せとけ」

 陽一郎さんが奥に行き、お桐さんと二人で外に出る。

「ご兄妹で仲がいいんですね」

「ええまあ。両親が仕事の都合で家を留守にすることが多いので」

 ちなみに両親は漁師をやっているらしい。紅斗が「りょうし(・・・・)んだけにね!」とかなんとか言ってた。

「道場もお兄さんのために始めたんですよね。でも、それだけじゃないでしょう?」

 昨日と同じく、お桐さんはびくともしていない。

「だからそれだけですって……」

「勤さん、でしたっけ。落ち着きがあって良い方ですよね」

 お桐さんは顔を赤くした。

「別にそういう訳じゃ……」

「いいですって、隠さなくても。思いは伝えたんですか?」

 こういう時は強く押すに限る。お桐さんも恥ずかしがりながら口を開いてくれた。

「まだ……です」

「それ、今日伝えてみませんか?」

「今日ですか⁉」

 落ち着いて考えると私もびっくりよ、この作戦。今日の今日でなんて。

「そんな……でももし断られたりしたら……」

「でもこのままじゃ何も変わらないし、やってみてもいいと思うんです。それに実は今、大変なことになってて……」

 私は妖魔のことをお桐さんに話した。そして無事解決するために、お桐さんの気持ちが必要なことも。

「だからその気持ちを伝えてほしいんです、お願いします」

「上手くいく保証はあるんですか?」

「……確かに、心配ですよね。私も絶対に、とは言えません。でも私はその思いは勤さんに伝わると信じています。だからどうか、この作戦を信じてくれませんか?」

 私は頭を下げてお桐さんに頼んだ。しばらくの間、沈黙の時間が続く。

「……わかりました、やりましょう、その作戦」

 その声を聞いて私の顔は、ぱっと明るくなった。

「ありがとうございます!」

 よかった、私の思いが届いて。それにしても皮肉なものだ。紅斗のことを信じてない私が、誰かを信じることで仕事を成し遂げるなんて。

 いや、私はこの作戦を、紅斗が立てた作戦を信じていたのだ。確かに紅斗は自分勝手で酷い奴だけど、でもあいつ(・・・)もそういう所があったっけ……って、懐かしんでる場合じゃない。

 私はお桐さんに迎えに来る時刻を伝え、いったんよろず屋に帰ることにした。私がついたときには紅斗はもう帰ってきていた。

「おかえりー、どうだった?」

「のんきね、あんたのせいでこっちは大変だったのに……」

 私は陽一郎さんの家が分からなかった事から全てを話した。それを聞いて紅斗は、ばつが悪そうな顔をしている。

「それは流石にごめん……まあ、辿り着けたなら良し、ということで」

「私も次からの反省にしとくわ。で、あんたは何してたの?」

 どうやら紅斗は妖魔について調べていたらしい。なんでも、紅斗が受けた人魂の依頼と、道場の妖魔はつながっており、その正体は恐らく「橋姫妖魔」だろうとのこと。

「つながっていたなんて……対処方法はあるの?」

「橋姫ってねたみの妖怪だから朝言った方法で大丈夫。今夜道場に勤さんがいることは確認済みだから、もう少ししたら道場に行こうか。ちょっと時間があるし、夕食でも食べ行く?」

「祟組で払ってくれるんなら」

「しょうがない、一人で行こう」


────────────


 夕食も取り月も昇った頃、俺と八桜とお桐さんの三人は道場へと向かっていた。後ろで二人が、何かこそこそ話しているがきっと作戦のことだろう。

 道場の入口まで来た俺たちは、顔を寄せ合って作戦の最終確認を行った。

「すでに勤さんは中にいるから、お桐さんと八桜で行ってきて。もし妖怪変化されたらすぐにすぐに俺を呼んでね」

「ええ。あんたもちゃんと戦う準備しててよ?」

「もちろん、今回は秘策があるから」

「あの……よろず屋さん」

 お桐さんがおずおずと切り出した。

「妖魔っていうのがどれだけ危険なのかは聞きました。けど、それでもなぜ、私のためにここまでしてくれるのですか? 倒すだけなら他にも方法が……」

「実は、あなたのお兄さんから依頼があったんです」

「……!」

 陽一郎さんには自然なかたちで……と言われたが、兄の心妹知らずというのはちょっとかわいそうだ。

「あなたに道場を辞めるよう勧めてくれ、というものでした。遊ばれないように、と……。でもあなたは自分の目で、心で、しっかり感じ取って勤さんを好きになっていた。だから俺はあなたを応援することを決めました。当然、後で陽一郎さんの説得も手伝います」

 ただ、妖魔を倒してからね、とも付け加えておく。

「この方法にしたのもそういう理由からです……ってすみません、長く話しすぎましたね。作戦を始めてもいいですか?」

「……はい、よろず屋さん方よろしくお願いします」

 よろしくお願いしますと三人で頭を下げてから、八桜とお桐さんは道場の中へ入っていった。さて、妖魔具が使われるか否か……。

「使われるさ、お前のおかげでな」

 俺たち以外誰もいないはずの夜の江戸で、聞こえたこもったような声。その方向を振り向くと、そこに居たのは奴……紋章のついた本を左手に持った、ソーサラー妖魔だ。

「ソーサラー妖魔……昨日の屈辱を晴らす! と言いたいところだけど、一回聞こうか。妖魔具が使われるってどういうこと? 勤さんなら今……」

「俺に負けて焦ってるんじゃないか? 橋姫にたどり着いたのは見事だったが、もっとよく考えてみろ。俺が妖魔具を渡したのは昨日で、人魂はそれより前から出ていただろう」

「あ、そういえば……」

 なんでそんな簡単なことに気づかなかったのか。

「確かに俺は弟の方に、橋姫の力を渡した。だが、それより前からもう一つ、兄にも「平家蟹妖魔」の力を渡している」

「そんな……! でも融さんがなんで……」

「そういうところが修行不足なんだよ。初めて、生まれたときから完璧だった自分よりも、弟を選んだ女性がいる……ちょっとでも歪めば、あとは妖怪が勝手に増大してくれる」

 まずい、だったら融さんは二人を消すためにここに来るはず! そう思った瞬間、道場がドン! と大きく揺れた。

「助けに行ったらどうだ?」

 くっ……せっかくこいつと戦えるのに!

「ちっ、そこで待ってろ! 中の妖魔を倒したら、次はお前だ!」

 急いで道場に入り、練習用の大きな部屋につくと、そこには蟹人間とも言うべき姿をした妖魔と、それに対峙する八桜がいた。八桜の後ろには勤さんとお桐さんがいる。

「八桜!」

「紅斗、融さんが妖魔に!」

 やっぱりそうか。俺は傘を畳みながら妖魔へと走る。

「妖怪変化!」

 刀を振り下ろしたが、妖魔の左手、大きなハサミに止められてしまった。

「よろず屋さん、ここには入るなと言ったでしょう!」

 強く弾き飛ばされてしまったが、妖魔の注意を俺に向けることができた。

「三人とも、今のうちに! 祟流奥義『岩石隆起』!」

 思いっきり地面を踏んで岩を地上に突き出させる、名前通りの技だ。岩を妖魔の後ろに出せば動きを抑制できる。

「祟流奥義『紅の連撃』!」

 『岩石隆起』に驚いて思わず後ろを振り向いた妖魔に近づき、連続で斬りかかる。これで……

「その程度、くらうか!」

「なっ、うわっ!」

 左手のハサミで技を止められただけでなく、今度はそこに右手のハサミで追い打ちをかけられた。

「くっ……」

 ちらっと見ると、三人はどうやら裏口から逃げたようだ。これである程度思いっきり戦えるようになったけど、秘策はソーサラー妖魔用にとっておきたいし……。

「来ないのならこっちから行くぞ」

 妖魔のハサミがまた襲いかかってきた。

「とりあえず、祟流奥義『妖足ウインド』!」

 足に妖気で作った風をまとわせ、動きを速くする。逃げているうちに別の策を考えないと。

「魔術、向かい風」

「何⁉」

 なぜか足元の風が消えてしまい、妖魔の一撃をくらってしまった。受け身も取れず、道場の壁に叩きつけられてしまう。

「逃げてばかりとは、つまらない技だな。平家蟹、少し手伝ってやる」

 この部屋の入り口辺りを見ると、そこにソーサラー妖魔が立っていた。なるほど、あいつの妨害か。

「二対一なんて、そっちのほうがつまんないじゃん」

「勝てばいいんだよ。お前が弱いだけだ、よろず屋」

「それはどうかな、こっちにはまだ秘策があるからね」

「どうせ安売りの奥義だ、恐れるに足らん。平家蟹、行くぞ。魔術、追い風」

「ああ、このハサミで切り裂いてやる」

 平家蟹妖魔の動きが速くなっている。逃げる間もなく左手で刀を掴まれた。

「これで終わりだ!」

 右手のハサミが俺を捉えようとしたその時、そのハサミは、俺が左手に持っていた刀によって防がれた。

「……何?」

 平家蟹妖魔もソーサラー妖魔も驚いている。まあ無理もない、なんせ今俺は両手に刀を持っているのだから。

「いったい……どういうことだ⁉」

「これが俺の秘策……」

 平家蟹妖魔を蹴ってハサミから逃れ、俺は二本の刀をしっかり構え直した。

「祟流奥義『幻想剣ー二刀流』!」

 妖気を超圧縮して刀状にし、それを使って二刀流になる大技! ソーサラー妖魔対策で急きょ仕上げた技だが、二対一なら余計効果的だ。

「ソーサラー、あんな技聞いてないぞ!」

「なるほど。だがあの増えた刀は安定していない、恐らく不完全な技だろう。強化されているお前が、気にすることはない」

 あいつ、この技をもう読んだのか。でも……

「それはどうかな? 祟流奥義『龍星の剣』!」

 左手の刀で妖魔二人に突っ込んだが、予想通り避けられた。いつもならここで終わりだけど今なら!

「祟流奥義『サークルスラッシュ』!」

 右手の刀で周囲を切る技まで素早く繋げられた。それを無理に避けようとしたソーサラー妖魔が体制を崩し、平家蟹妖魔の強化も途切れる。

「こっからは妖怪(俺たち)の時間だ! 祟二刀流奥義『桜花吹雪』!」

 吹き荒れる風に乗った花びら状の妖気と、二本の刀が妖魔たちを何度も切り裂く!

「うわぁぁぁっ!」

「くっ、ここは引くか」

 桜が散ったあとにいたのは倒れている融さんだけで、ソーサラー妖魔の姿はどこにもなかった。ソーサラー妖魔には逃げられたが、平家蟹妖魔こと融さんの妖魔具は回収できた。

 ……いや、違うな。ソーサラー妖魔に逃げられたんじゃない。俺があいつに勝ったからあいつが逃げたんだ。

 安売りの奥義とか、不完全だから気にするなとか言ってたくせにしっぽ巻いて逃げたんだ。いやあなんと愉快。まったく、今日はいい夢が見られそうだあなぁ!


────────────


「いろいろ迷惑をかけて、本当にすみませんでしたよろず屋さん!」

「いえいえ、勝手にいろいろやってしまって謝るのはこちらの方です」

 次の日、よろず屋には陽一郎さんとお桐さんが来ていた。融さんの乱入があったとはいえ、昨日の告白は無事成功。お桐さんと勤さんは正式にお付き合いすることとなった。

 融さんもしっかり反省して、自分も生涯の伴侶を見つけると意気込んでいた。妖魔具の影響は無いようで一安心だ。

 そして残った仕事は、今回のことを陽一郎さんに伝え説得することなのだが、陽一郎さんがいい人すぎてすぐに終わりそうだ。

「妹を守るためと思っていたのですが、少し行き過ぎてしまったみたいです。妹と勤さんの事はこれから前向きに考えていこうと思います。」

「それは良かった。俺たちも一安心です」

 あんたが一安心なのは自分のことでしょ! と心の中で突っ込んでおく。

「これからは兄のことも、勤さんのことも信じていこうと思います。お二人ともありがとうございました」

 お桐さんも本当にいい人。

「こちらこそ、ありがとうございました。また何かあったら、ぜひよろず屋祟組へ」

 ありがとうございました、と頭を下げ二人を見送る。

「いやー、今回は大成功だったね」

「そうね、道場は無事じゃなかったみたいだけど」

 さっき、融さんも反省したと言ったが、道場はしばらく休みになるらしい。理由は、新装したばかりの道場が戦いの余波で破壊された事である。

「幻想剣ー二刀流も成功したし、ソーサラー妖魔も倒したし」

 道場崩壊の原因も多分その技だ。

「それにしても紅斗、それはちょっと喜び過ぎじゃない? さっきからずっとニヤニヤして……」

「そりゃあ、これを貰ったからね!」

 紅斗が見せてきたのは二枚のチケットのようなものだった。

「えーと、料亭……なんて読むの? これ」

「料亭鯢松屋(げいまつや)、江戸で超有名な料理屋で、これはそこの優待券。今朝届いてたんだ!」

「へえ……二枚ってことは、もしかして私も行けるの⁉」

「そう、今回は完全に祟組(うち)持ち!」

 なんとか屋がどれほどの味かは知らないが、いいご飯が食べられることに違いはない!

「やったー! こっちの美味しいご飯、食べてみたかったのよね」

「じゃあ今日の酉の刻すぎ、よろず屋に集合。それまで解散で」

 どれくらい美味しいんだろうか、なんとか屋。楽しみだな。



  ―――――――――――――――――――――



 江戸のとある場所、真っ暗な部屋で動く二つの影があった。そのうち一人は本を手に持ち、正座して頭を下げている。

「面を上げろ、ソーサラー。妖魔具の販売状況はどうなっている?」

「はい、順調に進んでおります。それと、よろず屋祟組についてですが……」

 ソーサラー妖魔は頭を上げ、紅斗たちについて話した。

「なるほど。確か、大名に仕える者で、妖魔具の扱いに長けた者がいたな」

「それは、木松家の「   」のことでしょうか?」

「ああそいつだ。そいつの所へ、よろず屋たちが行くよう仕向けろ。幹部への昇格をちらつかせれば、なんとかしてくれるはずだ」

「かしこまりました」

「それと」

 席を立とうとしたソーサラー妖魔を呼び止め、もう一人が一枚の紙を見せた。

「これは?」

「それを見せれば、あの妖魔具がいる部屋に入れる。それも使え」

「しかしあれは、マッドの物では?」

「かまわん、どうせ失敗作だ」

 彼らの話す妖魔具は、とある部屋に厳重に保管されていた。その妖魔具は青白く輝いていた……。




【今回の妖怪紹介】平家蟹

 平家の怨霊が取り憑いたと言われる蟹。妖怪とか関係なく実在する蟹で、背中の顔が恐ろしいかつ、瀬戸内海で多く見つかることからこの逸話ができた。

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