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妖 のゐる国で  作者: 七星
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第三話【ご主人を苦しめたのは】

紅斗(こうと))前回までの依頼報告、やっと名乗れた!

八桜(やざくら))大ぐもの依頼を受けたり、あんたがヴァンパイアだと判明したりしたのに、報告するのはそこだけなのね

紅斗)優秀な作家は「くだらない」の一言のために数行使うとも言うし、俺が名乗るために前回があったとも言える

八桜)話を無駄遣いするな! そんなことしてる暇があったら、妖怪とか妖魔とかよろず屋とか、もっとしっかり教えてよ

紅斗)わかったわかった、今の戦闘が終わったら教えるって。さあ、俺の愉快な仲間たちも登場する、情報量多めの第三話をどうぞ!

第三話【ご主人を苦しめたのは】




「さあ、こっからは妖怪(俺たち)の時間だ!」

 俺は、砂ぼこりの中にいるであろう妖魔に向けて宣言した。

「うう……!」

 唸り声をあげながら、俺の倍ある巨体と、六本の足を持った妖魔が現れた。大ぐもの妖魔で間違いないようだ。

「祟流奥義『霧死(むし)のための妖気弾』!」

 俺は対虫用の妖気を、妖魔に向けて放つ。放たれた妖気弾は、素早く直線を描き、顔面に命中した。

 昔から虫が苦手だったからか、この技の命中率は相変わらず異常だ。

「うぁっ……なんだこれは!」

「それをまともにくらって生還した虫はいない……。まあ、妖怪だけど。とにかく、大ぐもの妖魔具は返してもらう!」

 縁側を蹴り、間合いを詰めたら、あとは力で倒す! そう思って間合いを詰めたまでは良かったが、俺は相手が蜘蛛だということをすっかり忘れていた。

 「祟流奥義……」と構える俺に妖魔は口から糸を吐く。一瞬反応が遅れ、その糸を正面から受けてしまえば、刀を振ることさえままならない。

「ああっ、しまっ……!」

 すぐに体制を整えたが、時すでに遅し、妖魔は塀をこえ、夜の江戸へと姿を消した。

「妖魔具奪って、新人にいいとこ見せて、一石二鳥だと思ったのになぁ」

 まさか、こんな間抜けな負け方をするなんて。少し調子に乗りすぎたか。

「ごめん、逃げられちゃった……ってどうしたの?」

 振り向いてご主人の部屋を覗くと、そこでは八桜がこちらを向いたまま、ピタリと止まっていた。

「おーい、大丈夫?」

「……Oh,Sorry……じゃなくて、大丈夫です。さっきの妖怪は?」

 八桜は辺りを見渡している。

「妖怪じゃなくて妖魔。それが逃げられちゃって……。たぶんもう今夜は来ないだろうから、一回奥さんに報告しよう」

「ご主人が無事な事も伝えてください」

 俺はご主人の安全も含めて報告するため、下人に奥さんを呼んでもらおうと廊下に出た。

 あれだけの騒ぎがあって飛び出してこないってことは、もしかして妖魔の正体は下人で、今は廊下にいないのでは⁉ と、謎の推理をしてみたが、そんな簡単にはいかない。下人はただ、胡蝶になっていただけだった。

 妖気弾をくらった人間はしばらくの間、咳やくしゃみが止まらなかったりするのだが、下人はいたって健康だ。寝ることは体に良いし。

「あのー、すみませーん、おはようございまーす」

 俺は下人に呼びかけたり、頬をつねったりしてみた。そうやって遊んでいると、やっとこさ下人が目を覚ました。

「おっ、おはよう」

「おはようございます……あっ、すみません! 少し休もうとしてたらつい……。もう朝ですか?」

 下人は眼目をこすりながら答えた。

「いや、まだ夜。ところでさっき妖魔と戦ったんだけど、逃げられちゃって。今夜はもう大丈夫だろうし、一応報告しときたいから奥さん呼んでくれない?」

「はいすぐに」

 奥さんの部屋へ急ぐ下人を見送って、客間に戻ると、八桜が神妙な顔つきで茶を飲んでいた。

「どうだった? 昨日とはまた違った感覚が味わえたと思うけど……」

 八桜はどこかを見ながら茶を飲み続けている。

「何か、聞きたいことあったら全然聞いていいから……」

「じゃあ、また一ついいですか?」

 八桜は湯呑みをおいて答えてくれた。

「いいよ、何何?」

「さっき言ってた半分妖怪って本当ですか?」

「うん、父さんは普通に人間だけど、母さんが吸血鬼……海外だとヴァンパイアっていう妖怪で、その血を半分だけ受け継いでるってわけ。あ、でもこのことは口外しないでね。バレるとよろず屋出来なくなっちゃうし、うちで働いて不便ないように、雇った人には言ってるだけだから」

「……ありがとうございます」

 それだけ聞いて、八桜はまた何かを考えだした。

 うーんどうしよう、会話が弾まないな。

「失礼します、奥さまをお呼びしました」

 話のタネを探していたところに、ちょうど(?)奥さんがやってきた。

「よろず屋さん、ご主人はどうでしたか?」

 こんな真夜中で、眠たいだろうと思っていたが、案外そうは見えない。妖魔と戦っていたときの音で一度起きたのだろう。

「ご主人は無事です。やはり、妖魔という化け物の仕業でした。妖魔は取り逃がしてしまったのですが、対処法はわかっています。もう一度戦えば、きっと退治して見せましょう」

「ご無理のなさらないように、お願いします」

 頭を下げる奥さんに謙遜し、俺たちは、今日のところはお暇させてもらった。江戸の夜は来たときよりも青白く輝いていた。

「仕事の都合上、こうやって夜の行動が増えるけど、岡っ引きとかに気をつけてね。説明が面倒だから」

「……」

 だめだこりゃ。考え出すと止まらない性格か? それともただ無視されているのか。

 結局何も話さないまま八桜の住む長屋についた。

「今日はお疲れ様〜。明日は準備でき次第、祟組に来て。そこでいろいろ話すから」

「わかりました、お疲れ様でした」

 相変わらず上の空な八桜を見送り、俺は少し先の川沿いにある、よろず屋祟組へと帰った。 

 平屋の簡素な建物ではあるが、八畳ほどの接客間、その奥に六畳弱の生活空間、となかなか設備は整っている。

 俺は店を通り過ぎて居間に入り、着替えてから布団に入った。早く、疲れた体を休めようと目をつぶりかけたところで、あることに気づく。

「あ、そういや……」


────────────


「風呂に入ってないわね、しかも三日も」

 私は布団に入ったところでやっと気づいた。

 一応、水浴びはしたけどやっぱ嫌よね……風呂に入らないと。

 明日こそ風呂に入ると決めてから、私はよろず屋についてまた考え始めた。

 よろず屋さん……いや、紅斗? あいつは私のこと名前で呼んでるし、紅斗でいっか。とにかく紅斗が半分妖怪だったことについて、正直腑に落ちたところもある。日中持ち歩いてる傘とか、人に対してなんとなく冷たかったりとか。ただ問題は、妖怪の下で働いていいのかということだ。私の掲げた、誰かを助けるという目標を具体的にする必要がある。

 あーでもないこーでもないと考えているうちに、気づけば壁の向こうから「クックドゥードゥルドゥー!」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。





「あ、八桜おはよー……ってどうした、眠れなかった?」

 鏡なんか見なくても、私のまぶたが落ちてきていることは明らかだ。

「おはよう……うん、まあそんなとこ」

 ニワトリの声を聞いたあと、急いで仮眠をとって来たのだが、意味は無かったようだ。

 よろず屋祟組の店内には、中央に膝くらいまであるテーブルと、その左右に長椅子がある。店の奥には腰くらいのテーブルとそれ用の椅子があり、そこに紅斗が座っていた。両壁の棚には、よくわからない置物から報告書の類いまで、ずらりと並べられている。

 ここまでを目をこすって確認し、あらためて紅斗と向き合った。

「さあ、いろいろ教えてください。ちょこちょこ聞いてたやつも、まとめて詳しく」

「了解。まずは妖怪から」

 ここから長々と、妖怪の素晴らしさについて紅斗が語りだしたが、要点をまとめるとこんな感じ。

①妖怪は、人間が正体のわからないもの、不気味なものに名前や姿を想像したことで生まれた。なので人間に忘れられたり、存在を否定されたりすると消滅してしまう。

②妖怪は人間の記憶に残るため人を襲う。人間が妖怪を恐れるほど、妖怪は強くなるが、逆に退治されることもある。

「そうやって昔から人間と妖怪は、ある種の共存関係にあったわけだけど、これが最近変化し始めて……」

「それが妖魔って奴?」

「そうそう。その妖魔が出てきてから、この関係が崩れていって……」

 なんかGlobal Warmingを危惧する番組みたいだなと思いながら、私はまた要点をまとめた。

①妖怪が封じ込められた道具が妖魔具、それを使って人間が変化するのが妖魔。妖魔は別々の生物が混じっているという不安定さから、変化し続けると妖怪が消滅してしまう危険性がある。

②しかも妖怪は、妖魔の攻撃に弱いので対処できない。

「ね! 妖魔って悪い奴らだろ⁉」

 紅斗はテーブルを叩きながら力説した。その熱意はさながら、いつかの選挙のようだ。

「確かに、昨日おとといと人間も襲われてるし、良い奴らとは言えないわね」

「昔は江戸にもたくさん、妖怪が居たらしいんだけど、俺はほとんど見ないし、そのくせ妖魔はよく見るしで妖怪の未来が思いやられる……」

 妖怪、妖魔なんて最初聞いたときは驚いたけど、こうして一つずつ話を聞くとそんなに難しい事は無いように思える。ただ、じゃあ私はここで何をすればいいのかと聞かれても答えられないけど。

「さて、妖怪、妖魔はこの辺にして、次は日頃の仕事についての説明。さあ、ついてきて!」

 そう言って、紅斗は壁に掛けてあったトレンチコートをはおり、日傘をさして江戸の町へと歩いていった。私もそれに後からついて行く。

 しばらく角を曲がったり、橋を渡ったりしていると、見覚えのある建物にたどり着いた。

「ここって、この前のそば屋じゃない!」

 案内されたのは二日前に私と紅斗がぶつかったときの、あの茶屋の前にあったそば屋だ。

「ここのそばは本当においしくてねー。店主もよく依頼してくれて、お互いに常連なわけよ」

 紅斗は準備中と書かれた戸を躊躇いなく開き、何食わぬ顔で中に入っていった。

「え、まだやってないんじゃ……」

「おっちゃん! ちょっといい?」

 止める私の声も聞かず叫ぶ紅斗に、店のキッチンから一つの野太い声が返ってきた。

「こんなに早く来るのは……やっぱりよろず屋のだんなか」

 現れたのは髷に白髪の見える男性、身長は私たちよりも頭一つ抜けており、その立ち振る舞いは紅斗と違ってキャリアを感じる。

「おっちゃん、これ、うちの新入り」

 そう言って紅斗は私を指さした。

「新入り⁉ 最近の若い者は体力がなっとらんってだんな言ってたじゃないか」

「それがこいつ凄いのよ。なんてったってこの間の食い逃げのとき、俺と同じくらいの速さで走ってたんだから」

 へぇ〜とおっちゃんは感心している。

「初めまして、八桜と言います」

「おう、初めまして。俺はこのそば屋「大江屋(おおえや)」の六代目店主、鬼右衛門(おにえもん)だ」

「鬼右衛門じゃなくて、みんなおっちゃんって呼んでるけどね」

 ああ、おっちゃんってそういう意味だったのね。

「それでだんな、今日こんなに早く来たのは紹介するためだけじゃないんだろう?」

「うん、八桜は昨日の夜雇ったからいろんな経験積んでほしくってさ。とりあえず……昼まで、預かってくんない? お願い! 昼はここで二人分食べるから……」

 紅斗はおっちゃんに必死に訴えかけた。妖魔退治以外も大切とはいえ、そば屋……致し方ないかあ……

「私からもお願いします。江戸に来る前はよくパートタイムを……じゃなくて、奉公もしていたので、きっと役に立てると思います」

「……よしわかった、いいだろう。ただ、女だからって情けはかけないからな、しっかりついてこいよ」

「はい」

「それとだんな、依頼料として昼に「あきなしそば」食ってもらうからな」

 その名を聞いた瞬間、紅斗は露骨にイヤな顔をした。

「ちょっと前に食べたじゃん! あのとき俺、次の日の朝まで何も口に入らなかったのに!」

「こっちは昼まで指導してやるんだ、それくらいじゃないと釣り合わねぇ」

 一体何なんだ、あきなしそば。紅斗はすっかりおとなしくなっている。

「うう……わかったよ。でも一人分ね、二人分だとふところも苦しい」

「おう、ちゃんと材料余らせとくよ」


────────────


 おっちゃんに八桜を預けた俺はその足で、ある寂れた屋敷へと向かった。城下町からも離れたところにあるこの屋敷は一見すると誰も住んでいないように見える。しかしこれがなんと、武士の住む屋敷なのだ。

 俺は草が生い茂る庭を横切り、直接居間へと入った。そこでは一人の男が、つぎはぎだらけの布団を敷いて、寝息を立てていた。

鞍之助(くらのすけ)さん、もう辰の刻回ってますよ、起きてくださーい」

 俺が肩を揺すると、鞍之助さんはゆっくり上半身を起こした。

「ん〜……よろず屋の坊主か。こんな朝っぱらから何のようだ?」

 大きなあくびをして答えたのは、このボロ屋敷の持ち主にして、超が付くほどの下級武士、鞍之助さんだ。屋敷に限らず、その見た目もみすぼらしく、彼を町で見かけて、武士だと思う人はまずいないだろう。

「もうすぐ昼なんだって。さあ、起きた起きた。ちょっと調べてほしいことがあってさ」

「またか、いつも言ってるだろ、うちは便利屋じゃない」

「調べものは藤垣庵に行け、でしょ。藤垣庵には昨日行った。今回は依頼者が武士の奥さんなの」

 俺は鞍之助さんの支度を手伝いながら、依頼について話した。

「で、そのご主人について調べてほしいってわけ」

「ただの蜘蛛に負けるとはな。いいかげん意地張ってないで、うちの東八流(とうはちりゅう)を覚えろ」

 東八流というのは、鞍之助さんが使う流派のことだ。「祟流奥義」しか使えなかった俺に、刀を振る上での基本を教えてくれたのが鞍之助さんであり、同時に自分の流派も教えようとしてくる。どうやら跡継ぎがいないらしい。

「祟流だけで十分。それに負けたんじゃなくて逃げられただけ」

「まったく……じゃあ昼飯でもおごれ」

「いいよ、昼に大江屋集合ね」

 やったあ。あきなしそば食べてもらおう。

 身なりを整えた鞍之助さんと城下町で別れ、続いて向かったのは、江戸のとある床屋だ。

 その床屋では二十代後半くらいの男が、ちょうど髷を結ってもらっているところだった。

 しばらくして髷は結い終わったが、男は一向に銭を出そうとしない。

「お客さん、ちゃんと勘定してくれるんですよね?」

 心配しながら床屋の使用人が尋ねると、男はその使用人を近くに呼び、耳もとで何かをささやいた。それを聞いた使用人の顔がみるみる青ざめていく。

「そんな……それって本当ですか?」

「ええ、本当ですよ。なんてったって、昨日本人から聞いたんですから」

 使用人が呆気にとられているすきに、男はさっさとわらじを履き始めた。

 相変わらずだな……と思いながら俺は男の隣に立つ。

「何やってんの、河田兵衛(かわたべえ)さん」

「おお、これはよろず屋さんじゃないか。ちょうどいい、場所を変えよう。」

 俺たちは並んで江戸の町を歩き出した。

「どうです、入りたてホヤホヤの情報聞きたいでしょう?」

 そう言いながら顔に完璧な作り笑いを浮かべるのは、百姓の河田兵衛さんだ。河田兵衛さんは百姓として畑を耕し、農作物を売る傍ら、同じ百姓や商人なんかの情報を集め、それらを有効活用することで生計を立てている。

「別にいいよ。それにしても河田兵衛さん、まったく変わらないね」

 俺は少し皮肉っぽく言った。

「それはよろず屋さんだって同じでしょうよ」

「さあて、それはどうかなー?」

「……はあ、一体今日は何を知りたいんです?」

 こちらが情報を提供する代わりに、依頼に関する情報をもらう。まあ、いつものやり取りだ。

「そこの道を真っすぐ行って、左に曲がった所に家があるのわかる?」

「わかりますけど、そこは武士の家でしょう? あっしの専門外です」

「そこの家の奥さんが百姓上がりだとしても?」

 それを聞いた河田兵衛さんが、必死に思い出そうとしていることは、傍から見てもよくわかる。

「……ああ、思い出しましたよ! あそこの奥さんについて、少しだけなら話せます」

「いいね、教えてよそれ」

 河田兵衛さんはさっき使用人にしたように、口を耳に近づけてきた。

「ニ、三日前、奥さんのお父さんが田舎から出てきて、今もその家に住んでるって話です。ここで終われば何ともないんですが、不思議なのはそのお父さんが持っている杖でして」

「杖?」

 あの家にもう一人いた、というだけでも不思議なのに、まだ何かあるというのか。

「江戸まで歩いて来てるんですから、そこまで足腰は弱くないはずでしょう? それなのに江戸で初めて杖を買ったようなんです。そりゃあ、江戸に出てきて病気にかかったなんて話はよく聞くが、たった数日で、あそこまでひどくなったのは見たことないって床屋の奥さんが言ってましたよ」

 河田兵衛さんの情報は、内容はともかく、情報源は決まって適当だ。床屋で話していたのも、どうせ百姓間の噂かなにかだろう。ただそれらも侮れないってだけで。

「杖、かあ……。ありがとう、参考にさせてもらう。話変わるけど今日の昼、大江屋はどう? おごるよ?」

「よろず屋さん、昼飯もいいが、あっしはあんたの情報に飢えてるんだ。もったいぶらずに早く教えてくれ」

 口調こそ変わらないが、河田兵衛さんの言葉から商人としての意地が感じられるようになった。鞍之助さんから刀を学んだとするならば、俺は河田兵衛さんから商売の心得を学んだと言えるだろう。百姓から商売を学ぶとは、これ如何に。

「わかってるって。河田兵衛さんの欲しい情報が、大江屋に居るってこと。ほら、お昼は大江屋で腹一杯になりそうでしょ?」

「なるほどなあ……よーし決まりだ、昼はおっちゃんのとこにしよう」

 やったあ、あきなしそば食べてもらおう(二回目)

「ちと早いが、今から向かうかい?」

 河田兵衛さんはもう行く気まんまんだ。

「あー、先に行っててよ。俺ちょっと寄るとこあるから」

「そうか、絶対にあとから来てくださいよ」

「絶対行くって」

 さて、ご主人については鞍之助さんから聞くとして、怪しいのはやっぱり奥さんのお父さんだ。大ぐもの話にも出てきたし、きっと杖が今回の妖魔具なのだろう。たまに例外があるとはいえ、妖魔具の多くが話に出てくる道具に妖怪を封じ込めたものだ。

 そんなことを考えているうちに目的の場所、藤垣庵にたどり着いた。ここに寄るのはあることを確認するためだ。俺は勢いよく暖簾をくぐった。

「こんにちは!」


────────────


「いらっしゃいませ!」

 昼時、大江屋にはさっき入ってきた客も含めて四、五組の客がいた。基準がわからないが、手前に茶屋があることを考えると儲かっている方ではなかろうか。

「よろず屋さん、そっちにそば二つ持って行って」

「はい」

 最初こそ、日本でのフロアスタッフや、よろず屋さんと呼ばれることに違和感を感じていたが、半日ですっかり慣れてしまった。

「こちら、注文の「大江そば」二つです」

 大江そばというのはこの店の看板料理で、あっさりしているからとても食べやすいと多くのお客さんが頼む。そばを運んだり勘定をしたりするのは一見地味だが、やっぱり、思いのほか楽しいものだ。

「お疲れ。だんなが言うからどんなものかと思ったが、なかなかやるな、あんた。あとは客が減るだけだし、しばらく休んでいいぞ」

「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」

 私はキッチンにおいてある椅子にゆっくり腰掛けた。

 意外に疲れは溜まっっているもので、座った途端に思わずため息が漏れた。ただ、この疲れは肉体的なものだけではない。同じ職場にいる未知の生物とどう接すればいいのか、という精神的な疲れもある。

「どうした、悩みか?」

 気をつかって、お茶を持ってきてくれたおっちゃんが優しく聞いてきた。

「悩みというか……やっぱいろいろ大変だなーと思って」

「そうか。お前さん、だんなと初めて会ってから何日たった?」

 えーと、日本に来た次の日に会ったから……

「たしか、二日前ですね。それがどうかしたんですか?」

 これを聞くと、おっちゃんが少し笑って顔を近づけてきた。

「じゃあ悩んでるのは、だんなの正体についてだろう?」

「し、正体⁉」

「とぼける必要はない。だんなが実は妖怪だってことは知ってる。まあ、だんなは必死に隠してるけどな」

 鬼右衛門さんの話によると、どうやら紅斗は運動のできそうな人を見つけて、よろず屋に誘っているらしい。しかし、誘われた人は皆、一日か二日で逃げ出してしまう。その理由を情報通の友人が調べたところ、この事実にたどり着いたようだ。

「最初は驚いたさ。だって見た目は人間と変わりないんだから。そう言われたらってところもあったが、どれも微々たるものだったしなぁ。それでどうするつもりだ? 今日の仕事の出来なら、大江屋(うち)はよろず屋さんとして歓迎するが」

「おいおっちゃん、お前妻子持ちのくせに何口説いてんだよ」

 声のした方を見ると、くしゃくしゃの着物に羽織を着た男性が、いつの間にかカウンター越しに立っていた。腰に刀をさしているから武士なんだろうけど、とてもそうは見えない。

「馬鹿言うんじゃねぇ鞍之助。女房が誤解したら俺がただじゃ済まない。これはだんなからの依頼だよ」

「ぼうずから? ってことはまさか……」

「そう、今回は二日目だ」

 それを聞いた途端、鞍之助さんの顔に悔しさがにじみ出てきた。

「くそっ! 絶対一日目で降りると思ったのに」

「はっはっは! 残念だったな、鞍之助。後でお前と河田兵衛から、しっかり賭けた額をもらうからな」

 どうやら賭けをしていたようだ。

「銭はあとで貰うとして、よろず屋さん、勘定の方も手伝ってもらっていいかい?」

 鬼右衛門さんが振り向いて聞いてきた。

「わかりました」

 すっかり慣れてしまった客の勘定を済ませ、裏に戻ろうとするとそこにまた、一人の男性が入ってきた。

「いらっしゃいませ」

 私が挨拶をすると、その男はじっくりと私を見てから、カウンター席に腰を掛けた。

「おっちゃん、女に興味があったなら言ってくださいよ。あれほどの上物は流石に無理ですけど、あっしもいい女紹介できますよ?」

「だから女に興味は無いっていつも言ってるだろ⁉」

 おっちゃんの怒りはともかく、なんか私褒められた気がする。やった。

 今入ってきた男が、さっき会話に出てきた河田兵衛という男らしく、私の経緯を聞いて鞍之助さんと同様に悔しがっていた。

「くー、よろず屋さんが言ってたのってこれのことか……。なあ新しいよろず屋さん、いくつか質問してもいいかい?」

「ええ、良いですよ」

 しかし、河田兵衛さんにされた質問のは、ほとんど私が答えられないものだった。「どこから来たのか」と聞かれて「アメリカのワシントンDCです」なんて答えられるわけがない。

 結果、私は「地元で奉公をしていたが、両親との間に揉め事が起こり、逃げるように江戸に出てきた17歳の少女」ということになった。

「実家との揉め事とは、災難でしたね。最後にもう一つ聞きたいんですが、よろず屋さんが妖怪だってことはもう知ってるんでしょう? なぜ逃げなかったんです? 奉公先なら他にもあるでしょうに」

「それは……」

 私が私が答えを悩んでいると、助け舟を出すかのようなタイミングで、紅斗が大江屋に帰ってきた。その隣には私より頭一つ小さい、昨日の貸本屋さんもいる。

「ただいまー、と八桜お疲れー。とりあえず、お互い紹介するから、全員こっちに集まって」

 おっちゃんたちは渋々といった表情で席を立ち、紅斗の近くのイスに腰掛けた。

「じゃあまずみんな、こっちは昨日祟組(うち)に入ってくれた八桜。八桜、この四人は左から、大江屋店主のおっちゃん、武士の鞍之助さん、百姓の河田兵衛さん、藤垣庵の看板娘のお藤。四人はそれぞれ、俺を助けてくれる良い仲間たちであり、江戸でも特に信頼の置ける人たちでもあるってわけ」

 昨日たまたま入った貸本屋さんも仲間だなんて、変な偶然もあるものだ。

 私と四人はあらためてお互いに自己紹介をし合った。

「挨拶も済んだことだし、飯にしようじゃないか。ぼうず、おごってくれるって約束、忘れちゃいないよな」

「鞍之助さんもですか⁉ 私も昨日のお礼がしたいからおごってやるって言われて、ここに来たんですよ」

「おいおい、あっしもその気で来たんですが……よろず屋さん、やたら羽振りがいいですね。大丈夫なんですか?」

 そんな約束だったのか。でも確か、昼食べるやつって……

「大丈夫だって。さあおっちゃん、あれ持ってきて!」

「ちょっと待ってな」

 おっちゃんはキッチンの奥へと歩いていった。しばらくして戻ってきたおっちゃんは、大江屋で一番大きな皿に、溢れんばかりの麺と具材を乗せたものを持ってきた。

 それを見た三人は、この世の終わりだと言わんばかりの顔をしている。

「おいぼうず! あきなしそばだなんて聞いてないぞ!」

「よろず屋さん騙したんですか!」

「どうかあきなしそばは勘弁してくださいよ……よろず屋さん」

「なるほど、だんなにいっぱい食わされた(・・・・・・・・・)というわけか」

「「「いや誰がうまいこと言えって言った!」」」

 三人のツッコミがきれいに重なった。それにしてもすごいな、あきなしそば。私が今日運んだそばをすべて足しても、ここまでの量はないと思う。

「五人で食べれば、一人につき特盛くらいまで抑えられるでしょ。みんな箸持ってー」

 紅斗、鞍之助さん、河田兵衛さん、お藤ちゃんで四人。おっちゃんは入らないとして……五人?

「もしかして、頭数に私も入ってる?」

「当然じゃん。はい、八桜のぶん。じゃあみんな一緒に、いただきます!」

「「「「い、いただきます……」」」」





 散々言いながらも結局、私たちはあきなしそばを完食した。ちなみに、紅斗の払った自腹の額がすごかった、というのはまた別の話。

「腹もふくれたところで、鞍之助さん何かわかった?」

 紅斗が爪楊枝を使っている鞍之助さんに話しかけた。

「もし俺が腹一杯で忘れたって言ったらどうする?」

「いや、本当ごめん。今度絶対埋め合わせするから」

「そば以外でな」

 爪楊枝をおいて鞍之助さんが話し始める。

「そこのご主人だが、かなりの倹約家らしい。稼ぎの殆どを蔵に入れているって話だ。そして、ご主人には子供はおろか、血縁者が一人もいないとなれば……」

 ああ……、結局お金か。国は違えど、人の考えることは変わらないとは、皮肉なものだ。

「なるほどね、ちょっと面倒くさいな」

 しかし、紅斗の口から出たのは意外な言葉だった。

「面倒くさい? 普通に奥さんが犯人なんじゃないのか?」

 鞍之助さんも、私と同じ考えのようだ。

「それなら早かったんだけどねぇ……話変わるけど八桜、昨日藤垣庵で本借りたんだよね」

「私⁉ 借りたけど……」

「その時のことを詳しく教えてくれない?」

 私は困惑しながら、昨日の藤垣庵での行動を話した。それを聞いた紅斗は、どこか納得したような表情を浮かべた。


────────────


「立冬の夜風は、外套を着ている俺にも寒さをもたらした。満月も過ぎた月は鈍く光って……」

「一人で何言ってるの?」

 現在、俺と八桜は依頼者のところへと向かっている。昼の話で犯人は確信したし、次こそ負け……いや、逃げられるわけにはいかない。

「妖怪の強さは人間の気持ちに左右されるからね、俺はそれがセルフなの」

「さっきのどの辺がそうなのよ」

「かっこいいこと言うと、テンション上がるじゃん?」

 八桜は腑に落ちないといった顔をしている。まあ、海外の人にこの良さは伝わらないってことだ。

「…………あんたのテンションの話は置いといて、一ついいかしら?」

「いいよ」

 重要な話なのだろうか、さっきまでと違って八桜の声は真剣だった。

「妖怪ってのがどういうものなのか、まだはっきりとはわからない。でも、あんたの言うとおりだと妖怪は人を襲うんでしょ?」

「うん、そうしないと消滅しちゃうからね」

「だったら私は、人間を守りたい。誰も死なせないために、妖怪からも妖魔からも守ってみせる。当然……」

 そこで八桜は一度、言葉をきった。

「あんたがもし、人を危険にさらすようなことがあれば、その時は迷わずあんたを倒す! そのつもりで私はよろず屋の仕事に挑むわ。それでもいい?」

 半分妖怪の俺を倒す、か……

「倒す……ふふっ、おもしろい! やっぱそうこなくっちゃあね! 海外の人なんてどんなものかと思ったけど、これは雇って正解だったよ」

 これまで生きてきて、倒すなんて断言されたのは初めてだ。

「全然いいよ、そのつもりで。俺が人を危険にさらすようなことがあれば、攻撃してくれて構わない。ただ、そうならないように、しっかり手助けはしてよね」

 そんな会話をしているうちに、俺と八桜は昨日と同じ、あの屋敷の玄関に立っていた。

「さて今度こそ、よろず屋祟組の力見せてやりますか!」

 俺は思いっきり、入口の戸を開け放った。





 昨日と同じ客間に向かうと、そこでは奥さんと下人の二人が待っていた。

「よろず屋さん、今夜こそ犯人を捕まえられるって本当ですか?」

 奥さんは落ち着いた表情だ。

「はい。ご主人が苦しまれた、この事件の犯人は………………奥さん、あなただ」

 八桜と下人がぱっと奥さんの方を向いた。

「あなたがご主人を苦しめていたんですよね? その遺産が欲しくて」

「……よろず屋さんは冗談がお好きなようですね。私が犯人なわけ無いでしょう。遺産が目当てって……私はそんな事のために結婚したんじゃありません」

 奥さんはまったく動揺していない。

「聞いた話ですと、あなたは田舎出身のようで。いわゆる玉の輿なわけですけど、嫁いだ先が倹約家じゃあ望んだ生活もできないでしょう」

「だから違うって言ってるでしょう。私も蜘蛛に襲われそうになったんですよ。それにもし、私が犯人だったとして、なぜよろず屋さんに依頼するんですか?」

「うちに依頼したのは証人が欲しかったからでしょう。それと蜘蛛については……何か勘違いをしていらっしゃる。俺はこの事件の犯人が、あなただと言っただけで、蜘蛛の正体があなただとは言ってません」

「それって……」

 奥さんが言い終わらないうちに、俺は客間を飛び出した。その後ろを、慌てて三人が追ってくる。

「ちょっ、紅斗! 何やってるの⁉」

 八桜が驚くのも無理はない。客間を飛び出した俺は、この屋敷の全ての部屋を見て回っているのだから。スパンスパンと、次々にふすまを開けていく。

「よろず屋さんやめてください!」

 さすがの奥さんも焦り出したようだ。

「よろず屋さんを止めろ!」

 奥さんに強く命令された下人が俺の肩に手をかけたのと、俺が当たりを引いたのは、ほぼ同時だった。

「行動が遅かったね、奥さん。俺もう見つけちゃった」

 俺が当たりと表現したその部屋には、杖を持った老人が一人で座っていた。それを見た八桜が声を上げる。

「昨日、貸本屋であったおじいさん! 一体どういうこと?」

 首をかしげる八桜の横で、奥さんの顔は青くなっている。

「この人が妖魔の正体。紹介しよう、田舎に住んでる、奥さんの父親だ」

 おじいさんは杖を使って恐る恐る立ち上がった。

「あなたは……」

「初めまして、江戸でよろず屋をやっている者です。今回はあなたの妖魔具を回収に来ました」

「待ってください、父上は関係ないでしょう⁉」

 奥さんが、俺とおじいさんの間に割って入った。

「旦那さんの遺産が欲しかったあなたは、大ぐもの妖魔具を使おうとした。しかし、妖魔具には適正があって、それが合わないと十分に使えない。そこで、適合率の高かった父親を使うことにした……違いますか?」

 奥さんは何も言い返さず、ただ拳を握っている。その様子を見ていたおじいさんが、ゆっくりと前に出てきた。

「そのとおりです、よろず屋さん。昨夜は迷惑をおかけしてすみませんでした。しかしどうか、娘のことは大目に見てやって下さい。遺産が欲しかったのは私も同じこと。この力も私から使うといったのです。あなた達を呼んだのも、きっとどこかで止めてほしかったんでしょう」

「じゃあ昨日、本を借りていたのって……」

 聞いたのは八桜だ。

「はい、この力について学ぶためです。まさかあなたもよろず屋だとは思いませんでしたがね」

 厳密に言うとその時はまだあいつ、よろず屋じゃなかったんだけどね。とにかく無事に解決しそうで良かった。

「では、妖魔具をこちらに……」

 そう言って俺が、おじいさんから杖を貰おうとしたとき、右手の方から飛んできた何かが、勢いよくおじいさんの手に当たった。

「痛い!」

 どうやらそれは、尖った氷のようだ。それに当たったおじいさんが、おもわず手を振り上げると、杖はその手を離れ、奥さんの近くへと飛んでいった。

 氷が飛んできた方には、俺たちが入ってきたのとは別のふすまがある。

「下人さん、このふすまの向こう側って何がありますか⁉」

「えっと……そっちは裏庭です!」

 急いでふすまを開け庭を見たが、見えたのは空を飛んで逃げる謎の影だけだった。この距離じゃあどんな妖魔かも判別できない。

「今のって……!」

「うわっ!」

 後ろで叫び声が聞こえた。そうだ、大ぐもの妖魔具が!

 振り向くと、八桜が、杖を振り回す奥さんから、おじいさんと下人を守っていた。

「奥さん、それを渡してください!」

「渡すわけない、こうなったら……妖怪変化!」

 そう叫んだ奥さんの体が、糸に巻かれて、部屋に入りきらないほど大きくなっていく。

「紅斗、奥さんは妖魔具使えないんじゃなかったの⁉」

「そうだと思ったんだけど……たぶん、気持ちが上がってるせいで変に適合してるんだと思う!」

 奥さんの妖魔態は、おじいさんのと比べて遥かに大きい。天井なんて優に越える高さで、顔を見ようとすれば首が痛くなる。

「お前ら全員、消し炭にしてやる!」

 ここままだと、妖魔具に封印されている大ぐもも危ない!

「八桜、人間のほうは任せたよ!」

「え、ええ!」

 少し戸惑っていたようにも見えたが、八桜はおじいさんと下人を誘導して逃げていった。これで思う存分戦える。

 俺は着物の帯に差していた傘を構えた。

「妖怪変化!」

 傘から出た妖気に身を包み、妖魔態へと変化した。と言っても見た目は傘が刀に変わるだけだが。しかし見えないだけで、身体強化も行っている。

「こっからは妖怪(俺たち)の時間だ!」

「ふざけた真似を!」

 蜘蛛の足が二本、俺めがけてとんできた。それを間一髪でかわし、妖魔の目の前ヘ飛び出す。

「馬鹿め、空中では避けれまい!」

 妖魔は残った二本で攻撃してきた。残念ながら、吸血鬼が空中で避けれないはずがない。

「祟流奥義『ブラッテイネイル』!」

 刀を空中に放り投げ、両手を使って妖魔の攻撃を返り打つ。

 攻撃をいなされ、顔面がガラ空きになった妖魔の前で、俺が落ちてきた刀を手にとった。

「これで最後だ、祟流奥義『妖怪覇王斬』!」

 容器を纏わせ刀を大きくし、それを思いっきり振り下ろす。祟流の中でも、俺が特に好きな技だ。

「うわぁぁぁっ」

 それを無防備で食らった大ぐも妖魔は、変化が解除され、奥さんの姿に戻っていった。

 これにて一件落着、と言いたいところだが……

「さっきの影は一体……」

 俺は畳の上で、星空を見上げながら呟いた。





 次の日、屋敷の前には人だかりができていた。壊れた天井や、寝たきりになった奥さんなんかの謎を、同心達が解こうとしているらしい。しかしそれなら屋敷の中を探さず、人だかりの中の傘を持った少年と、海外から来た少女に話しかけるべきだ。

「依頼後はいつもあんな感じだから、報酬だけ貰ってさっさと手を引くのが吉、だね」

 俺は横にいる海外少女に話しかけた。

「まあたしかに、事情を話しても私たちにメリット無さそうね」

 俺たちは現場を離れ、遅い朝食を取りに大江屋へと向かう。

「寝たきりの奥さんって大丈夫なの?」

「うん、妖魔具の反動みたいなものだし、きっと数日で目が覚めるよ」

「そう……ねえ、あんたが私を雇ったのって、運動ができるからってだけ? 本当はそれだけじゃなくて人間を……」

 人間を……のあとを言う前に俺は立ち止まり、海外少女の方を振り向いた。

「俺だって人を殺したい訳じゃない。でも、戦闘中に人間を気遣うほど余裕がある訳でも無い。どうせ誰かを雇うなら、そこを補える人のほうがいいでしょ? 八桜」

 八桜は驚きと戸惑いが入り交じったような表情をしている。今回は見事、戦闘に邪魔な人を逃してくれて、俺の読みは正解だったわけだ。

「さあ、そんな話は置いといて初給料、何に使った?」

 話しかけながら俺はまた、大江屋に向けて歩き出した。

「ほんと、あんたが何を考えているのか全然わからないわ。ちなみに給料は風呂代に使ったけど、想像の数倍汚かった。あれどうにかならないの?」

 八桜も俺に続いて歩き出す。

「あればっかりはねぇ。たまに風呂掃除の依頼も入るから、そんときに海外の技術で綺麗にならない?」

「そうね、汚い風呂で我慢するわ」

 すっかり風呂談議に花を咲かせた俺たちは気づいていなかった。屋敷に群がる人々の中に、俺たちを見つめる目があったことを。そして大きな陰謀が動き出していることを……。




【今回の妖怪紹介】大ぐも

 読んで時のごとく、大きな蜘蛛。本編に登場した病気にさせる話の他、襲われそうになった男が刀で撃退した、なんて話もある。

 ああ、でっかい虫なんて本当恐ろしい。

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