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妖 のゐる国で  作者: 七星
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第九話【子は思うほど】

紅斗)前回までの依頼報告、能の舞台を邪魔する妖魔を倒すことになった祟組。一体犯人とその目的は? そして俺と八桜の過去が少しだけ明らかに。そんな第九話をどうぞ。

第九話【子は思うほど】




 江戸の夜は静かだ。明かりが少ないので星も美しい。こんな狭い長屋でも今日一日の疲れを取るには十分すぎる環境だ。

 妖魔の飛ばす面、それをつけられると親の夢を見ながら眠らされてしまう。私は両親のことが好きじゃない。アメリカ生まれの両親から生まれたのに、私は顔も肌の色も髪も、両親と全く異なっている。悪魔の子だなんだって言われ、親の愛情を受けたのは3つか4つくらいまでだった。ただまあ実際、私の出生は向こうでは異端で、親に嫌われる理由もわかるから「好きじゃない」。あんまり変わんないけどね。

 紅斗の場合、妖魔の攻撃が効かなかったのがたまたまじゃなくて明確な理由があったのだとすれば、それはきっと紅斗に親の記憶が無いからだ。でもそんなことはありえるのだろうか。紅斗は自分の親を「母が吸血鬼で父が人間」だと紹介していたし、妖魔が見せる夢は私が物心つく前のものもあった。まったく記憶がないって……。

「ねえ、アールはどう思う?」

 頭を横に向けるとアールはもう布団の上で丸くなって寝ていた。まあ、考えてどうにかなる事じゃないし、私も寝るか。明日のあいつしだいってことで。





「おはよう、八桜」

「お、おはよう……」

 次の日、紅斗の顔は前日の最後とは大違いの、いつもどおりの顔だった。

「昨日はごめんね、ふわっとした解散になっちゃって。あ、今日は朝から能楽堂だから」

「わかったわ。それより紅斗、大丈夫なの? 昨日の件は……」

 紅斗はちょっと下を向いて、それから一言だけ答えた。

「大丈夫だよ」

 まあそう答えるよね、紅斗なら。出会って少ししか経ってないけど、紅斗なら見栄を張りそうだもん。そしてそう答えたときの私の対応も用意してある。

「そう、私も大丈夫よ。さあ妖魔退治に行きましょうか。今日こそ絶対勝つわ」

 紅斗も頷いて私たちは一緒に祟組を出た。別に今、紅斗の過去を詮索する理由はない。今度紅斗が「八桜、すっごく面白い話聞きたい?」とか言って自分から話し始めたら、そのときは話半分で聞いてあげよう。


────────────


 能楽堂についた俺たちは奥さんと今日の予定について話し合ったあと、周辺の見回りを始めた。能の開幕は午後からで、それまでに妖魔の正体を見つけておきたい。

 柊六君は父のあとを継ぐために日々練習に励んでおり、その実力はかなりのものだ。ならばきっと、柊六君を恨み陥れようとする輩は少なくないはず。

「すみません、少し時間いいですか?」

「はい、なんでしょう」

 俺は外で掃き掃除をしていたお弟子さんに声をかけた。

「柊六君について聞きたいんですけど、普段の彼はどういう人物ですか? あなたの主観でかまわないので教えて下さい」

「あいつは稽古にも真面目に取り組んでいて、凄いやつですよ。河教師匠はとても厳しくて、何人も辞めた人がいる中、あいつだけは一度も弱音を吐いたりしなかったんですから」

 たしかに河教さん厳しそうだったもんね。きっとそれが一流たる所以なんだろう。

「なるほど、じゃあ柊六君に恨みを抱くような人物について心当たりはありますか?」

「恨みね……あの上手さに嫉妬してるやつはいそうだけど、俺なら柊六より師匠を恨むね。理不尽な理由で追い出された仲間が沢山いるんです」

 それもそうか。つまり犯人は河教さんの厳しさより、柊六君の上手さのほうが許せない人物……。

「わかりました、ご協力ありがとうございます」

「こちらこそ。今日の護衛、頑張ってください」

 その後も聞き込みを続けたが、これと言って有力な情報は得られなかった。みんな言うのが「柊六君を恨むより先に河教さんを恨む」と。どんだけ厳しいんだ河教さん。そしてそんなに恨まれていても、父を目標に励んでいる柊六君。彼の気持ちは痛いほどわかる。

 俺には父さんと母さんの記憶が無い。ある朝気づいたら、二人は俺の前から記憶と共に姿を消していたのだ。残されたのは一冊の日記だけ。その中には母さんが海外から来た吸血鬼であることや、父さんが祟流という剣術で妖魔退治をしていたこと、そして二人がよろず屋祟組なるものを結成していたことなどが書かれていた。その情報だけを頼りに祟組を始め、祟流を使ってきたが、二人の事は未だによく分かってない。

 やっぱり親ってのは大事なものだ。評判が悪くても、記憶が無くても、親のことは信じたいしその意思を正しく継ぎたい。

 そういえば八桜は親の夢のことを「酷い悪夢」って言ってたな。まああいつの過去なんて、今気にしてもしょうがない。いつか八桜から「ねえ紅斗、ちょっと聞いてくれない?」とか言って親のことを話し始めたら、そのときは報告書書きながらとかで聞いてあげよう。


────────────


 能が始まる少し前、私は能楽堂の裏で紅斗に調査報告をしていた。

「まさかそんな……」

「ええ、私も驚いたわ。大江屋のお品書きから天ざる蕎麦が消えるなんてね」

 おっちゃん曰く、海老が高くなったらしい。

「俺が三番目に好きな料理だったのに……」

「一番じゃないのね」

「一番は三色蕎麦だから。ってそんなことより、河田兵衛さんたちに話を聞きに行ったんじゃないの?」

「そうそう、そうだったわ」

 軽い息抜きに世間話の一つでもってね。

「河教さんたちって十年前までは、相当位の低い能楽師だったらしいわ。幕府に保護されてるとはいえ、いつ潰されてもおかしくないようなね。それがある日を境に有名になりだして、今じゃ三本の指に入る能楽師よ。河教さんの努力が実ったってことかしらね」

 能がそこまで身近なものではないとはいえ、その下剋上っぷりは話題になったらしい。

「そんな立派な人だったのか。柊六君については?」

「あんまり有力な情報は手に入らなかったわ。舞台に立つこと自体、妖魔のせいで少ないらしいし。本当は鞍之助さんから聞きたかったんだけど居なかったし。」

「了解。次は俺から」

 紅斗の話によると柊六君は厳しい河教さんの指導に耐え、同門からの評判もいいらしい。

「え、それってじゃあ」

「うん、柊六君に恨みがある人物の犯行じゃなさそうだよね。どちらかといえば河教さんの方が襲われそう」

 遠くから昨日と同じざわめきが聞こえてきた。開幕までもうすぐということできっと列ができているはずだ。

「……もう舞台が始まるわ。悔しいけど舞台中に捕まえるしかなさそうね」

 安全に捕まえたかったけど仕方ない。私がアールを袖に入れ客席に向かおうとしたところ、何かを悩んでいた紅斗が「まって」と声を出した。

「八桜、俺に一つ考えがある。今から話すことを誰にも言わないでね」





 定刻、息が詰まるような緊張の中、一つ目の演目が始まった。柊六君が出るのは四つ目だったはず。それまでは一切気が抜けない。

 それにしてもこんな作戦が成功するのかな。これで安全に能楽が終わるなら、それに越したことはないけど。


────────────


 能の舞台裏にある一室で、一人の男が戦に行く前の武士のように気を整えていた。その佇まいは正に百戦錬磨の総大将……に見えるといいんだけど。

 そしてそんな男のいる部屋に近づく影が一つ。舞台上でもないのに立派な着物とおじいさんのお面を被るその姿は、人間の足をすくみ上がらせるほどに恐ろしい。ただ所詮妖魔なので妖怪の方がもっと恐ろしい。

 ちなみに妖魔の正体は面霊気妖魔。お面で眠らせる能力を持っている。詳しくは後ほど。

 すーっとふすまが開いて妖魔が男のいる部屋に入ってきた。妖魔の角度からじゃ顔は見えないが、服装や様子から部屋にいるのが柊六君だと確信しただろう。妖魔はゆっくりと男の後ろに近づき手に持ったお面を男に被せる。これで満足だと言わんばかりに妖魔は男に背を向けた。

「残念だけど、柊六君がいるのはこの部屋じゃないよ」

 妖魔はその声に驚いて振り返る。俺も立ち上がって妖魔と顔を向き合わせた。

「そして、俺にお前の攻撃は効かない。さあ妖怪変化を解除してもらおうか……河教さん」

 俺の一言で部屋の緊張が一段と強くなった。少し経ち、観念したように妖魔がお面を外す。お面の下にあるのは間違いなく河教さんの顔だ。

「……なぜわかった」

「最初は柊六君に恨みがある人が犯人だと思っていたんです。でも、柊六君のことを恨む人はいなかった。それどころか、多くの人が彼を応援していたんです。柊六君がかつてのあなたの様に、自分を認めてもらおうと頑張っていたから。つまり犯人はお弟子さんでも仕様人でもなく、柊六君の出番や練習場所を知っている人物。この条件だとあなたくらいしかいなかったんです」

 河教さんは俺の話を聞いてゆっくりと腰をおろした。暫く外の騒々しさだけが部屋に響く。

「……若い時の俺は、代々続く伝統を守ろうと必死だった。血の滲むような努力をしても誰も見ちゃくれない……この面を買ったときは藁にもすがる思いだった。これを売ってた変な男の言うとおりに使えば客がみるみる増えて行って、美人の奥さんも貰えて、弟子も取って本当に幸せだった。でも同時に怖くなったんだ。この力がやばいやつなのは感じていたし、あの男の良いように使われているだけな気もしていた。だが今辞めれば多くの人に迷惑をかけちまう」

 河教さんは悔しそうに天井を仰いだ。

「理不尽に弟子に当たればあいつらから勝手に辞めると思ったのに、何人かはそれでも残りやがる。柊六だってそうだ。こんな俺のところにいたって立派な能楽師にはなれねぇ。なのになんであいつは……」

「その理由は、河教さんが一番良く知ってるんじゃないですか?」

「えっ?」

「あなただって、この伝統を終わらせないために頑張ってたんでしょう? 柊六君が目指してるのはただの立派な能楽師じゃない。あなたのあとを継ぐ、立派な能楽師です。ちょっとついてきてください」

 俺は戸惑ってる河教さんの手を引き、舞台の裏に向かう。そこでは出番を終えた人や奥さんが、慎重なおもむきで舞台の方を向いていた。

「こ、これは?」

「ああ、あなた。どこに行っていたんですか? もう柊六の舞台が始まりますよ」

 今度は奥さんが河教さんの腕を引っ張って、舞台の入口近くまで進んでいく。

 まもなくして舞台が始まった。正直俺は能の良し悪しなんてわからない。でも、柊六君の演技を見た河教さんと奥さんが肩を寄せ合って泣いているのを見ると、柊六君の演技はきっと二人の心に届いたんだろう。

 俺のお父さんとお母さんも、俺の成長に一喜一憂したのだろうか。俺が勝手に祟組と祟流を継いだこと、どう思ってるんだろう。二人と同じように妖魔を退治していけば、何か記憶の手がかりが見つかるはずだ。





 柊六君の舞台が終わったところで、俺は再び河教さんに声をかけた。

「河教さん、あのお面俺にくれませんか? もう河教さんには必要ない物でしょうし」

「ん、ああそうだな。ありがとうよろず屋さん。あんたのおかげで一歩踏み出せたよ」

 河教さんの手から妖魔具を受け取ろうとした瞬間、屋内に見合わない突風が吹き、妖魔具が空を舞ってしまう。呆気にとられる俺たちをよそに、妖魔具は誰かの足元にコトンと落ちた。

「このまま大団円で終わりじゃ面白くないよな、よろず屋」

 日本とは思えないほどの綺麗な靴、そして黒いコートと紋章の付いた本……ソーサラー妖魔だ。

「久しぶりだね、ソーサラー妖魔。俺に連敗して暇を出されたと思っていたよ」

「年中暇なお前と違って、こっちは忙しいからな。それより、せっかく様子を見に来てやったらこれはどういうことだ? 面霊気のお客さん」

 ソーサラー妖魔が河教さんを指さした。

「あ、あんたも幹部の一人か。悪いが俺はもう妖魔具を使わない。帰ってくれ!」

「それは困るな。あいつから聞いているでしょう? あなたの妖魔具がどれだけ貴重なのか」

「気になること話してくれるね、二人とも。詳細は後で聞くとして、今は妖魔具の回収を優先させてもらう!」

 俺は傘をソーサラー妖魔に向けて立つ。

「やれるものならやってみな。魔術、強制変化」

 ソーサラー妖魔が持っていた面霊気の妖魔具が鈍く光り始めた。いやそれだけじゃない。妖魔具に込められている妖気が、変化する直前のように増大している。

 ソーサラー妖魔はそれを、ちょうど衣装を着替えて出てきた柊六君めがけて投げた。

 突然の出来事に、柊六君は避けれそうにない。あんなものが体に触れれば、面霊気の妖気が暴走して妖魔になってしまう……!

「柊六!」

 近くにいた河教さんが柊六君の前に飛び出した。そして柊六君をかばって妖魔具を受け、その姿を禍々しい面霊気妖魔へと変えていく。

「父さんが化け物に……」

「さあ暴れろ面霊気妖魔。それが最後の仕事だ」

「妖怪変化!」

 俺は刀を構え、柊六君を襲おうとする妖魔の攻撃を受け止める。柊六君は腰が抜けていて、とても逃げられそうにない。

「河教さん、しっかりしてください!」

「よろず屋、ニ対一だ。この前の借りを返してやる」

 面霊気妖魔の攻撃を弾くと、今度はソーサラー妖魔の魔術が飛んでくる。妖気バリアで受け流すが、このまま戦えば能楽堂がもたない。

「祟流奥義『幻想剣ー二刀流』!」

 魔術で作られた大岩を砕き、日本の刀でソーサラー妖魔を押し込む。

「おい、いいのか? 俺ばかり構っていて」

 背後に増幅された妖気を感じる。その妖気は刀のようなものを振り下ろして……。

「いいよ、俺の刀は二本だけじゃない」

 横から入ってきた雷に刀を持った妖魔は蹴り飛ばされた。

「戦闘始まってるなら呼びなさいよ。あんた昼は戦えないじゃん」

「八桜なら絶対来るだろうと思ってね。じゃ、そっちは任せた」

「ええ。さっさと倒して狂言聞きに戻るわ」

 八桜は面霊気妖魔の方へ向かっていく。

「さてこっちも『風神レッドシュート』!」

 刀を押し付けたままの妖気弾で、ソーサラー妖魔を隣の大きな物置まで移動させる。

「お前の相方があそこまで妖魔具を使いこなせるとはな」

「あいつらなんてまだまだだよ。でも、暴走妖魔くらいなら倒せる」

 あいつの戦いも気になるけど、今はこっちが優先だ。

「さあソーサラー妖魔、こっからは妖怪(俺たち)の時間だ!」

「あのお方のため、少し大人しくしててもらおう、よろず屋」


────────────


 面霊気妖魔はやはり面をとばす攻撃をしてきた。それを慎重にかわし、ときには電気で撃ち落としながら距離を詰めていく。十分に近づいたところでこちらの蹴り……だが敵は刀で応戦してくる。咄嗟にネットを作って防ぎ、また距離を取られてしまった。

 遠ければ面で、近ければ刀で攻撃される。私の遠距離攻撃はあれほど連続で撃てないし、キックやネットは刀と相性が悪い。刀さえなんとかできれば……。

「キュウ」

「ん、どうしたのアール?」

 アールは刀を振る仕草をしている。そういえば能の中で刀を使う場面があったっけ。もしかして妖魔の持ってる刀って、実物じゃなくて妖力製なの?

 確信はないが、もしあれが妖力で作られた刀なら、勝ち目がある。

「アール!」

 アールを飛ばして、面を避けながら妖魔に近づく。それを避けようと地面を蹴った妖魔めがけて、私は電撃を構えた。

「サンダーアタック!」

 技名これであってたっけ? まあ、士気を高めるためのものだし別にいいや。私たちの電撃は妖魔の刀に当たり、そこから体の方へ電気が流れていく。その痛みに妖魔は思わず刀を手放してしまった。

「さあ、ここからは人間(私たち)の時間よ。雷神ストライク!」

 面霊気妖魔を、雷を纏った足で蹴り上げる。この前わかったことだが、アールの雷の本質は妖力なのだ。だから本物の鉄とか人間とかよりも、妖力製の物に電気が流れやすい。この性質と雷獣の毒を使えば人体にあまり影響を与えず、妖怪変化を解除させることができる。

「う、うう……」

 河教さんの顔から妖魔具が剥がれ落ちた。そこに柊六君がさっと駆け寄る。

「父さん!」

「安心して。疲れて寝ているだけよ」

 雷獣のだらけさせる力にはこういう使い方もあるのだ。

「それより、もう狂言が終わっちゃうわ。次の演目は大丈夫なの?」

「次の演目は父さんの出番があります。でもこの様子じゃ……」

「それって柊六君が代わりに出たりできないの?」

 えっと柊六君は驚いた顔を見せた。

「父さんは俺をかばってこんなことになったんですよ⁉ それなのに俺が代わりなんて……」

「私は親のこと好きじゃないから、親の思いを継ぐとかよく分かんないんだけどさ。河教さんが柊六君をかばったのはあなたを信じてたからじゃないの? あなたならきっとできると信じて、自分を犠牲にしてでもあなたの未来を守ろうとしたんじゃないかしら」

 後半は紅斗の受け売りだ。つまり今回は紅斗の想像があってたことになる。やっぱ昔からそうだけど、ファミリーの話苦手だなぁ。

 私の話を聞いたあと、柊六君は決心したように呼吸を整え、裏に戻っていった。さて、紅斗のほうはどうやら近くの物置に移動したようだ。ソーサラー妖魔には借りもあるし、私も行こうかな。


────────────


「魔術、岩石」

「祟流奥義『サークルスラッシュ』、アーンド『龍星の剣』!」

 ソーサラー妖魔が繰り出す大きな岩を斬り伏せ、物置の天井近くまで飛び立つ。

「『桜花吹雪』!」

 二刀流で上から攻撃するが、ソーサラー妖魔には舞うように避けられてしまう。やっぱり祟流が通用しないか。

「その程度か、よろず屋。魔術、火炎弾」

 さっきの岩とは比べものにならないほど巨大な火の玉が、ソーサラー妖魔の手から放たれた。避ければきっとこの物置が焼け落ちてしまう。

「ちっ、祟流奥義『波砕き』!」

 刀の部分に妖気で作った渦を纏わせ、火の玉を地面に押さえて消化する。俺はそのまま体勢を整え、片方の刀をソーサラー妖魔に向けた。

「祟流奥義……」

「魔術、太陽の火」

 物置が夏の昼間のように明るく照らされる。初めてあったときに使われた、俺の苦手な技だ。立つことすらままならなくなり、その場に膝をついてしまう。

「これで終わっ……!」

 しかし、ソーサラー妖魔の右肩を一本の刀が襲った。それと同時に魔術も消滅する。

「今のは……」

「同じ技に、二度もやられるかって」

 体中から妖力をひねり出し、刀によりかかるようにして俺は立ち上がった。あいつが太陽を使った瞬間、向けた刀から妖気バリアと『波砕き』を同時に使って水の壁を生成。それで光を分散させたのだ。

「小癪な真似を」

「お前たちの大将を倒して、俺の記憶を取り戻す。こんなところで負けてたまるか!」

 柊六君に会って再確認できた。妖怪のためでもあるがそれ以上に、俺の記憶のために妖魔を滅ぼす。

 俺は力強く踏み込んでソーサラー妖魔に近づいた。さっき投げた刀が、やつの肩越しに見える。あれを投げた目的の一つは、太陽を破るためだ。これはソーサラー妖魔にもバレてるだろうけど、それでいい。だからこそあいつは投げたほうが使い捨ての、『二刀流』で作った妖力製のほうだと思っているだろう。

「祟流奥義!」

 俺が体をひねるとそれに合わせてソーサラー妖魔も防御の構えをとる。

 ソーサラー妖魔には祟流が通じない、だがまったく通じない訳ではない。『桜花吹雪』や『幻想剣ー桜花』のときみたいに、初めて使った技にはあいつも対応できてないのだ。

 ソーサラー妖魔が俺の刀を妖気で防ぐのと同時に、俺は体の影で一本の妖気製の糸を思いっきり引いた。この糸はさっき投げた俺の妖魔具に繋がっており、引っ張った反動で、刃をこちらに向けて飛んでくる。

「『幻想剣ー斬撃』!」

 後ろに回る、という形は取れなかったが、後ろから攻撃する反撃技だ。これなら効くはず……え?

 俺が技名を叫んだ次の瞬間、信じられないことが起きた。ソーサラー妖魔はくるりと俺に背を向け、飛んできていた刀を弾き落としたのだ。まるでこの技のことを知っていたかのような、見事な対応だった。

「なんで……この技はまだ一回も使ったことないのに、なんでわかった⁉」

「いつも言ってるだろう、お前の技は俺に……」

「違う、お前は俺が使った技を見て、対応していた。だからこれまでも、一度も使ったことがない技は当たっていた!」

「……たまたまだ」

 ソーサラー妖魔は目線を逸らして答えた。たまたまだって? バレないように妖気はかなり抑えたし、あいつは名前を聞いてから後ろを振り向いたようだった。『幻想剣ー斬撃』は名前からじゃとても反撃の技とは思えない。この技がどういう技か知っていたのか? 『桜花吹雪』も『桜花』も知らないで、『斬撃』だけ知ってるなんて……。

「今日はこのくらいにしといてやる。お前を仕留めるのは次だ」

 そう言ってソーサラー妖魔は逃げるように飛び去っていく。それを追おうとしたとき、ふと嫌な予感がした。

 『桜花吹雪』や『桜花』は練習していないのだ。『二刀流』が使えなかったのでできなかった、と言う方が正しいかもしれない。だからこの二つの技は俺しか知らなかった。でも『斬撃』は……。

 そう考えたとき、自然と俺の足は止まっていた。そんなわけない、だいたいそうだとして妖魔を倒すことに変わりない。そう思ってるはずなのに、俺はソーサラー妖魔の背中を見送りながら妖怪変化を解除していた。


────────────


 今日の演目は無事に終わり、河教さんや柊六君たちは控室で反省会を開いている。私たちは妖魔具も回収して、奥さんから報酬もしっかり貰えたのでほくほく顔のはずなのだが。

「どうしたのよ、紅斗。ソーサラー妖魔なら次倒せばいいじゃん」

「うん、そうだね」

 何故か紅斗に元気がないのだ。しかもその理由は妖魔に負けたことでも、親に関することでもないらしい。壁に寄りかかってぼけーっとしている。

 しばらくして控室の戸が開き、演者さんたちががやがやと流れ出てきた。その中にいた河教さんと柊六君がこちらに気づき近寄ってくる。

「よろず屋さん、今回は本当にありがとうございました」

「いえいえ、二人とも無事で良かったです」

 紅斗がぱっと表情を変えて応対した。切り替えの速さは流石だ。

「また何かあったら、いつでも呼んでください」

「ああ、頼りにさせてもらうよ。お嬢さんもありがとう」

「こちらこそ。力不足の部分も多かったですけど、そう言ってもらえると嬉しいです」

 妖力の操作は紅斗と比べ物にならないほど下手だった。周りに被害を出さないよう戦うには、まだ練習が必要ね。

「よろず屋さん、ちょっといいですか?」

 妖魔への今後の対策を話し合う紅斗たちではなく、私に話しかけてきたのは柊六君だ。彼はあの後、五番目物をしっかり演じきり、観客や関係者から盛大な拍手を受けていた。若き実力者ということで、能好きの間で話題になってるだろう。

「お疲れさま、いい演技だったわ」

「ありがとうございます。よろず屋さんのおかげで俺、これからもずっと頑張れそうです。よろず屋さんも頑張ってください、応援しています」

「ありがとう。紅斗にもそう言ってあげて。あいつ喜ぶと思うから」

「はい!」

 あいつの元気がこれでちょっとでも戻るといいんだけど。しかし、柊六君は本当に真面目だ。彼なら妖魔具の誘惑に負けず、父のあとを継げるだろう。

 一通り話し終わったあと、紅斗は河教さんからの夕食の誘いを断って家路についた。やっぱり変だ。いつもなら次の依頼に繋がるかもしれない話は、絶対に断らない。

「紅斗、本当にどうしたの? 夕食は断るし、理由の「今日はこのあと依頼があるから」って、今日は用心のために依頼入れてないじゃん」

「ん……依頼でもないけど、ちょっと八桜とアールにお願いみたいなね」

 紅斗の足どりは重く、声にも活気がない。それに紅斗から私とアールにお願いなんて。

「まず、俺が使ってる祟流について。これは俺の父さんが使ってた技なんだ。この内の一つを八桜に習得してほしい」

「祟流を私が? でも私は刀を持ってないわ」

「刀が無くても使える技はあるよ。それに、八桜とアールに教えるのはちょっと特殊な技だから」

 そう言って紅斗は技の解説を始めた。たしかにそれなら、私が刀を使う必要はない。

「……わかったわ」

「キュウ」

 私とアールは二人で納得する。

「それにしても不思議な技ね、二人で一つの技を作るなんて」

「うん、だからこの技はこれまで一切練習していないんだ。この技を使ってソーサラー妖魔を倒す」

 紅斗が力強く拳を握りしめた……ように見えた。少しその動作が気になったが、なんとなくで流されてしまう。

「改めて、八桜とアールに手伝ってほしい。祟流合技『真紅剣オーラバースト』の完成を」



  ―――――――――――――――――――――



 薄暗い屋敷にいる二人の男……ソーサラー妖魔とあの方だ。雷獣をとられて以降、ソーサラー妖魔は仕事量を増やされていた。今はそれについて報告しているところである。

「……報告は以上になります」

「成果が出ているところもあるが、面霊気をとられた事が大きいな。なぜ逃げてきた?」

「そ、それは……」

 ソーサラー妖魔はバツが悪そうに頭を下げた。

「まあいい。ソーサラーよ、次の指令を出す。よろず屋が持つ妖魔具を全て取り返してこい。それまで他の仕事はしなくていい」

「……わかりました」

 あの方の部屋を出るソーサラー妖魔。それと入れ違いで、別の背の高い男が部屋に入っていく。普段は江戸から離れたところで実験をしている彼がなぜここにいるのか、なんて考えてもおかしくない状況だがソーサラー妖魔は気にすることなく屋敷の出口に向かった。

 実力だけ見ればソーサラー妖魔の圧勝である。しかし今度こそ完全に妖魔具を奪わないといけない。すねこすり妖魔のときは、奪ったあと適当に返すつもりだった。

(できればあいつから妖魔具を奪いたくない。でもそうしないと……)

 悩み続けたところで何も変わらない。ソーサラー妖魔は変化を解除し、星降る江戸の空を仰いだ。




【今回の妖怪紹介】面霊気

 能楽に使われる面から生まれた付喪神の一種。百器徒然袋にその姿を見ることができる。ちなみに、能楽で使う面をおもてもしくは能面と呼ぶが、能楽に詳しくない紅斗はおめんと呼んでいる。八桜はちょっと気になってた。

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