第2話
あの夢について思いを巡らせていると、シャワールームからヒカルが飛び出してきた。
いくら夏といっても、クーラーで冷やされた部屋はシャワー上がりにまだ下着姿のままのヒカルには少し肌寒かったようで
それでもクーラーを切る余裕すらないヒカルの様子を見て、代わりに俺が切った。
部屋を出るのももうすぐだろうから、ギリギリまで点けている必要もなかった。
床に脱ぎ捨てられていた服を拾い上げたヒカルはもう一度洗面所にいき今度はドライヤーで髪を乾かし始めたようだ。
背中まであるしっかり濡れた長髪は、急いでいるヒカルにとって今一番の難敵だろう。
せめて少しでも支度の手助けができればと、俺はテーブルの上に置かれてあったヒカルのカバンに、軽く飛び出してあった小物をしまって、いつでも手渡せるように持っておくことにした。
しばらく経って、髪を乾かし終えちゃんと服も着た状態でヒカルが洗面所から出てきた。
持っていたカバンを手渡すと、化粧までしている時間はさすがにないらしく、中からマスクを取り出して付けた。
そうしてようやく支度は終わったらしく、ヒカルに引っ張られるように俺たちは部屋を飛び出した。
1階のフロントで支払いを済ませていると、すでにヒカルは駐車場の隅に停めた俺の兄の自転車のそばで待機していて、それに気づいた俺は急かされるまま自転車に跨り、ヒカルを後ろに乗せてとりあえず最寄りの駅に向かって走り出した。
約束の時間まであと40分ほどだ。
急いで自転車を走らせる後ろで、ヒカルはこのあと乗れるかもしれない電車の時間を調べているようだ。
なんにせよ急ぐに越したことはないと背中に滲んできた汗も気にしないふりをする。
すると急に「ちょっと止まって!」とヒカルが言った。
「2分後に出る電車に乗りたいけど、たぶんその電車には間に合わないし、次の電車じゃ集合の時間に間に合わないから、このまま直接向かうことってできるかな。」
特に何かを言われたわけでもなく、電車の方が早いと思って駅に向かっていたが、そういえば集合場所を聞いていなかった。
聞くと、地元のショッピングモールのなかにある喫茶店らしい。ここから2駅先のところだ、自転車で20分くらいだと思う。
「それなら直接行った方がいいじゃん。どっちにしろ俺ら2人とも帰る方向なんだから。」
「もちろんそれはそうなんだけどさ。」
昨日ヒカルは大学の友達と遅くまで呑んで終電を逃してしまった。
連絡をもらった俺はヒカルを迎えに行ったわけだが、「遅くに帰ると親がうるさいから友達の家に泊まるって言った」と言うものだから、そのまま俺たちは1番近いラブホテルを探して、そこで朝を迎えた。
昨日からのこの一連の経緯について、ヒカルは自分のわがままで都合の良いように俺を連れ回してしまったと思っていたらしく、大事な用事が迫っているこの状況なのに、送ってもらえるとしてもせめて駅までにしようと考えていたみたいだ。
「そんなの思ってもなかったよ。俺は今日1日なにもないし、気を遣わなくていいから。」
「ごめんね、ありがとう。」
そうヒカルは言った。
ごめんね、ありがとう。
会話のなかで聞く分には何も引っかからなかったが、考えてみれば不思議な表現というか、矛盾というか。
でもこの曖昧さが、そのヒカルの気持ちが、柔らかな形を持って僕にはきちんと伝わってきた。
時間を確認するとちょうど11時30分、自転車で向かってもまだ間に合うはず。俺はまた自転車を走らせた。
腰のあたりを掴むヒカルの手の力が、さっきよりぎゅっと強くなった気がした。




