【02】ヴァルア
「立てる?」
剣を鞘に収めてはいるが、まだ少し警戒した眼で彼女は俺に聞いた。
「ええ、大丈夫です。立てますよ」
掌とスーツのズボンに付いた土を払いながらゆっくりと立ち上がる。
辺りを見てみるがやっぱりここは俺の知らない場所みたいだ、立ち上がっても状況は変わらなかった。
「ここ、どこかわかる?」
「いえ、わかりません。どこかの山みたいですけど、、、」
「ヴァルアっていう小さな町の近くにある森よ」
ヴァルア
彼女が言った町の名前にはもちろん心当たりはない。
「初めて聞きました」
「あなた出身はどこ?」
「日本という国です」
「そっか、やっぱりね、、、」
さっき彼女は『私と一緒ね』と呟いていた。この答えは予想していたのだろう。
「とにかく場所を変えましょう。ここは危ないから」
「危ない?」
「そう、この辺りには凶暴な動物———いえ魔物が出るの」
「魔物!?」
慌てて周りを見てみるが、とりあえず周りには魔物?はいないようだ。
魔物というのがどんなものなのかわからないが、やっぱりここは俺の知らない場所なんだろう。
「とりあえずここを離れるわよ。このままここにいてもしょうがないでしょ?」
「ええ、お願いします」
聞きたい事は山ほどあるし、今のところ彼女以外に知り合いもいない。
情報を集めてこれからの事を考える為にも話を聞く必要がある。
お上りさんの様にキョロキョロしながら彼女の後ろについて山の中を歩いていく。
しばらく歩くと草原の様な少し開けた所に出た。
少し先には道も見える。道といっても草が生えていないだけの土の道だ。
彼女の隣を歩きながら話しかけてみた。
「えっと、どこに行くんですか?」
「私の家よ、この先にさっき言ったヴァルアって町があってそこに住んでるの。他に行く所もないでしょ?」
「ありません」
「他に落ち着いて話できそうな所も無いしね」
「この辺りにも魔物は出るんですか?」
「ええ、町に近いからかあまり強い魔物は出ないし、数も少ないけど」
「のんびり歩いてますけど危なくないんですか?」
「この辺りの魔物ならいっぱい出てきたって私の敵じゃないわ!」
「へぇー」
こんな女の子でも魔物が倒せるのか?
彼女は軽く胸を叩きながら得意げな顔をしている。
明るい所で落ち着いて見てみるとやっぱり綺麗な顔をしている。黒髪の似合う美少女ってやつだ。
俺の肩くらいの背の高さでスタイルもいい。出る所はしっかり出てるし引っ込む所はしっかり引っ込んでる。
「—————何?」
「へっ?」
「どこ見てんの?」
さっきまで「ふんす!」と鼻息を出しながら得意げな顔をしていた美少女が、俺の邪な視線に気が付いた途端、初めて出会った時の様な不審者を見る眼で俺を睨んできた。
「変な事したらバラバラに切り刻んで燃やすからね!」
「は、はいぃー!」
どこからこんなドスのきいた低い声が出るのだろうか?俺は身の危険を感じたので少し後ろに下がって歩く。
彼女も俺を警戒しているのだろう、たまに後ろをチラチラ振り返っている。
———気まずい
お互い無言のまましばらく歩き続けると町が見えてきた。石が積み上げられた高さ3m程度の外壁に囲まれている。そのまま門から中に入って行った。
ここがさっき言っていたヴァルアという町なのだろう。
門から少し進むと道沿いに宿のような建物、食べ物や武器を売っている店、もちろん住居もある。
見慣れない建物が物珍しく周りを見てしまう。
「ちょっと!こっちよ。まずは私の家に行くよ。そんな服で町を歩いてたら目立って仕方ないわ」
おっと、いきなり迷子になるとこだった。大通りから外れて細い路地を彼女に付いて歩いていく。
どんどん大通りから離れていく。建物も少なくなってきた。
「着いたわ、ここが私の家よ」
少しずつ寂しくなっていく景色を眺めながら歩いているうちにどうやら彼女の家に着いたようだ。
高さ1mくらいの石の塀に囲まれた平屋の一軒家。木で作られた門を開けて中に入ると庭に綺麗な青い花が咲いた花壇とトマトの様な赤い果実がついた植物が植えられている。
「さぁ、入っていいわよ」
「・・・・・お邪魔しまーす」
彼女に案内されて家に入る。
「ここに座って待ってて、お茶を入れてあげるから」
「はい、ありがとうございます」
そう言って部屋から出て行った。木で作られた小さなテーブルの前に置かれた椅子に座ってお茶が出てくるまで家の中を見渡してみる。
部屋にはテーブルが1つと椅子が4つ。そして食器が置かれている棚が2つ。
テーブルの上に青い花の入った小さな花瓶、窓の近くにも木でできた植木鉢に青い花が飾られている。
「はいどうぞ、熱いから気を付けてよ」
「ありがとうございます」
「ちょっと出掛けてくるからここで待ってて。ずっとスーツを着てる訳にはいかないでしょ?すぐに戻るからこのまま座ってなさい。他の部屋に入ったりしたらどうなるか分かってるわよね?」
「・・・はい、いってらっしゃい」
お茶の入ったカップとパンが入ったお皿をテーブルに置き、彼女はドアを開けて出て行った。
初対面の男を1人で家に残して出かけるなんて、、、
そんな事を考えながらお茶の入ったカップを手に取る。
「さて、これからどうすればいいんだ?」
少し大きな独り言を呟きながら、俺はカップから出る湯気に息を吹きかけた。