【18】—————苦節一年
「昼飯は何にする?」
「・・・・・丼がいい」
「じゃあ、牛丼にするか?」
「タレが無いよ、、、」
「醤油とワインと砂糖で何とかなるだろ?」
「わかった」
今日のヒトミは借りてきた猫のように大人しい。
いつもは口うるさいと思っていたが、これはこれで張り合いが無い。
「ご飯はまだ作れないから、先に具だけ作っておくか」
「うん」
米をテーブルの上に置き、ヒトミが見よう見まねでタレを作っている横で、俺は肉とタマネギと薄く切っていた。
ヒトミは小さく首を傾げながら、味見を繰り返している。
しばらくすると味に納得したのか、俺にも味見を勧めてきた。
タレの入った湯気が立ち昇る木のスプーンを、俺に差し出している。
「はい、あんたも味見してみてよ」
「そ、そんなん飲んだらヤケドするわ!」
「しょ、しょうがないわね、、、」
ふーふーと優しく息を吹きかけ、湯気が少なくなった所でスプーンの下に手を添えながら、そっと差し出して来た。
「・・・・・ほ、ほら。あ〜ん、、、」
「あ、あ〜ん、、、」
口を開けながらそのスプーンに顔を近づけていく。
ヒトミもゆっくりと手を伸ばしてくる。
そのまま大きく口を開けて、スプーンが入って来るのを待っていた。
—————ガチャ!
「ただいま帰りま—————」
口を大きく開けたまま、音のした方に振り返ると、帰って来たレイアが目を丸くしていた。
レイアはふーっと大きく息を吐き、腕を組んでジッと俺達を見つめている。
「またイチャイチャしているんですか?」
「あ、味見よ!」
「そ、そうだ!ただの味見だ!」
「へー、そうですか、、、」
レイアの目から光が失われていく。
それと同時にレイアの背後からドス黒いオーラが浮かび上がった。
—————ヤバイ!
ヒトミには悪いが、ここは逃げの一手だ!
「ちょ、ちょっと出掛けてくる」
「—————えっ?」
「後は任せた」
「—————なっ!」
「ヒトミなら大丈夫だ!味は知ってるだろ?自信を持て!」
俺はレイアの横を無言ですり抜け、そのまま家を出た。
ヒトミは生贄としてレイア様に捧げておこう。
背中から聞こえてくる「待ちなさいよー!」と言う大きな声に耳を塞ぎ、足早にその場を離れた。
少し離れた所で後ろを振り返り、安全を確認。
知らないうちに付いて来ていたアルギュロスが、俺の足元で尻尾をパタパタ振っていたが、他には誰も追って来ていなかった。
ヒトミはレイアに捕まっているんだろう、、、
上手く逃げる事が出来た様だが、さてどこに行こう?
行く当ても無く町中をフラフラ歩いていると、学校が見えてきた。
勉強は1階って言ってたから、リワンとラーニャはそこだな。
ちょっと覗きに行くか、、、
外からこっそり眺めると、教室の中には10人くらいの子供達が、椅子に座って授業を受けていた。
見た目は子供だが、歳は俺より上だ。
先生が黒板のような大きな白い木の板に指を這わせると、黒い文字が浮かび上がっていく。
おお、凄い!
きっと魔法かなんかで文字を書いているんだろう。
話している内容は聞こえないが、2人はちゃんと授業を受けているようだ。
学校の近くでアルギュロスと遊びながら、授業が終わるのを待っていた。
アルギュロスは遠くに走って行っても、ちゃんと俺の所に戻って来る。
散歩にリードが要らなくなった事はありがたい。
「あー、主様だ!」
「迎えに来てくれたんですか~?」
「ああ、一緒に帰ろうか?」
「やったー!」
2人と手を繋ぎ、アルギュロスの後に付いて家に向かった。
学校は面白かったようで、習ってきた事を俺に話してくれる。
休憩の時は他のエルフの子供達と、楽しく会話も出来たようだ。
「ただいまー」
「ただいま~」
「2人共おかえり」
俺達が帰って来ると、昼食の準備が始まった。
土鍋から人数分のご飯をよそっている。
「ご飯は炊けたのか?」
「はい。私がお米を白くした後、ヒトミさんが水で煮ていました」
「煮ると言うか炊くんだけどな」
ふっくらしたご飯の上に、しっかり味付けされた肉とタマネギが乗せられていく。
—————たまらん!
ついにご飯を頬張る事が出来る!
リワンとラーニャは目の前の牛丼に目を輝かせている。
いい匂いが両端から漂ってきた。
—————しかし、、、
最後に運ばれてきた俺の器には具が乗っていなかった。
おい、、、
「あれ~?お肉が無いですね~」
「・・・・・主様、また何か悪い事したんだ、、、」
「またって何だ!何もしてねぇよ!」
俺を不憫に思ったのか、リワンとラーニャが自分の具を俺のご飯の上に乗せてくれている。
・・・・・ううっ、ありがとう!
「リワンちゃん!ラーニャちゃん!」
「はい~」
「甘やかしちゃダメよ!」
「でも、、、」
「あなた達のご主人様が、何をしたか教えてあげましょう」
「何をしたんですか~?」
「朝からヒトミさんと台所で昨日の夜みたいに仲良くしていました」
「む~!」
「ヒトミさんには私が注意しておきました」
「その時にこいつは私を置いて逃げたのよ!」
両隣からの視線が痛い、、、
「主様!」
「返して下さい~!」
「—————ま、待て!」
2人は俺のご飯の上から具を取っていった。
俺の目の前にはちょっとつゆが付いただけの白いご飯。
—————苦節一年
異世界で初めてのご飯を、まさかこんな形で口に入れる事になろうとは、、、