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異世界ナラティブ  作者: SW
第五章
104/105

【18】—————苦節一年


「昼飯は何にする?」

「・・・・・丼がいい」

「じゃあ、牛丼にするか?」

「タレが無いよ、、、」

「醤油とワインと砂糖で何とかなるだろ?」

「わかった」


今日のヒトミは借りてきた猫のように大人しい。

いつもは口うるさいと思っていたが、これはこれで張り合いが無い。


「ご飯はまだ作れないから、先に具だけ作っておくか」

「うん」


米をテーブルの上に置き、ヒトミが見よう見まねでタレを作っている横で、俺は肉とタマネギと薄く切っていた。

ヒトミは小さく首を(かし)げながら、味見を繰り返している。

しばらくすると味に納得したのか、俺にも味見を勧めてきた。

タレの入った湯気が立ち昇る木のスプーンを、俺に差し出している。


「はい、あんたも味見してみてよ」

「そ、そんなん飲んだらヤケドするわ!」

「しょ、しょうがないわね、、、」


ふーふーと優しく息を吹きかけ、湯気が少なくなった所でスプーンの下に手を添えながら、そっと差し出して来た。


「・・・・・ほ、ほら。あ〜ん、、、」

「あ、あ〜ん、、、」


口を開けながらそのスプーンに顔を近づけていく。

ヒトミもゆっくりと手を伸ばしてくる。

そのまま大きく口を開けて、スプーンが入って来るのを待っていた。




—————ガチャ!


「ただいま帰りま—————」


口を大きく開けたまま、音のした方に振り返ると、帰って来たレイアが目を丸くしていた。

レイアはふーっと大きく息を吐き、腕を組んでジッと俺達を見つめている。


「またイチャイチャしているんですか?」

「あ、味見よ!」

「そ、そうだ!ただの味見だ!」

「へー、そうですか、、、」


レイアの目から光が失われていく。

それと同時にレイアの背後からドス黒いオーラが浮かび上がった。


—————ヤバイ!

ヒトミには悪いが、ここは逃げの一手だ!


「ちょ、ちょっと出掛けてくる」

「—————えっ?」

「後は任せた」

「—————なっ!」

「ヒトミなら大丈夫だ!味は知ってるだろ?自信を持て!」


俺はレイアの横を無言ですり抜け、そのまま家を出た。

ヒトミは生贄としてレイア様に(ささ)げておこう。

背中から聞こえてくる「待ちなさいよー!」と言う大きな声に耳を塞ぎ、足早にその場を離れた。




少し離れた所で後ろを振り返り、安全を確認。

知らないうちに付いて来ていたアルギュロスが、俺の足元で尻尾をパタパタ振っていたが、他には誰も追って来ていなかった。

ヒトミはレイアに捕まっているんだろう、、、

上手く逃げる事が出来た様だが、さてどこに行こう?


行く当ても無く町中をフラフラ歩いていると、学校が見えてきた。

勉強は1階って言ってたから、リワンとラーニャはそこだな。

ちょっと覗きに行くか、、、


外からこっそり眺めると、教室の中には10人くらいの子供達が、椅子に座って授業を受けていた。

見た目は子供だが、歳は俺より上だ。


先生が黒板のような大きな白い木の板に指を()わせると、黒い文字が浮かび上がっていく。

おお、凄い!

きっと魔法かなんかで文字を書いているんだろう。

話している内容は聞こえないが、2人はちゃんと授業を受けているようだ。


学校の近くでアルギュロスと遊びながら、授業が終わるのを待っていた。

アルギュロスは遠くに走って行っても、ちゃんと俺の所に戻って来る。

散歩にリードが要らなくなった事はありがたい。


「あー、主様だ!」

「迎えに来てくれたんですか~?」

「ああ、一緒に帰ろうか?」

「やったー!」


2人と手を繋ぎ、アルギュロスの後に付いて家に向かった。

学校は面白かったようで、習ってきた事を俺に話してくれる。

休憩の時は他のエルフの子供達と、楽しく会話も出来たようだ。




「ただいまー」

「ただいま~」

「2人共おかえり」


俺達が帰って来ると、昼食の準備が始まった。

土鍋から人数分のご飯をよそっている。


「ご飯は炊けたのか?」

「はい。私がお米を白くした後、ヒトミさんが水で煮ていました」

「煮ると言うか炊くんだけどな」


ふっくらしたご飯の上に、しっかり味付けされた肉とタマネギが乗せられていく。

—————たまらん!

ついにご飯を頬張る事が出来る!


リワンとラーニャは目の前の牛丼に目を輝かせている。

いい匂いが両端から漂ってきた。


—————しかし、、、

最後に運ばれてきた俺の(うつわ)には具が乗っていなかった。

おい、、、


「あれ~?お肉が無いですね~」

「・・・・・主様、また何か悪い事したんだ、、、」

「またって何だ!何もしてねぇよ!」


俺を不憫(ふびん)に思ったのか、リワンとラーニャが自分の具を俺のご飯の上に乗せてくれている。

・・・・・ううっ、ありがとう!


「リワンちゃん!ラーニャちゃん!」

「はい~」

「甘やかしちゃダメよ!」

「でも、、、」

「あなた達のご主人様が、何をしたか教えてあげましょう」

「何をしたんですか~?」

「朝からヒトミさんと台所で昨日の夜みたいに仲良くしていました」

「む~!」

「ヒトミさんには私が注意しておきました」

「その時にこいつは私を置いて逃げたのよ!」


両隣からの視線が痛い、、、


「主様!」

「返して下さい~!」

「—————ま、待て!」


2人は俺のご飯の上から具を取っていった。

俺の目の前にはちょっとつゆが付いただけの白いご飯。


—————苦節一年

異世界で初めてのご飯を、まさかこんな形で口に入れる事になろうとは、、、


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