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どちらかと言うと悪い魔法使いです  作者: 花音小坂
第2章 ミラ=エストハイム編
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当日


 夕暮れ時になり、首都ヴェイバールは黄土色に染まっていく。貴族の居住区は喧噪高い商業区から離れた北部に位置し、格調高いべルリアン様式の建物が立ち並ぶ。その中心に位置するラジステリア城。一際豪華な馬車が立ち並び衛兵が次々と手続きをしていく。さすがは何カ月も前から入念に準備されていた格式高い舞踏会。馬車が特別停滞することもなく、次々と壮麗な城の内部へと招き入れられている。


 しばらくして。一台の馬車が衛兵の前に止まり、招待状を差し出す。レザード=ゼオライト。見慣れぬ名前に一瞬目を見張り、速やかに内部を覗き込む。そこには、一組の男女が座っていた。男の髪は漆黒に染まっており、深海のような瞳が特徴的だった。歳を20代ほどと推測し、一通り眺め見るが、特段奇妙なところもない。衛兵はすぐに瞳を横に移し、ハッと息を飲む。誰もが見惚れるほどの美しい純白のドレスに身を包んだ少女は、優雅さに置いて全く見劣りのしない。その輪郭は精緻に整っており、今までに見たこともないほど麗しい淑女レディだった。


「……あの」


 淑やかで、優しい声と共に、衛兵の時は動き出した。


「し、失礼いたしました!」


 やがて大仰にお辞儀をし、速やかに運転手に進めの指示を出す。もはや、貴族の疑いどころではない。身に着けている貴金属も、ドレスも超一流の物ばかり。衛兵は、この時ばかりは平民である我が身を呪わずにはいられなかった。


「さて……到着したようだね」


 優雅な馬車の停車と共に、男が先に降り立って、淑女レディに手を差し出す。


「アシュさん……本当に大丈夫でしょうか?」


 彼の掌に掌を添えて。恐る恐るヒールで降りるのは、いつになく緊張した面持ちを浮かべるミラだった。


「ミラ、ここではその名を使ってはいけないよ」


 優しく紳士は笑いかける。レザード=ゼオライト。この国でのアシュの表名おもてなである。特殊な技術を施し、その白髪を黒く染め、魔法で瞳の色を変えた。20年以上前に作った名義であるが、それがヘーゼンにはバレることなく使用可能だった。


「……」


 ミラの表情には不安げな様子が見て取れる。魔法、マナー、一般教養、立ち居振る舞いなど、一通り叩き込み終わったが、最終的には時間が足りなかった。ダンスをマスターする時間がどうしても取れず、本番一発勝負という状況になる。


「心配はいらない。紳士は女性をエスコートするものだからね。逆に言えば、ダンスなどリード次第でなんとでもなるものなのさ」


 ミラは、いつもの揺るぎない声を聞いて、ホッと安心する。前々日にはもうシゴキも佳境で、イライラも頂点に達し、何度もこの男の死を願ったものだが。


 舞踏会会場の前に、簡単な受付場がそこには用意されていた。招待状はすでに渡した。後は自分たちが貴族だと示すのみ。


 扉の前に控えている女性執事の前に、二人は立つ。


<<祝いの幸運を 君の胸に>>ーー導きの夜(ライト・ナイ)


 そう唱えて一輪の薔薇を出し、執事の胸ポケットに入れる。あわよくば、この女性執事とどうにかなりたいゲス魔法使いである。


<<希望の炎よ 我が手に灯れ>>ーー暁の灯火(サン・リベラ)


 ミラも魔法を唱え、その掌に鮮やかな炎を発生させた。


「ようこそ、舞踏会へ」


 女性執事は満面の笑みで、彼らを会場へと促した。


 そこは、ミラが子どもの頃から夢描いていた場所であった。大きなシャンデリアが天井に立ち並び、優雅なドレスに着飾った紳士や淑女レディがダンスを踊る。


 しかし、そんな彼らの視線を一身に浴びるのが、ミラの美貌であった。誰もがその純白のドレスに身を包んだ美しい淑女レディを一瞥し、息を飲む。


「……さあ、なにをボーっと立っているのかね? 僕のエスコートはここまでだ」


「えっ?」


 不安げな表情を見せるミラ。


「当然だろう。僕は君の付き添いで来たわけじゃない。僕は僕でこの一期一会の空間を楽しむために来たのだよ」


「で、でも……」


「心配はいらない。僕のおかげで、君はどう見たって素晴らしい淑女レディだ。さあ、魔法が解けないうちに、今日という日を謳歌するのだね。恐らく、生涯ないのだから」


「……はい!」


 ミラは元気に返事をし、しなやかに歩を進め、会場の中心へと進んでいった。


 しばらく、彼女の様子を見守っていたアシュは、ミラが貴族たちに取り囲まれている様子を満足げに見守りながら、「さて」と足を動き出す。


 狙いは、ミラに釣られた男から、あぶれた女性。














 どこまでも女に飢えている非モテ魔法使いであった。


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