魔法
雲ひとつない蒼天の中、アシュとミラが館の外に出る。
「いい天気だ」
「絶好のピクニック日和ですね!」
「……さっ、午後からは魔法の練習をするよ」
執事の能天気かつお気楽な発言を当然のごとく無視して、魔法の詠唱を始め、指を軽く動かす。
<<希望の炎よ 我が手に灯れ>>ーー暁の灯火
アシュはかざした掌に、鮮やかな炎を発生させた。
「わぁー、綺麗」
「感心していないで君もやりたまえ。貴族の資格を示すような魔法で、一番最初に覚えるような簡単なものだ」
「どうやってやるんですか?」
「……まずは、見たとおりに詠唱してみたまえ」
「ええっと……こうですか?」
<<希望の……ええっとなんだっけ ええっと……灯れ>>
ワクワクしながら掌をかざしているミラだが、当然魔法など発生するわけもない。
「なるほど……わかった」
「なにがですか?」
「君に魔法のセンスが一ミリ足りともないことがわかった。あと、この特訓カリキュラムを大幅に厳しくしなければいけないことが」
「ぐ、ぐぐぐぐっ……いじわるっ!」
感謝され尽くされてもおかしくないほどの気遣いに対し、なぜそんな言葉を浴びせられたのか一向に解さないまま、アシュは得意げにわざわざ持参したホワイトボードに説明を書き始める。
「いいかい、そもそも魔法とはね……」
*
通常、魔法を外部に放つには最低限2つの手順が必要である
①詠唱
魔力野から生じた魔力を体内に構築し、魔法の理を言語化する作業
②印
象徴を描くことによって、魔法の理を外部に放つ作業
一般的に詠唱は自由度が高いとされている。なぜならそれは自己暗示的な要素が強く、本人のイメージを魔法の理で介在し、言語化しているに過ぎないからである。そのため、いくら高位の魔法を詠唱したところで魔力野から生じる魔力の属性、量が伴わなければ全く意味がない。
一方、《シール》の形は定型で決められたものが多く、同じ形になるが、その象徴の描き方によって威力は大きく異なる。より、緻密に、精密に印を描くことにより魔法の効果をより相乗して放つことができる。
*
「以上、わかったかい?」
「わかりません!」
「だろうね! まあ、要するにこういうことだ」
<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢
そう唱えるアシュだったが、掌からはなにも発生しない。
「このように、詠唱では魔法は放たれない」
次は指先で象徴を描き、掌をかざす。
<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢
すると、鋭い氷の刃が発生して遥か遠方にある木に突き刺さる。
「すごーい!」
「ふっ……いいかい? 魔法には詠唱と印があり、この二つが揃わないと属性魔法は放てない……まあ、契約魔法など例外はあるがそれは今は学ばなくていい。わかったかい?」
「はい!」
そう言いながら、ミラは何度も何度も詠唱と印を繰り返す。こればかりは、本人の感覚の問題なのでなんのアドバイスもできない。
「さて……やるか」
頑張るミラを尻目に、アシュは自ら詠唱を始める。
<<氷刃よ 烈風で舞い 雷嵐と化せ>> ーー三精霊の暴虐
瞬間、極小規模の暴風が発生し、中で無数の鋭利な雹と雷が入り混じりながら先ほどの木をズタズタにする。
「アシュさんすごーい!」
ミラが感心したようにパチパチと拍手をおくる
「ふっ……僕は闇魔法だけじゃなく、属性魔法も完璧だからね」
全然謙遜しないナルシスト魔法使いだが、実際にすごいことはすごい。放ったのは水・土・木の三属性魔法だが、大陸で放てるのは100人もいないと言われる超高等魔法である。
「でも、なんでアシュさんも練習してるんですか?」
「この機会に、僕も鈍った身体を鍛えないとね。そろそろ、戦闘も近いだろうし」
「戦闘?」
「……ああ、こっちのことだ。いい機会だから、属性について説明しようか」
またしても得意げに、わざわざ持参したホワイトボードに説明を書き始める。
*
属性とは、魔力の発するエネルギーの種類のこと。
属性魔法は木火土金水の5属性がその代表格である。よく、この関係性を五芒星であらわすことが多い。そして、悪魔召喚などに五芒星を多用することから属性魔法は性質として光魔法でなく闇魔法に近いと提唱する研究者もいる(現時点では光と分類されるのが主流。
配置、相関としては下記のようになっている。
配置
木
水 火
金 土
相克
木⇒土⇒水⇒火⇒金
相生
木⇒火⇒土⇒金⇒水
また、例えば火、水のように相克関係にある属性を変換した際に、莫大な力を発揮ことが知られている。しかし、その難易度は通常の属性変換を行うより難易度、魔力が高いとされ、コストパフォーマンスに合わないとされるのが一般的な見解である。
*
「いいかい? これゆえ、多属性魔法は属性変換効果が上乗せされある相乗されるが、扱うのは非常に困難だと言われている。しかし、僕ほどの魔法使いとなるとーー」
「はぁぁああああああ、ふぅぅうううううううう!
「……」
ウンチク自慢長過ぎ魔法使いの講義をガン無視して、先ほど教えられたこともすべて無視して、ひたすら魔法を放とうと意味不明に唸っている美少女執事だった。




