傍観
突然起こったセナの凶行。テスラが血を流し、その場から崩れ落ちる。力天使は一瞬にして消滅し、誰もが言葉を失った。側にいるリリーとシスも。ランスロットも。彼の側近やアリスト教守護騎士たちも。
サモン大司教の死後、誰もが彼を責めたてる中、唯一庇って自らの保護化に入れたのが他ならぬテスラだった。それからは常に彼女は彼を守ってきた。
ランスロット、他の信者、そして、アシュ……彼を責め立てるすべての者から……
「……なぜ?」
口にしたのはテスラだった。怒りではない。哀しみでもない。ただ、彼女はわからなかった。考えられるのは、アシュがセナを操っている可能性。
しかし、それを見抜けないほど彼女は未熟な魔法使いではない。
「ひっ……ひひひひひっ……」
セナは彼女の表情を見ながら、罪深さに慄き、跪いた。
そんな彼の苦悶の表情を眺めながら、アシュは歪んだ笑顔を浮かべて笑いかける。まるで、彼の気持ちを全て見通すかのように。
「ククク……裏切り者のセナ君。また、君は裏切るんだね。君は生粋のクズだな。唯一君のことを想い、庇い、守ってくれた恩人に対して、そんな仕打ちをするのだから。本当に君は生きる価値も……死ぬ価値もない」
「ひっ……ひひひひひっ……ひひひひひっ。も、申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません」
セナは跪いて、テスラに向かって謝る。自分のやってしまったことを心の底から悔やみ、後悔している。絶望にさいなまれ、全身から感じる罪悪感にさいなまれている。でも、当然だ。自分はそうされて当然だ。
……いや、むしろそうされるべきなんだ。
苦って。
苦って。
苦って。
狂しい。
「いいねえ、その笑顔……でもさ、君はもっともっと苦しまないといけない。それぐらいの罪を犯したんだから。いや、君は今回のことで、もっと罪を犯してしまった。だから、もっともっと苦しまないといけない。もっと、僕の言うことを聞いて、苦しまなくちゃね……もっと……もっと……もっと……」
「嫌だ……嫌だ……嫌だ……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だああああああああああああああっ!」
セナは髪をかきむしりながら叫ぶ。狂ったように、苦ったように、狂ったように、苦ったように。もはや、その正気は剥ぎ取られ、自身の痛みに酔いしれている。この世で最も憎いアシュの言うことを聞くことで、彼は自らを罰している。
それでも、テスラは彼に笑いかけ、優しく微笑む。
「ゴホッ……聞きなさいセナ。あなたは何も悪くない」
「ククク……セナ君。君はなんて慈悲深い聖女を刺してしまったのだろうね。ところで、まだ彼女は生きてるね?」
闇魔法使いの漆黒の瞳が、彼に指示をする。
「ひっ……ひいいいいいいいいいいいっ! い、嫌だああああああああ!」
セナは叫びながら、自身が持っているナイフをテスラに向かって振り下ろす。そんな彼に向かって、リリーは横から思いきりぶん殴る。
吹き飛ばされたセナは、そのまま頭を抱え、うずくまった。
「はぁ……はぁ……アシュ先生! どういうつもりですか?」
「何が?」
血が滴り落ちた拳を握りながら。リリーが睨むと、アシュは漆黒の瞳を向けた。そこには、生徒を見るような情は、一片たりとも籠もっていなかった。闇魔法使いは明らかな侮蔑と敵意の表情を彼女に向ける。金髪美少女は戸惑いながらも、敵意をもって睨み返す。
「何が……って、わからないんですか? この男を操ってテスラ先生を殺そうとしたことですよ!」
「僕が操った? 何を寝ぼけてるのかね。それは、彼が自発的にやったことだ。僕は自分の身を守るために、彼に贈り物を送ったに過ぎないよ」
「っ最低!」
「ククク……寝ぼけているのか? 君たちがやっていることと同じじゃないか」
「なん……ですって!?」
アシュの言葉にリリーが睨む。
信じられなかった。信じたくなかった。自分の教師がこんな人であることを。一ミリでもこの人のことを尊敬していた自分を。自分のやってることと同じ? どこがだ。全然違う。
「本当にわからないのかい? 無自覚な分、なお罪は深いよ。君たちは、この戦いを僕とテスラ君に委ねたじゃないか。自分たちは、彼女に守られながら、僕を殺そうとした。そうだろう?」
「そ、それは……」
「だから、僕は同じことをした。君たちは僕のしたことを責めるが、君たちのしていることはなんだ? いや、なぜ何もしようとしない? いつまで守られるだけの生徒でいる気なのかね?」
「……」
「言ったはずだよ。これは教育だと。傍観者でいながら学べる者など何もない。強者の影に隠れながら得られるものなどたかがしれている」
「……」
「だから、僕が君たちに罰をくれてやるのさ」
「……もう、黙りなさい。テスラ先生の治療を終えたら、あなたは……私が殺す」
リリーは明らかな敵意をもって、アシュを睨む。
「ククク……君の脳内は本当にお花畑だな。僕がなぜペラペラと解説をしてあげていたと思う? テスラ先生を治療するまで? なぜ、待ってやる必要があるというのだい? 僕が欲していたのは、時間だよ。大聖女がいない今、誰が僕を止められるというのだい?」
闇魔法使いはそう答え、
<<闇よ闇よ闇よ 冥府から 出でし 死神を 誘わん>>
滅悪魔ディアボロを召喚する。
「さあ、ミラ。生徒たちの調教開始だ」
「……吐き気がするほど嫌ですが、かしこまりました」




