権力
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ランスロットという男には、常に尊敬している兄がいた。歳が比較的離れていたので、よく可愛がられた。悪いことをすれば叱られたし、いいことをすれば褒められた。誰もが理想的な兄弟であることを疑わなかったし、実際もそうだった。
周囲からは、兄を超えられるほど才能があるともてはやされた。
成人した後も、それを疑わなかった。実際、ランスロットはサモンより3年ほど早く司教の座に登りつめ、人望も集めていた。
しかし、30歳の後半にさしかかった時、ふと自分の歩いた道を振り返った。その時、自分が兄が舗装した道を歩いているだけの存在であると知った。
耳を傾けてみると、あるのは大司教であるサモンを尊敬する声ばかり。いつからだろうか。誰もが口を揃えて『兄を超える』と言ってたその言葉が聞こえなくなったのは。
子どもと大人の境目を、ランスロットはこう捉えるようになった。子どもであると言うことは、将来性を期待されると言うこと。大人であると言うことは、今までにやってきた実績を評価されると言うこと。
サモン大司教が行ってきた改革は、アリスト教の聖典に長ページ刻まれるほどのものだ。貧民たちの救済。貴族勢力への抵抗。不能者差別の撤廃。誰もが綺麗事だと嘲笑ったことを、吐き気のするほどの汚い手で攫い、彼は自身の命と心を削り取りながら行っていった。
自身が最も信頼している側近の13使徒を改革の先兵として立たせ、地上で最も軽蔑しているロイドをアリスト教の暗殺者として雇った。誰もが吐き気の覚えるような汚濁を、自らの手が血にまみれる生き方を貫いた兄の背中は、弟にとっては大き過ぎた。
そして、兄のことを盲目的に崇拝してきた弟が大人になった瞬間、自分がやってきたことが全てサモン大司教の模倣に過ぎないとわかった瞬間、彼の中で何かが崩れた。自分にはそれだけの行動を取ることができない。彼には、自分自身がそれだけの行動をするだけの理由を持たなかったからだ。
兄であるサモンが、アシュという魔法使いに殺され、聖櫃であるシスを逃したと知った時、当然ランスロットは嘆き悲しんだ。
だが、心の奥で……その深層の真なる部分で……兄を溺愛する弟は歓喜した。
これで、兄を超えられる、と。
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アシュは不信という種を蒔き続けていた。彼はランスロットが抱えるコンプレックスを理解していた。そして、兄という挑発の餌をチラつかせ、心を閉じさせ、思考を閉じさせた。
闇魔法使いの狙いが、他にあることを悟られないために。
サモン大司教に囚われていたのは、ランスロットだけではない。偉大なる兄の弟であるだけの大司教。側近たちも心の奥底では、そんな風に見なしていた。
実際に、会って話してみればわかる。その瞳の輝きを見れば、その人並み外れた胆力を感じれば、サモン大司教がいかに優れているかが、誰の目にも明らかだったからだ。
アシュの狙いはあくまで弱者。自身の意志を持たぬ彼の側近たちだった。
しかし、この策は思考を巡らせば思いつく。なので、ランスロットには思考停止に陥らせる必要があった。なので、アシュは一番の弱点を突くことによって、思考の蓋を閉じさせた。
ランスロットは魔法使いとしての才能もあり、人柄も温和で我慢強い。聡明で、時には非情な決断をすることも厭わない冷徹さも併せ持つ。普通の大司教としては十分な器を持ちながらも、それが評価されることはなかった。
皮肉にも、その苦悩を最も理解しているのはアシュという男だった。
最強魔法使い、ヘーゼン=ハイムの背中。彼が他の弟子たちを捨て、闇魔法使いしか使えぬアシュを選んだ瞬間、彼の感じた重圧は計り知れないものだった。
口では超えることなど意識せぬと強がっていても、その存在は常に彼の傍らにあり、死後ですら彼の心にとどまり続けている。
だとすれば。
アシュが行うことは、側近たちの背中を押すことだけだった。サモン大司教こそが至高なのだと。ランスロットは偽物であると意識づけることで、疑惑の念を抱かせる。ランスロットが行う行為など所詮は二番煎じ。だから、同じく本物であるテスラにすがりつくよう誘導した。
その悪態をランスロットの前で吐くことで、ランスロット自身の思考に鎖をかけながら。
「ククク……悲しいね。権力の根源を弱者に持っていながら、その弱者を蔑ろにするなんて」
闇魔法使いは、今にも裏切ろうとしている側近たちを見て笑った。




