三つ巴の思考
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戦闘開始から、アシュは中位悪魔は召喚せずに済む方法を模索していた。アレが奥の手であることは確かだが、魔力の消費が著しく激しい。テスラとの戦いは恐らく拮抗するので、互いの魔力の内包量が明暗を大きく分ける。
見立てでは、大聖女の方が闇魔法使いを上回っている。
魔力量は才能だけに依存しない。成長・修練によって大きくなるものだ。当然、大陸一の魔力量を誇ったのは、ヘーゼン=ハイムだろう。アシュもまた彼に無理矢理修練させられたが、本来研究の方が好きな性質なので、魔力量を増やす修練はそこそこだった。
「……」
アシュはグルリと状況を見渡した。シスとリリーは、テスラに手懐けられて使えない。ミラとロイドはアリスト教守護騎士の相手でそれどころではない。
こうしてみると、結構ピンチだ。
いや、絶体絶命のピンチであると言っていい。
ランスロット大司教の近くには側近たち。新アリスト13使徒の精鋭たち。大聖女テスラの側にはシス、リリー、そして元13使徒である、セナ。
「……ベルセリウス。《《アレ》》の心は読めるかね?」
「ううん……読めない」
童悪魔の答えに、アシュはフッと微笑み、戦略を立て始める。《《種はまいておいた》》。後は、実を刈り取るだけだ。彼の勝負の前提は、どれだけ余力を残して勝てるかということだった。
労さず。
楽をして。
効率的に。
アシュの思考はグルグルと廻り巡る。予想しうる条件が全て盤上に登場した今、まるでチェスの手を考えるように、指を忙しなく動かし始める。
やがて、全ての算段を終え、闇魔法使いはその漆黒の瞳をテスラに向けた。
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一方で、テスラは。どうすればこの場が収まるかを考える。アシュとの戦闘においては拮抗しているが、勝てる可能性は低くはない……いや、内在する魔力量を考えれば、高確率で勝つことができるだろう。
ただ、目の前にいる闇魔法使いは、これまで戦ってきた者たちとは毛色が異なる。なにをやってくるかの予測がつかない不気味な部分が存在する。
戦うのならば、なるべくシンプルな方法の力比べがベストであると考える。
もちろん、アシュの実力がテスラ以上である可能性は否定できない。
ただ、目の前の闇魔法使いからは、かつて戦ったことのあるヘーゼンほどのプレッシャーは感じられない。あの、対峙するだけで死を連想させるほどの圧倒的な存在感。
……いや、違うか。テスラは思考を切り替える。アシュからはむしろ目の前にいることが不吉そのものかのような。禍々しき混沌。痛い痛しき狂気。撒き散らす恐怖。
果てしない哀しみに、引きずり下ろすための呪い。
すべての闇の部分を凝縮したような悪寒を感じる。
存在すること自体が、呪いかのような。存在すること自体が、許されていないかのような。存在すること自体が、哀しみかのような。
そして……その漆黒の瞳。
やがて、テスラはそれに囚われ始める。かつて、同じような瞳を持った男がいた。闇に囚われ、魅入られ、取り憑かれたような不幸なる魔法使いが。彼女自身が悲しむ以上に、可愛そうな1人の愛する男が。
若干の懐かしさを自らに認めつつ、大聖女は静かにその瞳を閉じた。
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一方でランスロット。対峙するテスラとアシュを眺めながら、初めて心の中でほくそ笑む。2人の性質は光と闇。互いに反発し合うことを宿命づけられた運命である。
なにもしないことこそが戦略。
彼は自らの凡庸を認めていた。どれだけ周囲にもてはやされても、アリスト教の頂点である大司教の座を射止めても、自らが凡人であることを認めざるを得なかった。
それは、常に自分の前を歩いていた存在がいたからだった。兄であるサモンは常に彼の前に立ち、壁にぶち当たり、難題に苦悩し、避け得ない不幸を、哀しんだ。
それらの試練を乗り越えた彼は壮絶だった。そして、その後をついていくだけの者たちには、神は試練を与えなかった。人間の練度が『どれだけの困難を克服してきたか』と定義するならば、ランスロットにはその経験が絶対的に足りていなかった。
いかに魔法使いとしての才能があろうと。
いかに人間として聖人君子であろうと。
ヘーゼン=ハイム。ライオール=セルゲイ。テスラ=レアル……そして、サモン=リーゼルノ。彼らのような者たちに負けぬ素質があると、いかに周囲からもてはやされようと、自分が彼らより劣ることも、彼らほどの求心力がないことさえも自分自身が一番理解していた。
だから、待った。虎視眈々と、相手がしびれを切らすまで。
強い者が勝つのではない。
最後に勝つのは、待つ者なのだ。
そう確信し、ランスロットは2人を眺めながら微笑んだ。




