さよなら
悪魔リプラリュランは狂ったように雄たけびをあげ、猛る。目が血走り、まるで魔獣のような殺気をへーゼンに送る。
「……くっ」
へーゼンはもう一度詠唱を始めるが、その前にリプラリュランが飛翔し思い切り爪を振り下ろす。
ガッ!
悪魔の放った爪はへーゼンが張った結界に弾き飛ばされる。
聖闇魔法で張った結界は、すべての攻撃を無効化する。たとえ、それが天使や悪魔の攻撃だとしても。
<<悔い改め 邪を祓え 聖を戻したまえ>>ーー天界の癒し
へーゼンは光属性の治癒魔法で悪魔を引き戻そうとするが、その魔法はいとも簡単に打ち消された。
「無駄ですよ。一度堕ちた天使がそう簡単に戻ることができますか? 神だって一度堕落したものを救いはしない」
闇魔法使いは愉快そうに笑った。
リプラリュランは正気を失っているのか、狂ったように何度も何度も結界を殴りつける。
「……互いに決定打が無しか」
「クク……」
「なにがおかしい?」
「ご自慢の聖闇魔法結界。崩れかかっていますけど」
へーゼンが結界を見ると、リプラリュランの拳で光のヒビが生じ始めていた。
「……バカな」
へーゼンは急いで魔法を詠唱して、結界を張り直しにかかる。
「天使は堕落すると、一時的に異常な力を発揮します。すべてを無効化する聖闇魔法と言えど、悪魔リプラリュランの攻撃をいつまでも防げると思ったら大間違いです」
闇魔法使いはゆっくりへーゼンの方に近づいて高見の見物を決め込む。対するへーゼンは必死に結界修復をはかるが、悪魔の激烈な拳によってドンドン壊されていく。
それを嬉しそうに眺める元弟子。
「へーゼン先生。どんな気持ちですか? かつての教え子に手も足も出ずに敗れる気分は? ねえ、今、どんな気持ちですか?」
「……性格最悪のクソ弟子。地獄に堕ちろ」
「ククク……アハハハハハ……ハハハハハ! それ、なんというか知ってます? 負け犬の遠吠えと言うんですよ! 結局、先生は僕の圧倒的な才能に敗れたってことですよね。無様ですよね? 無様! アハハハハハ」
アシュは心底機嫌よく笑う。
「……無念だ。いつか……お前を殺してやりたかった……レイアの代わりに」
そうへーゼンがつぶやくと、アシュは真顔になった。
「気を遣わせてしまって。しかし、ご安心なさってください。僕は、案外楽しくやっていますから」
「……あの少女か?」
へーゼンは、地面に伏して倒れているリリーの方を見た。
「ふふ……少しだけ先生の気持ちがわかりましたよ。僕みたいな可愛い教え子がいたら、ついいじめたくなるもんですね」
「……お前は全然可愛くなかったけどな……じゃあ、先に地獄で待っている」
「はい……さようなら、へーゼン=ハイム先生」
「……」
悪魔リプラリュランがへーゼンの結界を破り、そのままへーゼンを粉々にした。もはや、この地上にへーゼンは影すら残らなかった。
その時一陣の風が吹き、アシュはその行方をしばらく見つめていた。
・・・
「そろそろ起きたまえ」
アシュがリリーを揺り動かす。
「んん……ここは……って敵は!?」
飛び起きてあたりを見渡す。
「君が情けなくも敵の前でお眠りしていた間、僕がすべて片づけてしまったよ」
嫌味たらしく性悪魔法使いが口にして、リリーの口が曲がる。
「あなたねえ! って、腕がなんで生えてるの!?」
30分ほども経てば、アシュの身体は完全再生する。そういう身体なのだ。
「僕は君と違って超優秀な魔法使いなのでね。あの程度の怪我はどうと言うことはないよ」
リリーの頭を押さえながらグリグリするサディスト魔法使い。
「ぐぐぐっ……もうちょっと助けてもらった感謝とかはないんですか?」
「記憶にないな。僕は一人で片づけるから邪魔をしないよう先に行けと言ったのに。君を守ったおかげで戦いが長引いてしまった」
「キ――――――――! な、な、なんですって!」
一生懸命アシュを殴ろうとするが、手が短いので性悪魔法使いの顔には届かない。
「今は君と遊んでいる暇はない。シスを助けに行くのだろう? 早く乗りたまえ」
そう言って、ディアブロの背中に足をかけてリリーを肩から抱き寄せる。
「きゃっ!? な、な、なにするんですか!」
リリーの顔がリンゴのように真っ赤になる。
「ディアブロ、行ってくれ」
そんなことは構わず、アシュは悪魔に命令を下す。
上空を飛翔しながら、リリーが思い出したようにつぶやく。
「あっ! そう言えば。あのへーゼンって魔法使いは何者だったんですか? あの魔法は凄まじすぎたんですけど」
リリーはへーゼンと名乗っていた相手を、へーゼン=ハイムとは認識していなかった。30年前にすでに死んでいる伝説的な人物なのだから、無理もない。
「……僕の最も尊敬している父親さ。魂の牢獄に捉えられて人形にされていたんだが、なんとか救えて……よかった」
アシュは静かにそうつぶやいた。




