性格
アシュの言葉を聞いたリリーは、信じられない様子で表情を歪めた。それは、親友であるシスが聖櫃であるという事実。しして、目の前にいる闇魔法使いが平気で彼女を生贄に差し出そうとしている事実に対してだった。
「……あ……う……」
「……さすがは、リリー君。ミラの魔法をもってしても君の減らず口は完全に抑えきれないとはね」
アシュは、リリーの頬を片手で握りながら笑った。
「……う……う……」
「僕が憎いかね?」
「…………く……い……」
彼女の深緑色の瞳には涙が溜まっていた。
「そうか……ならば、強くなるといい」
アシュは乱暴にその頬を離し、ロイドの元に振り返った。
「さあ、行こうか。彼女以外は必要ないからね」
アシュはシスを抱えているミラと共に、ロイドの後へついていく。
そのまま、三人は教室を出て行った。
・・・
残された生徒たちは微動だにできない。それでも、現状にあきらめきれずにもがいている生徒が一人。リリー=シュバルツである。
最低な教師が超最低であったこと。突然来たテロリストに殺されそうになったこと。親友が攫われていて、なにも出来ずにただ見送るしかできなかったこと。
すべての事実が、リリーに与えた感情は怒りであった。しかし、いくら力ずくでもがいても見えない縄に縛られているようでまったく身動きが取れない。
一旦深呼吸して、先ほどの状況を整理してみる。ミラが放った魔法は教室中を覆いつくした。広範囲的かつ強力な光魔法。しかし、ロイド、ミラ、そしてアシュだけは動くことができた。なぜ……その部分にリリーは酷く違和感を覚えた。
「た……す……け……」
その時、別の生徒から声が聞こえた。ミランダ=リール。アシュの魔法に心酔している生徒だ。特別クラスに入る前は大した成績ではなかった彼女だが、最近闇の魔法を練習し大きく魔法力が向上していた。
背信主義者には効力が薄い……なぜ? 光の魔法だったら、背信主義者にこそ効力があるはず……あの魔法はミラの新魔法だ。光の魔法の新魔法……人形である彼女が? なら、アシュが? いや、アシュは根っからの背信主義者だ。闇魔法以外使えない。
その時、リリーの頭の中にある一つの考えが浮かんだ。
属性変換。
ミラの詠唱はこうだった。
光縛よ 偽者の如き 静粛を示せ
フェイクだ。彼女は、光属性を詠唱中に変換して闇魔法を放ったのだ。光を封じようとする闇魔法ならば、光の属性をどれだけ高めてもこの魔法は解けないだろう。高めるならば……闇属性。
リリーは大きく深呼吸した。彼女が得意とするものは、もちろん光魔法。根っからの聖信主義者の彼女である。しかし、今はどうでもいい。闇だろうと光だろうと。
力が欲しい……最低な教師を黙らせるほどの力が。テロリストから大事なものが守れる強さが。唯一無二の親友の命を救ってやれるほどの力が……欲しい。
<<闇夜よ 偽りの光を 暴け>>ーー咎人の解放
広範囲の光がやがて大いなる暗黒に変わり、次々とその闇は振り払われていった。
奇しくも、リリーが本能のまま描いた印はアシュの新魔法に酷似していた。
自由になった生徒たちを労う間もなく、リリーはアシュが行ったかつての動きをトレースする。一度しか見たことはない……しかし、一度は見た。
その迷いなく描きあげられる印には一片の躊躇いもない。無駄のないその指先は彼女の才能。その圧倒的な集中力が、アシュが200年培った経験を見事に喰らっていた。
やがて、リリーの手が止まり、黒い稲妻の塊が魔法陣に駆け巡る。
<<その闇とともに 悪魔ベルセリウスを 召せ>>
「ふっ……今日の冥府の闇はシンフォちゃんの可愛らしさには……アレっ?」
再び出現したべルシウスである。今しがた、やっと機嫌を直して仕切り直しのデートで歯の浮くセリフを言いかけていた使い魔である。
「だ、誰だ―――!? 誰だ俺を呼び出したのは……せ、せっかくのデートを台無しに―――痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!」
悪魔べルシウスの頬を思いっきり引っ張るリリー。
「黙りなさいこのクソ悪魔がぁ……言いなさい! 早くシスとあの最低闇魔法使いがどこに行ったか吐きなさい」
「―――痛痛痛痛痛痛痛! ご、ごめんなさい! とにかく、ごめんなさい! ちょっと落ち着いて……引っ張らないでください」
泣きながら懇願するべルシウスに、震える手を抑えて頬から手を離すリリー。
「なら教えなさい! シスの場所は? あんたと契約したんだからわかるでしょう?」
「ひ、ひぅ。ご、ごめんなさい! 契約者以外の言うことは聞けない契約になってまして……」
プチッ
リリー、ブチ切れる。
「いいわよ。契約してやるわよ。あんたに私の偽らざる心の闇をあげるわよ。よく聞きなさいよ! 私はあの最低教師を許さない。ことあるごとに私をバカにして、愚弄して、からかって。それだけじゃなく、あの格好つけたセリフ。なに、あれ。格好いいと思ってんの? 聞いただけで腹が立って腹が立って。しかも、果ては自分の欲望のために生徒を犠牲にして? 認めない、私はあんな教師は絶対に認めない!」
「あの……」
「なに、足りないの!? それにシスよ。あの子はなんだってあんなに聖母なわけ!? ダンが倒れた時も一番に駆け寄って! 私、知ってるわ。ダンもあの子をいじめてたことも。なんで、そんな彼に命を懸けて助けられるわけ? 本当に意味が分からない。胸が大きいから!? ねえ、胸が大きいと母性が溢れて出てくるわけ!?」
「ひっ……すいません、わかんないです」
「いい! 私は絶対にシスを助ける。あんなにいい子で内心凄く嫉妬してる私だけど親友なの! 私はあの子みたいに誰でも助けちゃうようなお人よしじゃないわ! 私はあの子しか助けない! でも、私は絶対にあの子を助けて見せる! いい加減にしなさいよ早く契約しなさいよこのクソ悪魔―――!」
「―――痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛! ご、ごめんなさい! すぐにします。すぐにしますからぁ」
グリグリと指を額に押し付けられたべルシウスは、泣きながらリリーの胸に触る。
途端に黒い光が彼女の胸に入った。
「こ・れ・で、あんたと契約したわけね!? で、シスはどこに!」
「は、はい……サン・リザベス聖堂です。今、アシュとの会話でそこに向かっていると言っています。じゃ、じゃあ俺は……この辺で……」
ガシッ
「待ちなさい」
リリーはガッチリとべルシウスの腕をつかんだ。
「あ……あの……まだ、なにか?」
「私をそこに連れていきなさい。早く!」
「ええっ! ぼ、僕はこれからデートで……」
「いいから早くしなさい! 魔法鍋に入れて煮込んじゃうわよ!」
「ひ、ひいい、わかりました―――」
・・・
2分後、翼を羽ばたかせた悪魔べルシウスがリリーの背中をもって飛翔した。
「やればできるじゃない、べルシウス」
「は……ははっ。光栄です。姐さん」
いつの間にやら、そんな風に呼ばれるリリーであった。




