土魔法
アシュとミラが教室に入ると、ただ一人の女子生徒が黙々と自習をしていた。
シス=クローゼ。一点の曇りもない湖の色を映し出したような藍色のロングヘアがそれより深く彩る同色の瞳と見事にマッチしている。その肌は、雪のように白く滑らかであり対峙するものは必ず目を見張るほどの美少女である。
「あっ、アシュ先生。おはようございます」
「君は募金活動には参加してなかったんだね」
「ボランティアで自由参加ですから」
「それでも、大した勇気だね。どうせリリー=シュバルツ君によるほぼ強制参加だろう?」
彼女から『欠席など許しません』的なことを、直接的にも間接的にも言い含められまくったであろうことは容易に想像できる。それを無視することは即ち、あの金髪美少女からの猛攻を受けるということだから、並みのメンタリティの持ち主でないことが伺える。
「どちらにしろ、アシュ先生が彼女を夢中にさせちゃうんですから、私の不参加なんてもう頭にないですよ」
「なるほど……いい読みだ」
ニヤリと笑って、彼女の頭をナデナデ、ナデナデ、必要以上にナデナデするエロ魔法使い。
「それに……救われて欲しいと思う人は他にいますから」
頬を少しだけ赤らめながら、ジッとアシュの漆黒の瞳を見つめる。
「……いい答えだ。時間というのは、大切な者にこそ使うべきもので、見ず知らずの輩のために浪費するべきものではない。君は、もしかしたらこの特別クラスの中で一番伸びるかもしれないな」
至極、真っ当な分析を行う鈍感教師。
かたや、自身の想いが伝わらないずに少々不満げな純粋美少女。
そんな、彼女の正気を本気で疑う美人執事。
三者それぞれの想いが交錯する中、特別クラスの生徒たちが入ってきた。
「おっと、時間の使い方を知らない愚か者たちが帰ってきたようだ。君との楽しい語らいは、また今度にしよう」
そう言って。
生徒たちが座る中、アシュは教壇の前に立つ。
「さて、諸君。国別魔法対抗戦では、大陸一優秀な監督のお陰で見事に優勝したわけだが、あまり調子に乗らない方がいい」
「「「「「……」」」」」
ガン無視。一週間と言う大会期間の中、実に2日しか参加しておらず(うち1日は偽物)、ほぼ嫌がらせでしか参加していないキチガイ魔法使いの妄言を、生徒たちは断固として無視した。
「君たちが日夜切磋琢磨しているのは、人殺しの技術だ。世の中というのは、常にそこから発展があると言う事実を鑑みても、それに特化することはおススメしない。さて、今回の授業内容はこれだ」
アシュは、ホワイトボードに『土』と書く。
「さて、諸君。君たちは魔法で土の魔法を放つが、どのような印象を持っている?」
「はいはいはいはい!」
「……『はい』は、一回でいいよ。リリー=シュバルツ君」
「はいっ!」
「じゃあ、ダン君」
ガン無視。真っ直ぐに手を挙げている金髪美少女を完全に無視して、どちらかと言うと、机に肘を置いてやる気のなさそうにしていた男子生徒を指差す性悪教師。
「な、なんで私を当ててくれないんですか!?」
「……挙手制は、年がら年中、君だけの発言になってしまうから、やめた」
「ぐっ……」
はいはい美少女を当然の指摘で黙らせた後、ダンの考えをジッと待つ性悪教師。
「まぁ、俺のイメージではありますけど、地味ですよね」
「いい答えだ。感覚としてのとらえ方は大事だよ。一般的には属性魔法の中でも使われない部類の魔法ではあるからね。しかし、それは貴族世界の中だけであると、僕は断言をする」
「「「「「……」」」」」
「当然ながら、土は農地の発展には欠かせないものだ。彼ら平民たちに寄与したいと願う者がいるならば、僕は土魔法を研究することを薦めるね」
「「「「「……」」」」」
みな、一様に黙っている。もともと、平民たちに貢献するという発想をあまり持っていないエリート生徒たち。
その意味では、平民育ちのアシュ=ダールは特異な存在であると言えた。彼が研究した属性魔法の半分は土属性である。貴族たちで構成される大陸魔法協会の中で、存在が地味だとされている土属性の魔法論文で大陸最優秀賞を獲った唯一の魔法使いでもある。
「ふぅ……君たちは募金活動なんかをする一時的な偽善を持ち合わせているのに、一生を偽善に費やすほどの情熱と覚悟は持ち合わせていないのだね。土魔法は、大陸に存在する数百万人の農民を救う可能性を兼ね備えているのに」
「「「「「……」」」」」
アシュの言葉に理解を示すが、誰も積極的には発言しない。魔法の中でも流行りは存在する。ナルシャ国において、光属性が学術的なメインストリーム。属性魔法で言えば火、水属性である。土属性は、万年陽の当たらない分野であり、闇などほぼ禁忌扱いである。
それが、ナルシャ国の現実であり、今後貴族として上にのし上がりたいのならば、そこを研究することが至極真っ当な道である。
「まあ、百聞は一見に敷かずだ。みんな、一度校庭に集合したまえ」
そんな彼らを誘うように、アシュは再び校庭へと向かった。




