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どちらかと言うと悪い魔法使いです  作者: 花音小坂
第1章 アシュ=ダール編
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刺客


 

 一方、西館の最奥、2年次特別クラスの教室は静寂に包まれていた。自習……このエリート学校開校以来、そんな珍事は数度しか起きていない。授業中教師が不在と言う特異事態ではあるが、ここはエリート中のエリートがひしめく特別クラスだ。みんな、一心不乱に勉強を行っている。


「ったく……あの最低教師……最低最低最低最低……」


 ただ一人、リリーを除いて。


「まあまあ」


 隣でいつものようにシスがなだめる中、突然、扉が開いた。最初、みんなアシュが入ってきたかと思った。


「やっと帰って……っと、誰ですか?」


 性悪魔法使いでないと一瞥で判断して、リリーは会話に急ブレーキをかけた。


 30代ほどだろうか……鋭い切れ長の目が印象的で、細身の身体を隠すかのように白銀の軽鎧で纏っている。


 クラスがざわつく中、男は不敵に笑った。


 あれ、なんかおかしい。


 最初の違和感に気づいたのは、リリーだった。教室外の音が全く聞こえないのである。通常、教師が授業を行っている音や生徒が笑う音など微かに聞こえている音が漏れ出るものだ。しかし、今は全くの無音だった。


「なあ、あんた。誰だよ?」


 クラスメートであるダン=ブラウが、立ち上がってその教師に近づく。


<<黎明>>ーー光の烈陽(サン・ブラスト)


「……くっ……なんだ。目が……目がああああっ」


 通常、詠唱チャントが一節だと効果の大きい魔法は放てないと言われている。光の専属魔法で、相手の視界を奪うこの高等魔法も正式には『黎明よ深淵の者に善なる光を』、である。しかし、ただ、一言口にして、軽くシールを描いただけ。アシュのような美しい理を持った印ではなく、酷く乱雑なそれは、いとも簡単にダンは視力を奪った。


 男は、ダンに近づいて腹に手を入れる。その手は皮膚から当然のように身体にめり込んだ。


「ぐ……ぐあああああああああああああっ!」


 ダンの腹の中に手を這わせながら、男は少し考える様子を浮かべたが、やがて、彼を物のように放りなげた。


「「「「キャー―――――――――」」」」」


 一斉に阿鼻叫喚がクラス中を駆け巡った。


「……うるさいな。次に声を出す奴は殺す」


 大して張っていない声はよく響き渡り、一瞬にして静寂が周りを包んだ。生徒たちも本能的に理解していた。


 この男の言葉が本気であることを。次に言葉を発するものは、躊躇なくその命を摘まれるということを。


 その時、震えながらもシスが立ち上がってダンに駆け寄った。彼女は、すぐに彼の服をあげて傷口を確認するが……血が出ていない。高度な魔法使いが魔力を手に込めて他者の身体に通す闇の高等技術。それを当然のように行うレベルに彼女は戦慄を覚える。


「心配しなくても、殺しはしない。器も生かすように言われているからな」


 男は淡々とした表情で言いながら、シスの胸倉を掴み掌を額にかざす。


「シス!」


 反射的にリリーが声をあげた。


<<水の存在>>ーー氷の矢(アイス・エンブレム)


 男が再び一節を口にし、シールを描くと、鋭利な氷の塊がリリーに向かって襲い来る。


<<火の存在>>ーー炎の矢(ファイア・エンブレム)


 リリーは、掌から炎を巻き起こし一瞬にして溶かした……ギリギリだった。最低限の詠唱で最速の印を描く。もう0・01秒遅ければ……焼け残った氷の刃を見て彼女は戦慄を覚える。


「ほぉ……優秀な生徒がいるものだ」


 男の魔法を見事相殺した優等生美少女を愉快そうに褒めたたえる。


「あなた、誰? 目的は」


 湧きおこる震えを堪えて、気丈にもリリーが立ち向かう。


「……ロイドだ。そうだな、目的ぐらいは言おうか。君たちの中に『聖櫃』がいるのさ」


「聖……櫃?」


「神の子と謳われた、アリスト=リーゼンバルグ。君たちはエリート生徒さんたちだから、もちろん知っているな?」


「……」


「神の子は、人間ではない。それが、アリスト教全体の認識。もちろん、彼の力は人の範疇を大きく超えている。それを世界は信じた……騙されているとも知らずにな」


「どういうこと?」


 純粋な疑問をリリーが口にする。もともと超勉強大好きっ子だ。それが、たとえテロリストであろうと、好奇心の方が常に勝るお年頃だ。


「アリストには娘がいたんだよ。中々笑える話だろう? アリストとシルヴィアの娘にザラ、更にその血脈は受け継がれていった」


「……全然話が読めないんだけど」


「まあ、結論を急ぐな。神の子の血脈、唯一その血脈図を保持保管している男がいる……サン・リザベス聖堂に」


「サモン大司教……」


 ライオールと同様、ナルシャ国には知らぬ者がいないほどの有名人だ。『慈愛の大司祭』と呼ばれる聖者。サン・リザベス聖堂の……いや、アリスト教徒のトップは彼しか考えられない。


「そう、アリスト教の最大の弱点にして最愛の宝。サモン大司教はアリスト教の公布ともう1つアリストの血脈を見守る役目を持っていたのさ」


 リリーはこのロイドと言う男が、なにを探しに来たのか。だんだんわかってきた。


「……あなたが探しに来たのは、そのアリストの血脈を受け継いだ者なの?」


「ご名答」


「でも……なんで……」


 リリーの頭に疑問が残る。


「そう、間抜けな話さ。あろうことかサモン大司教様は自らその使命を放棄したんだ」


「……」


「奴が再びアリストの子を探す決意をしたのは3年前。まあ、なにがあったかは俺は知らんがな」


「でも、なんでそれが私たちの中にいると思うの?」


 もし、サモンがアリストの血脈を見失っているのなら自分たちのクラスと特定できるのはおかしい。


「ある特徴を持つ者がいると情報が入ったのだよ。いや、ライオールによって巧妙に隠されていたと言うべきだな」


「ライオール理事長が……」


「大陸全土にひしめくアリスト教徒たちの目からその存在を隠せるのは奴ぐらいのものだ。そして、奴はあのアシュ=ダールを急遽特別クラスに配属したんだ。もう、結論は一つだ。この中に聖櫃がいるとね」


「……」


「なあ、俺は快楽殺人者ではない。あくまで目的のために雇われている身だ。君たちのことを調べさせてくれれば、危害は加えない。約束する」


 ロイドは穏やかな口調でリリーに語りかける。


「もし……このクラスメートの中にアリストの子孫がいたらどうするの?」


「さあ、サモン大司教の元に引き渡すのが俺の仕事だ。まあ、彼のような聖人がそれに乱暴するとは俺には思えないがな」


「だったら協力しよう」


 外から、声が聞こえた。


「……アシュ=ダールか」


 扉を開け、いつものように余裕の笑みを浮かべて歩いてくるアシュがそこにいた。




 

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