↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どちらかと言うと悪い魔法使いです  作者: 花音小坂
第4章 リアナ=ハイム編
PR
299/452

始まりの終わり



 ゴォーン……ゴォーン……


 静寂なる夜。祝福を奏でるはずのサン・リザベス聖堂の鐘が、禍々しく鳴り響く。それは、まるで神の慈愛を嘲笑うかのように。それは、まるで永遠《とわ》の誓いを呪うかのように。それは、まるで磔の男を讃えるように。


「ククク……」


 幾重にも重なる光の剣に壁ごと打ち抜かれ、身動きの取れぬ男は低く笑う。老婆のような白髪、深青色のオーバーコートは赤黒い鮮血で染まっている。まるで水彩画のキャンバスのように、さまざまな色が入り混じっているにも関わらず、男の印象はその瞳の色と同じく『黒』としか表しようがなかった。


「なにがおかしいの!?」


 向かい合う少女は、瞳翠玉《エメラルド》色の瞳を離さない。細長い金色の髪は乱れ、その頬は粉雪のような肌のせいでほんのり赤味が浮かびあがる。真紅の法衣も薄黒く汚れがており、彼女もまた多様に彩られていたが、その姿は対照的な『白』を示していた。


 側から見れば、絶体絶命な方は男の方である。


 しかし、


 男は余裕の表情で笑い。


 少女は強張った表情で怒りを向ける。


「さすがだね。この僕をここまで追い詰められる魔法使いはなかなかいない」


 おおよその臓器全てを貫かれて。両手足の身動きが取れず。全身の血液が流れ出るその状況にも関わらず、男の口調は軽かった。


「強がっても無駄よ。観念しなさい、アシュ=ダール」


「ククク……」


「笑うのを……やめなさいっ!」


 思わず苛立ちを口にする。致命傷はすでに与えてある。今この瞬間にも絶命してもおかしくはない。


 少女は見たかった。


 彼の悶え苦しむさまを。ひざまずき、くずおれて、泣き叫び、これまでの凶行に悔い嘆く姿を。


 しかし、目の前の魔法使いは、まるで極上のワインに酔いしれたような表情を浮かべている。


 それは、決して強がりではなく。


 それが、あたかも悲願かのように。


「ククク……命乞いでもすれば許してくれるのかね、レイア=シュバルツ君?」


「ふざけないで!」


「僕は至って真面目だよ……で?」


「なにがっ」


「君の手は、それで終わりかね?」


 まるで、チェスを楽しむかのように、アシュと呼ばれた男は尋ねる。


「……あなたになにができるというの?」


 王手《チェック》ではなく、完全なる詰み(チェックメイト)だ。ここからの逆転など不可能だと、レイアと呼ばれた少女は確信する。


「そうか……残念だ。なら、死んではやれないな。君はこれから敗北の憂き目に遭う訳だが、アドバイスを一つ」


「……」


 強がりだ。いや、もしくは嘘《ブラフ》か。どちらにしろ聞く価値のない言葉を無視して少女は詠唱《チャント》を始める。


「常人が魔法を放つ時、その腕と手を駆使して象徴《シンボル》を描く。それが、あまりにも繊細な動きであるがゆえに、他の部位では到底表現することはできないからだ。しかし、超一流の魔法使い……例えば僕は違う」


「……」


 あるいは、彼の言葉を聞いていれば彼女のは別の詠唱《チャント》に切り替えたかもしれない。しかし、少女は決めつけていた。


 卑劣な闇魔法使いに自分の力量が劣るはずはないと。


「次からは、僕の指まで封じることをお薦めするよ……まあ、次があればの話だがね」


<<冥府の死人よ 生者の魂を 喰らえ>>ーー死者の舞踏(ゼノ・ダンス)


 男が唱え、地面に向けて指を微かに動かす。すると、一帯に黒い光が発生し、魔法陣が精製される。五芒星を基調に、無駄なく洗練された象徴《シンボル》が練り上げられる。


「嘘……」


 少女は思わず口をこぼす。


 人差し指だけで繊細な象徴《シンボル》を描き出すそれは、明らかに少女の技量を遥かに上回っていた。


 瞬間、地から現れたのは、数十体の死体。その表情に正気はなく、虚ろな瞳で、少女の周りを取り囲む。


「くっ……」


 予想だにしていなかった反撃に、表情が曇る。が、対抗する手がないわけではない。瞬時に思考を切り替えて、それらの撃退に切り替える。


「懐かしいかい?」


 闇魔法使いは、大きく目を見開いて尋ねる。


「……なにを……言ってるの?」


 ドクン。


 その時、少女の心音が波打つ。


「ククク……わからないのかい? いや、忘れてしまったのかな?」


「だからなにを言ってるの!?」


 目の前の男は息を吐くように嘘をつく。聞いてはいけない。耳を貸してはいけない。


 でも。


 その視界に。


 その瞳に。


 答えは見えて……見えてしまっていた。


「感動の再会をもっと喜んだらどうだい?」


「……いや」


 目の前が、涙で曇る。


 少女と同じ金色の髪を持った男に。正気はなくとも、虚ろであっても、その優しき瞳翠玉《エメラルド》色の瞳に。


「パパ……だったかな。さあ! かつて呼んでいたように。最愛の父親を、かつての愛称で呼んであげたまえ……クククク……ククククハハハハハハハハハハハハハッ、ハハハハハハハハハハッ!」


「いやあああああああああっ!」


 断末魔の笑い声と少女の叫び声が入り混じる。視界が霞み、膝に力が入らない。詠唱《チャント》どころではない。すでに、戦意すら喪失し少女はその場にへたり込む。しかし、群がる死体たちは無情にも動きを止めることはなく、少女の両手足を絡め取る。


「ふぅ……あっけないな」


 興が削がれたように男はため息をつく。数体の死体は、聖堂をよじ登り光の剣を取り除く。その手は浄化され骨まで浮き出るが、それでもなんの躊躇もない。


 やがて。


 自由になった男と身動きの取れぬ少女。


「僕に挑むのには十年早かったね。こんな手品にも引っかかるなんて、未熟にもほどがある」


 男は、一つの死体の顔に手をかざす。すると、金髪は黒髪に、瞳翠玉《エメラルド》色の瞳は黒く、父親の顔は別人へと変貌した。それを目の当たりにした少女は我に返り、憎しみの視線を向ける。


「ック……ヒック……卑怯者」


 先ほどの気丈さは微塵にも感じられない。すでに仮面は剥がれ、年相応の幼さが顔を出している。


「ふむ……このまま殺すのもいいが、それでは面白くないな」


 闇魔法使いは、少女の頭を優しく撫でる。その掌からは闇が発生し、全体を覆って、やがて彼女の体内に霧散した。


「……なにをしたの?」


「ククク……それは、再会してからのお楽しみだ」


 愉快そうに答え、男は背を向けて歩きだす。


「生かしたこと……後悔するわよ!」


「……違うな。君は生かされたことを後悔するんだ」


 そう言い残して去っていく後ろ姿を、少女はいつまでも瞳に刻み込んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] やはり心理戦では誰もアシュには勝てませんねw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。