激闘
先に動いたのは白髪の魔法使いだった。まるで、啓示を告げるかのように、天を指に掲げる。
瞬間、戦悪魔リプラリュランが上空に飛び上がり両手を拡げ、手と手の間に莫大な闇が凝縮された高位体を創り出す。
『地を嗤う者への復讐』
かつて、数千の闇魔法使いを一瞬にして消滅させた超闇魔法の精製を開始する。
一方、守天使エクスシアもまた、数千もの光の高位体を自身の周りに発生させる。
『聖なる者への凱歌』
放たれた魔法に対して、それを追尾して弾く魔法壁である。数千放たれる迫撃に対する完全防御の構築。
「ディアボロ」
ただちにそれを阻止すべく、アシュは滅悪魔をライオールに向かわせるが、その進路上にはすでに怪悪魔ロキエルが配置されており、壮絶な格闘戦が繰り広げられる。
「クエエエエエエッ」
怪悪魔は無邪気に、おちょくるように、悪童のように笑いながら滅悪魔の猛攻をいなす。突進力、殺戮能力は滅悪魔の方が上だが、相性が悪い。その飄々とした防御を陥落することができない。
召喚魔法で勝つ。二人の魔法使いは同刻に同じ選択をした。ライオールには、聖闇魔法がありその攻防から組み立てるという選択肢もある。一方で、アシュは悪魔融合があり戦闘力を極大にまで高めることができる。それらの選択肢を全て模索し、排除し、選んだ結果は非常にシンプルなものだった。
アシュは力で押し切れると判断し。
ライオールもまた力で押し切れると判断した。
同等の実力の者たちが、同じ戦略をとり、全く異なる未来を見据える。
「グオオオオオオオオオオオオッ」
リプラリュランの咆哮と共に、無情にも弾かれた数千の暗黒は様々な角度からライオールを襲う。
周囲に発生しているエクシオの光は、まるでそれを優しく包み込むかのように防ぐ。
互いの魔法が完全に拮抗している状態。それは、防御側のライオールに軍配が上がっているように見える。
攻撃の利点は、引いても追撃を受けぬ点だ。防戦一方の怪悪魔から突如として滅悪魔は撤退し。
アシュの左腕を噛みちぎった。
そのままディアボロは加えている腕を上空に放り投げ戦悪魔リプラリュランが喰らう。
超闇魔法の連発。それが、アシュの戦略だった。代償の大きさによって、召喚された者の能力は上がる。不死の特性を利用し、自身を贄として捧げることで、『地を嗤う者への復讐』の能力を飛躍的に上昇させる。次は、守天使の絶対防御を破ることができるという確信だった。
「ぐっ……ククク。僕の勝ちだね」
白髪の魔法使いは笑い。
「……いえ。どうやら……私の勝ちのようですな」
老人魔法使いは笑い。
一瞬で、アシュの表情は曇った。
ライオールのその右腕が。
ロキエルによって、切断されていたからだ。
代償の大きさによって、召喚された者能力は上がる。再生ができるアシュと二度と再生ができないライオール。どちらの代償に軍配があがるかは明白だった。
「……放て」
アシュは、それでも滅悪魔に指示する。
守天使エクシオの『聖なる者への凱歌』は防御特化魔法だ。だからこそ、格上の戦悪魔リプラリュランの『地を嗤う者への復讐』を完全に防ぐことができた。魔法の出力では負けても、その攻撃の質によって反撃はない。それならば、このまま足止めをさせておいてーー
「クエエエエエエエエエエエッ」
その時、怪悪魔ロキエルの不気味な笑みが響き、アシュはそちらへ視点をズラした。
「……バカな」
喰らっていた。
守天使の贄となるはずの切断された腕を。
そして、怪悪魔は大きなマントを守天使のまとう数千の光に被せた。
「クエエエエ、クエッ、クエエエエエエエッ」
奇術師が手品を披露するように。
誇らしげに。
楽しげに。
少し嘲笑じみた表情で。
マントを引いた先は、すでに白く輝く光ではなかった。漆黒の闇が深く深く入り混じり。白なのか黒なのか、対極にも関わらず決して混じり合わない色を表現していた。
聖闇魔法。
……いや。
多連弾聖闇魔法
『道化による傀儡』
怪悪魔ロキエルは、他者の意思とは関係なく己の意のままに変化させる能力を持つ。人格であれ、思想であれ、魔法の性質であれ。それは、自身の能力値が対象よりも遥かに凌駕していなければいけないという条件付きだが、贄を喰らうことで完全に守天使の能力を凌駕した。
数千の光に、自身の闇をブレンドさせるという行為。
「この魔法には名前があるようですよ……『抗う聖者への反旗』」
そうつぶやき。
数千発の聖闇魔法が様々な角度でアシュに放たれる。
「……」
アシュには、それを読みきることができなかった。これほどの魔法は一朝一夕で、できるものではない。それこそ、莫大な時間を費やし数万回の試行錯誤を経て到達する次元だ。ライオールが怪悪魔を入手したのは最近。それらの魔法を構築するほどの時間があったかとは思えない。それに、この魔法は防御型の彼には似つかわしくない。それほど、多連弾聖闇魔法は、革新的で、攻撃的で、野心的で、挑戦的だ。
グルグルグルグル……周囲が魔法弾に囲まれ、今にも直撃しそうな瞬間すらも、アシュの脳内は追い求めていた。
そして。
「……まったく、本当にしつこいお方だ」
聞こえていたかどうかはわからない。それを発していたのかどうかも。しかし、被弾直前、確かにアシュはそう笑った。
悪魔譲渡ができるもう一人の存在を見落としていた。あの最強魔法使いが、あの性格最悪魔法使いが、あの粘着質ドS魔法使いが、ライオールに悪魔譲渡して教えこませていたのだろう。
実に100年以上もアシュをつけ狙い。
死後すらも人形となって激闘を繰り広げ。
ほとんど生き写しのような者に襲われ。
果ては弟子に託して、跡形もなく消滅させようとしてくる。
運命という言葉は全く似つかわしくない。ヘーゼン=ハイムという人間は、ただ自らの力のみを以って生き、死んだのだから。神にすがらず、悪魔に屈せず、あくまで人として戦い抜いたのだから。
そのことが最後に思い浮かび、自然に笑みが溢れていた。
炸裂音も。
衝撃もない。
聖闇の魔法弾は、アシュの下に収束し光でも闇でもない空間に包まれる。そこになんの存在も許すことのないそれは、数秒間続き。
その周囲には、何も残らなかった。




