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どちらかと言うと悪い魔法使いです  作者: 花音小坂
第1章 アシュ=ダール編
28/452

器用



 ホグナー魔法学校から、数十分ほど馬車に揺られ首都ジーゼマクシリアに到着した。国有数の規模を誇る大都市であり、都心部は、大陸を代表する美しい建物が立ち並ぶ。


 その華々しい街並みを眺めながら、


「……ここに、来るのは170年振りかな」


 アシュが精一杯格好つけてジュリアに語りかける。彼が不老であることは、自己紹介の時に頼まれてもいないのに明かした事実だ。


「まぁ、そんなに昔に」


 ジュリアが仰々しく驚いてみせる。


「ああ……その時には誰もここまでの発展を遂げるとは思わなかっただろうな。それほど、このジーゼマクシリアは田舎だったからね」


 その時には、ナルシャ王国の主城であるサロレインカルロ城もサン・リザベス大聖堂もなかった。アシュの中では、一面の麦畑、果樹園、そして風車が立ち並ぶ光景しか覚えがない。


「これも、神の思し召しです」


「そうか……ジュリア先生はアリスト教徒だったね」


「お嫌ですか?」


「あなたほどの美しさならば、例え悪魔でも恋をしましょう」


「ふふふ……やはり、楽しいお方」


 そうジュリアは嬉しそうに微笑む。


 一方、これほど好意的な反応を示してくれる女性は滅多にいなかったので、すっかり舞い上がっているナルシスト魔法使いである。


「しかし……ここらへんは、あまり栄えてはいませんな」


 馬車が進むにつれ、煌びやかな街並みは様相を変えていく。建物は今にも崩れ落ちそうな廃墟じみたものばかり。子どもたちはみすぼらしい衣服をきて、見るからに生気を失っていた。


「着きました」


 案内された場所は、一軒の教会だった。建物の壁は黒く煤けており、屋根はボロボロ。アシュは愉快そうにその建物をグルリと回る。


「……ディナーの場所にしては、中々趣のある佇まいですな」


「実は、私はこの教会の出身なんです」


 ジュリアはアシュを先導して歩く。そこで、アシュは彼女を戦災孤児と推測した。魔法が使えるので、貴族の子であったか、稀に生まれる一般市民の子か。どちらにせよ、ホグナー魔法学校教師と言うエリート職に就くまでは尋常でない努力が必要だっただろう。


「あなたの過去に触れることができるとは光栄です。しかし………それにしては、誰も見当たりませんな」


「……今は、もう誰もいないんです。18年前に流行った疫病でみんな死にました」


 それを聞いたアシュは唇に手を当て、ブツブツとつぶやく。


「ふむ。この地方だとジャイナ病かシツセイ熱か」


 治療法はあった。しかし、その治療薬は高価で、また貴族のみに売られたので彼女たちのような一般市民には手が届くことはなかったのだろう。


「ええ。母のように慕っていたシスターも妹も。それから、私は兄と二人っきり。ずっと、二人で生きてきたんです……ねえ、アシュ先生。ジーゼマクシリアの富裕層の居住地を見ましたか? なんで同じ人間の暮らしなのに、こんなに違うのでしょうか」


「……」


 一般市民と貴族の隔たりは拡がる一方である。魔法を持つ者と持たざる者。もはや、生まれた時から埋めようのない能力の違いが明確な格差を生み出す。そして、貴族は一般市民を見下し、一般市民から支配者層である貴族に上がれる機会はほとんどない。


「例えば、このナルシャ国を治めるのがサモン大司教のような聖人であったのなら貧富はなくなり、誰もが平等に暮らせる社会になる。私は、そう思うんです」


 ジュリアは聖壇の前に立ってそうつぶやく。


「ふむ……僕はそうは思わないけどな」


「……どうしてですか?」


「まあ、これは1つの推測ではあるが。サモン大司教のことは僕も知っている。これでも、交友関係は広い方でね。彼とは少なからず面識がある」


「では。彼は紛れもなく聖人です」


「そうだろうな。だからこそ、彼がこの国を治めるようになれば……この国は滅びるだろうね。君を含む全ての国民は奴隷となる。攻めてくるのは隣国のカナン連合国というところかな」


「……」


「純粋培養された薔薇と野生で育った薔薇。君はどちらが生命力があるかわかるかい? まあ、聞くに及ばぬ問いではあるが」


「……」


「それに、綺麗な水には魚は住みにくい。ある程度の汚濁は必要なのだと考えるのが自然の摂理というものじゃないかな」


「……ならば、あなたは、シスターが……妹が死んだのも……自然の摂理とおっしゃるのですか?」


 ジュリアはギュッと拳を握った。


「さあね。自然の摂理なのか、僕には当時のことを見たわけではないからね。しかし、君たち神のしもべたちはこんな時はこういうのじゃないのかな? 神の思し召しだとね」


「……よかった」


 彼女は、アシュの側に寄って熱い抱擁をした。


「……急にそんな。君は見かけによらず、情熱的な女性なんだね」


「――あなたが……私が罪悪感を持たずに済むような人で」


 そう言いながら、ジュリアはアシュの唇を奪った。


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