決意
陽が出るより早く、野鳥さえも就寝中の中、リリー=シュバルツは目が覚めた。
ベッドからそのスラリと細い足を出し、腕を大きく伸ばして伸びをすること数回。それからパシッと強めに頬を叩き、意識をハッキリとさせる。鏡台の前に到着するまでに陽光に照らされ輝く金髪を手櫛で直し、冷水を入れた桶に躊躇なく顔を入れる。
「……ぷはっ! 準備完了」
タオルでぬれた顔を拭き、大きく深呼吸をした。ここまでで要した時間は30秒を軽くきるタイム。同じ15歳の女の子と比べると異常ともいえる行為が、リリーにとってのルーティーンであった。
その後も、手早くバランスの取れた食事を済ませ、入念に歯を磨き、準備完了。
時計を見ると、午前3時。向上的かつ病的的なせっかち美少女の起床時間はすでにど深夜に達した。
余った時間で、1年後と2ヶ月後のカリキュラムの予習の復習。さらに、1年後と2ヶ月後明日の授業の予習の予習。時間が余って1年後と2ヶ月後明後日の予習。学校に入学して2年が過ぎようとしたところ。彼女の予習カリキュラムはすでに卒業を迎えようとしていた。
「ふぅ……これでよし、っと!」
満足気に予習を終えて、一回深呼吸し息を整える。胸に手を押さえながらひざまずき、アリスト教徒の証である十字をきって祈る。
数十秒沈黙を保ち、やがて翠玉色の瞳を開く。
これも毎日のルーティーン。朝の祈りだけは欠かしたことがない。シュバルツ家はアリスト教に所属しているが、リリー自身はそこまで信心深い方ではない。しかし、なぜか彼女自身その祈りに不思議と温かいものを感じていた。
時計を見ると、すでに5時半。
コンコンコン。
部屋にノック音が鳴り響く。
「リリー、起きてる?」
決して音量は大きくないが、透き通るような深い声が耳を捉えた。リリーがドアを開けると、シスが柔らかな笑顔を浮かべていた。
「うん! ちょっと待ってて」
子犬のように嬉しそうに頷き、バタバタとせわしなく準備を完了させ、リリーは部屋へと出る。
最近、彼女たちは二人でジョギングをしている。元々は、シスが始めたものだったが、朝早く起きすぎて暇を持て余しているリリーにその話をしたら、漏れなくついてきた形だ。
「でも、やっぱりウェイバールって走るの楽しいよね」
首都の華やかな街並みを眺めながら、シスが言う。
「ねえ、このウェイバールの街がどうやってできたか知ってる?」
「その話を聞いたのは、もう35回目だから、知ってる」
ニコッと満面の笑みで返す藍色ロングヘア美少女。『もうこの話は必要ない』とサラリと返す。
「うん! でもね、でもね! 昨日、そこに歩いていたご老人から興味深い話を聞いたの! それを交えて、話すね!」
「……うん」
これで、36回目。断固として話したいことを話すというスタイルに、苦笑いを浮かべるシス。嬉々として話しだすリリーを眺めながら、だいぶアシュに似てきたなと思う。
そんな彼女を可愛いと思うぐらいには器の広いシスだった。
「それでね、それでね! ここからがご老人の証言なんだけどね! このウェイバールの名物のーー」
「アシュ先生、帰ってこないね」
突然、シスがリリーの言葉を遮る。
「……ふんだ! まったく完全に徹底的に職務怠慢だわ。絶対に許せない」
「なにかあったのかな?」
「そんなわけないでしょう!? ミラさんだっているんだから。どうせ、どっかほっつき歩いてるだけよ」
「でも、もう一週間よ。こんなことも今までなかったし、さすがにーー」
「そんなのあの人のやりそうなことでしょう!? 絶対に許せない! 絶対に、絶対に、ぜーーーーーーーーったいに!」
プリプリと怒りながらも、ジョギング中にリリーがせわしなく視線を動かしているのをシスは知っている。要するに天邪鬼なのだ……アシュ=ダールのように。
とは言え、彼女たちにできることはない。超一流の執事であるミラの捜索結果を待つことぐらいしか。
……いや。
「リリー。最後の勝負、絶対に勝とうね」
「な、なによ……当たり前でしょう?」
「うん……そうだね」
シスはアシュの全てに感謝していた。リリーとこうして話せるようになったことも、クラスメートと打ち解けられたことも、世間に認められるようになったことも、全てはアシュが導いてくれた。
だから、彼の望むことは精一杯に叶えよう。
たとえ、それが世界を敵に回したとしても。
以前、彼が自分のためにしてくれたように。




