難戦
ダルーダ連合国代表とナルシャ国代表の5人が対峙する。一斉に降り注がれる視線と、巻き起こる歓声。大会VIPの席では、それぞれの代表が神妙な面持ちで着席した。唯一、アシュ=ダールのみが優雅に足を組んで座り、有能執事が注いだダージリンティーに口をつける。
「……随分、余裕そうだな?」
隣席のダルーダ連合国元首フェンライが、忌々しげに睨む。
「紳士たる者、いついかなる時も華麗であるべきだよ。と言うか、すでにできることはないのに、今更そんな見苦しい表情を浮べる君たちこそ、僕には全く理解できないな」
「「「……」」」
一瞬にして、各国からの反感を買う、性格最低魔法使い。
「……果たして、その表情がいつまでもつかな?」
フェンライは、せせら笑うような表情を浮かべた。
戦いは開始前から始まっている。いや、開始前この段取りこそが重要なのだとダルーダ連合国元首に登りつめた男は確信する。
国別魔法対抗戦は、今後の国家の隆盛に関わるイベントであるが、その競技内容は単純かつ古典的な方法で決められる。
すなわち、クジ。
ナルシャ国の職員を買収するのは、非常に簡単なことだった。隣国のギュスター共和国にいつ滅ぼされてもおかしくないこの国に、亡命後の生活を保証する。ただ、それだけでよかった。
すでに、対策も完璧。最高の人材が、最高の英才教育で鍛えられ、最高の準備に臨んで戦う。これで、勝利ができないわけがない。
「ククク……随分自信があるのだね?」
「そうだ、一つ賭けをしないか? どちらの生徒が勝つか」
「面白い。で、なにを賭ける?」
「そうだな……」
考えるフリをしながら。
フェンライは悲願を口にした。
これまでの屈辱を晴らす行為を。
全てを綺麗に晴らすような代償を。
「この場でハイハイしながら、豚の鳴き真似をするってのはどうだい?」
「それは君のご褒美じゃないか」
・・・
ゼロ思考。
ゼロ思考で返される返答。
各国のVIPから注がれる『えっ!?』という眼差し。一斉に、小太り男に突き刺さる視線。そこには、少なからず『やっぱり』という女性のそれも含まれていた。
「ば、ば、バカな。そ、そ、そんな変態な趣味は持ち合わせてなどいない」
「またまた。公衆の面前だからといって、恥ずかしがらないでいいんだよ。人の趣味嗜好はそれぞれだからね。むしろ、それを理解せずに偏見のする方が僕は恥ずかしいね。現に、君は『ブヒブヒ』と這いつくばって僕の前を徘徊していたじゃないか?」
ウリウリ。
全てわかっているよと、無邪気な笑顔で肘でフェンライの三段脇腹を小突く天然闇魔法使い。
「ぐっ……」
思わず、アシュの正気を疑うフェンライ。まさか、この男は本気で豚の真似をして喜んでいたと思っているのか。いや、そんなはずはない。ただ、目の前の男は、公然の場で辱めて楽しんでいるだけだ。
「とにかく、その内容では君がワザと負けるかもしれないだろう? まったく、フェアじゃないな。なあ、ミラ?」
「そんな心配は限りなく皆無かと思いますが、過去のフェンライ様のご発言で、『私めは豚でございます。ブヒブヒ』との下りがあったのは、事実でございます」
「ふぐっ……」
絶世の美女執事から放たれる衝撃的一言に、顔を真っ赤にする元豚侯爵。途端に、周りの女性が数歩彼から離れ、各国の首脳が笑いを嚙み殺すように下を向く。
「どうせならもっと刺激的な方がいい……そうだな、ミラ。僕の現時点の資産はどれくらいある?」
「すでに大まかにしか把握し得ぬものですが、個人では大陸一、ダルーダ連合国の国家予算と同等というところでしょうか」
「な、なにが言いたい! 今は貴様の自慢話をーー「ふむ……じゃあ、それを賭けよう」
「……はっ!?」
フェンライは、もう一度聞き返す。聞こえなかったわけではなく、このキチガイ魔法使いの言葉が全く理解できない。
「君はダルーダ連合国の国家元首だろう? だから、その国家予算分のお金を賭けよう。僕も流石に全財産をなくすのは、なかなか辛いからね」
「ば、バカな!? そんな事はできるわけがないだろう!」
「なぜ?」
「な、なぜって。国家予算を個人でどうこうできるわけが……」
「ふむ……国家元首というのも、案外不自由なものなんだね。なら、相対的な賭けにしようか? 君の全財産と僕の全財産。それで、文句はないだろう? まあ、僕にとっては君の個人資産など微々たるものだが、それでも君のとっては打撃だろう?」
「はっ……くっ……くはぁ? い、い、い、い、意味がよくわからにゃいにゃ!?」
こいつは一体、なにを言っているのだろうか? 全財産などと、負ければ即、破滅ではないか。あまりにも突拍子のない提案過ぎて、激しく舌を噛んでしまう豚足元首。
「嫌なのかい?」
「当たり前だろう!」
「ククク……ほら、みたまえ! あー危ない。危うく君の嘘に騙されるところだったよ。ワザと負けて君の特技を披露するはずだったなー。君の表情を見て、一瞬、もしかしたら本当に嫌なんじゃないかって思ったじゃないか!」
ウリウリ。
危ない危ないと、無邪気な笑顔で肘でフェンライの三段脇腹を小突く天然闇魔法使い。
「そ、それはあまりにも急な提案だったから……」
「お互い様だろう? 僕にとっては、君の提案の方が受け入れがたいな。僕はその行為によって激しく自尊心を損なわれる紳士なのだよ……君と違って」
「はぐっ……」
な、なんて嫌な奴なんだ。こんな嫌な奴は見たことがないと、屈辱に呻くダルーダ連合国元首。
「まあ、賭けもスリリングではあるが、まずは、見届けようじゃないか。互いの自信作をね。ほらっ、そろそろ試合が始まる」
アシュは円形闘技場の中心を指差す。
「ブ、ブフー……ブフー……」
「……」
顔を真っ赤にしながら、意味不明の擬音を放つ豚足元首を眺めながら、その男にはもう関わらない方がいいと、切に心配する有能執事であった。




