侯爵
首都ジーゼマクシリアの中心部に位置する円形闘技場は、国別魔法対抗戦大会会場のため、1ヶ月前に建設されたばかり。開始まで、すでに半日をきっており、運営委員たちが忙しなく働いている最中、1組の男女が、観客席の最上段で座っていた。
「……闘技場とは、かつて貴族たちが自らの奴隷たちを強制的に闘わせる死合であったとされている。魔法の使えぬ戦士たちが、互いに剣を交え、血を流し、腕を飛ばし、どちらかの首が落ちるまで、終わることはない……無粋な。風情もなにもあったもんじゃないな。そうは、思わないかい?」
「は、はぁ……」
ウンチク闇魔法使いに、今にも、肩に手を回されようとしているエステリーゼは、いまいち、ピンとこないような生返事をする。いや、それどころか今は、この国別対抗戦を成功させるかどうかで、終始神経を張り巡らせている運営実行委員長美女教師である。
「アシュ先生、あの、そんなこ……じゃなくて。それよりも、緊張している生徒たちの激励をしてきてはいかがですか?」
ライオールの話では、この闇魔法使いは、ある意味、この大陸中のキーマンであるとのこと。にわかには信じられない話ではあるが、無下にすることはできない。なんとか、丁重に、そして、穏便にこの場から離れて行きたいところではあるが、
「ふっ……この程度で緊張なんてするほど、僕の生徒たちはヤワではないよ。なんせ、大陸最高の魔法使いに鍛えられているわけだからね。それより、ほら……見たまえ、この夕日を。まるで、僕らを祝福しているような輝きを放っているではないか」
「……っ゛!」
伝わらない。それどころか、KY魔法使いに歯の浮くような台詞を吐かれ、無性に無下にして、ギッタギタに罵倒してやりたい衝動にかられる。
今にも、その頬に威勢のいい張り手を食らわせようという中、一団がアシュとエステリーゼの前に立つ。
「……久しぶりだな、アシュ=ダール」
忌々しげに吐くのは、ダルーダ連合国元首のフェンライ=ロウ。ターバンを頭に巻いた褐色肌の男である。小太りで、背も低いが、身に纏った服装は全て一流のもので仕立てている。後ろに付き従うのは、彼らの国の代表であろう。黄土色に彩られたローブを着た、こちらも褐色肌の生徒たちだった。
「さあ、エステリーゼ君。こんな殺風景な場所を抜け出して、美しい夜景が見えるレストランへと洒落込もうではないか」
「ちょ、ちょっとアシュ先生!?」
「なんだい?」
「あの……」
エキゾチック美女は、あまりにもナチュラルに無視されすぎて、独り言を言ったみたいになって、屈辱にうち震えている、小太り褐色男の方を指差す。
「おや、気づかなかった。初めまして、アシュ=ダールと言います。以後、お見知りおきを」
「はわっ、はわわわわっ! 初対面じゃないみたいですよ」
狼狽えながら、はわわわ状態になりながら、アシュの耳元で囁くエステリーゼ。ダルーダ連合国は明らかな格上国家。しかも、国家元首。下手をすれば、国際問題にもなりかねないほどの失礼を犯している闇魔法使いに、冷や汗が止まらない。
「ふむ……それは、申し訳ないことをしたね。名前を忘れるなんて、紳士として、恥ずべき行為だ。反省せねばいけないな」
指摘を受け、アシュは深々とお辞儀をする――だけでなく、
「しかし……君みたいな特徴的な容姿をした男は、なかなか忘れないのだがね。その子豚のようなチャーミングな体型に、プルプルと、可愛らしく、その無駄な肉を震わせて。実にユニーク、かつコミカルだ。どことなく、その表情も豚のように個性的だ……実に肉肉しい。失礼だが、本当に君とは初対面ではないのかい?」
ペタペタ。
ペタペタ。
自称紳士、他称最低KY野郎は、強国の国家元首の顔や身体を無礼にも撫で回すように触り続ける。
「はわ、はわわわわわわっ。こ、こ、このお方は! ダルーダ連合国元首のフェンライ=ロウ様です!」
あまりにもなその発言に、はわわわわ状態が止まらないエステリーゼ。彼女は、本日付でライオールに休暇届を出すことを心に決めた。
「……」
フェンライの表情は、もはや、怒りを通り越して、すでに笑っているように見える。一介の魔法使いによって、格上の国が弱小国の敵となった決定的になった瞬間だった。
「……ふむ。フェンライ=ロウ……フェンライ=ロウ……あっ! もしかしたら、20年前は侯爵だったかい?」
「そ、そうです! フェンライ様は、かつては侯爵でありましたが、そこからなんと――「豚侯爵! 豚侯爵、フェンライか!?」
・・・
その日の夜、エステリーゼは40度の熱で、寝込んだ。




