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どちらかと言うと悪い魔法使いです  作者: 花音小坂
第4章 リアナ=ハイム編
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奇跡


 蝕まれるアシュの心とは裏腹に、その魔法使いとしての能力は飛躍的に向上していた。ヘーゼンが及ばぬのは、彼の壊れた精神だけではなかった。アシュの研究成果、魔法理論、発想、全てにおいて遥かに凌駕していた。アシュの才能が、己のすべてを賭けて費やした魔法。へ―ゼンのそれすら、遥かに凌駕した魔法。一生を費やしてもなお到達しない領域に、この時のアシュは辿りついた。


 それが完成したのは、彼が研究を始めて11ヶ月だった。


「……素晴らしい」


 ヘーゼンは気がつけば口にしていた。それは、善悪を超えた賞賛。アシュが完成させたものは、その価値があると認めた瞬間だった。


「二度……同じモノは作れません」


 アシュが並べたモノは試験管に二つ。己自身の全てを込めたその魔法は、その中の液体を禍々しく光らせていた。その中に内包する魔力は、ヘーゼンが今まで感じたことがないほどのモノを放つ。


「神導病の因子の形状は、中途半端な力では変えることができない。すでに、人間の根源とも言える神の領域だ。だから、人(・)間(・)の(・)性(・)質(・)自(・)体(・)を(・)変(・)え(・)る(・)力がなければいけない」


「……人間そのものを……変える」


「どう変わるかは確かめて見る必要がある。一つは、試験用。もう一つがリアナの分です」


 失敗した場合、改良を施すために一つの液体を二つに分けた。震えるような手で、淡々と説明するアシュに、ヘーゼンはふと異変を感じ取る。


「お前……魔力が」


「……ああ、残念ながら、今は魔法が使えません。いずれ使えるようになるかもしれませんが……まあ、どちらでも」


「……」


 その試験管の放つ魔力の反面、アシュからは魔力……いや、生気自体を感じられない。髪は全て白く染まり、全ての感情すらも欠如したようなその表情に、言い知れぬほどの哀しみが巻き起こる。


「よくやった……あとは、任せろ。早く、リアナに会ってこい」


 抜け殻になったアシュを、ヘーゼンは深く深く抱きしめた。ここまで娘のことを想ってくれた男に。自分では決してなし得なかった偉業を達成した男に。


「いえ……彼女と会うのは約(・)束(・)の(・)約(・)束(・)を果たしてから。そう決めています」


「アシュ……」


「だから、早くテストして、この力をーー「駄目だ、まだこの薬は使えない」


 ヘーゼンは厳しい口調で答える。


「……なぜですか?」


「この薬はあまりにも強すぎる。これを飲めば、対象にどんな効果をもたらすかがわからない」


「ヘーゼン先生、なにをおっしゃっているんですか? わからないから試すんでしょう?」


 そのあまりにも真っ直ぐな瞳に、ヘーゼンは、思わず表情が歪む。


「……そうだな。ハッキリ言おう。この薬を飲めば、まず間違いなく人が人ではなくなる。魔力を失っているお前には感じられないかもしれないが、それほどの魔力を秘めている」


 仮に他人に飲ませれば、想像を絶する化け物になる可能性が高い。人智の及ばぬ化け物になれば、下手をすればこの街……いや、この国を巻き込む自体となり、それこそリアナの治療どころではない。


「ヘーゼン先生……他人など……どうでもいいではありませんか?」


 言い放ったそれは、淡々として無感情であった。


「それは違う。幾多の犠牲の上に、リアナが仮に治ったとしても、それを娘が喜ぶか? アシュ、そんな娘ではないだろう?」


「ヘーゼン先生、彼女に言わなければいいんですよ。彼女が知らなければ、彼女は罪悪感を持つこともない」


「アシュ……」


「ヘーゼン先生、なにをおっしゃっているんですか? わからないから試すんでしょう?」


「……お前は」


「ヘーゼン先生……他人など……どうでもいいではありませんか?」


「……」


「ヘーゼン先生、彼女に言わなければいいんですよ。彼女が知らなければ、彼女は罪悪感を持つこともない……アレ、先ほど言いましたか? おかしいな……ヘーゼン先生、なにをおっしゃってるんですか? ヘーゼン先生……他人などはどうでもいいんです。リアナが治りさえすればいいんです。それで万事解決する。僕らはそのためにやってきたんでしょう? ヘーゼン先生……あれ、やっぱり言ったかな。まあ、いいや。ヘーゼン先生、彼女に言わなければいいんですよ。彼女が知らなければ、彼女は罪悪感を持つこともない……アレ、先ほど言いましたか? おかしいな……ヘーゼン先生、なにをおっしゃってるんですか? ヘーゼン先生……他人などはどうでもいいんです。リアナが治りさえすればいいんです。それで万事解決する。僕らはそのためにやってきたんでしょう……うん、やっぱり言っている。ヘーゼン先生、彼女に言わなければいいんですよ。彼女が知らなければ、彼女は罪悪感を持つこともない……アレ、先ほど言いましたか? おかしいな……ヘーゼン先生、なにをおっしゃってるんですか? ヘーゼン先生……あれ、さっきも言いましたよね、僕。とにかく、ヘーゼン先生、彼女に言わなければいいんですよ。彼女が知らなければ、彼女は罪悪感を持つこともない……アレ、先ほど言いましたか? おかしいな……ヘーゼン先生、なにをおっしゃってるんですか? ヘーゼン先生……他人などはどうでもいいんです。リアナが治りさえすればいいんです。それで万事解決する。僕らはそのためにやってきたんでしょう?」


 まるで、高齢の老人のように何度も何度もつぶやく。まるで時を巻き戻したように……そして、一瞬正気に戻り、また狂う。まるで壊れた人形のように、不気味な表情を浮かべながら。


「アシュ、俺を信じて待っていろ。この薬はもらっておく。お前は、もう休むんだ。いいな……俺を信じて、待っていてくれ」


「ヘーゼン先生、彼女に言わなければいいんですよ。彼女が知らなければ、彼女は罪悪感を持つこともない……アレ、先ほど言いましたか? おかしいな……ヘーゼン先生、なにをおっしゃってるんですか? ヘーゼン先生……他人などはどうでもいいんです。リアナが治りさえすればいいんです。それで万事解決する。僕らはそのためにやってきたんーー」


 これ以上、その言葉を聞くことはヘーゼンには、耐えられなかった。その試験管液体を持ち出し、アシュの部屋を後にする。


 残されたアシュは、茫然自失し、何度も同じ言葉を連呼しながら、いつまでもその場で立ち尽くしていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] アシュのリアナを思う気持ちが強すぎて、自分が壊れてもリアナとの約束の約束を守ろうとしているところの描写に何回も見たはずなのに涙が出そうになった。 そして、一番頑張ったのはアシュだけど、自分が…
[良い点] アシュぅぅぅぅぅぅっ!!! これは涙せずにいられません!!
[一言] アシュううぅ(ブワッ)。
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