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どちらかと言うと悪い魔法使いです  作者: 花音小坂
第1章 アシュ=ダール編
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禁忌の館


 そこは館と呼ぶにはあまりにも奇妙な場所だった。まぎれもなくアシュ=ダールが住まう場所であるが、庭を埋め尽くす程の墓標。常人ならば吐き気を催すほどの死臭。その中心にあるのは無機質な黒鉄で建てられた、まるで要塞とも言える巨大な建造物。


 人々はその場所を『禁忌の館』と呼んだ。


「今、帰った」


 アシュは心なしか、いつもより重く感じる扉を開けた。


 目の前にいるのは、一見メイド服を着た淑女。少女のようなみずみずしく張りのある肌をしているにも関わらず、精緻に整った美しい容姿が対照的な大人の雰囲気を醸し出している。黒褐色セピアに染まった滑らかな髪は、彼女の不可思議な魅力を一層ひきたたせていた。


 しかし、彼女は人間ではない。その肌の質感、身体のパーツの精巧さ、滑らかな動き、どれを取っても人間のそれとは変わらないが、アシュは彼女を『人形』と見なしていた。


 アシュは彼女をミラと名付けた。


「お帰りなさいませ」


 無表情で出迎え、深々とお辞儀をする美人執事。その声には一切の抑揚がなく、まるで与えられた台本を棒読みしているかのようだった。


「……今度、感情を生み出すような研究をしなければな」


 彼女をマジマジと眺めながら、外行き用のローブを脱いで手渡す。


 人形に魂を吹き込む。このミラは、唯一の成功例だ。操り糸もなく、自在に動き、思考する。アシュが彼女を人間と見なさない理由はもはや『感情』の欠落のみだった。


 とは言え、彼女を生み出すのに50年は費やした。喜怒哀楽を持たせるのに、どれくらいの月日を要するだろうか。


「それで、デートはどうでしたか?」


「……まあ、結果的には2人が結ばれることはなかった。そう言っておこうかな」


「そうですか」


「男女の仲だ。どちらかが悪いということはない。単に相性の問題もあるしな」


「私にはそうは見えませんでしたが」


 ミラの冷たい一言にアシュの足が止まる。


「……見てたのか?」


「すいません、言葉足らずでした。『人形である私には、デートであなたが100年の恋も冷めるような口説き文句を吐き、壮絶な張り手を喰らってフラれたように見えましたが、()()()()()()?』でした」


                 ・・・


「ふーっ、女とはわからんものだな」


 アシュはため息をついてソファにもたれかかった。


 200年生きてきた。不老の身となり、魔法使いとして様々な研究を行ってきた。しかし、それでも女性という神秘を理解するには時間が足らない。


「そうですか? 人形である私にもその女性の気持ちは理解できるような気がしますが」


 ミラには喜怒哀楽の感情はない。しかし、思考は持っている。その思考がアシュに対し判断した。


 とんでもない阿呆である、と。


「……まあ、伊達に僕も長生きしてきた訳ではないさ。だいたい、推測は出来る。まずは、外見。これは問題ないように思う」


 アシュの肉体年齢は約20歳。身長も平均より10センチほど高く、鼻筋も通ってる。輪郭も整っており、各々のパーツもおおよそ美形である条件を揃えている。容姿の判断には個体差があるが、10人中9人の異性には魅力的だと言わしめるレベルである。


「私もそう思います」


「フッ……神とは不公平なものだな。いや、悪魔か……まあ、どちらでも。天才的な魔法使いである僕に、美しい外見まで与えてしまうのだからな。しかも、莫大な財産さえもこの手の中にある。外見、実力、財産。すべてを兼ね備えていると言っても、過言ではない」


「外見、実力、財産。すべてを兼ね備えておきながら、女性から全くおモテにならないことの方が問題かと思いますが」


「……そう、問題は他にある。やはり10年間と言う期間がいけなかった。なあ、ミラ」


「私も、まったくそう思います」


 それにミラは同意一択だった。そもそも、『交際に期間を設定する』という激しくデリカシーがない行為。それが、愚かだと気づくのに200年かかったこの魔法使いの欠落した人間性に驚愕の思いを浮かべる。 


「やはり、10年間と言うのは短すぎた。男女が愛を育むには、もう少し長くなければな。せめて、あと2、3年は長くなければ女性は満足しないかな」


「……私、前言撤回致します。アシュ様は全然わかっておられないと思います」


 やはり、ミラの思考は判断する。


 とてつもない阿呆だ、と。


 一方、アシュは考える。このままではいけないと。それは、本能的な判断ではなく、向こう200年間女性にフラれ続けていた莫大な経験則。先ほど、想い人から強烈なビンタを喰らった頬の痛みもその焦燥を手伝っていた。


 ワインを口で転がしながらもう片方の手を出すと、ミラは素早くスライスチーズを机に置く。何十年と連れ添った執事と主人の見事なコンビネーション。


「ミラ、例の件だが引き受けてくれ」


「よろしいのですか? 研究の時間が短くなると、今までお引き受けにならなかったのに」


「生物には、変化と言うものが必要なのだよ。変化なきところに進化はない。敢えて異なった環境に身を置くことで、いい外部刺激が与えられる。研究者である身の上で重要なことは発想力。まったく異なる体験をする事によって、意外なところから発見が生まれるものだ」


「素直に『彼女が欲しい』と言えばよろしいのに」


「……まあ、僕のような名声があれば人など多く集まってくるだろうがな」


「どちらかと言うと、悪い魔法使いだと言う噂で持ちきりですが」


 ……ミラの冷たい言葉は、この暖かな暖炉の前ではちょうどいい。そう笑みを浮かべながらアシュはワインを飲み干した。


 ミラは、この非モテ主人の空になったワイングラスに再び注ぎながら淡々とベッドメイクを始めた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] なぜスライスチーズ?サンドイッチでも作るのかな? [一言] 帝国将官のやつ面白かったです。ひさしぶりの当たりでした。
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