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どちらかと言うと悪い魔法使いです  作者: 花音小坂
第1章 アシュ=ダール編
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              * 


 サモンへ

 私の最大の理解者にして、最高の親友であるあなたに託します。

 これがあなたにとって耐えようもなく辛く、

 苦しいことだとわかっています

 しかし、どうかあなたに私の愛を守って欲しいのです

 これが私にとって『人』である最大の証にして最後の嘘

 願わくば、我が愛に神の慈悲があらんことを


               *   


 陽が落ち。サン・リザべス聖堂が闇に染まる中、一つだけ灯した蝋燭の前で、老人は静かにこの手紙を読み終えた。この国にとって、この文章は『この世に決してあってはならぬ存在』だった。初めて目の当たりにした時、サモンはかつてないほどの慈愛が湧きあがったのを覚えている。


 だが、かつてのこれほど熱い想いを抱いたはずの感情が、やがて耐えようのない後悔に代わったのは、12年の歳月が経った時だった。


 王国は腐敗の限りを尽くし、賄賂や謀略が横行している。魔法の使える貴族が支配者となり贅の限りを尽くし、魔法の使えない一般市民は日夜、暇もないほど働いてやがて飢えて死んでいく。


 我らが夢みた楽園は、ただの幻想であったというのか。


 神よ……我が愛よ。なぜ、あなたは私にこれほどの試練をお与えになるのでしょうか? 私は今まで、あなたの愛を疑ったことはない。私のすべてを尽くして御業を信仰し、導き、生きてきました。


 私は間違っているのでしょうか? あなたが罪と断じた方法で、あなたを信じる者たちを救おうと言うのは間違っているのでしょうか?


 私が感じたこの世の終末以上の絶望を、弱き民に味あわせたくないと言うのは間違っているのでしょうか?


 どうか……お答えください。


           ・・・


「あなたは……いつも通り、何も答えてはくださらないのですね」


 サモンは静かにつぶやいた。


 その時、司祭のシルス=ラーヴィンが足早にサモンの側に寄る。面長の顔が特徴的な長身痩躯の男である。


「大司教……ケリーが天に召されました」


 その報を聞くと、大きく心臓が掴まれたような疼きを感じた。


「……なぜ?」


「ホグナー魔法学校に忍び、敵に見つかって殺されたようです」


「なぜ……そんな無茶を」


「……恐らくは一刻も早く見つけるために――サモン大司教!」


「ぐっ……大丈……夫」


 よろけた身体を支えようとする司教を掌で制し、目を静かに瞑った。


「ケリー……なぜ彼のような善人があの若さで……この世界では彼のような若者が早く死に……私のような老害が、未だのうのうと生きのびている」


 サモンは自虐的につぶやいた。


「そんなことを仰らないで下さい。あなたが私たちを導いてくださいました。ケリーも……きっとそう思っているはずです」


 司教は、瞳に涙を溜めながら言う。


「しかし……彼ほどの魔法使いがいとも簡単に……」


「ライオール理事長が雇った新しい教師だそうです。聞いたことのない無名の魔法使いですが、確か……アシュ=ダールという……」


「アシュ……ダール」


「この男を知っているのですか?」


 青年の司教が尋ねるが、サモンは首を横にふった。今更、彼が何者かを教えたとしても私たちが行うことは変わらない。


「シルス……決して無茶をしてはいけない。主は無闇に命を散らすことを望まれてはいない」


「なにを……我らの想いはケリーと共にあります。敬愛する大司教のために、我らは存在しうるのですから」


「……私の言うことを聞きなさい。もう、あなたたちが死ぬところを見たくないのです」


「大丈夫です。ケリー含む我ら13使徒は、この日この時のために存在しております。使命のために殉教したと言ってお心を痛めないでください」


 13使徒。アリスト教徒司祭の中で才ある魔法使いを選抜した戦闘特化部隊である。大司教直下の隠密諜報活動を主な仕事とし、教内の浄化のため、非情な手段を選択する場合も多い。


「……」


 シルスの言葉に、サモンは天を仰ぐ。


 神よ……やはり……あなたは、意地悪だ。最後の瞬間まで、私に……私たちに大きな試練を与えてくださる。


「ロイドを呼びなさい」


「なっ……なぜあのような者を!」


「命令だよ。可能な限り早くだ。いいね」


 取り乱すシルスの肩に優しく手を添える。


 サモンの心は決まっていた。










 地獄に落ちるのなら、自分だけでいい。


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