塔
ミラはそれから数分をかけて男の応急処置を終えた。
「これで、命の危機は脱しました」
「ご苦労……さて、どーやって聞き出そうかなーー」
そうサディスト魔法使いが歪んだ笑顔を浮かべかけた時、
ボウッ
男の身体から青い炎が包んだ。
「いかん、ミラ!」
そうアシュが叫ぶと、ミラはすぐに魔法の詠唱にかかった。
<<蒼の炎を 打ち消す 聖水を まとえ>>ーー聖女の涙
大量の水が掌から発生し、消火はできたが、すでに男は人の形をしていなかった。
「……なかなか周到な集団のようだ。契約魔法をかけておくなんてな」
アシュは、興味深げに人間だった黒炭の塊を眺めた。契約魔法は、己に条件を課すことによって効果を発揮する魔法である。今回は集団間において契りを結び、その条件を満たさぬ場合発動する種類のものだ。
敵は囚われの身となり目的が見破られることを懸念し、あらかじめ予防策を講じていた。『重傷を負い、回復する』それが、サインだった。恐らく、敵側にはキーワードが存在し、解除の暗号を発しなければ、囚われたとみなされ青い炎が発動する仕掛けだったのだろう。
その集団の契約魔法は完璧だった。見事に白の法衣をまとった男の口を封じ、秘密を守った……その場にいるのが、アシュ=ダールで|でなければ。
「……シス様には酷な状況になってしまいましたね」
ミラが彼女を抱きかかえながらつぶやく。
「まあ、仕方がないさ。どうあっても、この男に命はなかった。彼女の力不足ではないし、彼女が悪いわけでもない」
「……しかし、シス様は落ち込むでしょうね」
「なら、嘘をついてこの男は死んでいなかったとでも話せばいい。君がそうしたいならすればいいさ。僕にはそんなことはどうだっていい」
アシュは無関心につぶやき、かつて人間だった物体に両手を当てる。
「……ますます興味深い。恐らくその集団は小さな規模ではあるまい。実力も申し分ない。そんな者たちが、命をかけてまで隠す秘密……か」
それは、あまりにも、無邪気な笑いだった。先ほど、シスに向けた温かい笑顔ではない。純粋な知識欲に駆られ、それを暴けることに悦を感じている笑い。
<<亡者よ 深淵より 偽りの 聖者を暴け>>ーー死者の告白
アシュの描いた印から漆黒の光が発して、対象の周りを包んだ。
死体から意識のみを取り出し、知っている知識を吐き出させる闇魔法である。死体の状態に左右される面があり、より傷ついていない状態の方が、情報は引き出せやすい。
死霊使い。死者を使い様々な物事を遂行する彼のような者を総称してそう呼ぶ。高度、かつ忌み嫌われる印象が大きいため、使用する者はほとんどいないが、アシュは大陸でも5本の指に入る屈指の使い手である。
「……ぐあああああああああああっ」
断末魔の叫びが当たり一帯を木霊する。もはや、その物体には口もない。しかし、その叫び声だけが、ただ大きく響く。
「あまり状態もよくない……か。手短に聞こう、まず君の名前は?」
アシュが質問すると、
「……ケリー=ラーク」
その物体のどこからか声が聞こえる。
「そうか、ケリー。君はなにをしていた……いや、なにを探していたのかな?」
この男は次々と監視対象を変えていた。合理的に見て、このホグナー魔法学校のなにかを探しているとアシュは結論付けた。
「……聖櫃」
ケリーだった物体は、淡々と答えた。
聖櫃とは、聖者の不朽体を保管する箱だとされているが。
「ふむ……隠語か。ケリー、聖櫃とはなんのことだい?」
「聖……活の鍵……目的の終着……闇のののののささささ、さいごごごごごごごごごごっ」
「……意識が混濁してきたか。まあ、この死体の状況にしてはもった方か。最後に聞くよ。誰かに伝えたいことは?」
アシュは、ため息をつきながらたずねる。
「さささささささささももももももんんんんんんんんん、ごごごごごごごごごめめめっめめっめめめめめめ……」
「……わかった。伝えよう。安らかに眠りたまえ。ケリー=ラーク君」
アシュは両手を外して立ちあがった。
やがて、男を包んでいた黒い光は消えた。
「死体はどうされますか?」
ミラが尋ねると、
「我が館に持って帰ってくれ。解剖すれば、何か手がかりがあるかもしれない。思念が取り出せればよいのだが、まあそれは期待せずにしておく」
闇魔法使いはニヤリと笑って、歩き出した。
彼は数えきれないほどの死体を暴いている。禁忌の館には、星数多の墓標があるが全て彼が解剖し、研究し、実験した死体の末路だ。ケリーがアシュの命を襲い殺害を試みようとした時点で、アシュは彼が権利を放棄したとみなした。
放棄したものは、尊厳を持って死ぬ権利。人を死に至らしめようとする者は、自分が殺されようと、死体をなぶりものにされようと文句はない。それこそが、この闇魔法使いが決めた境界線だった。
アシュは死んだ者に対し遺言を確認し、できる限りのことをする。それは、死体という実験材料を提供してもらった対価。死体はもちろん有無は言わない。彼が勝手に決め、勝手にやっていること。
しかし、もうすでにアシュの意識はその死体から離れていた。聖櫃……サモン……彼の頭にはその言葉がグルグル回っていた。




