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どちらかと言うと悪い魔法使いです  作者: 花音小坂
第1章 アシュ=ダール編
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悪魔


 白の法衣をまとった男は、鮮血を噴き出して倒れた。アシュは、ミラの背中から降りて興味深げに男に近づく。一般的な魔法使いの防御である魔法壁マジックバリアは、攻撃魔法より耐久効果は高い。しかし、自身が張ったそれをいとも簡単に突き破るのは、暗殺者などに多い攻撃特化型の魔法使いだと推測された。


「歩けるのなら、攻撃される前に降りてくださればよかったのに」


 ミラがジト目で、アシュを睨む。


「ふむ……そんなことより、まだ彼には聞きたいことがある。治療は可能かな?」


「やってはみますが、おそらくは助かりはしないでしょう」


 すぐに指示通り治癒魔法をかけ止血を試みるが、その傷はあまりに深い。それだけ男の放った魔法は強力だった。そして、ミラは治癒魔法は不得手だ……と言えば、彼女は不満を漏らすだろう。彼女のそれは高位の神官クラスの実力を持つからだ。そもそも治癒魔法の使い手自体、かなり希少である。


 最高位の『聖』魔法を扱えるミラでさえ、重傷の者を治療することはできない。攻撃のための魔法が得意な者ほど、逆の作用に働く『癒し』の力は弱い傾向にあるからだ。


 アシュが男の様子を触診して確認する。


「……あと、もって5分というところか……シス! こちらに来なさい」


 そう叫ぶが、彼女は両手を顔で覆ったまま首を振る。アシュは少し黙っていたがやがてシスの近くに歩き始めた。


「ミラ、この男をシスの側に運びなさい」


「……私は、現在絶賛治療中で手が離せませんけどわかりました。なんとか治療しながら運びます」


 そう皮肉をいいながら、ミラは男の出血箇所を掌で押さえながら器用に彼を背負ってシスの近くに降ろした。アシュは震えているシスの隣に立ち肩を抱いて男の方に向けた。


「シス、目を開きなさい。人の死を観察する貴重な機会だ」


 優しくアシュがささやくが、シスはその覆った掌を開けようとはしない。


「いいかい、よく聞きなさい。目をそらしては駄目だ。大切な人が死の危険に襲われている時、血まみれになって倒れている時、君は今のように目を背けて逃げるのか? 違うだろう。見たくないものに目を背けていては、なにも得ることはできない……『ジスガ=レオール』」


「……」


 シスは震える掌を開いて男の姿を恐る恐る眺める。


「そうだ。彼の死に行く様子を見て学びなさい。死とは誰にでも、どこにでも、いつでも存在することを知りなさい。彼の苦悶の表情から、どのくらい痛いかを想像しなさい。人を殺そうとすれば、この男のように殺される危険があることを胸に刻んでおきなさい」


 アシュは彼女の肩を抱きながら、淡々と話す。


「……ミラさん、私……何かできることはないですか?」


 シスはその男の近くに寄って、震えている身体をさすり出す。


「そうですね……手を握ってあげてはどうでしょうか?」


 ミラは傷口に治癒魔法をかけ続けていたが、すでに男は顔面蒼白でその命は尽きようとしていた。すでに助からないことはシスにもわかっていた。あとは……死に方の問題だということも。シスは、ミラの言う通り彼の手をギュッと握って目を瞑った。


「……さ」


 その時、白い法衣をまとった男が言葉にもならない声を発した。


「なに……なんですか!?」


 せめて、一言。シスは必死に彼の唇に顔を近づける。


「……さ……も………さむ……よ………」


 彼が言い終わる前に、掌から力が抜けて男の吐息も止んだ。


「待って……なんて言ったの……まだ……まだっ……」


 シスは涙を溜めながら、彼の両手をギュッと握りながら何度も何度も問いかける。


 その時、


 男の血色が徐々によくなっていく。アシュが目を大きく見開いて、ミラを見つめるがその動きに変わったところはない。そして視線をシスのほうに移すと、彼女の握っている掌が温かい光を発していた。


「起きて……まだ……私はあなたの最後の言葉を聞いていない……起きて……お願い……」


 シスは、夢中で彼女自身に何が起こっているのか、気づいてはいない。


「……がはっ……はぁ……はぁ……」


 やがて、男の息が戻って呼吸を始めた。


 アシュは、ただ目の前で起こっている光景を珍しそうに見守っていた。


 瀕死者の蘇生。ミラが傷口の治療を行っていたとは言え、詠唱も印も行わずにできる芸当ではない。なにか……この子には特別ななにかがある。そう、確信した。


「これなら……なんとか助かりそうです」


 ミラがそうつぶやくと、ホッとした表情を浮かべるシス。やがて、急激な疲労を感じたのか、その場に倒れこんだ。


「おい……シス」


 アシュが駆け寄って彼女を抱くと、彼女は寝息を立てて眠っていた。


「……面白いな」


 彼女を見つめながらアシュは興味深げにつぶやいた。


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